06.勇者、食べるとHPMPが回復する食事を作る
もうひとりの【俺】を作ったその直後。
突如としてあいた【穴】を通って、女騎士のソフィがやってきた。
このソフィは、1周目の世界、つまり魔王を倒すのに20年かかった世界からやってきたのだ。
「ユート。さきほどはすまなかった。取り乱した」
二階東ブロック、2人部屋。その1つ、ソフィ親子が使っている部屋にて。
ベッドの上に、俺と、そして女騎士ソフィが向かい合うようにして座っている。
「久しぶりに貴様に出会えたのが嬉しかっ……んんっ! 久しぶりの再会に気分が昂ぶってしまったのだ。ゆるせ」
「ああ……うん……」
久しぶりの再会……て感じはしない。なにせ俺が過去に戻ったのは、2日前だからな。ソフィ(大人)とは2日ぶりである。
「私は貴様に会うのは半年ぶりだ。とても長い期間だった」
「半年……?」
「ああ」
そう言って、俺がこの世界に転生してからの経緯を、ソフィが話す。
「願いの指輪が輝いた瞬間、貴様は世界から忽然と姿を消したのだ」
「消えた? 俺が?」
ソフィ(大人)がうなずく。
「仲間たちと総出で国中を探したが、あの日姿を消した貴様は、いくら探しても見つからなかった。仲間たちは貴様が自殺したなどと言って諦めたが、私はそんなの信じなかった」
燃えるような瞳を、俺に向けてくる。
「私は貴様が自殺するような男でないと知っている。だから死んだのではなく消えたのだと思った。消えてどこかへ行ったと考えた。ではどこかと考えたときに、貴様の持っていた指輪を思い出したのだ」
俺の持っていた、願いの指輪。
国王から褒美にともらった、何でも願いを1つ叶える魔法の指輪だ。
「貴様はナナミさんが死んだとわかったあの夜、過去に戻って運命を変えたいと言っていた。おそらくその望みが叶って過去へ戻ったのだろうと私は考えた」
「それで過去へやってきたわけか」
「ああ……。ユート……。ああ……ユート……」
わきわき、とソフィ(大人)が、両手を俺に伸ばして、引っ込めて、伸ばして引っ込める。
「どうしたんだ?」
「何でもない。貴様が気にするようなことではない」
「あ、そう」
「そうだ。別に貴様をギュッとしたいとか別に思っていない。久しぶりに恋人と再会できたうれしさでギュッとしたくてたまらないとかまったく思ってない」
「お、おう……」
どうやら久しぶりに再会できた恋人に、ギュッとしたいらしい。
「別にギュッとしても良いぞ?」
「何を言ってる。私はひと言も貴様を抱きしめたいなどと口にしてない」
俺をにらみつけてきながら、ソフィ(大人)が言ってくる。
「いやさっき普通に口にしてたけど」
「したいとは言ってない。私は、したいとは思ってない、と言った。それ以上たわごとを言うなら切るぞ?」
険しい表情でソフィが俺を睨んでくる。顔の作りが整っている分、にらみつけてると圧がスゴい。
「わかったよ。すまなかった。勝手なことをいって」
「まあいい。貴様を抱きしめたいなどと思ったこと25年生きてきて、一度もない。1度たりともな」
と、そのときだった。
【ゆーくぅううん! だいてー!】
……と隣の部屋から、ソフィ(子ども)の声が聞こえてきた。
ソフィ(大人)がピシッ! と表情を硬くする。
【ねーねーゆーくんだいてー!】
【こうか?】
【うんっ! ふぃーね、ふぃーね、ゆーくんにぎゅっぎゅされるの、だいすきなのー! それでねそれでね、ぎゅーっとするのも大好きなの~】
「……と、過去のソフィさんが、そんなことをおっしゃってますが」
俺は隣に子ども時代のソフィがいることは、ソフィ(大人)に伝えてある。
「…………」
ソフィ(大人)は、すちゃっと立ちあがり、部屋の外へ出て行こうとする。
「どこいくんだよ」
