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お料理探偵、エミリカ!!  作者: コーノ・コーイチ
第二章 2皿目~いただきますの前に大切なこと~
54/55

おからだにきをつけてください


 キッチンを覗けるダイニングでは、月を除いた家の中にいる5人が集まっていた。

 宇野、エミリカ、ユキユキ、雪がテーブルイスに腰かけ、風は立って現状の説明をする。


「・・・料理部のみんなが来るまで・・・月は寝ていた・・・それで、起こしに行ったら・・・皆に会いたいって、用意していたんだけど・・・急に吐いて・・・熱を測ったら・・・40度を超えてて・・・今は・・・座薬を入れて・・・少し、熱は下がった・・・けど・・・」


 彼女の顔は深刻な面持ちだった。不安なのだろう。それは雪も同じで、組んだ手に額を置いて、震えた声を出す。

「・・・なんで?お昼に往診が来た時は・・・ただの風邪だって・・・お医者さん、言ってたのに・・・」

 風と雪は不安に苛まれて、頭を抱える。

 その様子に、エミリカは心配となり、声をかける。

「ね、ねえ、お母さんやお父さんに連絡は入れたのかしら?ご両親なら、なんとかしてくれるんじゃない?」

 しかし、風と雪は首を振る。

「・・・両親は海外出張中・・・だから・・・」

「・・・連絡しても・・・出ないのよ・・・時差の都合もあるだろうけど・・・もう、こんな時に・・・」

 雪は苛立ちから爪を噛みだす。それを横目に風は再度、携帯を見るが音信は無く、長くため息を吐いた。

 エミリカはしまった、と、心の中で悔やむ。風や雪、月が料理当番なのは決まって猿飛家の両親が遠出している時と決まっているのだ。これでは余計に二人の焦燥を煽り、余計な心労を与えてしまった。

 どうにかできないか?と自問するも、何も浮かばない。こういう時、子供の自分ではどうしたらいいか、分からない。

 エミリカはすがる様に宇野へ視線を送る。彼は、頭を傾げ、困った顔をした。


「ここに医者はいないぞ?」


 その言い方にユキユキは口調を荒げる。


「なに?その言い方!そりゃ、病気は変態がやってる何でも屋の専門外だろうけど、そんなの分かってるのよ!お姉さまは、変態も一緒に皆と悩んで欲しいの!なんでそれが分からないわけ?」

「すまんな、女心が分からんで・・・だが、悩んでなんになる?ここに医者はいない。なら、どうすればいい?」


 宇野の落ち着いた口調で問われ、ユキユキはたじろぐ。


「え、そんなの、お医者さんに・・・でも、時間が・・・」


 ユキユキは横目に時計を見る。時計は19時前、診察時間は既に過ぎていた。


「どこも病院なんてやってない時間じゃない!」

「そうだな、だが夜間救急病院があるだろう」


 それを聞き、他の皆が、ハッとする。

 風は手に持った携帯で、近場の夜間診療を検索する。


「・・・けど、確か・・・あそこって、21時から・・・ほら・・・」


 画面を皆に見せる。確かに、病院が開くまで二時間近くある。


「・・・それに・・・距離が・・・結構ある・・・自転車じゃ・・・さすがに・・・」

「それなら、誰か車を持ってる大人に頼めば良い。エミリカ、あんたの所の親はどうだ?」

「う、うん。頼めばイケると思う。でも、無理なら」

「ああ、分かってる。こっちも母親に頼むさ。遅番だから、まだ帰宅はしていないと思うが、いざとなればタクシーもある。しばらくは様子を見よう。いいな?」


 宇野はエミリカに視線を送り、彼女は強く頷いた。

 二人のやり取りに、風と雪の表情が幾分か和らぐ。


「あっ、ありがとう・・・」



 改めてダイニングのテーブルでは雪とエミリカ、ユキユキと宇野が座っていた。風は月の看病をしている。


 時刻は19時を回った。

 宇野は、ただ待っていても仕方ないと、現状を整理する。


「現在、月の容態は、体温38度9分。処方された解熱剤が効いてこの程度なら油断はできない。血圧は収縮期がやや高いが、異常と言う程でもない。息は荒く、脈拍は100を超えている・・・血中酸素は90台だが、やや下降の推移だ。容態は回復してるとは言いづらいな」


