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真実

 ナイフを握った手に力が入る。


「お、お前を殺さなきゃ」


「洗脳……いや催眠か。やはりね。【手を開け】」


 カランとナイフが落ちる。


「いったい、こりゃどういうことなんですか?」


 川中の言葉に豚之介は自虐的な笑みを浮かべた。


「全ての謎は解けました。敵の正体も、私の正体もね。まずは証明しましょうか。川中さん、たしか私を10年も前からマークしてるんですよね? だったら私の指紋を照合してください。」


「はあ? どういうことですか?」


「みんな、沙樹さんも川中さんも私に騙されてる。それが答えですよ。さ、君、もう一度だ。【全てを話せ】」


 すると女生徒が頭を抱え苦しみだした。


「あ、アプリで指令が……10億円……」


「そこじゃない。私は何者だ? みんな知っているはずだ。忘れているけど知っているはずだ」


「せ、先生は……先生は……」


 次の瞬間、沙樹の叫び声がする。


「豚之介さん!」


 豚之介の背にナイフが突き刺さっていた。豚之介の大きな体が崩れる。

 犯人の姿はない。だが突き刺さっていたはずのナイフが、今度は豚之介の喉を切り裂く。

 傷口から鮮血があふれ出す。


「そんな、やだ死なないで!」


 沙樹の悲鳴が響く。

 豚は死んだ。家畜のように。

 それが世界の選択。運命なのだ。

 そして犯人は嗤う。世界を。何もかも汚してくれる。




「と、いう話だったのさ」


 豚之介の声が響いた。


「気がすみましたか?」


 豚之介が声を投げかけるその先には若い男がいた。


「なんでこんなことをしたんでしょうかね?」


 豚之介は質問する。


「どこまでわかっている?」


「証拠はありませんが、ほぼ全て。自分の正体も、なにもかも、ね」


 豚之介がニヤッと笑う。


「ねえ、川中さん。そうでしょ?」


 豚之介が男の背後に声をかけた。

 豚之介の後ろにいるのは川中だった。

 豚之介は男を見おろす。


「まず、私を殺害することで得られる10億円。私を殺さなきゃなならなくなる催眠をかければいいのに、あなたはそれをしませんでした。できなかったんでしょうね? 違いますか?」


 男は黙ったまま豚之介を睨んだ。


「黙りますか。……そりゃそうでしょうね。答えたら負けが確定しますもんね。それじゃ、私が言いましょう。油島豚之介は存在しない。架空の人物です。そうでしょ? 川中さん」


「ええ、すっかり騙されました。まさか私の認識まで歪められてたとは。データベースに油島豚之介の存在はありませんでした。まさか公安の古い指紋データベースにしかないとは思いませんでしたよ」


「紙台帳は人類が滅んでもしばらくは残りますからね。さて、じゃあ私は誰か? それが問題なんです。ねえ、坂崎不惑さん」


 男は用務員の坂崎不惑だった。


「いえ、あなた自身も自分が誰なのかわからないのかもしれませんがね」


 豚之介はいつでも殺せるように坂崎から視線を外さなかった。


「なんでわかったんだって顔をしてますね。そりゃ、記憶を失ってから初めて会ったとき。それからずっと疑ってましたよ。体育教師と用務員は陵辱ものの定番ですからね」


「根拠としては弱いな」


 坂崎は豚之介を睨み付ける。


「で、しょうね。私もまさかこんなしょうもないオチだとは……ねえ、冗談みたいでしょ? 坂崎さん、私とあなたは戦った。そしてあなたが勝利した。違いますかね?」


「殺すことはできなかったがな」


「殺し合いの原因は、洗脳アプリ。たぶん私が開発したんじゃないかな? それで、洗脳アプリを奪おうとしたあなたと殺し合いになった」


「ああ、そうだ」


「でもおかしいと思いませんか? 体育教師がアプリ開発? ……そもそも私は体育教師ですらないんでしょ?」


「……いつ気づいた? どうして自分の存在を疑うことができた?」


 坂崎は冷や汗を流した。

 まさか豚之介が本当に答えにたどり着いているとは思わなかったのだ。

 豚之介は坂崎の様子を凝視しながらさらに続けた。


「そりゃ、最初からですよ。二十代前半までボクシングの才能にあぐらをかいて怠けてきた男にしちゃ、油島豚之介って男は少々学があると思いませんか? クラシックの音楽にコンピューターに少年犯罪、世界の格闘技まで。違和感。……いやそんなものじゃないですよ。明らかにおかしい」


「そうか……気づいたか。では殺さねばならないな」


 坂崎の目が光った。

 次の瞬間、世界が停止した。

 豚之介も川中もピタリと止まっていた。


「時を止める用務員か。くだらない。だが、お前には死んでもらわなければならない」


 坂崎はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出す。

 刃を出すと豚之介に斬りかかる。

 豚之介の顔を裂き、喉笛を切り裂く。


「だから無駄ですって」


 パチンと指を弾く音が聞こえる。

 すると無傷の豚之介が坂崎を見下ろしていた。


「無駄ですよ。時を止める能力は無敵だ。でも私は坂崎さんに能力を使わせずに葬ることができる」


「とうとう……覚醒したか……」


「川中さん、私がしかけた理事長室の盗聴器はどうなりましたか?」


 そう聞くと川中は嫌な顔をする。


「なにも入ってませんでしたよ。本当に何一つ。理事長の阿屏我王堕震平和はどこでなにをしてるんでしょうね?」


「ねえ、坂崎さん。阿屏我王堕震平和って最低の名前だと思いませんか? でも、この言葉が最低になったのってわりと最近の出来事なんですよ。陵辱もののエロゲーが世に出た頃ですかね。約10年ってところでしょうか。役所もよく受理したものです。でもね、私たちが生まれたときには、まだこの言葉はなかったんです」


「……そこまでわかったのか」


「ええ、坂崎さん。油島豚之介はなにものなのか? 名前もあり得ないんですよ。阿屏我王堕震平和は役所が通す可能性はゼロじゃないんです。40年前は、まだその言葉はメジャーではありませんでしたから。でもね、豚之介は絶対に受理されない。絶対にです。じゃあ、私は誰なんでしょうね? あなたが10億円かけても殺したい私は」


 坂崎は目をそらした。


「私は阿屏我王堕震平和なんですよ」


 豚之介はとうとう真実にたどり着いたのだ。

体調不良と書籍化作業で更新できずにすみません。

あと一話で終了予定です。

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