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沙樹の秘密

 豚之介と沙樹は川中の家に呼び出される。

 特定の生徒と親しくするのはあまりよくない。特に異性は。

 だが相手はもう一つの仕事の上司だし同僚も一緒にいる。許されるかもしれない。

 なにより豚之介自身が興味を抑えきれない。

 駅から十分、川中の家は新築の一軒家だった。金持ちである。

 インターホンを押すと川中が出る。


「よく来てくれましたね。先生が来ましたよ。さあ、中にどうぞ」


 豚之介たちは和室に通される。和室には鹿島がいた。


「達也さん、真希ちゃんは部活で遅れるそうです」


「そうですか茜さん。では先に話し合いをしましょうか」


 川中は鹿島に、にこにこした笑顔で答えた。

 その姿を見て豚之介は川中に疑惑の眼差しを向ける。


「……達也さん? 茜さん?」


 やけに親しげだ。本当に鹿島は安全なのだろうか?


「油島先生、私はね……昔からの夢があったんです。女子高生にファーストネームで呼ばれることを……」


 川中は、元々細い目をさらに細める。

 それを見て豚之介は目にもとまらぬ速さで携帯電話を取り出す。


「あ、もしもし警察ですか?」


「ちっがーう! そういうのじゃないの! ただファーストネームで呼ばれたかっただけなの! って油島先生、あんた本当に容赦ないですね!」


 川中はあわてて携帯を引ったくる。


「もう、ばかばっかり!」


 沙樹がぷっとふき出すと、つられて鹿島も笑った。


「ぶーちゃ……油島先生、安心してください。なにもされてません。ただ単に、達也さんが『おじさんと呼ぶのは嫌だろうし、真希ちゃんとの区別がつかないからお互いを呼ぶときはファーストネームにしよう』って」


 かなり真っ当な理由であった。ヘタな言い訳をするから妖しくなってしまっただけなのだ。

 いや単に川中は豚之介をからかっただけなのかもしれない。


「ま、そういうことです。今日は家庭訪問がてら茜さんの話を聞いて欲しいなと思ったんです」


「どういった内容ですか?」


 鹿島は豚之介の目を見て話す。


「洗脳アプリの犯人を捕まえるのを手伝わせてください」


 次の瞬間、豚之介は指を弾こうとする。催眠術で無理矢理事件に関わらせないようにしようと思ったのだ。

 だがその手を川中につかまれる。


「まあ先生、聞いてください」


「だめです。これは洒落にならない。川中さん、私はねえ、鬱展開と寝取られが嫌いなんですよ。学校も転校させます」


 言い張る豚之介を川中は説得する。


「まあ、聞いてください。あのアプリの配信元は都内の上場企業でした。でも不思議なことに会社にいる誰もがあのアプリの存在を知らなかったんですよ。開発費もちゃんと会計帳簿に記載されてるのに誰も知らなかったんです」


「催眠……」


 沙樹がつぶやくと川中は満足げな表情をする。


「油島先生、犯人の催眠術師は面倒なやつのようですよ。ああ、大丈夫です。気づかれてません。今回は国税庁の調査を装ってますんでご安心してください」


「いいかげん理事長を絞め上げたらどうですか? 理事長しかいないでしょ」


 こんな名前の学校なのだ。理事長が一番あやしいだろう。


「それについては沙樹さんが詳しいですよ」


 沙樹は無表情のまま口を開いた。その顔は暗く、絶望に満ちていた。


「昔、とある総合病院で医師や看護師、患者までもが犠牲になる事件がありました。そこで疑われたのがオーナ一族。最終的に警察はとある医師を容疑者に選びました。ですが……それはただの偽装でした」


「ちょっと待ってください。それは……沙樹さんの」


「ええ、父です。偽装が露見したときにはとき遅く、両親は私と無理心中しました。父は母を刺し殺したあと私を手にかけました。ですが、私はたまたま警察に発見されて、一命を取り留めてしまいました。父はその場で心臓を一突きして自殺。私は祖父と共に海外へ。独立のために改造した自宅だけが残りました」


