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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人間だけが持つもの それがもたらすもの

作者: 甘味爲宿

「今日は人間と動物の違いについてを話したいと思います。」

先生はそう言って授業を始めた。

「皆さんは、人間と動物の違いはなんだと思いますか?」

教室がざわめく。そんなことを考えたことなど一度もなかったからだろう。最も、普段の生活でそんなことを考える者などそういない。

そんな中、1人の生徒が手をあげた。

「やはり、言葉を話せること、火を支えること、文明を築き上げれること、ではないでしょうか。」

確かに。そう言った声が周りから飛んでくる。流石だという声も上がっている。やはり頭の回転が速い彼だからこそ気がつくことなのだろうか。それとも既にこの事をどこかで習っていたのだろうか。いずれにせよ、賢さのある解答だった。

そして次にあげたのは女子だった。

「やっぱ、オシャレできることじゃね?動物はうちらみたいにファッションなんてねーし。」

授業中に使う言葉遣いかどうかはともかくとして、その意見も他の人からの納得の声が上がる。特に女子やクラスのイケメンたちからはかなり支持されていた。

彼のような賢さはなくとも、センスという面で見れば彼女の方が上手だろう。

「他には誰かいませんか?」

先生がそう呼びかける。皆一生懸命に考えているが、2人の回答が強烈だったようで、それ以上の回答が浮かばないでいた。

そんな中で、ニヤリと笑って手を挙げる者がいた。

「じゃあ、これが最後な。」

そう言って先生は彼を指名する。

そして彼は立ち上がり、一呼吸終えてこう言った

「人間は生と死をある程度コントロールできる。なんなら、死に関しては自ら決定することすらできる。」

その発言を聞いて、教室は一瞬静まり返る。

言い終えた彼はどこか不敵に笑みを浮かべている。

「なんてね!」

その笑みは急に明るいものへと変化した。

すると、教室にあった沈黙もなくなった。

急に何言ってんだと思った。ちょっとびっくりしちゃった。

そんな声が飛び交っている。

それもそうだろう。彼はこの教室の人気者なのだから。

そんな彼から出た、普段の彼からは有り得ない台詞。

そして、これまで見せたことのない笑み。

教室の皆が驚き、静まり返るのも納得のいく理由だった。

彼が再び普段の笑顔に戻ってからは至って普通だった。

しかし、俺は思った。

何故わざわざ彼は「なんてね。」なんて言葉を付け加えてしまったのか、と。

彼の言った意見は、間違ったことなどないではないか、と。

人間には、動物には決して出来やしない、「治療」と呼ばれるものがあるではないか、と。

人間には、動物には決して出来やしない、「自殺」と呼ばれるものがあるではないか、と。

何故彼は、間違えのない意見を、たった4文字で変えてしまったのだろう。





僕のクラスで、変わった授業があった。

人間と動物の違いを考える、というものだった。

ある者は言語、ある者はファッションと言った。

だが、未だ述べられていない意見があった

生と死についてだ。

僕が真っ先に思い浮かんだ違いはこれだった。

それをまだ誰も述べていない、いや、正確には見つけられていないのだ。

誰も気がつかない盲点のようなもの。

それに気がついた僕はとても自慢に思えた。

タイミングを見計らい、僕は手を挙げた。

そして、僕の思う人間と動物の違いを、生と死の観点から述べた。

沈黙

他の人の時には訪れなかったものだ。

僕はそれほど人が気がつかない盲点を取り上げられたのだと誇らしく思い、つい笑みを浮かべた。

しかし

その沈黙は感激や関心というよりも脅威を感じてのものだと気がついた。

僕はその沈黙に恐れをなした。

僕は間違いを言っただろうか。

他の人のように納得や尊敬の声は何故あがらないのか。

そうでなくとも何故こんな沈黙が訪れるのか。


…ああ、そうか。これが人間なんだ。

社会というものがあり、超えてはいけないラインがある。

自分の地位が存在し、その地位に適した発言でないと可笑しく思われる。

それが度が過ぎると、恐怖に思われる。

自らに付けられたレッレルや、社会常識という言葉に囚われなければならない。

それが、僕たち人間なのだ、と。

自分で言うのもなんだが、僕は人気がある方だ。

だからこそ、この意見はタブーだったのだろう。

そこから生まれたのが、この沈黙なのだろう。


「なんてね!」

気がつけばそんな言葉が僕の口から出てきていた。

自分でも分からないままに、いつものように笑っていた。

すると、沈黙は解かれ、普段通りに戻った。

…ああ、僕もこの社会の中で生きているんだ。

ある種これが、僕たち人間しか分かり得ないものなのかもしれない。

僕は、皆の中での「僕」でいなければならないのだ。





授業が終わってからも、彼はあの時のような不敵さを見せることはなかった。

いつもの彼の雰囲気とそれを取り巻く環境。

いつも通りの教室だった。

その、「いつも通り」が今の俺には気に食わなかった。

