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オーク幻魔拳

 豚之介は校内をカートを押しながら歩いていた。

 業務中なので上下のジャージである。

 体の大きい豚之介は用事を押しつけるにはちょうどいい。その日も数学の教師に頼まれて仕事をしていた。

 つい人の「お願い」を聞いてしまう豚之介にも問題はあるのだが。

 沙樹は子猫を守る母親のようになっていたので、豚之介はスルスルと逃げ出した。

 ああなってしまっては話し合いの余地などないのだ。

 カートを押して実験室に入る。

 豚之介が入るとドアがぴしゃんと閉まった。


「困りましたね。先生もグルですか……」


 鉄パイプを持った制服姿の男たちが豚之介を取り囲んでいた。


「よう、ぶーちゃん。てめえ生意気なんだよ!」


 馬のマスクをつけた男がうわずった声で言った。

 ミイラ男にフランケンシュタイン。鹿やゴリラもいる。

 男たちはパーティに使う仮装用のマスクをしていた。

 男たちはこれから起こるであろう暴力の宴に興奮していた。


「そりゃどうも。二年の佐藤くん」


 豚之介は水を差すように言った。すると馬のマスクの男が焦る。


「て、てめえ、なんでわかった!?」


「そりゃ声でわかりますって。ここ本当に進学校なんですか?」


 やはりまだ子どもだ。詰めが甘い。

 この手の犯罪で捕まらないためには、豚之介が認識する前に昏倒させて滅多打ちにするか、豚之助をこの場で殺すしかない。遊びにしてはリスクが高すぎる。

 だが豚之助は思う。強姦犯は子どもでも死ぬべきだが、喧嘩程度なら軽く制裁するだけでいいだろう。


「一応警告しておきますが、教師が反撃しないと思ったら後悔しますよ」


「ぶぁーか! この人数に勝てるわけねえだろが!」


 勝っても負けても退学は決定だよな。と、豚之介は思ったが、口に出す暇はなかった。

 馬のマスクの男が肩から振りかぶった鉄パイプを豚之助に振り下ろした。

 ファイティングポーズをとった豚之助はスッと鉄パイプの一撃をよけ、男のサイドに回り込む。そして、体重移動をしながら、背筋を使い馬のマスクのド真ん中めがけて開いた手を差し出す。

