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おっさん、賞金額増えました

 翌日。


「おい、油島。ちょっと来いよ」


 ガシッとやたらとガタイのいい二人に脇を固められ、豚之介はボクシング部の部室に連れて行かれる。

 先日の馬男たちとは違い、マスクもなしに堂々としていた。

 その顔は豚之介よりおっさんっぽく、顔中に広がるニキビでかろうじて十代とわかる。

 柔道部部長の加藤雄一だ。

 もう一人も柔道部だろう。

 また面倒なのが出てきたなと豚之介は呆れた。

 加藤は柔道のことしか頭にないタイプだ。まさか祭りに参加するとは思ってもみなかった。


「どうも、加藤くん。君も1000万円争奪祭りに参加ですか?」


「金が欲しくない人間などいるのか? なあ先生」


「そりゃそうですね。よっこらせと」


 豚之介はパイプ椅子を広げ股を広げて座る。

 その姿はどことなくチンピラっぽかった。

 加藤もパイプ椅子を広げ豚之介の目の前に座る。


「だが金だけじゃない。聞いた話じゃ先生、あんた襲ってきた連中を返り討ちにしたって?」


「デマですよ。ナイフで斬られて大怪我ですよ」


 豚之介は加藤へ、包帯の巻き付いた手を広げて見せる。


「この通り。彼らは傷害の容疑で警察へ連れて行かれたっていうオチですよ」


「へえ……先生、顔はきれいなんだな。その豚みたいなツラじゃねえ。殴られた跡のことだ。普通、ナイフ取り出す前に殴りかかるだろ? バカどもだってナイフで刺せば警察送りになるのは知っている。なにか辻褄が合わねえと思わねえか?」


「あははははは。お恥ずかしい限りで」


「連中が鉄パイプもって集まってたのを見たぜ。鉄パイプは一撃も食らわなかったのに、その情けねえ傷は負った。どうにも理屈が合わねえ。先生、あんたは、なんらかの手段で鉄パイプ持ったあの人数を制圧した。先生、俺は5人と同時に戦って怪我一つさせねえで制圧できたやつを初めて見たんだよ」