「決まっているだろ。隣にいる過去の自分を斬り殺してくる」
腰に佩いた剣を手にかけて、外へ出て行こうとするソフィ。
「ま、まってっておまえ!」
俺は後からソフィの腰にしがみつく。
「離せ。安心しろ」「殺すのやめてくれるんだな?」「痛みは一瞬だ」「殺す気まんまんじゃねーか!」
その間にも、壁の向こうから、ソフィ(子ども)ともうひとりの【俺】との会話が聞こえてくる。
【あのねあのね、ふぃーね、ゆーくんだいすきなのっ。まいばんね、ねるまえにゆーくんとけっこんしてこどもをうむもーそーしてるの~♡】
「してない! 何を言ってる! 貴様それ以上おかしなことを言うなら本気で斬り殺すぞ!!!」
壁向こうの自分に向かって、真っ赤になったソフィが剣を振り回す。
俺は腰にしがみついてる状態だ。離したらまじで部屋を出てあっちへ行きかねない。
【あとねあとね、ゆーくんのにおいもすきなの。いけないことなんだけど……ゆーくんのぬいだしゃつをね、くんくんするのすごくすきなんだ】
「してない! してないから! してないんだってば!!!」
そう言えば昔のソフィは、やたらと俺の洗濯物を、母さんの元へ運ぼうとしていたな。
そうか、そういうことだったのか……。
「ユート! 壁向こうの私の言ってることは全てデタラメだ! 信じるなよ絶対!」
いや……だって隣にいるのって過去のおまえなんだろ。なら発言は全部ホントなんじゃあないか……?
と思ったがそれを指摘するのはかわいそうに思えた。
自らの黙っておきたかった黒歴史が、目の前にあるって恐ろしいな。
【ゆーくんゆーくんゆーくん♡ だぁいすき♡ もういっしょうゆーくんのそばにいるっ。ゆーくんからぜったいに、はなれないんだからねっ】
「…………」
過去のソフィの発言を聞いて、俺は申し訳ない気持ちになった。
「ソフィ。その……すまん」
「……何に対して謝っているんだ? 私に過去の恥ずかしい歴史を暴露させたことについてか?」
「それもすまん……そうじゃなくて」
俺は、ソフィに謝らないといけなかった。
「何も言わずに勝手に消えて、ごめん……」
ソフィは俺を強く想ってくれていた。ソフィは俺の恋人だ。
その恋人を、未来に置きざりにしてしまった。
「ごめんな」
「…………気にするな。指輪が叶えてくれる願いは、所有者の願いのみなのだろ。あれは事故のようなものだ。それに、ワザとじゃないんだよな?」
「もちろん。誓って」
「そうか……」
ほっ……とソフィが安堵のため息をつく。剣を手から離し、暴れるのをやめた。
「本当にごめんな、ソフィ」
ソフィを見上げながら俺が謝る。俺は子どもで、向こうは大人なので、どうしても身長的に見上げる格好になる。
「気にするな。またこうして貴様と再会できたのだ。貴様の顔を見れて、貴様のそばにいられる。私はそれだけで満足だ。他に何も望まない……」
と、そのときだった。
【ねーゆーくんっ。きすしよ、きすー!】
ぴしぃ……! とソフィがまた固まる。
【ねーねーゆーくんキスしよ~。ふぃーねゆーくんとちゅっちゅしたいのっ。だいじょうぶ、きすのれんしゅーはまいばんしてるから、ふぃーじょうずだよ!】
「してない! してないから! 本当にしてないから!!!!」
またソフィ(大人)が暴れ出す。
「ユート、ヤツの言葉に耳を貸すな! ヤツの言葉はでまかせだ!!!」
【まいばんねー、まくらをゆーくんのかおにみたてて、ちゅーちゅー、ってしてるの♡ きゃー♡ はずかしいけど言っちゃった~♡】
「まくらって……この部屋の枕だよな……」
俺はソフィの親子が使っている部家のベッドを見やる。子供用の小さな枕が目に入る。
【あのね、ほんとーはひみつだけど、まくらのうらにね、かみにかいたゆーくんのかおがはってあるの】