俺は彼の前に人が減るタイミングを伺い、彼の元に近づいた。

「どうかした?」

彼は俺に気がついたようだった。

「放課後、屋上で話がある。」

それだけ言って俺は自分の座席へ戻った。

こんな人の多いところでは話せないことだ。

じっくり時間をとって、2人で話したかったのだ。





女子から呼び出されることはよくあった。

呼び出されては告白を受け、呼び出されては告白を受け。

その繰り返しが何度もあった。

だが、こんななんでもない日に彼から呼び出されるとは思ってもみなかった。

彼は僕とは違っていた。

少なからず、僕よりも教室での地位は低かった。

だからこそ、人のいないタイミングを狙ったのだろう。

何故彼が僕を呼んだのか。

考えてみて浮かんだのは、1つ。

僕と彼の地位の差だった。

彼は僕を憎んでいるのだろう。

教室というもの、地位というもの、社会というものを。

それらが生み出すものに彼は怒っているのだろう。

だとしたら僕は何をされるのだろうか。

不安だが、行かないわけにはいかなかった。

何故なら、「僕」だから。





「珍しいね、君が僕を呼ぶなんて。」

放課後、彼は俺の待っていた屋上へやってきた。

「いつも通り」の、あの笑顔で。

「それで、何かあったかい?」

彼は顔色1つ変えずに俺に問いかける。

「お前、なんであの時あんなこと言ったんだ。」





彼から告げられたのは、明らかにあの授業の事だった。

しかもどことなく彼は怒っているように見える。

僕の発言で怒りを与えたとすれば、答えは1つ。

僕の地位に相応しくない発言をした事。

それしかあり得ない。

生と死なんて言わなければよかった。

僕の地位では言ってしまってはいけない言葉だった。

いや、地位などなくてもモラルとして言ってはいけなかったのだろう。

その発言を「僕が言った」事に彼は怒っているのだろう。

「あれは僕の思った通りのことを言っただけだよ。僕らしくなかったかい?不快にさせたのならすまなかった。」

僕は潔く謝罪をした。





突然謝罪をされた。

その事に俺は驚きを隠せなかった。

謝られたいわけではなかった。

「なんてね!」と言った理由を知りたかった。

ただ、それだけだったのに。

思った通りのことを言って謝るのは何故だろう。

自分らしくないことをしたと謝るのは何故だろう。

俺が不快だと感じていると思われたのは何故だろう。

全てが謎でしかない台詞だった。

しかし、彼は決して顔色を変えなかった。

あの時みたいな、不敵な笑みを漏らすことはなかった。

俺はなんと返せばいいかわからなくて黙ってしまった。





ほら、やっぱりこうだ。

僕が「僕」らしくない行動を取ると人は無言になる。

或いは、僕が彼の思想を当てた事に驚いたのかもしれない。

何れにせよ、僕の読みは当たっていたようだ。

やはり僕は「僕」でなければいけないのだ。

「本当の僕」の思う思想は、隠さないといけないのだ。

それが、この地位、この教室、この社会にいるために必要なものなのだ。

…とても辛いものがあるが、やむを得ないのだ。

そしてこの場所でも「僕」が求められているのだ。

「話はそれだけかな?そしたら、僕はもう行くね。それじゃ。」

そういって僕は屋上を後にした。

左頬に一粒の水滴を垂らしながら。





俺は立ち尽くす事しかできなかった。

聞きたい事は何も聞くことができなかった。

俺ができたのは、彼が立ち去るときに頬を伝っていたものを見ることだけだった。

俺は彼を傷つけてしまったのだろうか。

だが泣かせてしまったという事実は変わらない。

ただ…聞きたかっただけなのに。

彼の生と死の意見については共感していた。

だからこそ知りたかった。

でもそれを知ることはできなかった。

その上に俺は彼を泣かせてしまった。

俺は自他共に結果最悪なものをもたらしてしまった。

彼の意見をもっと聞きたかったし、彼となら話し合えるとあの時思った。

だが、それはもう叶うことはないだろう。

俺はなんと取り返しのつかないことをしてしまったんだ。

そして俺は思い出した。


ここが屋上だということを。





彼と別れてから僕はゆっくり帰路をたどる。

僕は「僕」でなければ受け止められないのだ。

そう思うとこの世界で生きるのが辛くなってくる。

僕は人気はあったし地位も高い。

ただ、それは「僕」だったから。

「本当の僕」でいられる友は、僕にはいなかった。

「僕」だけが必要とされる世界。

そんな世界に、僕はいたいのだろうか。

迷いが生まれる。

そして、授業の言葉を思い出す。

人間は死を自ら決定できる。

その言葉が余計に僕を困惑させる。

そして家の前について僕は思った。


ここ、マンションの10階だ。

甘味爲宿です。

今回は2人の人物の視点から物語を書いてみました。

歴史の時間や道徳の授業で一度は聞かれたことや習ったことがありそうな「人間と動物の違い」を題材に書かせていただきました。

今後も時々こうした短編を書いていくのでよろしくお願いします。

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