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最終話 催眠体育教師 油島豚之介

 阿屏我王堕震平和。

 阿屏我王ホールディングスの創業者一族阿屏我王家の後継者にして、学校法人阿屏我王学園理事長、公共財団法人阿屏我王堕震平和財団理事長などを兼務する謎の資産家である。

 そのハイスペックさと裏腹に両親のネーミングセンスに恵まれなかったのであろう。

 その男こそ、油島豚之介その人であったのだ。


「いつ……気づいた?」


 坂崎が疑問を投げかけた。

 豚之介は遠い目をして答える。


「意識が戻ってから1時間と言ったところでしょうか。なかったんですよ……部屋にエロ本も、エロDVDも、エロ動画サイトのアカウントも。それどころか電子書籍のアカウントも、イラスト投稿サイトのアカウントも。さらにSNSのアカウントも。オフィスソフトのインストールされたパソコンはありましたが、ブックマークは空。某違法投稿エロ動画サイトの閲覧履歴すらない。性欲あふれる汚いおっさんが、嫁も子どももいないのにエロなしで生きてるとか……明らかに不自然でしょ?」

「明らか」かどうかは個人差がある。明らかに暴言である。

 すると豚之介の後ろから沙樹が現れ、ぎゅむっと豚之介のほっぺたをつねる。

 さらに女生徒二人が「ご主人様えっちー♪」とはやし立てた。


「沙樹さん、これはしかたないのです。男とはそういう哀しい生き物なのです!」


 必死に弁解するが、沙樹は無慈悲に豚之介のほっぺたを引っ張る。

 その緊張感の無いやりとりに坂崎は心の底からぞっとした。

 この豚。まともじゃない。自分の主観すら否定し、真実にたどり着くなんて。本当にまともじゃない。


「まさか……そんなくだらないことを手がかりに真実にたどり着いたのか」


「ま、他にもありますよ。『痴漢をしそうな豚』っていう自覚はあるのに、学校の生徒を見てもムラムラしなかったとか。エロ親父のはずなのに知ってるラブホテルがないとか。風俗店も知らないとか。部屋の中にゴムの一つもないとか。コンピューターに詳しくない40代っていう設定なのにレンタルビデオ店の会員証がないとか。給料明細まではでっちあげたみたいですがね。納税記録がなかったりね。こんだけエロネタに詳しいのに同人誌の一つもないとかね。ねえ、川中さん?」


 川中は額に手を当てた。


「私たちはすっかり騙されてましたがね。紙台帳と指紋で確認しましたよ。油島豚之介はこの世に存在しません。私たちが10年間監視してたのは阿屏我王堕震平和。同時に協力者でもあったようですね」


「ま、そういうことです。あんた、一人の人生でっち上げるにしては、やることが雑なんですよ。それで、ここからは推論ってやつです。あなたは能力を奪う能力者ってやつでしょ? 違いますかね?」


 坂崎は顔を歪めた。


「そうだ。俺こそが無敵の能力者だ」


「そんな無敵の能力者ちゃんがなぜ私と敵対したか? それが問題なんです。万能で無敵なら催眠アプリを盗む必要はないですよね? 坂崎さん、あなた時を止める能力を持っているでしょ? それがあれば陵辱だろうが殺人だろうがし放題でしょ?」


「そうだ、俺こそ全能の能力者」


「と、嘘つきなわけですよ。ねえ川中さん、本当のことを言わないでしょ。ねえ、坂崎さん。もし、本当に時を止められるなら、これほど無駄な能力はないですよね? なんたって、物体の時間軸が止まるんですから。なにも傷つけられず、どんなものにも影響力を及ぼさない力。もちろん事前に殺せるポジションに移動するくらいはできるんでしょうが。そして時を動かしてからズバッと刃物で……使い方を間違えなければ、世界中の特殊部隊が欲しがったんじゃないかな? ま、戦闘くらいにしか使えないのは自覚してるんでしょうが」


 坂崎は絶句した。


「な、なぜそれを……」


「そりゃ時が止まるってことは、変化が止まるってことですからね。普通に考えたらタイムストップのエロとかあり得ないでしょ? 時が止まってるんですから。物体に変化が起こせるわけがないですよね。その点、催眠はいいですよね。エロもやりたい放題だ……いてててて、ちょ、沙樹さん! やめて!」


 沙樹がまたしても豚之介の頬を引っ張る。


「坂崎さん。あなたは、たぶん、私に『悪を倒したい』とか言って近づいたんじゃないかな? どうやら私ってお人好しみたいですから。それで、私が開発した? いやさせた催眠アプリを乗っ取ろうとしたところで私と戦闘。時止め能力を隠してたのか、私は負けて都合よく記憶喪失。……いや、催眠アプリでなにかしたのかな?」


