09.勇者、入れば傷を治す露天風呂を作る
ハーフエルフの商人・ルーシーが仲間になった。
その日の夜。日がすっかり落ちた頃合い。
俺はソフィとルーシーとともに、村近くの河原へとやってきていた。
と言っても別に水浴びがしたいのではない。身を清めるためだ。
「ゆーくんとおっふろ、おっふろ、おっふ~ろっ!」
河原へとやってきたソフィは、俺が止まる前に服を全部脱いで、全裸になって、川へと入っていく。
「…………」
その様を、ルーシーは絶句していた。
「ゆーくんはやくー! はやくおいでよ~! つめたくってきもちがいいよー」
川の浅いところで、ぱしゃぱしゃとはしゃぎながら、ソフィが俺を呼ぶ。
俺が服を脱いでいると、
「ゆーくんはりあっぷ! はりーはりー!」
「わかったって」
俺はズボンとシャツを脱いで、タオルを腰に巻いて川へと向かう。
「……川って。川って。川って……」
ルーシーは目を大きく剥いて、顎をあんぐり開けながら、何かをつぶやいている。
俺は服を脱いでソフィの元へ行く。
「ソフィ。頭洗うぞ。ほら、こっちこい」
「やっ! ふぃーさんはあたまをあらうのがきらいなのです!」
ソフィが腕で×印を作る。
「めにあわがはいるのがきらいなのっ! だから、やっ!」
ソフィはそう言うと、川へぴょん、と飛び込んで、ばちゃばちゃと遠くへ泳いでいく。
「……川で頭を洗う? 水で? ありえない……ふざけてますよ……」
ルーシーは依然として暗い顔をして、ぶつぶつとつぶやいている。
俺はソフィを呼ぶ。
「ソフィ。じゃあ頭かゆいかゆいになってもいいんだな?」
「むむぅ、それも……やっ!」
ばちゃばちゃいいながら、ソフィが俺の元へと帰ってくる。
俺とソフィは浅瀬へと向かい、そこで腰を下ろす。アイテムボックスから、石けんを取り出す。
これは勇者時代、パーティで野宿することが多かったので、アイテムボックスに入れておいたものだ。
俺が石けんを取り出すと、ソフィは目を><にして、
「あんまりあわあわしないでよねっ。めにはいるとしんぢゃうからっ!」
「了解」
俺は川の水で石けんを泡立たせ、それをソフィの「ちょおおっとまったぁああああああ!!!」
隣で立っていたルーシーが、怒り心頭と言った表情で、俺にストップをかけてきた。
「どうした?」
「どうしたじゃ……ないですよ!!!」
ルーシーが何を怒っているのかわからない俺は、首をかしげる。
「つるぺたおばちゃん、なにおこってるのー?」
ソフィが言っちゃいけないことをおっしゃりました。
ルーシーがクワッ……! と目を剥いたあと「子供の言ったこと子供の言ったこと子供の言ったこと……」と念仏のように唱えたあと、こほん、と咳払いする。
「……とりあえず説教はあとでします。ソフィちゃんの頭を洗ってあげなさい」
額に怒りマークを浮かべたルーシーが、俺に言う。俺は手早くソフィの頭を洗い、川の水で流す。
「ふぃーさっぱりしましたっ! ゆーくんはふぃーのあたまをあらうのがおじょうずですねっ」
「お褒めいただきありがとう。ほら、川で涼んでこい」
「やっ! ゆーくんもいっしょにいこー!」
「俺も頭洗ってすぐいくからさ」
「ちぇー、しょーがないなー。まってるからはやくきてねー」
ソフィはぷー、と頬を膨らませたあと、川へと向かって歩き、ぴょん、と飛び込む。ずばばばば! とスゴい勢いで泳ぎ出す。あの子泳ぐのが得意なのだ。
「さて、ではお説教ですね」
ルーシーが近くの石に腰をかける。
「ユートくん。お尋ねしておきます」
「なんだ?」
「……この宿、風呂ないんですか?」
ルーシーが当たり前のことを言ってきた。いや、でもそうか。よそ者である彼女には、ここでの常識はわからないか。
「ないよ。村の人間はみんなこの村から離れた川で身を清めてる」
「原始人かよ!」
俺の答えを聞いたルーシーが、よくわからない単語を発する。
「原始人? なにそれ?」
するとルーシーがハッ……! とした表情になる。
「そうでしたね、あなた。異世界人でしたね」
「?」
「あなた髪の毛が黒色だから、つい地球人みたいな乗りで言ってしまいました。すみません」
よくわかないが……なんだかルーシーに謝られた。
「別に良いけど……それでルーシーは何を怒ってるんだ?」
ルーシーはハァア……っとでかくため息をつく。
「風呂があって、温かいシャワーがでる。そんな宿なわけないってわかってたけど、川って……。これそうとう道のり遠いぞ……。ああ、蛇口を捻ればお湯が出てたあの頃がなつかしい……」
またルーシーが何か意味のわからない単語を発していた。シャワー? 蛇口?