 馬のマスクの男はそのとき、鉄パイプをよけられたせいで、前によろけていた。その顔面めがけて豚之助の掌底、いや、張り手が襲う。

 馬のマスクがくの字に折れ曲がり、男の体が空中を浮いた。そのままぐるぐると回転し窓ガラスに背中から突っ込む。

 ガシャン! と、気持ちのいい音がし、ワイヤー入りのガラス窓が枠ごとひしゃげた。

 男が外に飛び出すことはなかったが、ガラス窓が細かい破片に砕けていた。


「化け物か……」


 ぽかんとするもの。


「てめえ、教師が生徒殴っていいと思ってんのか!」


 怒り出すもの。


「お、俺、帰る!」


 怯えて逃走しようとするもの。

 反応は様々だった。

 ボキリボキリと豚之介は拳を鳴らした。


「まさか逃がすとでも?」


「くそッ! 誰だ! 人数揃えれば簡単だなんて言ったやつは!」


 フラケンシュタインマスクの泣き言が炸裂する。


「ま、1000万円稼ぐのは難しいってことですよ」


 豚之介はそう言うとドアの前に立ち塞がる。

 逃がすつもりはない。少々痛い目にあってもらう。

 フランケンシュタインマスクの男がポケットからなにかを取り出す。

 豚之介はスマートフォンで助けを求めるのかと思ったが、予想は外れ、男が取り出したのは折りたたみ式のナイフだった。


「て、てめえ、ぶっ殺してやる!」


「あーあ、ナイフなんか出しちゃって。それを抜いたら手加減できませんよ」


 鉄パイプの時点で、普通なら手加減などできない。だが、豚之介はヤクザの本部に乗り込んで壊滅させる男である。豚之介のその辺の感覚はすでに壊れていた。

 それを知らないフランケンシュタインマスクがナイフを抜く。

 次の瞬間、豚之介にナイフを持った手首をつかまれる。


「あ……」


「残念でした」


 豚之介の拳がフランケンシュタインのマスクにめり込む。襲撃者たちの耳に今まで聞いたことがない重低音が響く。

 フランケンシュタインマスクの男はダウンしたのか膝から力が抜けた。

 豚之介はその足を足払いし、背中から落とす。

 単に前から落ちると顔面を打って危ないので、頭を打たないように優しく背中から落としたのだが、その気配りが襲撃者に伝わることはなかった。


「こいつ本当に教師か! 殴ってから床に叩きつけやがった!」


「この人でなし!」


 仏のような豚之介でも、さすがにいわれのない誹謗にカチンときた。

 豚之介は「人でなし」と怒鳴ったドラキュラの腹を殴る。


「ぐえ!」


 気絶もさせない。ドラキュラは膝を落し悶絶する。


「ひいッ!」


 ミイラ男が逃げる。

 豚之介はその尻を思いっきり蹴飛ばす。

 ミイラ男は机に突っ込み動かなくなった。

 最後にゴリラが残る。


「ひッ!」


 ゴリラは悲鳴を上げるとその場から動かなくなる。

 催眠術ではない。単純に豚之介に恐怖を抱いたのだ。


「さあて、二人きりになりましたね。ゆっくりお話ししましょうか?」


「は、はい!」


「それじゃあ、先生も共犯ですか?」


「は、はい! 数学講師の吉岡と1000万円を山分けしようって」


「ありゃま、そりゃだまされましたね。吉岡さんは君たちに私を始末させて密告。君らは少年院送り。殺人だから少年刑務所かな? 吉岡さんは1000万円持ち逃げして人生再出発と」


 実際は再出発するには足らない。はした金ではないが、命をかけるほどの金ではない。

 それでも当の吉岡も1000万円を手に入れる前に始末されるだろう。

 ゴリラは言葉を失っていた。


「でもアプリがやれって」


「こんのばかちんがー!」


 豚之介はそのセリフを聞くや否や、問答無用でゴリラの頬を張り倒す。

 がしんと音がし、ゴリラはびんたの衝撃で机に体から突っ込む。

 突然の暴力に呆然としながらゴリラは豚之介を見上げた。


「その年でやっていいことと悪いことの区別もつかないんですか!」


 いい年こいて体罰全開で説教する油島豚之介40歳がそれを言うのはおかしい。だが勢いで押し切った。


「なぜ自分で判断しないんですか! 人に判断をまかせてそれでいいんですか! だまされて損をするのは君なんですよ! しかも暴力を振るうなんて、先生は悲しいですよ!」


 悲しいと言いながら、つい今しがた生徒たちをボコボコにした男が正論を振りまわす。

 まさに説得力皆無。ツッコミ役不在の暴虐の空間が展開された。


「せ、先生! 俺、間違ってたよ!」


 ゴリラは涙声で豚之介に抱きつこうとした。

 薄ら寒い青春映画のワンシーン。

 ただ一つ違っていたのは、ゴリラは抱きつく寸前ポケットからバタフライナイフを抜いたこと。

 なれた手つきで刃を出すとそれを一気に豚之介の腹目がけて突き立てた。


「あ、れ……?」


 豚之介の腹から血がにじみ出る。

 そして豚のような男が膝をつき、ゆっくりと倒れた。


「あ、あはははは! おれはやったぞ! 1000万円取ったぞ!」


 ゴリラは歓喜のあまり叫んだ。

 金のためか、豚之介を倒したという満足感か。

 勇者のような全能感がゴリラを支配した。


「あははははは! 死ねよ豚!」


 ゴリラは豚之介の体を蹴る。

 そのときゴリラは、ぞわぞわと手の甲を這い回る不快な感触に気づいた。

 手を見ると一匹の白い芋虫がいるのが見えた。


「うわッ!」


 あわててゴリラは芋虫を払う。

 だがそんなゴリラへ上から芋虫が降り注いだ。


「ぎゃあああああああああああああッ!」


 ゴリラはパニックになった。

 どうして? なにがあった? せっかく豚を殺したって言うのに!