 宇野の淡々とした物言いに、エミリカや雪、ユキユキは目を白黒させる。


「す、すごい、まるでお医者さんみたいだわ!」

 エミリカが言う。それに宇野は軽く返す。


「看護師である母親の受け売りだ。もし病院へ連れて行った時、すぐ説明できるようにな・・・みんなも情報は共有しておいてくれ。で、いつから月はこんな状態なんだ?」


 聞かれ、雪はしっかり思い出そうとメガネの鼻にかかるブリッジを指で強く押す。


「ええと、昨日の晩からかな?で、朝はちょっと熱が高くて、39度くらい・・・それで風姉が高校休んで、看病してたの」

「で、今日の昼に往診を呼んだらしいな?診断結果はただの風邪と・・・」


「うん。一応、インフルエンザの検査はしたんだけど・・・ほら、鼻に長細い紙を入れるやつ。けど陰性で」

「ユキユキあれ嫌いですぅ~。痛いし痒いし、涙出るしぃ~」


 ユキユキが顔をしかめて言う。


「インフルエンザではない・・・けども、ただの風邪にも見えないし・・・」


 宇野が首を傾げて視線を宙にさまよわせていると、聞こえ慣れない声がした。


『きゅぅ~ん』


 そのか細い声に、その場の皆は視線を向ける。そこには小型犬が上目遣いでこちらを見ていた。いち早く反応したのは、エミリカだった。

「あら、チョー助ちゃん!久しぶりね!」

「きゃぁ~可愛いですぅ~。このわんこ、ダックスですねぇ?」

「うん、そうなの。あ!そうだ。チョー助にご飯をあげるの忘れていたわ」


 そう言って、急いでキッチンの戸棚を開けて、犬のご飯を皿にカラカラと入れ、床に置く。チョー助はそれをイソイソと食べ始めた。

「小型犬って可愛いですねぇ~、一つ一つのしぐさに愛嬌があって、ユキユキと一緒です」

「どの口が」

「うっさい、変態。お前には言ってない」


 そのやりとりに、雪は苦笑し、表情が少し和らぐ。


「ふふっ、チョー助はとても良い子で、さっきまで月と一緒に寝てくれていたの。月が寂しくないようにって、ずっとついていたんだと思う」


「まぁ!名犬ね!ウチもわんこが飼いたいわ!ねぇ、宇野一弘!」

「いや、こっちに言われてもだな・・・それより、月が体調を崩した原因は分からないか?情報屋」


 情報屋と呼ばれ、雪は宇野の表情を視る。

 皮肉でその名を言ったのか?と、思ったが、宇野の顔は真剣で、エミリカから聞いていた『何でも屋』として依頼を受ける時の表情である、と悟る。

 ならば、と雪も情報屋として、落ち着いて話す。


「はっきりと言って分からないの。というのも、月と私、そんで風姉はずっと一緒に同じ行動してたもの」

「同じ行動?ずっと三人いっしょだった?出かけるのもか?」


「ううん、出かけてないよ。この三日間」

「三日間・・・期末テストが終わってからの三連休、ずっとか?家で?」


「そう。引きこもり生活。新作のゲーム三昧。三人で」

「そ、そうか・・・それは何より・・・だが、月だけ様子が変だったとかは?」


「ん~、なかったかな?めっちゃゲームが上手かったくらい?あの子、反射神経だけは姉妹でトップだから」

「ゲームのやり過ぎで・・・熱が出た・・・のか?」


「えぇ~、そうなのかな?けど、私ら、ちゃんと夜の一時に寝てるよ?」

「ん~、遅いような気もするが・・・朝は何時起き?」


「休みの日なんて、そんなもんでしょ?朝は習慣で6時起きかな」

「そうか・・・外出せず、ほとんど家・・・とすると外出先での感染症の線は薄いか・・・」


 宇野が難しい顔をする横で、犬のチョー助を見ていたユキユキが首を傾げる。


「けどぉ、チョー助ちゃんの散歩で外には出てないんですかぁ?ワンちゃんってお散歩が大事ですよねぇ?特にダックスなんて狩猟犬ですしぃ~」