「まあいいです。無いものをねだるのが1番無意味です。無いのなら作る。作れないならあきらめるのです」
はぁ、とため息をついてルーシーが俺を見やる。
「ユートくん、さっきからワタシが落ちこんでいるのは、この宿のサービスの低さについてです」
「サービスの……低さ?」
はい、とルーシーが続ける。
「いいですか? 宿屋に最低限欲しいもの……それは風呂です。風呂ならわかりますよね。湯船のことです」
「ああ、それならわかるな。王都の宿屋、王様の城にあった。お湯を張って体を清めるあれだろ」
はい……とルーシーがうなずく。
「宿……特に冒険者という、汗や血でよごれやすい客を相手にする宿屋には、風呂は必須サービスと言えます」
「まあ……いいたいことはわかるよ」
冒険者は外での体力仕事が多い。特に今は夏場だ。汗をやばいほどかく。鎧を着込んでいる騎士とかは特にむれそうだ。
またダンジョンに潜るなら、戦闘の返り血をあびやすい。さらに転んで泥や土まみれになることも多々ある。
ゆえに汚れを落とすという意味で、風呂が必要であることはわかる。わかるが……。
「難しいだろ。大工に頼む金ないし」
風呂を宿に用意しようにも、金がかかる。大工に頼んだとして……果たしていくらかかるか?
おんぼろ宿屋には、工事を依頼できるほどの金はない。まあモンスター狩りをすればすぐに貯まるだろうが、それで稼いでも母さんに怪しまれるから使えない。
「別に大工に頼む必要は無いでしょう。自前で用意すれば良いのです」
「自前……?」
俺がルーシーと話していると、
「ゆーくんおっせー!!! ふぃーねっ、ふぃーねっ、もうぶちぎれちゃうよー!!」
かーっ! とソフィが歯を剥いてる。
「とりあえず行ってあげたらどうです? 話の続きはまたあとで」
そう言うと、ルーシーは岩からぴょん、と降りる。が、着地に失敗して足をくじき、「ぎゃふんっ!」とうつぶせにビターン! と倒れる。
「大丈夫かルーシー?」
「……うう、すみません。くそぅ、この運動音痴すぎる体がにくい……」
「運動音痴ってなんだ?」
「気にしないでください。では後ほど」
ルーシーは風呂(というか川)に入らず、宿屋に向かってひょこひょこと歩いて行った。あとで足を治癒魔法で治してやろう。
頬をぱんぱんに張ったソフィの元へと、俺は行くのだった。
☆
水浴びを終えて、俺はソフィとともに宿屋へ戻る。
彼女を二階のソフィ夫婦の部屋へと送り届けたあと、一階のルーシーの部屋へと向かう。
ルーシーはベッドにあぐらをかいて、羊皮紙を見てぶつぶつとつぶやいている。
「……なるほどなるほど。このチートアイテムを使えば……。それと水晶をあわせて……」
「ルーシー。来たぞ」
「ユートくん。では裏庭へ移動しましょう」
ひょいっ、とルーシーがベッドから降りる。ふわり、と花のような甘酸っぱいニオイがした。
良いにおいだ。
「……あまりにおいをかがないでください。汗臭いでしょう?」
「いや、別に。良いにおいだと思うぞ」
率直な意見を述べると、ルーシーは複雑そうな表情になる。
頬を染めて、口角をひくひくさせるが、首を振って待て待てみたいな。
「……見た目は子供。頭脳は大人って。厄介ですね。コナンくんに対する蘭ちゃんってこんな気分ですか?」
「こなん? らん?」
「いえ、こっちの話です。こっちの世界のひとにはわからない話です」
なんだろうか。ルーシーからは俺やソフィ、フィオナと違った何かを感じるんだよな。
俺の知らない言葉つかうし。しゃべり方がそもそもなんか変というか。
気にはなる。だがあんまりツッコんだことを聞くのはどうだろう。フィオナとちがってルーシーとは今日あったばかりの他人。
他人にいきなり、しゃべり方変ですね、どこ出身なんですか? なんて聞けないしな。
「それでどこまで話しましたか?」
ルーシーが気を取り直して言う。
「この宿には風呂が必要って話しで、自前で作れるだろっておまえが言ったところまでだな」
そうでしたね、と言ってルーシー。