「偶然じゃないですかね?」


 と言いながら豚之介の額から汗がこぼれた。

 面倒くさい。本当に面倒くさい。

 まさか熱血格闘野郎のセンサーに引っかかってしまった。

 このタイプは戦ってくれるまでしつこくつきまとってくるのだ。


「そうかね? 俺は1000万円には興味ねえが、達人ってやつには興味がある。なあわかるだろ。達人の方が何倍も価値があるよな? なあ先生、俺と()ってくれよ」


「お手々が痛いので嫌ッス。あのな加藤ちゃんよ、生徒を殴ったら俺は社会的に死んじゃうの。わかる? それが大人の世間体ってやつよ」


 すると加藤は厚ぼったいまぶたの奥にある長細い目でニヤッと笑った。

 そして立ち上がると椅子を振り上げ豚之介の頭目がけて振り下ろした。

 ガシャンと音がし、豚之介の頭が揺れた。

 取り巻きが豚之介の胸倉をつかむ。


「どうやらアンタ、わかってねえみたいだな。ここで闘ってくれねえなら、半藤先生にかわりに相手してもらおうか?」


 次の瞬間、豚之介の拳が取り巻きの顔にめり込んでいた。

 ズシンという重低音が響き、取り巻きの体が宙に浮く。

 歯が飛び、鼻はひしゃげ、首は変な方向に曲がりながら取り巻きは空を飛んだ。

 そのまま取り巻きは天井を破り、部室の天井に突き刺ささった。

 それは催眠術でもなんでもない。豚之介の素のままの力。ただの腕力だった。


「な!」


 驚く加藤へ豚之介は一気に間合いを詰める。

 そのままボディに一発。

 現役時代より数十キロ重いウェイトを拳に乗せる。

 その衝撃は加藤の鍛え上げた硬い腹筋を突き破る。

 加藤の口から反吐が飛び出した。


「ぐはッ!」


 豚之介は敵には容赦しない。返す刀でフックがアゴをかすめた。

 まずい。加藤は知っていた。これは一発で終わりになると。

 だがもう遅かった。脳が揺れる。

 プチンと加藤の意識が途切れた。

 豚之介は加藤を抱きかかえ、優しく寝かす。


「勘違いした格闘野郎まで。まったく、めんどくさい連中が出てきましたね。こっちは達人じゃないっての。まったく、もみ消し工作をしなきゃ……」


 豚之介は携帯を取りだす。すると数十件もの着信の表示があった。

 川中と沙樹だ。


「なんでしょうか?」


 沙樹の着信は気になったが、まずは川中に電話をかける。

 たった一回のコールで川中は出る。川中は声がうわずっていた。

 かなり焦っているようだ。


「油島先生、どこ行ってたんですか! 探してたんですよ!」


「なにかあったんですか? 今部室にいるんですけど」


「あー、もう! 反対側か! ナイフを持った男子生徒が女子生徒を人質に取って屋上に立てこもってるんです! 今警察と一緒に向かってます!」


 そのときだった。

 窓ガラスからパンッと音がし、ヒビが入った。

 豚之介はリングの陰に飛びこむ。


「川中さん! 襲撃された! 柔道部に呼び出されてリンチされそうになったんで、全員制圧したんですけど、さらに襲撃されてます。窓ガラスが割れた! 飛び道具だと思います!」


「アンタはアクション映画の主人公か! なんで日本でそんな目にあってるんですか! 1000万円か! あー、もう、その程度の賞金じゃ割に合わないでしょうが! って……あ……」


 豚之介と川中はほぼ同時にある結論に辿り着いた。


「川中さん、私の賞金は! 今いくらになってますか!」


 すると川中が笑い出す。


「あはははははは! 10億ですよ! 10億! 殺人犯になっても割に合う金額になってますよ!」


 豚之介の首にかけられた賞金は10億に跳ね上がっていた。


「川中さん、あんたねえ! 笑うことないでしょうが!」


「ひ、ひひひひ! いや、油島先生。あなたといると飽きるってことがないですわ! それに10億! あはははははは! バカじゃないの! 引き渡しできるわけないじゃない!」


 川中は腹を抱えて笑う。

 10億円。このくらいの額になると、たとえ貰えるとしても、どう渡すのかが一番の問題になる。

 なにせ犯罪による収益だ。いつ政府に取り上げられてもおかしくないし、そもそも送った相手がわかってしまっては終わりだ。

 まず額が大きすぎる。銀行振り込みなら足がつく。

 現代はクレジットカードによる数十万円の決済にも確認の電話がかかる時代なのだ。

 一方、現金による手渡しは匿名も可能だ。だが手渡しするにも金額が大きすぎる。

 単純にその重量は100キロにもなるし、そもそもそんな現金を用意できるものは少ない。

 銀行で10億もおろしたら大騒ぎになる。

 ごく少数の手段は残されているが、それらは一般人には難しいものばかりだ。

 つまり最初から渡す気がないのだ。

 だがそれは大人の論理だ。

 紙幣の重さや、金融機関による高額決済の監視を理解するのは学生には難しい。

 一攫千金を夢見て豚之介を狙うものは多いだろう。

 またもやパンッと音がし、窓にヒビが入る。


「ヤクザの事務所で聞いた音と違いますね。川中さん、本物の銃なら窓ガラスが無事ってことはないですよね?」


「あのねえ、日本中探したってヤクザの事務所で実戦やってきた頭のおかしいのはあなたくらいですって。ったく、拳銃でも普通は粉々ですよ」


 それじゃモデルガンに違いないと豚之介はリングの陰に倒れた二人を引き込む。

 と言ってもガスで発射する銃でも、ガスの圧が強かったり、弾がガラス玉やパチンコ玉なら人を殺傷できる威力がある。

 圧電素子などの電子パーツでアルコールに引火する機構を作れば人を殺傷できる武器を作ることも可能だ。

 工作難易度が低いので高校生でも作成は不可能とは言い切れない。


「まったく、アホ二人を助けるとか……もうね!」


 豚之介は匍匐前進で外に向かいドアを開けた。


「来たぞ! 撃て!」


 豚之介は転がる。

 すでに囲まれていた。


「川中さん! 襲撃を受けてます! あのね、そろそろ死人が出ますからね!」


「誰が死ぬんですか!」


「私!」


「あきらめんな! 今行きますから!」


 沙樹たちは本館で自殺騒ぎの対応中、警察も川中もまだ到着しない。

 そとには武装した生徒。部室には気絶するアホ二人。

 そして蜘蛛の糸に引っかり孤立する豚。


「あははは。困りましたね」


 豚は冷や汗を流した。

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