「うん、そうなんだけど、チョー助って、少しヘルニア患ってて、安静期間なの」


「あぁ~ダックスですもんねぇ~。それは仕方ないですぅ~」

「な、何が仕方ないんだ?」


 宇野は犬の話にまったくついていけず、二人に聞く。それに、ユキユキは鼻で笑って答える。


「フンッ、そんなことも知らないんですかぁ~?足の短い犬種、特にダックスフンドは、遺伝的に骨の病気、ヘルニアになりやすいんですぅ~」

「・・・あいにく、動物は専門外でな」


 淡々と宇野は言うも、表情はムッとしており、ユキユキは勝ち誇って胸を張る。

 それは置いといて、雪は話を戻す。


「だからね、チョー助も私ら三人も外には出ていないの。その代わり、チョー助には無理なく、室内で遊んであげてるけどね」

「そうか・・・」


 宇野は頷き、この情報は月に関連が薄いと判断し、別の質問をする。


「月の様態が悪くなったのは昨日の晩だったな。昨日、一日の流れを大まかで良いから教えてくれるか?」

「う~ん、昨日もみんなでゲームして、ごはん食べた」

「すまん、もう少し詳しく・・・」


「えぇ~、そうねぇ、朝起きて、三人でお風呂に入って、あ、月は先にシャワー浴びてて、そこに私、風姉が乱入した感じね。ちょっと月の成長具合が気になって」

「で、どうだった?」

「そうね、胸はややプラスね。私よりちょっとハリはあるかも。乞うご期待よ」

「この変態ッ!」


 ヒュンッ、ドスッ!


「うぐぅッ!?見事な正拳突き・・・的確にみぞおちを・・・いや、違う。その、風呂での、月の状態をだな!?」


「お姉さま!こいつ、やっぱり変態ですよ!オオカミですぅ~」

「うん、そうね、でも良かったわ!宇野一弘にもちょっとは女性の体に興味があるみたいね!」

「お、お姉さま!?」


「あのだな、いや、聞いてたか?月の状態をだな・・・雪、話を戻してくれ」

「あはは、大変ね、何でも屋。ん~月は少し疲れ気味だったかな?けど、いつも通りに生活してた・・・かな?あの子って、ほら、あまり表情に出さないでしょ?」


「・・・やや、寡黙なイメージはあるな」

「流行りや面白いものにすぐ飛びつく活発な所はあるけどね。で、よく無茶して、バターンって疲れで倒れて、よく居間やソファとかで寝てる」


「・・・無茶、か。そう言えば、テスト勉強で無理をするクセがあるって言ってたな・・・今回の期末テストでもそうだったのか?」

「うん、無茶してたね。夜中まで勉強してた。私たちより遅くまで勉強してたんじゃない?最終日なんて、徹夜かも」


 それを聞き、ユキユキは指を鳴らして言う。


「それ、きっと知恵熱ですよぉ!ユキユキも勉強のし過ぎでなりましたぁ~」


 だが、それに宇野は首を振る。


「知恵熱というのはストレスで高体温になるんだ。その後のテストあけの休みはゲーム三昧だろ?昨日までストレスフリーだったはず、ならその線は薄いだろ」

「むぅ~、だったら知りませんよぉ!きっと悪いモノでも食べたんですぅ~」

「それなら、同じものを食べてる風さんや、雪も同様の症状が出てるはず・・・食事・・・」


 宇野はうつむき、独り言のように呟いて、話を整理する。


「月は徹夜での勉強で、疲労していた。その後の休日三日間は、ゲーム三昧。そのせいか疲れは残ったまま・・・で、昨日の晩に様態が悪くなった・・・」


 宇野は顔を上げ、雪に聞く。


「様態が悪くなったのは食事の後か?」

「うん、確か、そうだった・・・そうね、そうよ」


「食事の前、何か変わったことはしたか?」

「ん~、別に・・・テーブルは消毒して、それで、みんなでちゃんと手を洗ったし・・・あっ!サプリを飲んでたかな?月ってば疲れが出たとかで疲労回復にビタミン剤飲んでたわね、レモン味の。で、私や風姉も真似して飲んだね」


