ガラスの糸
月の綺麗な、夜だった。
ボクは、病室で目を覚ました。ベッドの上で、友人のレイがにこにこ笑ってこっちを見てた。
「ねえ」
ボクは、手近なイスに座ってレイに聞く。
「レイってどれくらい生きてるの?」
「ケイと同じだけさ」
レイは表情ひとつ変えずに言った。ボクは、ベッドの横のデジタル時計をちらりと見る。
「じゃあ、今日で12年と38ヶ月と47日、だね」
「君がそう言うなら、そうさ」
同じ表情のままレイは言った。
沈黙が流れる。
沈黙のなか、ボクらは鏡みたいに向かい合って、ひとことも話さずに笑ってた。ボクらは本当にそっくりだから、目の前に本当の鏡があるようだった。
レイが、うつむいた。
「僕、死ぬんだってさ」
月明かりがうつむくレイの頬を照らす。
「どうせ、嘘だろ」
でもレイは首を振る。小さく笑って、ボクの言葉を否定する。
「違うよ。僕は本当に死ぬんだ」
「いつ死ぬのさ」
「来週の水曜日だよ」
「あと5日?」
「ううん、あと4日。ほら、見てごらん。日付が変わったよ」
レイはボクの、銀色の腕時計を指さして笑う。8月1日、12時1分。
「僕はきっと、4日後のお昼時に、皆に囲まれて、目をすぅっと閉じるんだ。糸が途切れるみたいにさ」
「そっか」
「そしたら、僕の命は消えるんだ」
レイはその困ったような顔に小さな笑顔をたたえると、
「ねえ、ケイ」
「何?」
「最後の1日、一緒にいてよ」
「うん」
「その後、僕のこと、ぜんぶ忘れて」
「なんで」
「ガラスの道が、濁るから」
「そっか」
レイは、虚空に手をかざす。見えない糸をたぐるように。
「僕の命は、ガラスでできた糸なんだ。いつ壊れるか、もう壊れるかと、触るのが怖くなるガラスの糸だ」
いつもの話をレイはする。見えない糸を、愛おしむように。
「僕の命は消えるんだ。ガラスの糸は、すぅっと細く、細くなって、消えていく」
「ボクの命は?」
「ケイの命はガラスの道。ふつうに歩けば割れないし、強く殴られれば一瞬で割れちゃう」
「ガラスなんて冷たくて嫌だな」
「いいじゃん、ガラス」
レイは、ふっと上を向く。窓からの明かりがその頬を照らす。
「この月明かりみたいに、透きとおっててキレイだよ?」
「それもそうだね」
レイの青白い頬を、雫がひとつ、落ちていく。月明かりがあたって、ガラスか宝石のように輝いた。
月の綺麗な、夜だった。
次の水曜のお昼ごろ、レイは死んだ。
漆黒の瞳をすぅっと閉じて、まるで透明なガラスの糸が細く、消えてくように。
その時、レイの頬に雫がひとつ、こぼれ落ちた。それは、すぐに流れ落ちて消えてしまった。
15年と3ヶ月と20日、ちょうどだった。
ねえ、レイ。レイは、ボクのこと忘れちゃうのかな。4日前の話も。全く変えずにきた笑顔も。この12年と38ヶ月と51日のガラスの糸も。
さよなら、レイ。レイはボクの、友人で、理解者で、仲間で、兄弟だった。
久しぶりに表情を歪めて、ボクは呟く。
「ありがとう、レイ。ボクはとっても、寂しいよ…………」
ガラスの糸は、笑ってた。