するとソフィ(大人)は高速で俺の前から消える。
素早く移動して腰から剣を抜いて、神速の連続切りを披露する。
ソフィ(子ども)の枕が塵になる。
ソフィ(大人)は、剣を腰におさめて、
「貴様は何も聞かなかった。いいな? 聞いたと答えたらたとえ愛しい恋人であろうと」「わかった何も聞いてない」
目が怖いっすソフィ(大人)さん。
この話をむしかえすと俺の命の保証はない。俺は話題を変えることにした。
「どうやってソフィは、この2周目……過去の世界へとやってきたんだ?」
「簡単だ。魔王の配下である72の悪魔。そのうちの1柱、時空の悪魔を捕まえたのだ」
「悪魔……? あれ、俺たちが全員倒したはずだろ?」
悪魔と四天王、そして魔王を全員倒して、世界に平和をもたらしたはずだ。
「時空の悪魔だけは私たちに倒される瞬間、時間移動してにげてやがったんだ。倒される振りをしていたのだ」
「はぁん。なるほど……だから時空の悪魔を倒すとき、妙に手応えがなかったんだな」
「ああ。やつは時空間に穴を開けて、時間と空間を移動させる【ナイフ】を持っていた。これだ」
ソフィ(大人)は部屋の隅に転がっていたナイフを手にとって、俺に見せる。
「これは【時空の小刀】と呼ばれるレアアイテムだ。時空間を行ったり来たりできる代物。だが悪魔にしかつかえない」
「じゃあどうやっておまえは来たんだ?」
「時空の悪魔を捕まえて、おど……交渉の後、やつに穴を開けさせたのだ」
今この人おどして、って言いかけてたよ。
「ナイフで時空間に穴を開けさせ、やつを倒して、私はここへ来たという次第だ」
さらっと殺されてる時空の悪魔。かわいそうに……。
「これで時空間を渡って私は過去の世界へとやってきたわけだ」
そうだったんだな……。
「でもソフィ。おまえはいいのか?」
説明を聞いたあと、俺がソフィに尋ねる。
「おまえ、もう元の世界には戻れないんだぞ?」
するとソフィはフッ……と微笑む。
「良いに決まっている。私はおまえとずっと一緒にいたいのだ。おまえがこの世界にいるというのなら、私はここにいる」
帰るつもりは毛頭ないみたいだ。
「そして私は貴様を手伝うことにする」
びし、とソフィ(大人)が俺に指を指して言う。
「いいのか? 俺は助かるけど……。他にしたいこととかないのか? 過去に戻ってきたんだぞ?」
「ない。私のしたいことは貴様の役に立つことだ。それにナナミさんに恩を返したいと思っているのが、貴様だけだと思うなよ」
隣の部屋から、【ユートくん、ソフィちゃん、おやつよ~】と母さんの声がする。
それを聞いてソフィ(大人)が、嬉しそうに微笑んだ。
「子どもの頃からナナミさんには世話になりっぱなしだった。恩を返す前に彼女は死んでしまった。けどここにはナナミさんがいる。ならば恩を返したいと思うのは至極当然だと思うが」
「……そうだな」
俺もソフィも、母さんに世話になっていて、恩返しをしたい……という気持ちは一緒だった。
「じゃあ、ソフィ。頼む。力を貸してくれ」
俺はソフィ(大人)に手を伸ばす。ソフィは、
「ソフィだと紛らわしいな……。別の呼び方にしてくれ」
と提案してくる。
確かにソフィだとふたりいるし、ソフィ(大人)って呼ぶのも変だしな。
「そうだなソフィ……大人……ふぃ、おとな……。フィオナ……」
俺が名前を考えて、大人のソフィに言う。
「フィオナ。フィオナってのはどうだ?」
「フィオナか……うん、良い名前だ。貴様につけてもらったこの名前、一生大事にしよう」
そう言ってソフィ(大人)……いや、フィオナが言う。
「私は今日からフィオナだ。そう呼べ」
「わかった。よろしくな、フィオナ」
☆
フィオナの登場は俺にとっては都合の良い展開だった。
なにせ俺は10歳の子どもだ。