「と、いうわけで我々にはどうしても証拠が必要なんです。失敗は許されません」


 豚之介はため息をつく。沙樹の事情はわかった。証拠が必要なのもわかった。

 だが……。豚之介は目をつり上げる。


「単純な方法が許されないのはわかりました。でもどうして鹿島さんを巻き込むんですかね? その答えを聞いてないんですけどね!」


「本人が希望してるからです。ね? 茜さん」


 鹿島が豚之介の目を見据える。その目には確たる意志が宿っていた。


「私も戦いたいんです。父はどうしようもない人でした。でも私にビデオに出ろなんて……言う人じゃなかった。私が学園に入学してからおかしくなったんです。私は真相を解明して、犯人に裁きを下したい」


 豚之介はまたもやため息をついた。無駄だ。鹿島はもう何を言っても聞かないだろう。


「はいはい。わかりましたわかりました。でも鹿島さん、これは憶えておいてくださいね。私は鹿島さんと沙樹さんのどちらかしか救えない場合、沙樹さんを優先します」


 豚之介は、はっきりと言い渡す。

 物事には優先度がある。もちろん助けられるのならどちらも助ける。だが豚之介にとっては沙樹が最優先だ。

 これはただの自己満足だ。本当のところ沙樹がどう思っているかなんてわからない。それでも豚之介は貫き通す。

 すると鹿島はわなわなと震えた。


「ぶーちゃんかっこいい……もしかして災害の前触れ!?」


 本当に驚いた表情である。なかなかに辛辣である。


「見た目が悪いのだから、せめて生き様で語るしかないんですよ」


 と言ったが実体はアウトローの極みである。

 豚之介はそれを隠すように手を差し出す。


「では鹿島さん。よろしくお願いします」


「先生よろしくおねがいします!」


 二人が握手し、話は終わった。

 二人が帰ろうとすると玄関に、活発そうな少女がいた。


「茜ちゃんただいまー。あ、お客さん?」


 真希は茜の名前だけを呼ぶ。お父さんとの距離を測りかねた年頃らしい。

 豚之介と沙樹は真希に会釈して川中の家を出て帰途についた。

 いつものように豚之介は沙樹の自動車で送ってもらう。

 家には運転免許証はなかった。二年以上前の記憶でも運転免許を持っていなかった。たぶん持っていないのだろう。

 沙樹はなぜか無言だった。もしかすると怒らせたかもしれない。


「あの。沙樹先生……?」


「……」


「は、半藤先生?」


 なれなれしく名前で呼んだのが失敗だったかもしれない。豚之介は間合いをはかりかねていた。


「『沙樹』……先生はいりません」


「沙樹……さん」


「はい」


 返事だけでまたもや沙樹は沈黙した。

 豚之介はしかたなく外を眺める。

 外は夜だというのにLEDの明かりが眩い。自動車は次第に怪しげに光るお城型ホテルがひしめく通りに出た。昼間は気がつかなかった風景だ。

 沙樹の自動車が突然曲がる。


「あの……沙樹さん……行きとルートが違うような」


 沙樹はにこりとほほ笑む。


「あの……沙樹さん。なぜかピンク色のお城に向かっているようですが」


「……」


 沙樹は再びほほ笑む。


「沙樹さーん?」


「……」


 返事がない。ただの恥じらうビーストのようだ。


「おーい、問答無用で駐車場に停めましたよねー。いえ嫌じゃないんですよ。今日大人しかったのはこれかと思っただけで。ねー、お願いですからコミュニケーション取りましょうよ」


 豚之介が涙目になっていると自動車はお城に吸い込まれていき、駐車場に停車する。

 エンジンが停止すると沙樹が口を開く。


「豚之介さん……私は今まで自分を押さえ込んで生きてきました。優秀な子ども、優秀な学生、優秀な捜査官……でもその生き方は間違いでした。それを教えてくれたのが豚之介さんなのです」


 沙樹は豚之介の手を握る。


「沙樹さん……」


 豚之介は沙樹の手を握り返す。豚之介は、なんだかとんでもないものに火をつけたような気がした。それは、あながち間違いではなかった。

 そして誘拐されたパグ犬のようであった豚之介もまた(ビースト)であった。

 二人はお城のような建物に消えていったのである。

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