 金を手に入れたってのに! なんてついていないんだ!

 だが今度は足からぞわぞらとしたものが上がってくる。


「あ、あ、あ、ああああああああああッ!」


 それはゴキブリの大群だった。

 ゴキブリの大群が足を登ってくるのだ。

 あわてて大暴れするが、圧倒的な数の暴力の前にゴリラは埋め尽くされていく。


「ひ、ひいいいいいいいいッ!」


 ゴリラは芋虫とゴキブリに肌を食い尽くされていく。

 そして虫たちはマスクの中へ……。


「ひああああああああああああッ!」


 ゴリラは言葉にならない悲鳴を上げた。



「ご満足頂けましたか?」


 ゴリラが叫んでいると豚之介の声がした。

 顔を上げると、豚之介は王者のように椅子に座ってゴリラを見おろしていた。


「あ?」


 ゴリラは辺りを見回した。

 馬が突っ込んだ窓ガラスは割れていない。

 ミイラ男が突っ込んだ机もきれいなままだ。

 鉄パイプも床に転がっている。

 それどころか暴力に晒されたはずの仲間たちは、床に寝そべって寝息を立てていた。

 ゴリラに群がっていた虫もいない。

 これは幻覚だ。ゴリラたちは一切の暴力なしに無力化されていたのだ。

 たとえ暴力で負けたとしても撮影していた動画を切り貼りすれば豚之介を社会的に潰せるはずだった。

 本来指令は社会的な抹殺を意味していたのだ。

 だが、なにが起きたかすらわからない。

 単純な強いとか弱いとかではない。生物としての格が違う。


 殺される。


 ゴリラは生まれてから味わったこともないような恐怖を抱いた。

 今まではゴキブリや芋虫が一番怖かった。だが今は油島豚之介という教師が一番怖い。


「それは幻覚だ! って一度やってみたかったんですよね。どうです?」


 にこりと豚之介は笑う。


「お、俺を殺すのか?」


「まさか。ターゲットが私である限りは教師として罰を下すだけですよ」


 豚之介はにこにこしている。

 ゴリラの心臓がバクバクと鳴っていた。

 豚之介の目が開く。


「だけど、青い鯨はどう思うでしょうね?」


「た、助けてくれ! 先生ならできるんだろ! なあ!」


「ま、いいですよ。警察に知り合いもいますし。そろそろ私を探して沙樹さんが来る頃でしょう。沙樹さんにもお願いしてくださいね」


 豚之介は手を前に出す。


「それじゃ、記憶をいじらせてもらいます。『私に危害を加えようとしてナイフを出したが、私に説得されてナイフを捨てた』……ちょっと弱いな。信じてくれないかもな」


 豚之介は面相が悪いので、信用を得るのは少々ハードルが高い。

 怪我でもしなければ疑われるかもしれない。


「えっと君、『私の手の平を斬れ』」


 豚之介が突き出した手を開く。ゴリラはナイフでスパッと手の平を斬った。

 手の平に冷たい痛みが走り、血がドクドクとしたたり落ちる。


「あらま結構痛い。あとで自分に催眠かけなきゃ。『私がナイフを取り上げようとしたら君は暴れた』」


 こくんとゴリラがうなずく。

 するとザワザワと廊下から声が聞こえてくる。

 廊下を走る音も聞こえてくる。

 沙樹がやって来るのだろう。

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