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おじさん、さすがに疲れたのよ

 豚之介はもう一度ドアを開ける。

 ひゅんっとなにかが横切り廊下に置いたロッカーに突き刺さる。

 それは矢だった。びいいんとロッカーに突き刺さった矢が震えていた。


「ちょッ! アーチェリー部! それは死ぬから!」


 豚之介はあわててドアを閉める。


「お前らバカじゃないの! 10億円なんて、絶対にもらえるわけありませんからね! それよりも少年院送りになって一生をふいにするんですからね!」


「沙樹先生を解放しなさい!」


 高い声が聞こえた。

 その声には記憶があった。

 高柳静香。生徒会長である。

 生徒会長まで本気で殺しにきていることに豚之介は心が痛んだ。

 なにもそこまで目の敵にしないでもいいのに!


「生徒会長の高柳さん! あんたまでなにやってるんですか!」


「沙樹先生はあなたに脅されていると聞きました」


「顔が悪いからってなにを言ってもいいわけじゃありませんからね! あのね、私と沙樹先生は普通につき合って……」


「黙りなさい! ストーカーはみんなそう言うんです!」


 完全否定。

 取り付く島もない。


「なぜ私がストーカーだと思うんですか? 証拠はあるんですか!?」


「アプリでみんな(、、、)が言ってました」


 みんな(、、、)ね。豚之介はため息をついた。

「みんなが言っている」ほど厄介な認識の歪みはない。

 学問の世界ですら通説への反対意見を変えないものがいるというのに。たとえ人数が多くいようとも豚之介が悪党か否かなんてわかるはずがない。

 自分で判断するしかないのだ。なのに高柳は人に判断を委ねてしまっている。

 なるほど。青い鯨にどっぷりはまって洗脳されたに違いない。

 優等生ほど情報の吸収率がいい。

 カルト宗教にはまってしまうのも優等生が多い。

 青い鯨が息抜きしている間に依存して、その思想にはまってしまったのだろう。

 もう無傷で制圧することは無理だろう。

 いや相手は弓だ。高確率で豚之介が死ぬ。残念だが豚之介は時止め吸血鬼ではない。

 あのタイプは一度思い込んだら、容赦なく命を獲りに来るだろう。


「力を使うしかありませんか」


 力はあまり乱用すべきではない。精神に変な影響が出たら困るからだ。

 相手が悪党でない限り、話を聞き出したり、ご認識させる程度におさめたい。

 豚之介はドアを開け両手を挙げながら廊下に出る。


「なんのつもり!?」


「話し合いがしたい。私は潔白です」


 豚之介が言い終わった瞬間、矢が放たれた。

 豚之介が指を弾く方が少し速かった。

 矢は豚之介の頭の横を通り過ぎる。


(本当に躊躇なく殺りにきましたね)


 高柳は虚ろな目をして豚之介を見ていた。

 どうやら無事催眠術にかかったようだ。


「ふう……高柳。私の言うことを聞け」


「はい、ご主人様」


「はい?」


 なにかがおかしい。そこは「はい。先生」じゃないだろうか?

 一気に犯罪臭がしてくる。

 豚之介はスピーカーのままにしたスマートフォンに話しかける。


「川中さん。ちょっとやらかしました」


「さっきから物音が聞こえてましたが、今度はなにをやらかしたんですか?」


「いえね、弓矢で襲ってきた女子がいたんで、能力で大人しくさせたら変なスイッチが入っちゃいましてね」


「ご主人様。静香はなにをすればいいんですか?」


 とろんとした目で高柳は首をかしげる。


「ほう……『ご主人様』ですか……またマニアックな」


「ご主人様。静香に首輪をつけてください」


「……ホーリーシット」


 豚之介が小さく悪態をつき、川中が吠える。


「油島先生……。あんた見損ないましたよ! わたしゃね、あんたのことは顔は化け物みたいでも、それは心の清い漢だと思ったんですよ! あ、おまわりさん。事件のついでに小汚い淫行教師を逮捕しに……」


 川中はわざとらしく一緒に学校に向かっている刑事に声をかける。

 豚之介は焦る。本気で焦る。ブサメンにとってはこの手の冗談は洒落ではすまないのだ。


「違う! 絶対に違う! どうも彼女は別の能力者に洗脳されていたみたいなんです。とにかく洗脳解除の専門家とかもお願いします! あと……沙樹さんへの言い訳も手伝ってください。いやマジで、ホント、お願いッス! ……家に入れてもらえなくなっちゃいますから」