子どもが経営に口を出したり、ましてや宿の改善を提案したり、改善のためにあれこれ作ったりしたら、さすがに母さんも不審がる。
だからソフィ大人……じゃなかった、フィオナが必要だった。
子ども(おれ)でなく大人の言葉なら、信憑性は高くなるからな。
彼女が仲間になったあと、その足でフィオナは、母さんの元へ向かった。
自分は父さんに昔世話になった人間であり、恩を返したいからここで働かせてくれ、とフィオナが頼むと母さんは了承
。
こうしてフィオナは【はなまる亭】の従業員となり、俺は優秀な助手を手に入れた。
俺が何かをしても、全部フィオナがやったってことにすればいいからな。
「さてユート。まずは何から改善する?」
一階西ブロック、1人部屋にて、俺とフィオナが向き合っている。
フィオナは住み込みで働くことになり、ここが彼女にあてがわれたのだ。
「やらないといけないことは多い。経営をたてなすためには、まずもって優秀な経営者を必要とする。おまえは……」
するとフィオナは首を横に振った。
「悪いが私は剣に生きる女だ。経営など専門外だ」
きりっとした顔でフィオナが言うと、ドアの外から、【ふぃーは恋に生きるっ、ユーくんがふぃーのいきがいなのー!】と過去のソフィが未来の自分を殺しにかかってきた。
どうやらソフィは宿の中で俺とかけっこしているらしい。
フィオナはその場にしゃがみ込んで顔を覆い、立ちあがって「経営者は雇う必要があるな」と言った。
過去の自分がすぐそばにいるって嫌だな……。
「だな。それは金が貯まってからだ。とりあえずはできることをしよう」
「それはいいが、ふと思ったのだが……」
フィオナが手を上げる。
「ナナミさんを楽させたいのなら、冒険者にでもなれば良いのではないか?」
フィオナが首をかしげつつ尋ねてくる。
「幸い私も貴様も魔王を倒すほどに強い。なら冒険者として大金を稼ぐのは容易いだろ?」
フィオナの言うとおりではある。俺は現役時代のステータスを引き継いでいるし、フィオナは勇者の弟子。普通に強い。
「金を稼げるが、稼いだ金を母さんにどうやってわたすんだ?」
「それは…………確かに無理か。10歳の息子がいきなり金を持ってきたら、ナナミさんも不思議に思うよな」
「そういうことだ」
前から言っている俺自身の問題とは、結局はそういうことだ。
俺は子どもだ。
子どもゆえに、大人のように金を稼いできたり、大人のように経営に口を出したりできない。
たとえモンスターを狩って大金を得たとしても、それを母さんに渡せないと意味がないのだ。
「結局のところ宿を繁盛させるのが、母さんを楽させる1番の方法なんだよ」
「なるほどな……。私も貴様の父の知人であるだけだから、他人である私から金を渡しても受け取りはしないだろうし」
うん、と俺たちはうなずく。
「この宿を繁盛させるためにはまず何が必要なんだ?」
「そりゃ……そうだな。そろそろ夕方だ。腹を空かせた客たちが帰ってくるだろう」
「なるほどメシだな。ナナミさんの料理は……残念だが……うん」
ソフィ(大人)もナナミさんの料理の腕が壊滅的であることは、重々承知している。
「となるとメシの用意をすれば良いのだな、ユート」
「そうだ。食堂を利用するようになれば、飯代が宿に入ってくる。今の客は、全員が素泊まり状態だからな」
俺はフィオナと手分けして作業に当たる。
俺はフィオナに【食神の鉢巻き】と【万能調理具】を手渡す。
その間に俺は宿を抜け出て、村の隣、ダンジョンへと向かう。
村の隣のダンジョンは、初心者から中級者向けのダンジョンだ。
冒険者にとっては、命をかけて金を稼ぐ場所。だが勇者の俺にとっては、そこは死地ではなく単なる狩り場でしかない。
俺は単身でダンジョンへ赴き、適当に動物型モンスターを倒す。
