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05.勇者、人体錬成してもうひとりの自分を作る



 母さんのシチューを改良した、その数十分後。


 二階の部屋から、1組の冒険者が降りてきて、食堂へとやってきた。


 ひとりは男、もうひとりは女。どちらも20代後半くらいである。


 彼らはこの宿に泊まっている……のだが、さっきやってきた4人の冒険者とはちょっと違う。


「まま! ぱぱっ!」


 テーブルに座っていたソフィが、たたたっ、と男女の冒険者に向かって走って行く。

 

「ソフィ。おはよう」「起きたらベッドにいないんですもの。心配したわ」


 父親がソフィの頭を撫でながらいう。母親は心配したというわりに、感情を感じさせない平坦な顔つきだった。


「えへへっ、ごめんねっ! ナナちゃんとユーくんとごはんたべてたのっ!」


 母親はナナミさんを見やり、「いつもすみません」とぺこりと頭を下げる。


「いいえ~。気にしないでください~」


 ……いちおう説明しておくと、ソフィの両親はこの宿に長く住んでいる。


 宿を借りている、というより、家賃を払って住んでいるみたいな感じだ。


 東ブロックの2人部屋を、ソフィとその両親が使っているのである。だからさっきは、正確には客じゃないと言ったのだ。


 父親はソフィの頭を撫でながら、母さんを見て申し訳なそうな顔になる。


「それでナナミさん。今月分の家賃なんですけど、今ちょっとダンジョン攻略が滞ってまして、もう少し待ってもらえますか?」


「いいですよ~。払えるときで良いですよ~」


「いつも本当にすみません。助かります……」


「いえいえ~。おしごとがんばってくださいね~」


 にこにこー、と母さんが笑って答える。


 俺はそれを見て、内心で吐息をはいた。


……うちが繁盛しない理由、その2。


 母さんが経営の素人かつ超がつくほどお人好しだから。


 母さんは優しいひとだ。


 金に困っている客がいると、払いを待ってあげるのだ。善意ある客ならあとでちゃんと払ってくれるが、へたしたらそのままとんずらする客だっている。


 金を払わず泊まって出て行った客に対して、母さんは何も言わない。というかとんずらこいたことに気づいてすらいないのだ。


 ……母さんの人柄は変わらないから、経営のプロを雇うのが1番の解決法だろう。


 ただ、雇うにしても、金がいる。


 金は……とりあえず稼ぐ方法はある。なにせ村の隣にダンジョンがあるのだ。簡単に稼げる。


 ただ俺は……【俺自身の問題】があって、直接的な金稼ぎの方法にはでれないのだ。あまり難しい話じゃない。すぐに理由はわかる。


 それはさておき。


 ソフィの両親はしばらくソフィとナナミさんと話したあと、


「じゃあソフィ。部屋で大人しく待ってるんだよ」


「あまり外をうろつかないようにね」


 娘にそう念を押して、食堂から出て行こうとする。


「…………うん。わかったよ、ママ、パパ」


 しゅん、とソフィが沈んだ表情になる。


「夕方には戻ります」とソフィ父。


「は~い。いってらしゃ~い」


 ふりふり、と母さんがソフィの両親を笑顔で送り出す。


 食堂には俺と母さん、そしてソフィが残される。


 ……ソフィの両親は冒険者だ。ふたりでパーティを組んでおり、朝から晩まで、村の隣のダンジョンに潜っている。


 その間、ソフィはこの宿で待機させられているのだ。待機と言えばいいが、ようするに放置されているわけだ。


 ソフィを養うためには、ダンジョンに潜って金を稼がないといけない。だからソフィは安全な宿の置いておく。正しい判断だとは思うが、人の親として、その行動は正しいとは……俺には思えない。