 坂崎は笑い出した。

 負けたのだ。金持ちに。豚のような容貌なのに恋人もいる。なにもかも持っている。この男に。

 沙樹を奪う。失敗した。

 学校をメチャクチャにしてやる。失敗した。

 財産も地位もなにもかも奪ってやる。失敗した。

 何も持っていない自分が。金もなく。恋人もなく。希望する能力も持たず。理想もない。そんな自分が負けたのだ。

 それは許されない。こいつを殺す。そしたら、外に出て能力の許す限り殺しまくる。

 すると豚之介は薄笑いを浮かべる。


「無駄ですよ。あなたの能力は封じました」


「うるさい! 時よ……ぐはッ!」


 坂崎の心臓が「どくん」と跳ね上がった。


「あ、面倒なんで、これ以上能力を使おうとしたら心臓が止まるようにしました。能力を使おうとしたら発作が起こり警告、それでも強行したら心臓が止まります」


「ぐ、ぐ、なぜだ……なぜ前回は勝てたんだ」


 坂崎は倒れ、苦悶の表情で胸を押さえていた。


「そりゃ事前準備の差ですよ。前回は坂崎さんが奇襲をかけた。今回は私が坂崎さんの能力を特定し待ち受けた。それだけの差ですが、勝負なんてそんなものでしょ? 結局、相手になにもさせなかった方が勝つんですよ」


 そのまま坂崎は動かなくなった。気絶したらしい。

 豚之介は坂崎を冷たい目で見おろした。


「救急車を呼んでください。死にゃしないでしょうが念のために」


 その後、川中はすぐに救急車を手配。坂崎はそのまま運ばれて行った。

 全ては終わった。だが川中は一つ、どうしても気になることがあった。


「豚之介先生。ずいぶん優しいんですね。ヤクザは殺したのに」


「そりゃそうですよ。この人いないと、自己の証明ができずに財産を取り戻せませんし」


 川中の目が鋭くなる。


「結局金ですか」


 すると豚之介は悲しそうな顔をした。


「いえ、自宅の隠し部屋にあるエロ漫画コレクションを取り戻……いてててて、ちょっと沙樹さん、あれは芸術! 芸術なの! あのコレクションがなければ沙樹さんとの生活は灰色に……いてててててて! 恥ずかしがって爪をたてるのやめて!」


 いつもの豚之介である。

 川中はほっとした。


「それで、豚之介先生。阿屏我王堕震平和に戻るんですか?」


 豚之介は考える。

 そして沙樹の方を見て手を差し出す。


「婿養子でお願いします!」


 ズビシッと豚之介の頭に沙樹のチョップがめり込む。


「名前変えたいから結婚を申し込むとか! もー、バカ!」


 沙樹は顔を真っ赤にする。


「でも少し嬉しかったかも」


「沙樹ちゃん、ツンデレー♪ ぶーちゃんご主人様、喜んでるよ」


 その一言を聞いて、女子高生二人がはやし立てる。


「ち、ちが、ちょっと、豚之介さん! じゃなくて、堕震平和さんじゃなくてご主人様!」


 川中まで含めた全員が沙樹を見た。


「ご主人様?」


「え? マジで二人はそういうプレイなの?」


 豚之介は「ははは……」と苦笑いし、川中たちはゲラゲラと笑う。

 言えば言うほどドツボにはまる沙樹は顔を真っ赤にしていた。


「ま、そういうことです。川中さん。催眠アプリは好きに使ってください」


「は? いいんですか? 国がこんなの使ったらディストピアとか作れちゃいますよ!」


「私が生きてる間は全力で止めますよ」


「もし、亡くなったら?」


「そのころには陳腐化してますよ。たぶんね」


 豚之介は笑顔になった。


「あ、そうそう。川中さん、油島豚之介の戸籍と身分証作ってくれませんか? まだ教師続けたいし、正義の味方もしばらくやりたいので」


 川中はヒクッと口元が痙攣するのを感じていた。

 まだやるのか。このおっさん。

 そして気が付いた。

 つい先ほど豚之介は「自宅の隠し部屋」と言った。

 もしかして完全に記憶を取り戻したのではないか?

 すると豚之介は人差し指を立てる。


「私はなにも知らないし、中途半端に記憶をなくしてる。危険性はないし、政府には協力的。金と地位は取り戻したけど、持て余して、記憶が戻るまで体育教師を続けることにした。恋人もいて精神状態は安定している。今は生活が一番大事。政府が恐れた、金も地位も能力もある男は死んだ。それでいいじゃないですか」


 たしかに豚之介の言葉は間違っていなかった。

 地位も金もある能力者。それは権力者にとってなにより恐ろしいものだろう。

 だが今の豚之介なら、動物園にいる獅子のようなものだ。危険だが檻に入っている。


「私は川中さんを信頼してます。だから洗脳も催眠もしません。アプリも渡します。ではまたなにかあったら連絡してください」


 そう言うと豚之介は沙樹たちと部屋を出る。

 地上階に出て受付を通る。そこは文科省の建物だった。

 豚之介は沙樹を見る。


「沙樹さん、本当にありがとう。婿養子の件、考えてくださいね」


「もう、ばか」


 沙樹がポコポコと豚之介を叩く。

 豚之介は自分を取り戻した。

 本名はいらなかったが。でも……それでも、失なったままよりはいい。


「ご主人様、川中からメッセージが来た。集団痴漢トレインが発生したって」


 女子高生ズがスマホ片手に豚之介を見る。


「ご主人さまー。正義の味方はどうするの?」


「そりゃ続けますよ。私はね……


鬱展開が嫌いなんですよ」


 豚之介はにやっと笑った。

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