モンスターは倒すことで金とアイテムが手に入る。動物型のモンスターを倒せば、たいてい肉が手に入る。
豚鬼なら豚肉。牛鬼なら牛肉みたいな感じで。
豚鬼も牛鬼もD冒険者パーティが全員で挑んで、やっと勝てるかな程度の強敵だが。俺にとっては赤子同然だった。
サクサクと狩りまくって、アイテムを手に入れる。
また牛鬼からは肉だけじゃなく牛乳もドロップするので、それも回収。
さくっとモンスターを倒した俺は、宿へと戻る。
次に俺は裏庭へ行き、アイテムボックスを開く。
「ルイ……またチカラ借りるぞ」
俺は森呪術師のルイからもらったアイテム、【世界樹の枝】を取り出す。
子どもの腰の高さまでくらいの枝を、地面に突き立てる。
そして森呪術師の呪いの歌をつかって、樹木の成長スピードを速める。
世界樹の枝はぐんぐんと大きくなって、見上げるほどの大樹になった。
大樹の先には木の実がたくさんなっている。
これは【世界樹の実】、と言って、あらゆる作物に変化する木の実だ。
俺は勇者の身体能力でジャンプして木の実を回収。
「あとは……この実を、地面に埋めるんだっけか」
世界樹の実を適当に地面を掘って埋め、植物の生長スピードを速める歌をつかう。
すると実はにょきにょきと地面から芽を出して、トマトやレタスと言った野菜に変化する。
また穀物へも変化が可能だったので、小麦をゲット。
肉に野菜。穀物を手に入れた。これで準備はひとまずオッケー。
俺はそのまま調理場へとこっそり向かう。
そこには鉢巻きを巻いたソフィ大人ことフィオナが立っていた。
「ナナミさんからは夕食当番の許可を得てきたぞ。好きに使ってくれだそうだ」
「でかした」
フィオナには母さんとの交渉を任せていた。夕飯は自分が作るから別の仕事をしてくれ……と頼んできてもらったのだ。
ほんと、仲間ができて良かった……と心から思った。
俺は調理場に、とってきた食材をどさどさと出す。
「これだけの量を短時間で……さすがだな」
感心したようにフィオナがうなずく。
「いや……俺だけの手柄じゃない。仲間たちがいたからこそだ。ソフィ、もちろんおまえもな」
ソフィ(大人)ことフィオナがいなければ、こうして食事を作れなかったしな。
「…………はやく準備を進めるぞ。客が帰ってくる」
フィオナの頬が自分の髪と同じ色になる。
【万能調理具】を構えて、フィオナが調理場に立つ。
料理はフィオナが、鉢巻きのチカラを使って美味いものを作ってくれるだろう。
なら俺は別の作業をする。
「あと任せて良いか?」
「かまわないが、何をするんだ?」
「ちょっと料理の隠し味を取りにな」
単に美味い料理を出すだけでは、この宿の価値は高くならない。
料理のちょっと美味い宿屋を、俺は目指してるのではないのだ。あくまで、この宿を大繁盛させる。それが主題なのだから。
宿を大繁盛させたいのなら、付加価値をつけないといけない。この宿にはこれがあるから、やってくるのだと、そう思わせたいのだ。
俺は調理場を出て裏庭へと向かう。
そこにはさっき植えた世界樹の樹が立っている。
樹には葉っぱが豊かにおいしげっており、その先からはぴちょん……ぴちょん……と雫が垂れてきている。
俺はアイテムボックスから空き瓶を取り出して、その雫を中に入れる。
この雫は、ただの雫ではない。
【世界樹の雫】という、超レアアイテムだ。
【完全回復薬】の材料となるアイテムである。
俺は雫をビンに入れて集めまくる。なにせ雫は後から後からどんどんと垂れてくるのだ。ビンいっぱいに詰めて、俺は調理場へと戻る。
「遅いぞユート。準備完了している」
フィオナはすでに料理を終えてるようだった。
調理場には大鍋がおいてある。
中には、昨日俺が作ったビーフシチューが入っている。
