40.勇者、風邪を引く【後編】
お世話になってます!
風邪を引いた数時間後……くらいだろうか。
すぐに感じたのは、体のだるさが軽減されていることだ。頭がすっきりする。
そして、額がなんだか、妙に冷たかった。
「なんだ……?」
「ん。起きたのね、ユート君」
「き、キリコ?」
俺の顔の、すぐ目の前に。村長キリコの、美しいかんばせがあった。
切れ長の眼。驚くほど長いまつげ。真っ白な肌。そして、ふわりと香る、桜の花のような上品な香り。
「な、何してるんだ?」
「ユート君の熱を測っていたの。額を合わせて」
「ああ、なるほど……」
キスでもするのかと思ったが、よく考えなくても今の俺はディアブロじゃない。キスなんてしないか。
「大丈夫? 起き上がれるかしら」
「ああ、大丈夫」
俺は半身を起こす。自分の部屋のベッドだ。その隣に、キリコが座っている。
「安心したわ。熱、下がってるわね」
ほっ……と安堵の吐息をつくキリコ。
「心配かけて、その、すまない」
「気にしなくて良いわ。あなたは子供。大人に迷惑をかけるのが仕事みたいなものよ」
くす……と微笑をたたえるキリコ。そうやって笑っている方が、ほんと、似合っていると思う。
いつもこのキリコという女性は、常に冷たい表情を浮かべている。もったいないと俺は思う。
せっかくこんなにも美人なのだから。今みたいに、誰にでも、笑いかければいいのにな。
「ところでお腹すいてない?」
「ああ……」
俺はお腹を押さえる。ぎゅるりと音が鳴った。
「空腹を感じているのなら、体調が戻っている証拠ね」
「そうだな。大分楽になった」
時計を見やると、21時を回っていた。ビアガーデンは今日も無事終わっているだろう。
俺が休んで穴が開いたけど、キリコがいるから、たぶん切り抜けられた……と思うけど、どうなんだろう。
ビアガーデンの様子を知りたい。だがこの人に聞くのはまずい。子供らしからぬ行動をとると、怪しまれるからな。
あとでルーシーにでもきこう。
「今ナナさ…………あの人がご飯を持ってくるから、それまで少し待ってなさい」
「あ、ああ……。キリコ、その、今ナナさんって……」
言いかけていたような気がした。キリコは俺を見て、
「言ってない」
ギンッ! とすごい目力で、キリコが俺を見てきた。
「今ナナさんって」「言ってない」「今」「言ってない」「い」「言ってない」「まだ何も言ってないだろ……」
まあナナさんと、母さんの名前をこの人は呼んだ。たぶん、現場ではそう呼んでいたのだろう。
接客時、名前を呼び合わないと連携がとれない場面がある。そのときキリコは、ナナさんと、俺は聞いたことないけど言っていた……のかもしれない。
「ユート君。なにその顔」
「あ、いや……。母さんとキリコが、仲良くしてくれててうれしいなって……」
「…………」
「痛い痛いごめんごめんって」
キリコが俺の耳を、軽くつまんできた。俺が謝ると、ぱっと離してくれる。
「それだけ元気があるのなら大丈夫そうね」
キリコが微笑を浮かべてうなずく。
「ああ、おかげさんで。汗をイッパイかいたおかげかな」
パジャマが汗でぐっしょりと濡れている。忘れがちだが今は真夏だ。
部屋は蒸し暑い。この部屋で寝ていれば、そりゃ汗をかくだろう。
「…………」
「どうした?」
「体を拭いてあげましょうか?」
と、キリコがそう提案してきた。
「え、良いよ」
「子供が遠慮しないの。ほら、パジャマを脱ぎなさい」
「あ、はい」
俺はパジャマの上着を脱ぐ。キリコは隣に置いてあった、水の入った桶に、タオルを浸す。
「背を伸ばしなさい」
「ああ……」
裸身をさらす俺。キリコは平然としながら、俺の背中を、タオルで拭く。そりゃそうか。相手は子供だと思っているからな。
キリコがぬれタオルで、俺の体を拭いていく。べたついた肌が、さっぱりしていく。
彼女は丁寧に丁寧に、俺の体を拭いてくれた。そこには情のようなものを感じられた。思いやりがあった。
「かゆいところはある?」
「大丈夫だ。ありがとう」
ややあって、キリコが俺の体を拭き終わる。彼女は次に、部屋のチェストから新しい下着とパジャマを取り出した。
「さ、ぬれた服を脱ぎなさい」
「はっ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
「? どうかしたの?」
「あ、いや……。い、いいよ。服は」
「何を言っているの。せっかく体を拭いたのに、また汗でぬれたパジャマを着るつもり?」
確かにそうだけれども!
