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おっさん怪我しました

 もみ消せるように穏便に制圧したというのに、血を流す豚之介を見た誰もが大騒ぎをした。

 主任も教頭も大騒ぎし、110番で警察まで呼んでしまう。

 大事になる前に川中に連絡できたが、警官がきて大騒ぎになる。

 校長と教頭が理事長と阿屏我王コンツェルンに連絡。

 阿屏我王側がすぐに弁護士を呼び、マスコミにも連絡。運営側は今後の対応の協議を始める。

 生徒にはすぐ事情説明。

 保護者にも説明会の予定がアナウンスされる。

 どうやら阿屏我王学園は自殺者が出たら、もみ消しに必死になる外道の集まりではないらしい。

 いや、むしろ有能だ。大騒ぎされる前に情報を公開している。

 被害者の豚之介にも対応は十分だった。

 まず、「こんな怪我、ホチキスでとめときますよ」と言ったところ、同僚たちから真顔で説教された。


「油島先生! 生徒が怪我したときにそれじゃあ困るんですよ! いいから病院に行ってください!」


「自分を大切にしない人は、他人も大切にできないんですよ!」


「仕事は私たちがやっておきますから! お願いですから病院に行ってください!」


 と、本当に心配されてしまった。

 とりあえず沙樹に止血してもらった。沙樹はむくれていた。


「沙樹さん。……ごめん」


「本当に心配したんですからね!」


 沙樹は豚之介をポコポコ叩く。

 もう二度と悲しませるのはやめようと豚之介は思った。

 止血すると警察が来る前になにがあったかを学校側に聞かれる。

 疲れた顔の校長が豚之介に質問する。


「油島先生。経緯を説明してください」


「彼らは私をリンチしようとしてたらしく、一人になった所を取り囲まれました。それで口頭で説得していたところ一人が逆上、ナイフを取り上げようとしたらはずみで斬られました」


「油島先生はボクシング部の顧問では?」


 一応顧問ではあるが、実際は豚之介より若くて熱心な副顧問がいる。

 指導も基本的には若い方が最新の知識で優れている。

 豚之介はお飾りなのだ。


「競技者としてはずいぶん前に終わってますので。それに格闘技をやっていても怪我するときは怪我しますよ。いやお恥ずかしい限りで」


 と笑いながらも「鍛え直さなきゃなあ」と豚之介は思った。


「そうですか。原因はいったいなんでしょうね?」


「半藤先生とおつきあいをしていることが漏れてしまいましたので。どうやら嫉妬したみたいで」


「なるほど。半藤先生は美人ですからな」


 話は本当に余計な詮索をされることもなく進んだ。

 そのまま豚之介は救急車で阿屏我王大学付属総合病院に運ばれて行く。

 大げさに騒がれるのは本意ではないが、傷害事件なので致し方ない。

 沙樹は仕事が終わったら来てくれるらしい。


「今度は看護婦さんものですか……」


 と救急車の中で豚之介はつぶやいた。

 病院で数針縫って終了。銃弾がかすめたときより軽傷だ。

 処置が終わると警察官と一緒に川中が待っていた。


「どうも油島先生。お疲れ様です。事情(、、)を知っているものを連れてきました」


 川中と同じくらい屈強な二人を紹介する。


「前から思ってたんですが。川中さん、あなた文科省の人じゃないでしょ? お二人さんも警察官じゃないんじゃないですかね?」


「ちゃんと文科省に籍はありますよ。他の省庁の人間ではないとは言いませんがね。そこの二人も同じです。これで答えになりますかね?」


 つまり言えない役所の言えない部署所属だ。


「ええ、今のところは。それでなにが聞きたいんですか?」


「沙樹先生との生活はどうですか? なにか異変はありませんか?」


 予想外の質問だった。豚之介は思わず顔をしかめた。


「どういう意味です?」


 川中はポケットから飴を取り出すと口に入れた。

 口が寂しかったのだろう。


「まず、沙樹先生はあなたと同じ異能者です。と言っても油島先生ほど危険なものじゃありません。ただね、性犯罪者を引きつけるんですよ。強烈に、我を忘れるほどに。私たちは彼女のような能力者をサキュバスと呼んでます」


「サキュバス?」


「ええ、夢魔って言うんですかね。そのサキュバスですが不思議なことに普通の男は反応しないんですよ。ほら沙樹先生は美人ですけど、普通は前後の見境なく襲ったりしないでしょ? 普通の人間は妄想に留めますよね?」


「は、はあ」


 豚之介は曖昧に答えた。

 確かにいきなり襲ったりしない。

 だが沙樹の同意があるとはいえ、妄想に留めるべき行為を片っ端からしまくっているのが現状である。

 さすがに外にまでは出てないので、人に迷惑をかけるレベルではない。

 たぶん自制できている。きっとできているに違いない!