他にはふわふわの食パン。大皿にいっぱいのグラタン。野菜サラダと……実に美味そうだ。
「何をしてたんだ?」
「こいつを取ってきた」
俺はビンに入った世界樹の雫を、フィオナに見せる。
「それは……水か?」
「隠し味だ。これを……そうだな、シチューに混ぜるか」
俺は雫を……回復薬の元となるアイテムを、シチューに混ぜておく。
「そんな水なんて入れて味は変わらないだろう?」
「だろうな。味はな」
「?」
「……まあ見てればわかるよ」
そうこうしているうちに、夕方になる。
出入り口の方から、
「ナナさんかえったよー!」「ばかやろう、気安く俺のナナさんにナナさんっていってんじゃねーよ!」「おめーのじゃねえよ殺すぞ!」
と、客である冒険者たちが、ダンジョンから戻ってきた。
「みんな~、おかえりなさい~」
食堂の外から、母さんのふわふわとした声音が聞こえる。受付で彼らを出迎えたのだろう。
「お腹空いてるでしょ~? お食事作ったから食べない~?」
母さんがそう言うと、冒険者たちは「いや……」と答えを渋る。
「お、おれ……その、そんなに腹減ってないしなぁ……」
「俺も俺も。ほんと、そこまで腹減ってないんだよ」
「決してナナさんの料理が壊滅的だから食わないんじゃないよ」
と、全員が食事を拒否ろうとする。
「そっか~……。じゃあ、残念ね~」
客たちが二階の部屋へ戻ろうと、階段を上りかける。
階段は食堂のすぐ近くにある。
客たちは階段を登ろうとして……足を止める。
「待て。なんだこの良いにおいは……?」
客の1人が、食堂にいる俺……というかフィオナを凝視する。
「あんた誰だ?」
客の1人がフィオナに尋ねる。
「今日からここで働いているものだ。それより飯は本当にいらないのか?」
フィオナはお皿にビーフシチューをついで、食堂を出て、客たちの前へと移動する。
皿をずい……っと客の前に差し出す。
「これは…………」
ぐぅう~~~~~~………………。
と、ビーフシチューのにおいを嗅いだ客の腹が、盛大になる。
「なんだ……この……うまそうなにおいは……」
ごくり、と生唾を飲む客たち。
「シチューだけじゃない。パンもある。グラタンもあるし、野菜やデザートもあるが、それでも貴様らは食事をしないのか?」
客たちは顔を見合わせ、シチューを、そして食堂の奥を見やる。
そこにある美味そうな料理を見て……。
「じゃ、じゃあ今日は……食べようかな!」
「そうだな!」「うまそうだしな!」「俺実は腹ぺこだったんだよなぁ!」
とぞろぞろ、と食堂へと客たちが流れていく。そのあとに母さんがやってくる。
客が席に座る。
フィオナと俺とで手分けして、料理を客たちに出す。さすがに料理を出す程度のお手伝いは、母さんはさせてくれた。
ややって客の前にシチュー、グラタン、パンとサラダ……という豪華な料理が並ぶ。
「すげえ……」「なんだこれ……?」「めっちゃゴージャスじゃん」「こんなうまそうな飯……はじめてみた……」
飴色のビーフシチュー。グラタンは焼きたてて、チーズがとろとろと現在進行形で溶けている。
パンは白くふわふわとしていて、野菜は全部が瑞々しい。
「えっと……じゃあ、みんな」
客の1人、この冒険者たちのリーダーらしき男が、メンバーを見渡して言う。
「食うか!」
「「「おう!!」」」
男たち(言うまでもなく全員が男だった。母さん目当てだからな)は声を上げると、めいめいが食事に手を出す。
客は最初、戸惑いながら食事を口にする。だが……。
「「「うめぇえええええ!!!!」」」
と大声で叫ぶと、客たちはがつがつがつ、とものすごいスピードで飯を食らう。