「まま……ぱぱ……」


 ソフィが悲しそうにつぶやく。


 すると……。


「だ~いじょうぶよ、ソフィちゃんっ」


 母さんがソフィを「よいしょ~」ともちあげて、ぎゅっとハグする。


「さみしくないよ。ママもいるし、ユートくんだっている。だからさみしくないよ~」


「ななちゃぁー……ん」


 ぐすぐす、とソフィが泣く。


「だーめ。ソフィちゃんは美人さんなんだから、笑ってないとダメだよ~。ほら、笑顔笑顔~」


 母さんがソフィの涙を指でぬぐってやる。するとソフィは、きゅーっと母さんを抱きしめたあと、


「うんっ!」


 と満面の笑みを浮かべた。


「よ~し、じゃあソフィちゃん。なにしてあそぼうか~。おままごとする~?」


「するー!」


 いやいや待て待て、と俺はストップをかける。


「母さんは仕事あるでしょ。ソフィは俺が面倒見てるから。母さんは母さんの仕事やって」


 ただでさえ従業員が不足しているのだ。


 ここに子どもの面倒が加われば、母さんのタスクはたまっていく一方。


 というか本当は、俺はソフィの両親から、ソフィの子守代をせしめたいくらいだと思っている。


 ソフィの両親は、故意にソフィをおいていってる疑惑がある。ようするに、ソフィを放置していけば、頼んでいなくても、このお人好しの宿のオーナーが面倒を見てくれると、期待しているわけだ。


 面倒を見てくれ、と依頼してないので、依頼料は発生しない。けど母さんの性格上、ソフィを放置は絶対にしない。だからただで娘の面倒を見てもらえている。


 ……まあ、あの両親が故意にやっている確証はない。けど結構ソフィ両親は、確信犯である気がしてならないのだ。


 それはさておき。


「ゆーくんがあそんでくれるのっ!」


 ぱぁあ……! とソフィの表情が明るくなる。


「ななちゃん、ななちゃんっ! おろしてー!」


 母さんが抱っこしていたソフィを下ろす。

 ソフィが俺に近づいて、抱きついてくる。


「えっへー! ゆーくんが1日じゅー、遊んでくれるってー! やったー!」


 喜色満面のソフィを見ながら、俺は苦い思いをする。


 母さんの仕事を増やしたくないから、ソフィの面倒を買って出た。だがそれは同時に、俺がこの宿の手伝いをできなくなった瞬間であった。


 母さんの手伝いはしたい。宿を繁盛はさせたい。その気持ちは揺るがない。……だが、この幼なじみの少女を、放っておけないのだ。


 まだソフィは5歳だ。


 両親は5歳の娘を放置して、冒険者として働いている。しかも共働きだ。


 両親が帰ってくるのは夜遅く。それまでひとりだなんて……ソフィが、かわいそうだろ。


 それにソフィは、俺の恋人だ。……まあ、1周目の時の話しだけれど。


 1周目の時、俺はソフィにだいぶ世話になった。ソフィは頼れる仲間として、20年間ずっと苦楽をともにしてきたという記憶がある。


 ここでソフィを他人だと、余計だと切って捨てることは容易い。その方が宿のためにあれこれできるだろう。


 ……それでも、俺はソフィという少女が、母さんの次に大事なのだ。


「それじゃ、ソフィ。俺の部屋で遊ぼうか」


 するとソフィが目を><にして、


「きゃー! ななちゃんたいへんー!」

 

 と声を張り上げる。


「どうしたの~?」


 母さんがソフィの隣にしゃがみ込む。


「きいてきいてっ! ゆーくんがおれのへやにこないか、だって! きゃー! でーとのおさそいみたいー!」


「あらほんと~。たしかにそうね~」


「それでねっ、それでねっ。 きっとおしたおされちゃうんだー! きゃー♡」


「あら~。そんな大人な知ってるのね~。ソフィちゃんったら、おまーせさん」


 きゃはー♡ とふたりが笑っている。いや……うん。大事だとは言ったけど、5歳児を恋愛対象にはちょっと……。


 いやまあ、俺の体は10歳だし、対面的にはまずくないんだけど、俺中身がおっさんだしなぁ。


 ……せめて大人のソフィ、つまり1周目の彼女だったら、付き合えたのだが。


「…………」


 母さんと楽しそうにしているソフィを見ながら、俺はふと物思いにふける。


【ソフィ】に、思いを馳せる。


 ただこの2周目の世界のソフィについてではない。1周目の世界に残してきた、大人のソフィについてだ。


 ……1周目のソフィは、今どうしているのだろうか。


 というか、1周目の世界は、今、どうなっているのだろう。


 ふと考えるときがある。願いの指輪が発動し、俺はこの2周目の世界へと転生してきた。


 だがじゃあ1周目の【俺】は、どうなってしまったのか? 体が消滅しているのか。それとも、魂だけが2周目世界へ来て、向こうは抜け殻になっているのか?