 豚之介は問題を直視するのをやめた。


「……自信なさげですが?」


「黙秘します」


「まあ沙樹先生をわざとあなたと会わせたのは私なので文句は言いませんけど」


「ちょっと待って」


「はい?」


「今、会わせたって言いましたよね? いつから私のことを把握してたんですか?」


「10年以上前からですかね? 学校で健康診断やるでしょ? あのときに能力者を調べる装置で……」


「頭が整理できない。じゃあ、私が記憶喪失の間に犯罪を犯したかどうかまで知ってるんですね」


「そもそも性犯罪者だったら仲間にしません。あなたは常に人のために力を使ってましたよ。ただ敵の命を虫けら同然に扱うので要精神鑑定でしたが。ほら、少し前に研修で受けたでしょ。思春期の精神を測る管理測定。就職活動に使うって名目の」


「もしかして、ひたすら計算させるやつ、アンケートの……」


 進学校なのに実業高校みたいな試験の研修をやると思ったら、そんな罠があったのだ。


「そうそう、それ。あれね、犯罪神経学のテストだったんですよね。それで見事通過したので沙樹さんに接触を許可したわけです。……ここだけの話。私たちだって無能じゃないんですよ。ただ催眠系の犯罪の立証が極端に難しいだけで。ヤクザを全員再起不能って方がよほど楽ですね」


「そんな危険人物の私を仲間にしたんですか? ヤクザを再起不能にしたのに?」


「ええ、沙樹先生の報告があった時点で、私が攻撃許可を出しました。つまり油島先生の活躍は犯罪には入りません」


 つまり川中は市民への攻撃許可を出せる立場にいるのだ。


「ま、催眠術を使う仲間はヤクザ数十人の命より重いってことです。それに沙樹先生を守れるのは現状あなたしかいませんしね。サキュバスを死ぬ前に保護するのは難しいんですよ」


 だとしたら矛盾がある。


「なぜ沙樹先生を最前線に出しているんですか? 貴重な人材でしょ」


「そもそも我が国では合理的理由なく人を長期拘束することはできません。保護だとしてもです。油島先生とは違うんですよ。それに前線にいるのは単に本人の希望だからですよ。彼女は親の仇を見つけて復讐したいようです」


 自分の命をどう扱おうが自分の勝手である。


「油島先生だって、ヤクザの事務所に乗り込んだでしょ? それと同じですよ」


 つまり豚之介と沙樹は本質的なところで似たもの同士なのだ。

 だが疑問は残る。なぜ豚之介なのだろうか?


「他に催眠系の能力者はいないんですか?」


「残念ながら。そもそも催眠系の能力者と遭遇したら常に殺し合いです。殺るか、殺られるか。私が知っている限りじゃ催眠系で話し合いができたのも、仲間になってくれたのも、人のために力を使ったのも、悪を許さないのも、油島先生あなた一人ですよ」


 豚之介は相当なレアケースのようだ。

 だとしたら豚之介を生かす意味は限られる。

 実験動物か仲間か。それは言質を取るべきだ。


「私はモルモットですか? いつか解剖されるとか?」


「まさか、生きたサンプルがあなたしかいないのに? 行動の観察と護衛に留めています。それ以上はなにもしてません。首をかけてもいいですよ。まあ、健康診断で肝臓の数値に異常……おそらく脂肪肝があるのでその指導はさせてもらいますが。解剖も生きてる限りはしませんよ」


 つまり死んだら解剖される。

 だが死んだ後だ。どうせ火葬される体が切り刻まれても豚之介には影響ないだろう。

 それと脂肪肝はまずい。やはりダイエットが必要だと豚之介は思った。


「それは冗談ですが、仲間だと思ってますよ。油島先生が調子にのって世界征服に乗り出すとか、目が合った女は俺のものとかやらなければ敵に回りませんよ。一応言っておきますが、もし……調子にのったら自衛隊と米軍の全力を持って叩きつぶします」


「まさかの怪獣扱い!」


「あなたねえ! 少しはご自分の戦闘力を考えてくれませんかね! あなたを確実に倒すには、影響力の及ばない遙か遠くから市民巻き込んでミサイルぶち込むしかないでしょうが! スナイパーすら信用できないでしょ!」


 しかもミサイルだった。

 なるほど。やろうと思えば催眠術で操られた数万の市民を盾にすることも可能なのだ。

 豚之介は能力の恐ろしさを理解できた。


「それで、その危険人物になにをしろと?」


「沙樹先生を守ってさえ頂ければ。そうすれば今回みたいに敵は勝手に寄ってきますよ」


「沙樹さんは守ります。なにがあっても」


 豚之介はそう川中に誓う。


「じゃあ、事情聴取をはじめますか。お二人に事件の経緯を説明してください。わざと斬らせた件もね」


 やはりバレていた。

 豚之介はそれをおかしく感じられクスクスと笑う。

 笑いながら豚之介は二人の警察官にありのままを報告した。


「しばらくは似たようなことが起こるでしょう。その際はよろしくお願いします。なにせ1000万円の賞金首ですから」


 豚之介は不敵に笑う。

 楽しくなってきた。と豚之介は思った。

 現時点で沙樹に手を出してないということは、ターゲットは豚之介に違いない。

 汚いおっさんがターゲットなのだ。たとえ傷ついても笑い事で終わるのだから。

 生徒や沙樹が傷つくよりは何倍も幸せだろう。

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