 そこで、ユキユキがハッとして、何かを思いついたように人差し指を立てる。


「それ、大事なヒントになるかもですぅ~。ほら、お薬と食べ物の食べ合わせで、体調不良になるってお話、お姉さまから聞いたことがありますよぅ、ねっ?」

「ええ、そんな話したことあったわね。食べ合わせ、と言うより、服薬だから飲み合わせの『合食禁』というものね」


「ほらほら、なら、きっとそうですよぅ~。確かグレープフルーツとか、柑橘系のジュースがダメだったはずですぅ~!」

「そう言われたら、柑橘系のジュース飲んでたような・・・うん、月は飲んでた」

「ほらほらほら!どう、変態?ユキユキの名推理ですぅ!」


 しかし宇野、首を傾げる。


「風邪薬や鎮痛剤でそんな話、聞いた事ないな・・・そのサプリ、今ここにあるか?」


 問われ、雪はすぐに宇野へ差し出す。そして宇野はサプリの入った瓶に小さく記載された文字を注視する。


「ん~、やはり、記載は無い。合食禁とやらの可能性は薄そうだ・・・」

「ほんとですぅ?変態の目が節穴なだけじゃないですかぁ?」


「・・・なら、自分で確認するんだな。他に何か変わったことはあるか?」

「ん~、サプリ飲んだその後・・・そういえば、私らのご飯前にチョー助にご飯をあげた!」


「犬にエサを?別に変ったことではないだろ?」


 確かに、とエミリカは頷く。しかしユキユキは頭を傾げる。


「きほん、ワンちゃんにご飯をあげる時はぁ、主人が食べ終わった後にあげるモノなんですよぅ~。ご主人が先、ワンちゃんは後、主従関係をしっかりとさせる『しつけ』なんですぅ。最近は家族として一緒に食べる家庭も多いみたいですけどぉ」


「うん、そうなのよね~。けど、昨日はチョー助のお昼ごはんをあげ忘れちゃってて、で、チョー助が『クゥ~ン、クゥ~ン』ってか細い声で鳴くから、みんなで『ゴメンね~』って、謝って、そしたら、チョー助ってば『いいよ』って私たちの顔をペロペロとなめて許してくれたの」


「チョー助が『いいよ』って喋ったのか!?」

「変態の頭の中はファンタジーかッ!ワンちゃんと一緒に暮らしていると、以心伝心するもんなんですぅ!心で会話ができるのッ!」


「そ、そういうもんなのか・・・」


 ユキユキの圧に宇野は押し黙る。雪は、うんうんと頷いてから話を続ける。


「それで、チョー助がごはんを食べ終わってからね、私たちがご飯を食べ始めたのは・・・で、その後は、私と風姉はお風呂に入ったの。けど月はちょっと気分が悪いって言って、そこから体温が上がっていったのよ」