「その前にこれ、おかえしします」
ルーシーはさっき読んでいた羊皮紙を、俺に手渡してくる。
そこには俺の持っている【チートアイテム】の名前と効果、そして俺の持っているスキルや魔法についてかかれていた。
宿のサービスを充実させていくうえで、俺の力を正確に把握しておきたいと、ルーシーが頼んできたのだ。
「持ってて良いぞそれ」
「いえ、平気です。覚えましたから」
ルーシーが自分の頭をツン、と叩く。
「ワタシ、【完全記憶】ってスキルを持ってるんです」
「……すげえな。それ、仲間の錬金術師も持ってたけど、確かレア度SSSのスキルだろ?」
エドワードも持っていた【完全記憶】スキル。スキルを発動させている間に、1度見たものなら、一生忘れなくなるというスキルだ。
「よくそんなスキルもってるな」
「ええ。こちらの世界に来るときに、神様的なひとから少々」
「……???」
「まあそれは置いといて。さてユートくん、裏庭へ行きましょう」
ルーシーのあとを俺がついていく。
やってきたのは、作業場とかしている裏庭だ。
「やたらデカい木ですね……」
とルーシーが世界樹を見上げて言う。俺は森呪術師からもらった世界樹の杖がこれだと説明。
「…………防犯対策しましょうね、あとで」
「え、ああ、そうだな」
さて……とルーシーが俺の前に腕を組んで立つ。
「それではお風呂を作りましょう」
「作るって……誰が?」
するとルーシーは俺をじっと見つめてくる。
「俺か?」
こくり、とルーシーがうなずく。
「ワタシもある程度の能力は持ってますが、アナタほどぶっ壊れてません」
「ぶっこわれてるって……?」
「褒め言葉です。話を進めますよ」
ルーシーは地面にしゃがみ込んで、絵を描く。
長方形を2つ書く。2つの四角は、少し間が空いている。
2つの四角の間に、線を2本引く。
片側の四角の上には、筒のようなもの。そして四角形の間をくりぬいて、そこに火の絵を描く。
「では説明します。あなたに作ってもらうのはふたつ、浴槽とボイラーです」
ルーシーが俺を見て言う。
「浴槽って……お湯を入れておく水槽だろ。ボイラーってなんだ?」
「お湯を作る装置です」
ルーシーが筒の書いてない方の四角形を指さす。
「この中に大量の水を入れます。ここが客が入る浴槽です。水は川から引いても良いです。魔法で出しても構いません。勇者であるあなたはある程度の魔法は使えるんですよね?」
俺はうなずく。
本物の魔法職にはかなわないものの、俺も錬金をはじめとした、ある程度の魔法は使える。
と言っても一般人と比較すれば、遙かにその強さも数も段違いだが。
ルーシーは湯船を指さして言う。
「水魔法を使って水をこの水槽の中に入れます。そして火の魔法を使って水を温めるのです。これでお風呂の完成です」
「まあ……そうだろうけど、でもそれだと問題あるだろ」
「ええ、そうですね。お湯は時間が経てば冷たくなります」
ルーシーもそこは承知しているみたいだった。
「そこでボイラーです」
ぺしっ、とルーシーが筒のついている四角形を指さす。
「ボイラーはようするに、水を温める装置です。この2本の線は鉄の筒……パイプです。筒を通って冷たい水がボイラーへ流れてきます」
ルーシーが湯船から矢印をのばして、ボイラーの絵へ伸ばす。
「冷たい水がこのボイラーで温められます。水は温められてお湯になると、対流現象……えっと、軽くなって上へ行きます」
ルーシーはボイラーの下から上へ、矢印を書く。
「あとは上のパイプを通って、お湯が湯船へと戻っていきます」
ボイラーからまた矢印を伸ばして、湯船へともっていく。
「冷たい水は下にたまります。たまった水は下のパイプを通ってボイラーへ。ボイラーで水が温められると、お湯になって上のパイプを通って湯船へ戻る。こうやってお湯をえんえんと作って、湯船が温かい状態をずっと保てるのです」
「はぁー……」
正直ルーシーの言っていることはちんぷんかんぷんだった。
対流現象とか、お湯とか、よくわからん。そもそもこの箱なんなの?