「あーあ、わかりましたよ。貸しですからね! これは貸しですからね! 沙樹さんは尽くすタイプだから、こっちも怖いんですよ! 油島先生、わかってますか!?」


 これ以上ないくらい知っている。

 沙樹はヤンデレではないが、我慢するタイプだ。

 一見すると気性は激しそうに見えるが、実はそんなことはない。

 本来はギリギリまで我慢して爆発するタイプなのだ。

 普段怒らない人がキレたときの恐ろしさは想像できない。

 このところの襲撃騒ぎで心配をかけ続けている。


「川中さん、お願いしますよー。ホント、本当に!」


「わかりましたよ! やればいいんでしょ! やれば!」


 まだ見ぬ沙樹の反応に怯えまくるおっさんども。

 その姿に高柳は首をかしげた。

 次の瞬間、ぱんっと音が聞こえ、ガラスが砕けた。

 豚之介はとっさに高柳をかばう。


「静香!」


 何者かが高柳の名前を叫び、割れた窓ガラスから部屋に飛び込んでくる。


「この豚ァッ!」


 迷彩柄の服。小柄。顔はゴーグルと目出し帽で隠している。手には鎌形のナイフ。

 そこまではわかった。

 豚之介は催眠術よりも先に、襲撃者のナイフを持った手を両手でつかんだ。

 豚の刺身にされるのは嫌なのだ。


「て、手を離せ!」


 襲撃者は甲高い声で怒鳴った。


「ナイフを落としたら離してやります!」


「そうかよ!」


 襲撃者の腕から力が抜けた。

 まずい。豚之介が思った瞬間、すっと手首が曲がりナイフの刃が豚之介の手首を切り裂こうとした。

 あわてて豚之介はパッと手を離す。


「これだから打撃系は嫌なんだよ! 普通、初見でこれをよけるか!」


 文句を言いながらも襲撃者は容赦なく、豚之介の首を狙いナイフを振る。

 豚之介は体を反らし、紙一枚の距離でそれをよける。


「そのガタイでその動き。ざけんな!」


 今度はナイフで目を狙う。もしくは適当に顔でも切り刻もうと思ったのかもしれない。

 豚之介は手の平で弾く。パリング。

 本当だったら、このままストレートを入れそのまま動かなくなるまで殴るところだ。だが、相手はおそらく生徒。バックステップして距離を取る。

 ほんの一瞬のことなのに息が上がる。今の豚之介では三分も戦えないだろう。

 すると襲撃者は高柳に近づく。


「ほら静香! 逃げるよ!」


「亜紀ちゃんなんで?」


「あ?」


 亜紀。豚之介は必死に亜紀で思い当たる生徒の顔を思い出す。

 高柳の関係者で亜紀。生徒会書記の長野亜紀だ。

 眼鏡をかけた大人しい子だと思っていたが、どうやらミリタリーの趣味があったようだ。


「なーがーのー! おーまーえーなー!」


「くっそ、バレたか。しかたない。これでも喰らえ!」


 そう言うと長野は迷彩柄のベストから、赤い円筒形の物体を取り出す。

 豚之介はそれを見て青ざめる。


「ちょ、やめ! クマ用のスプレーはやめ!」


 クマ用のスプレーなんか撒かれたらたたじゃすまない。

 豚之介だけではない。高柳も。スプレーを放った長野自身もだ。

 もう手加減は出来ない。

 豚之介は指を弾く。


「動くな! 言うことを聞け!」


 ピタッと長野の動きが止まる。


「ぜえ、ぜえ、ぜえ……し、死ぬかと思った……今回はヤバかった」


 豚之介はへたり込む。

 教師と工作員を両立させるのは難しい。

 今回は本当に危なかった。


「マスクを取れ」


 目出し帽を取った。

 やはり長野亜紀だ。


「長野さん。落ち着いて私の話を聞け」


 これで無力化できるはずだ。


「はい、ご主人様」


「はい?」


 スピーカーモードのスマートフォンから川中の声がする。


「今、部室の前につきました。油島先生! 大丈夫ですか!」


 最悪のタイミングで川中がやってきていた。

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