「昨日の体温は最高でいくらだ?」

「38度、でも、それくらいならただの風邪って思うじゃない?けど、今朝になって40度近くなってて、風姉が看てくれてたんだけど、熱は下がらないし・・・」


「で、昼に往診を頼み医者が来て、検査は風邪という結果で解熱剤が出た・・・と・・・インフルエンザではなかった・・・処方薬も効いていない。肺炎?けど、咳は?」

「咳はしてなかったよ・・・けど、軽い腹痛と、少し朝ごはんをもどしてた・・・」

「発熱、倦怠感、腹痛、嘔吐・・・」

「何か分かりそう?」


 エミリカが聞く。しかし宇野、首を振る。


「さっぱりだ」

「じゃあ、今までのは何の時間だったのよ!この変態!」


 ユキユキが鋭くツッコむ。


「何でも知ってるから何でも屋なんじゃないの?これじゃあ、月ちゃんのことをただ聞いただけの変態ですぅ」

「あのな、落ち着け。何でも分かる人なんていない。だが、分からなくても情報は出そろった。後は、現代の利器に任せるとしよう。エミリカ、スマホは持ってるか?」


「え、ええ。持ってるけど・・・」

「じゃあ、ネットはどうだ?」

「繋がるわ・・・」


「なら、今から言う単語で検索してくれ。月はテスト勉強で疲労しているから、まずは『免疫低下』だ」

「はい」


「次に『発熱』『腹痛』『吐き気』だ」

「はい、検索したわ・・・なんかお腹の風邪みたいな情報が多いわ・・・あと食中毒とか・・・」


「それも可能性はあるが、もう少し絞りたい。次に『犬』」

「ちょ、ちょっと!」


 雪が慌てて会話を遮る。


「チョー助が犯人だって言うの?」

「可能性の話だ。怪しいのは一つでもあげた方が良い。それに動物の口に触れたと言ってたろ?」

「そんな・・・それじゃあ、まるでチョー助がバイキンみたいな言い方ね!」


 雪の顔が険しくなり、口調も鋭くなる。家族を悪く言われ、気が立っているのだ。


「いい?チョー助のお口はとても清潔なの。拾い食いもしないし、風姉お手製のワンコご飯を食べてるし!健康的だし!それに歯磨きだってしてるし」

「だがな、犬と人では持ってるウィルスが違っていてだな・・・」

「何それ?意味分かんない。第一、そんなことで感染してたら、今頃とっくにみんな、チョー助から病気を感染されているでしょ?ね、チョー助!」


 呼ばれて、チョー助はダックスフンドが持つ長い耳を傾ける。


「それに私らだって、ご飯前はちゃんと手洗いうがいもするんだから!」

「そ、そうか・・・なら、この線は薄いと・・・」

「そうよ!まったく、失礼だね、何でも屋」

「そうか・・・すまんな・・・」


 雪の怒りの念と圧に、これ以上はマズいと宇野は判断し、詮索を取りやめる。


 ユキユキは冷笑し、

「まったく、やっぱりユキユキが言ったサプリの合食禁説が濃厚ですぅ。こういうのは料理部で変態より多く経験と知識を積んだユキユキの方が優秀なんですよぅ?ほんとぅ、変態ってば、何でも屋っていうあだ名は何だったのですぅ?何でも口を突っ込むから、何でも屋なんですかぁ?第一、こういうのはお医者さんのお仕事なんですよぅ~。もちはもち屋、変態は変態、分をわきまえることですぅ~」


 言われ、宇野の頭がドンドンと下がっていく。


「そうだな・・・余計な不安をあおっただけだったかもしれない・・・」

「そもそも、医者はここにはいないって言ったのはどこの、どの変態ですかぁ?」

「うぅ・・・すまなかった。また、つい興味本位でな・・・悪いクセだ・・・」


 謝罪する彼を横目に、エミリカは一つの疑問を浮かべ、口にする。


「あれ?でも、ワンちゃんを触った後にも、ちゃんと手を洗ったのかしら?」


 話を蒸し返すエミリカに、雪はムッとする。


「だから、チョー助のお口はキレイだって!」

「けど、雪っちゃんや、風さん、月は、ご飯前の手洗いの後に、チョー助にご飯をあげたのよね?で、『その後』に、ちゃんと手を洗ってから、ご飯を食べたの?」


 言われ、雪の顔は曇り、歯切れが悪くなる。


「そ、それは・・・してなかった・・・かもだけど・・・」

「あのね、雪っちゃん。ウチのお母さんがスーパーで働いているの、知ってるわよね?」

「え、ええ」


「そこではね、洗った野菜を触った後でも手を洗うの。特にお惣菜を作っている店員は念入りにね。うっかり、食品以外のもの、例えば自分の髪に触れただけでも手を洗うのよ!どうしてかって?これくらい念入りにしても、食中毒を起こす可能性がゼロではないからなのよ!」