「いや、その……あとで自分で着るから」
「なぜ後回しにするの。脱ぎなさい」
「いやちょっと……恥ずかしいというか」
「子供がませたことを言わないの。ほら」
といって、キリコが俺のパンツに手をかける。俺が、ぐずぐずしていたからいらだっているのだろう。
「いや、良いってマジで! 大丈夫だから!」
早く離れてくれ。こんな現場、誰かに見られたらとどうするだ。ただでさえ、こういうことに対して、やっかいな人物が、二人くらいいるというのに……。
と、そのときだった。
「「…………」」
「…………あ、えっと」
ドアが、開いていた。そこには、赤い目が2対。
4つのルビーの瞳が、俺と、そしてキリコを凝視している。
「あの、ソフィ? フィオナ?」
そこにいたのは、赤髪幼女ソフィ。そして長い赤い髪を、武士のように束ねた女性、フィオナ。
そのふたりが、ドアから顔を半分だけだして、俺たちを見ている。
「「…………」」
「こ、これは違うんだ。ほんと、違うんだよ」
「「…………」」
「無言やめてくれ!」
その間にキリコが俺に服を着せてきた。素早い手つきだった。あっというまに、新しい衣服を身につけていた。
「これで良し」
キリコが立ち上がる。
「それじゃあ、ユート君。またね」
「え、おい! この状況で帰るのかよ!」
「? 何の話」
「いやだから二人に弁明というか、何があったのか言ってやってくれ」
キリコは首をかしげる。よくわかってないみたいだ。
キリコはフィオナたちを見ると、
「私はユート君の寝汗をふいただけよ。替えのパジャマと下着を着せただけ。後は何もしてないわ。……これでいいの?」
「これで良いだろ?」
俺が二人に言うと、ふたりは「「…………」」「だから無言やめてくれってば!」
ソフィとフィオナが冷たい視線を俺に向けてくる。やばい。怒ってるのか……。
「それじゃ」
「あ、おいキリコ!」
キリコが颯爽と帰って行く。あとには俺とフィオナ、そしてソフィだけが残された。
「「……うわき?」」
「断じて違う」
「「……いいわけ?」」
「違うってば!」
くっ……! どうして普段、まったく違う二人が、こういうときにだけ息が合うんだ。
「はぁ~い、ゆーとく~ん、ごはんもってきたよ~」
と母さんが部屋に入ってきた。救いの女神のように思えた。
「か、母さん……!」
助かった。母さんは大人だ。この場を上手く納めてくれるだろう。
「あら~? どうしたのふたりとも、こわ~い顔して~」
「ナナさん、聞いてくれ」
「ナナちゃんきいてー」
フィオナとソフィが、母さんのそばによる。
「ユートがほかの女に裸にひんむかれていた」
「んま~」
「そしててーそーをうばわれそうになってました!」
「あら~」
「ソフィ! 母さんに変なこと言わないでくれ!」
きっ……! とソフィが俺をにらむ。
「しゃーらーっぷ、だよ!」
ふしゃー! とソフィが歯をむく。
「ゆーくんっ! ふぃーという女がいるのに、どうしてほかの女といちゃつくのっ ふぃーの体じゃまんぞくさせられないのっ?」
「変なこと言うなって!」
「ユート……」
フィオナがふらり……と幽鬼のように佇立する。
「フィオナ。違うんだって。おまえの想像している悲しい顔をしないでくれ」
「……やはり若い女の方がいいのか?」
「ちげえから!」
そのやりとりを見ていた母さん。
「話を総合すると~」
ぽん、と母さんが手を合わせて、楽しそうに言う。
「ユートくんをめぐっての、キリコちゃん、フィオナちゃん、そしてソフィちゃんの、四角関係って、ことかしら~」
「断じて違う!」
やばい。この人結構天然がはいってるんだった。
「りゃくだつあいなのね! ふぃーまけない! ゆーくんの心はふぃーのものなの!」
「ふざけるな。ユートの心も体も私のものだ。私の心と体もユートのものだが」
「ふぃーのボディだってゆーくんのものだもん!」
「はん」
「鼻で笑うなー!」
ぎゃあぎゃあとフィオナとソフィが言い合いをする。俺はその間に、この場から逃げようと、ベッドから抜け出そうとする。
「あら~。いけませんよ~」
母さんがめざとく俺を発見。よいしょと持ち上げて、ベッドに寝かせる。
「病み上がりなんだもの~。安静にしてないとね~」
「あ、うん……。けど……もう大丈夫だから」
「だ~め」
つん、と母さんが俺の指で額をつつく。
「元気になるまで寝てなきゃだめよ~。静かに寝てましょうね~」
「ああ、うん……」
逃げようと思ったのに、捕まってしまった。ソフィたちが、ドカドカと足音を立てながら、俺のそばまでやってくる。
「ゆーくん言ってあげて! 真実の愛はふぃーのなかにしかないって! このおばちゃんに!」
「ユート。言ってやれ。誰がおまえの女なのかを。この小娘に言ってやるんだ」
静に寝かせろって母さんが言ってたばかりだというのにこの子らは……!
言い合いをするソフィたち。その間に、母さんが持ってきた夕食を、俺に食わせる。
「やっぱりふたりは、とっても仲良しさんね~」
「ああ、そうだな……」
もうちょっと静かにしてもらいたいけど。結局、俺が夕食を食べ終えるまで、ふたりはけんかしていた。
母さんは「ゆーとくん寝るから帰りましょ~」とその場をおさめて、三人で出て行く。
「それじゃあユートくん、おやすみ~」
「ああ、お休み母さん。ソフィたちも」
こうして三人は部屋を出て行く。あの二人は結構騒々しかったが、しかし元気をもらった。
これなら明日には、完全に回復できているだろう。ふたりには、感謝しないとなと思いながら、俺は再び眠りについたのだった。
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頑張って書いたので、手にとっていただけると嬉しいです!
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ではまた!