「肉が柔らけえ!」「パンもなんだこれケーキかよ! やわからすぎんぞ!」「野菜がなんだこれ……味がするぞ。ただの野菜なのに……!」「ぐらたぁあああああああああああん!! うまいぞぉおおおおおおおお!!!!」
客たちが食事を取りながら、感涙にむせていた。
「ぐす……うめえ。こんなにうめえ飯……はじめてだよ……」
リーダーがむせび泣きながら、シチューを食べている。
世界樹の雫が隠し味に入っているシチューを食っている。
ふと……リーダーが気づく。
「あれ……? なんだ……?」
「どうしたリーダー?」「シチューいらないのか? 俺がもらうけど」「ナナさんいらないのか? なら俺がもらうけど」
リーダーは神妙な顔でうなると、仲間の1人に「ふざけんなナナは俺のもんだ」とにらみつける。その後、自分のステータスメニューを開く。
「!!!?!?!?」
リーダーの目が、驚愕に見開かれる。
「こ、これはぁ! いったいぜんたい、どういうことだ!」
リーダーが声を張り上げる。
「HPとMPが……完全に回復してやがる!!」
リーダーの言葉を聞いたパーティメンバーたちが、「うそだろ?」「いくらうまかったからってさすがに?」「ナナさん、俺と結婚してくれ!」
とメンバー全員が懐疑的な目をリーダーに向ける。抜け駆けしようとしたメンバーを全員でボコったあと、全員はステータスメニューを開く。
「マジだ!!」「うっそだろおい!!」「HPとMP満タン状態だ!」
全員が驚愕の表情で、自分のステータスを見入っている。
「……あれはどういうことだ?」
大人ソフィことフィオナが、こっそり俺に尋ねてくる。
「……世界樹の雫は完全回復薬の材料だ。あれにはHPとMP,それに疲労度を全回復させる効果があるんだよ」
「なるほど……隠し味とはそういうことなのだな」
俺たちをよそに、冒険者たちがわいわいと騒いでいる。
「疲れもなんか取れてるし……おまえら! もう1回ダンジョンへ行かないか!」
リーダーの提案に、全員が賛同する。
HPMP、そしてその日の疲労は、寝れば回復する。逆に言えば、寝ないと回復しない。
しかしウチで食事をすれば……体力満タン。魔力回復。またダンジョンへ潜れますよ……。
と、付加価値を宿に着けることができるのだ。
「ナナさん! ということで、これからオレら、ダンジョンいってきます!! これ、食事代です!!!」
リーダーが全員分の食事代を、宿屋のオーナーである母さんに渡す。
「わぁ♡ ありがと~」
ぱぁ……と母さんが明るい笑顔になる。客どもがだらしなく笑う。
「よーし! いくぞオマエら!!!」
「「「おー!!」」」
気力体力がフル充電されたリーダーたちは、そのまま宿の外へと走って行く。
「えへ~♡ はじめて食事代もらっちゃった~」
嬉しそうな母さん。俺とフィオナも、ほっと胸をなで下ろす。
「食事代ゲットだな、ユート。しかも元ではタダだから、丸儲けだ」
すべてダンジョンと仲間からもらったアイテムで、食材を用意した。これからも食事面ではこうやってタダで食材を仕入れて客に出せば……儲かるだろう。
そして……。
その1時間後。
「あの……すみません!!!」
【はなまる亭】の出入り口に、冒険者パーティがやってきた。
「ここの飯食えば、HPMPが満タンになるって聞いてやってきたんですけど!」
……こうして、あの4人からウワサを聞きつけて、新しい客がウチへやってくる。
母さんはニコニコしながら、客に応対する。
出だしは順調。よし、次だ。
お疲れ様です。助手をゲットしたので、これからガンガンとサービスを充実させていきます。
次回もよろしくお願いします。
もしよろしければ下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです。とても励みになりますし、とっても励みになってます。
ではまた。