「とりあえず頭で考えるより作りましょう。アイテムボックスにまだ鉄鉱石は入ってるのですよね?」
俺はうなずく。この間木を切るときに鉄の斧を使って、そのぶんの鉄鉱石は残っていた。
「ではめんどうなボイラーから作りましょう。こう、入れ子のような構造をした箱を作ってください」
【凹】を左に倒したような図を、ルーシーが地面に書く。
「この窪みのところに熱源を置きます。箱の部分に水が入ってきて、熱源で熱せられてお湯になるわけですね。大きさは……」
ルーシーから指示を受けて、俺は【凹】がたの妙な箱の作成に着手。
作り方は【創造の絨毯】を使って、ルーシーが要望している箱を作ろうとする。
しかし……。
「よっと。これでいいか?」
「違います。中は空洞の構造です。もういっかい」
「これか?」
「ちがいます。パイプを通す穴がありません。もういっかい」
「これか?」「ちがう」「これ?」「ちがう」
……と、何度繰り返しても、ルーシーの要望にかなったものが作れなかった。
「上手くいきませんね……」
何度も失敗したあと、ルーシーが考え込む。
「そもそもさ、おまえが作りたいもののイメージが俺にはないんだよ。だからどれがおまえの欲しい形の箱なのかわからないだってば」
言うまでも無いが、俺はルーシーの頭の中を覗くことができない。
彼女がこう言うものを作りたい、という確固たるイメージがあったとしても、俺はそれを実際に見たことが無い。
だからどういうものが正解なのか、わからないのだ。
「……ふむ。ボイラーを見たことが無いから、わからない、か」
ぶつぶつ、とルーシーがつぶやく。
「……なら見たことのある人間が絨毯を使えば?」
「ああ、そうだよ。それだ」
俺はルーシーの言葉にうなずく。
「ルーシー。おまえがこれ使ってくれ。俺じゃあどれが正解なのかわからない」
「……よいのですか?」
「おまえの頭の中じゃないと、正解の品がわからないからな」
「ですが……これはあなたのご友人からもらった大切なもの。ワタシのような部外者が使って良いのですか?」
俺はうなずく。
「悪用しようっていうんじゃないんだ。使ってくれ」
「……では」
俺は口頭で絨毯の使い方を説明する。材料を入れて、作りたいものを選択肢から選ぶ。それだけ。
鉄鉱石を入れてあと、ルーシーが絨毯の前に座り込んで、手を突っ込む。
「……すごい、何でもあるじゃないですか」
ルーシーの頭の中にあの【表】が浮かんでいるのだろう。
「あの……冷蔵庫とか発電機とかあるんですけど?」
ルーシーが額に汗を垂らしながら言う。
「え、それ何かわかるのか?」
そう、選択肢の中に、俺が知らないものまであったのだ。【れいぞーこ】とか、【せんたくき】とか、聞いたこともなければ、使い方のわからないものまであったのである。
「……なるほど。選択肢はあっても、現地人じゃそもそも何の道具かわからなくて、選ばないんですね」
ふぅ……とルーシーがため息をつく。
「ユートさん、これ、思った以上に使えるアイテムかも知れませんよ」
ルーシーはそう言ったあと、きらきらとした目を俺に向けてくる。
「このようなアイテムをもってるなんて……羨ましいです」
「ああ、俺の仲間がくれた、自慢のアイテムだ」
そうですか……とルーシーが微笑む。
「あなたには仲間がいていいですね。羨ましい。ワタシは……ひとりでしたから」
暗い表情になるルーシー。そこには今日までの苦労が見て取れた。
仲間、いなかったのか……。
こんなにも色んなこと知っていて、頭の良いひとなのに……。
かわいそうだな。うん。
「何言ってんだよ。今日から俺たち、仲間だろ?」
するとルーシーがガバッ……! と顔を上げて俺を見やる。
そしてじんわりと目の端に涙を浮かべる。
「……なかせないでくださいよ。ばか。ありがと」
「おう」