「自分の・・・髪の毛でも、食中毒に?」


「ええ、そうよ!だから菌なんてどこに隠れているか分からないものなの!」

「そ、そうなのね?」

「そうなのッ!」


 まるで何かを経験したようなエミリカの鬼気迫る説得に、雪は顔を強ばらせて頷く。


「な、なら、洗ってない、かも・・・」


 その言葉を聞き、エミリカは宇野に視線を送る。彼は頷き、口を開いた。


「なら、可能性はまだある。エミリカ、検索だ。『犬』『感染』『直接伝幡』」

「はい、えっと、直接、でん・・・ぱ?なにそれ?」


「伝播な。要するに直接触れたり、舐められたりするという事だ・・・どうだ?検索で何か出たか?」

「そこそこ絞られてきたかも・・・けど、多いわね・・・検索結果で一番多いのは、狂犬病?」

「予防接種はしてるだろう?」


 宇野は雪に聞き、彼女は頷いた。


「え、ええ。だって、義務だし」

「なら、ワクチンの検査表を見せてくれ」


「えと、はい!」

「は、早いな」


「ドッグランに行くのに必要だから、持ち出しやすくしてるの」

「なるほど。だったらエミリカ、スマホの検索結果から、ワクチンの検査表に載ってるウィルスを除外していくんだ・・・何が残る?」


「ええと・・・か、『カプノサイトファーガ=カニモルサス感染症』だって・・・」

「スマホを見せてくれ・・・症状、潜伏期間・・・一致するな。ワクチンも存在しないし、発症は稀だが・・・可能性は・・・ある」


 その時だ。二階から足早やに降りてくる足音が聞こえ、勢いよくドアを開かれ、血相を変えた風が現れた。


「熱がッ!40度超えてたッ、月のッ!」


 いつものゆっくりとした口調ではない彼女に、その場にいた皆が異常事態であると確信する。そして、宇野が聞く。


「特変か、他に症状は?」

「腹痛と、少し吐いてた!ど、どうしたら?」


 ここでの一番年上である風が焦りをみせ、それは波となって皆に伝わる。


「どうするって、どうしたら・・・」


 宇野は頭を抱え、考えを漏らすように言葉を吐く。


「夜間病院は、いや、まだ19時半だし、まだ開業していてないし・・・」


 普段はクールに振る舞っている宇野の表情が、今は似つかわしくない程に苦悶を見せる。

 それを見たユキユキは恐る恐る、意見を述べる。


「そ、そのぅ、確か変態のお母さんって、看護師なんですよねぇ?ここに来て、看てもらうって、できるんですか?」

「そ、そうか!あ、だけど、病院からここまで、三十分くらいかかる・・・が一応連絡を、家電を借りるぞ・・・クソッ、電話に出ない。移動中か!?」

「で、出るまでかけ続けるのよ!変態!」

「やってる!」

「・・・雪、月の様子が・・・心配」

「そ、そうね。何でも屋、ここは任せたよ!私は風姉と月の様子を見てくるから!」


 ドタドタと慌ただしく出ていく風と雪。室内では苛立ちを見せつつ電話を掛け続ける宇野、それを泣きそうにして見ているユキユキ。


 エミリカはただ、不甲斐なくその光景を眺めていた。彼女は自身を情けなく思った。

 こんな時、麗華お姉ちゃんがいれば、なんとかしてくれるのに・・・

 お姉ちゃんみたいに、堂々とした振る舞いで、どんな時も頼りになって・・・

 お姉ちゃんなら・・・

 ふと、姉である麗華の言葉を思い出す。


『焦っている時はね、深呼吸をして、周りをよく見るのよ!そうすれば、何か見落としに気付くモノなの。人って案外、身近なモノを忘れがちだからね。一度、落ち着きなさい、里香』


 その言葉の通り、エミリカは一度、大きく深呼吸をする・・・と、嗅覚が何か異変に気付く。


「・・・コゲくさい?あっ!」


 キッチンで鍋が白い煙を上げていた。とろ火で置いといた雑炊が、鍋の底で少し焦げ始めているのだ。慌ててエミリカは火を止める。


「ふう、危なかったわ。危うく焦がしてしまう所だったわね・・・火の始末も忘れるなんて料理人失格よ・・・もし気付かずに火事なんてしようものなら消防車を呼ぶところだったわ・・・」


 そこでエミリカは目を見開いて『あッ!』と、またも何かに気付き、声高に言う。


「救急車ッ!」


 それを聞いた宇野とユキユキも目を見開いて『あっ!』と声を漏らす。


「なんということだ、この状況で混乱して失念していた。そりゃそうだ、こういう場合は救急車だ。しかし、なんで誰も思い付かなかったんだ?今までに誰もこういった経験が無かったからか?もしかしたら集団心理が働いたのか・・・」


「何を冷静に分析してんのよ、この変態!さっさと連絡入れなさいよ!」

「やってる!あ、繋がった・・・もしもし?あの、救急でしょうか?へ?警察?あ、すみません・・・」


「どこにかけてるのよ!大馬鹿の変態!ユキユキがかけるからッ!ええと、117、よし、繋がった!ほら!今は19時40分だって!」

「時報だろうがッ!?それ!」



「落ち着きなさい、二人とも!ウチが今、救急車を呼んでるから!」



※グッドマンだ。


 ここで捕捉と言うか注釈なのだが、今回のお話の中に

 『ワクチン』の一節があったと思うが、

 誤解のないように説明しときたい事がある。


 宇野一弘はワクチンの内容を照合して、月さんの病気を

 特定しようとしたが、確実な方法ではないのだよ。

 

 というのも犬に狂犬病やその他の病気のワクチンを接種させたところで

 人に伝染しないわけではないからね。


 ワクチンとは、病原菌やウィルスが体の中に入ってきた時に、

 発症や重度化を防ぐ役割があるんだ。

 菌やウィルスによっては、そのまま体の中に居つくこともある。

 いわゆるキャリア、保菌者というやつだね。


 一応、発症した時と、そうでない時とでは

 体内の菌やウィルスの数が違うから

 可能性で言えば、ワクチンの内容から

 伝染リスクの高い低いは測れると思う。


 しかし、不顕性感染もありうるし、

 確実ではない。という話だ。


 何でもない健康的な人から、思わぬ病気が伝染するなんてこともある。

 『腸チフスの料理人、メアリー』なんかが良い例だろう。

 これに関してはこの場で語ると長くなるし、やや話が脱線するので

 気になった方は調べてみて欲しい。

 少し昔の歴史の話だが、知って損は無いと思う。



 では、健康的で安全な食生活を・・・



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