その後はルーシーは目を閉じて、「仲間のために、頑張るとしますか」
と自分の頬を叩く。
そして絨毯に手を突っ込んで、そして中身を思いっきり「えいっ!!!」と持ち上げる。
ずおっ、と中から、大きな鉄の箱と木の箱が出てきた。
ルーシーが地面に描いたものが、そっくりそのまま、絨毯から飛び出てきたのだ。
「……完璧です。すごいですね、この絨毯。イメージを元にして作りたいものを作れるなんて」
きらきら……とした目を創造の絨毯に向ける。
「これで風呂ができるのか?」
「ええ。ですがまだこれで終わりではありません。お湯加減がちょうど良くなるように、熱源の調整をしますよ」
薪を切ってボイラーの【凹】の窪みのところにセット。火魔法を使って火をつける。
その後、「暑すぎます。もうちょっと威力を落として」「落としすぎですもうちょっとあげて」
と細かい調整作業をすること数時間後。
「できました……!!」
ついにボイラーと湯船が完成した。
熱源は薪と威力調整した火属性魔法で試行錯誤して作った。あとは湯船の中の水がここで温められて、お湯となって湯船に還元される。
ここでちょっと問題が。
誰かが風呂に入っているときは、火属性魔法を使い続けないといけないのだ。
そこで俺はこの問題を、もうひとりの【俺】を使って解決することにした。
もうひとりの【俺】には、現在、無限魔力の水晶が埋め込まれている。
だからいくら火の魔法を使い続けても、魔力が減らない。永遠と火をつけていられる。
こうして熱源で水が温められたあと、湯船の水が冷たくなったらまた【たいりゅーげんしょう】とやらで下へ水がいき、ボイラーへ自動的に戻ってくるらしい。
「ではワタシがお客様第一号になります!」
ルーシーは俺から離れて、服をいそいそと脱ぎ出す。タオルで体をおおって、湯船の方へ行く。
「ゆ、湯船がデカい……」
この宿の客層にあわせて、湯船の大きさを調整した。だから子供(体型のルーシー)には少々大きいようだ。
「ええい気合いです! とうっ!」
湯船にあしをひっかけて、ルーシーが中に入る。
ざばーん! と大きな音を立てて、湯船から水があふれ出す。
水しぶきが俺に当たって……それは……普通に温かかった。
「すげえ……」
俺は湯船に近づいて、手を入れる。
「お湯だ……ほんとにお湯ができてる」
王城や王都の宿にしかなかったお風呂が、俺の目の前にあった。
「すげえなルーシー」
俺はこの湯船を作った彼女に拍手を送る。
「すごいのはあの絨毯を持っていたあなたですよ」
苦笑しつつルーシー。
「……なるほど、地球の知識とあの絨毯を組み合わせれば、地球のあれやこれやが作れるんですね……。ふふ、これは作りがいがありそうです」
うんうん、とうなずいたあと、ハッ! と正気に戻る。
「もちろん私利私欲のために使いませんよ! そこは約束します。あくまでこの宿の経営のためだけにお借りしますので!」
「? そんなの最初からわかってるよ」
「あ、そ、そう……。そうですか……」
ルーシーは湯船に顔をつけたあと、ぶくぶくと泡を立てる。
そしてザバ……っと顔を上げて、ふぅ、と吐息をはいた。
「しかしはぁ……ひさしぶりのお風呂……♡ いいですねぇ。やっぱ日本人は1日1回はお風呂入らないとです」
ルーシーがまたもおかしなことを言っていた。
「さて風呂ができましたね。これでサービスが向上し、客が増えることでしょう。あとは宣伝なのですが……」
とそのときだった。
俺はふと、思いついたことがあった。
「なあ、ルーシー。実は森呪術師の特別な薬草の中で、こんな効果のものがあるんだが……」
と俺はかつて、王都の風呂でみかけて【アレ】をマネしてはどうかと提案。
ルーシーは明るい顔になると、
「素晴らしい! 素晴らしい発想ですよユートくん!」
きゃっきゃ、とルーシーが笑顔になる。
「これなら宿の値段をさらにつり上げることができます……ふふふ、儲かりますよ……ふふふ……」
☆
翌朝。
俺と母さんが1階ホールを掃除していると、「ナナさーん!!!!」
と冒険者パーティ【若き暴牛】の連中が、どたどた……と俺たちの元へとやってきた。
若き暴牛のめんめんたちは、全員がほかほか……と体から湯気を立てている。
昨日作ったばかりの湯船を、さっそくこいつらは利用したみたいだ。俺は彼らに風呂があることを伝えてある。
「すげえよ……すげえよナナさん!」
「あら~? なにが~?」
暴牛のリーダーが、代表して母さんに言う。
「ナナさんの宿にまさか風呂ができてるなんて……ってことにも驚いたんだけど、それ以上にっ!」
リーダーがその場で上着を脱ぐ。
「見てくれ!」
「あら~。とってもいい筋肉ね~」
ふんっ、と母さんがニコニコしながら、腕を曲げて力こぶを作る。でもぜんぜん膨らんでなかった。
「そうじゃなくってですね……体の生傷が消えてるんですよ!」
冒険者はモンスターとの戦闘があるため、生傷が絶えない職業だ。
それでもリーダーの体は、つやつやとしていて、昨日の冒険の傷が癒えていた。
「すげえよ! 風呂に入っただけで昨日の傷が消えてた!」
「俺打ち身があったんだけど、それなくなってたぜ!」
「軽くねんざしてたんだけど、それも治ってた!!!」
すげーすげー! と暴牛の面々が母さんを褒めてる。
「すごいでしょ~♡ 最近ウチの従業員になったルーシーちゃんがね、アイディアを出して、ウチの天才フィオナが作ったの~♡」
ということになっている。
当の本人は我関せずな感じで朝食を作っている。
暴牛の面々は「すげー! ナナさんまじすげえマジ最強!」「さっすがナナさんのところの従業員だぜ!」「結婚してくれナナさん! 俺と一緒に風呂はいってくれー!」
と暴牛たちが騒ぐかたわらで、ルーシーが部屋から出てくる。
「上手くいってますね」
とことこ、と普通に歩きながら、俺に近づいてきて言う。
「ああ。おまえの足も治ってるみたいだし、【薬風呂】、上手くいってるな」
昨日俺が思いついたのだ。
風呂の中に、傷を癒やす薬草をまぜればどうかなと。
スープに世界樹の雫を混ぜたら、飲めば体力を回復するスープができた。
同じ要領で、お湯に薬草を混ぜれば、浸かっただけで体を癒やすお湯ができるのではないかと思ったのだ。
俺は勇者パーティの優秀な森呪術師から教えてもらった薬草を、村近くの森の中に探しに行った。
幸いなことにこっちには森呪術師の知識と、それに【鑑定】スキル持ちの少女がいる。
鑑定を使えば、普通の草かそうじゃない草かの区別が容易につく。
俺は森の中をさまよい歩き、【治癒の薬草】が大量に生えている場所を発見。
鑑定を使ってもらいそれが目当ての薬草であることを確認したあと、アイテムボックスに入れて戻ってきた。
【治癒の薬草】
これは傷にぬる軟膏の素材となる薬草アイテムだ。
食っても意味が無いので、森呪術師たちは潰して軟膏に加工していたのだが。
俺はこの薬草を【万能水薬】を使って溶かしてみた。
すると水薬は【治癒の水薬】へと変わった。
飲めば傷を治す薬を、湯船に混ぜた。結果は暴牛やルーシーを見れば明白。
ちょっとした傷ならば、お湯に浸かっただけで治る、薬風呂が完成したわけだ。
「ナナさんもうマジパネエよ!!」
「食事にベッドに風呂に……もう最高だよ!」「ほんと最高だよ最高!」「ナナさん最高だ-!!」
四バカこと若き暴牛の面々が、口々に風呂を褒めるのだった。
お疲れ様です。
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こらからも頑張っていきます。よろしくお願いします!
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ではまた次回に。