 ……わからない。


 答えを知りたくても、この2周目世界には、俺以外に1周目世界の人間はいない。


 そう思うと、とたんに孤独を感じた。


 確かにここは過去の世界であるが、同時に、まったく別の世界でもある。魔王がマッハで倒されて、俺が勇者にならなくて良い世界。


 それは、もはや別の世界と言っていいだろう。この2周目世界は、俺にとっては過去の世界であると同時に、まったく別の歴史を歩む、別世界と言える。


 ……孤独だ。1周目の俺を知る人間がいないというのは、結構孤独を感じる。


 せめて誰か、1周目の俺を知る人間が、そばにいればいいのに……と思ってしまう。


 ……無いものをねだってもしょうがない、と思い直して首を振るう。願いの指輪はもう無いのだ。


 1周目世界の住人が、ひょんなことから、この2周目世界へやってくるなど……そんな奇跡は、起こるはずがないのだ。



 ……と、このときは思っていた。



    ☆



 ソフィを置いて仕事へ行った両親の代わりに、俺がソフィの面倒を見ることになった。


 俺は二階の2人部屋、俺が自分の部屋として使わせてもらっている部屋へとやってくる。


 そこでソフィとあやとり遊びしながら、頭の中で計画を立てる。


 ソフィは大事だし蔑ろには、ひとりにはしたくない。しかしそうすると、母さんの、宿の手伝いはできなくなる。


 母さんの手伝いにかまけていれば、ソフィを孤独にしてしまう。


 俺は、ソフィの相手しつつ、家の手伝いができる方法を考える必要があった。


 ソフィを面倒見つつ、宿のことをする。1度に2つの別のことをするためには、どうすればいいのか?


 パッと思いついたのは、【俺をもう1人作る】だ。


 俺の仲間に錬金術師のエドワードという男がいた。


 錬金術の中には、人体を0から作り出す研究、つまり【人体錬成】という概念がある。


 エドワードと俺は旅の途中、夜寝る前とかに、よく話をした。そしてその会話の中で、彼から錬金術について教えてもらったのだ。


 だから作ろうと思ったら、作れる。人体、つまりもうひとりの俺を錬成することが。


 ただ問題はひとつ。俺はエドワードの言葉を思い出す。


【肉体を作ることはさほど難しくありマセン。問題は作った肉体を動かすことデス】


 どうやら人間をひとり作ったあと、そいつを【人間として動かす】ためには、精神をその肉体に宿す必要があるらしい。


 精神を宿す方法には、自分の精神をコピーする方法が1番手っ取り早いそうだ。


 ただ精神のコピーには、膨大な魔力を必要とするらしい。


【ワタシの魔力は並デス。なので人体を錬成できても、人として動かすことはできないのデス】


 と、錬金術師のエドワードは言っていた。


 ……彼からは、人体錬成の技術のレクチャーは受けている。作り方は心得ている。あとは、魔力だけだ。


 膨大な魔力が必要。膨大な……魔力。


「……いけるか」


 幸いにして、俺は魔王を倒したことで、【アレ】を手に入れている。


【アレ】を使えば、エドワードがなしえなかった、人体錬成を成功させることができるだろう。


 上手くいかないかもしれない。俺の本職は錬金術師ではなく勇者だ。単に友人に凄腕の錬金術師がいて、彼からレクチャーを受けただけだ。にわか仕込みも良いところだ。


 上手くいくはずがない……だろうけど、やる。やるのだ。失敗がなんだ。失敗したらまた別の方法を考えるだけだ。


 とりかしのきかない失敗を1度経験しているのだ。人体錬成が上手くいかないなんて、そんなもん失敗のウチに入らない。とりかえしが効く効かない以前に、リスクは0だからな。


 そうと決まればさっそく行動だ。


「ソフィ、ちょっとトイレいってきていいか?」


 ベッドの上であやとりをしていた俺は、ソフィに尋ねる。


「やっ!!」


 とすっげー良い笑顔で、ソフィに拒否されてしまった。おう……。


「いやほんとすぐに帰ってくるって」


「やっ! ふぃーもいくっ! ゆーくんといっしょにいるっ!」


「いや……おまえ男のトイレについてくるのか?」


「ついてくっ!」「だめだって」「やーだーやーだー!」


 ソフィはベッドの上であおむけになると、じたばた、と暴れ出す。


「ゆーくんと離れたくなーい~! ゆーくんと離れるくらいならしんでやるー!」


「……軽々しく死ぬなんて言うもんじゃないって」


 ソフィは昔から、母さんのもとへあずけられることが多かった。母さんは宿の仕事があったので、面倒を見るのは、昔から俺だった。


 ソフィの面倒を見てきたからだろう、彼女は俺を、本当の兄貴のように慕うようになったという次第である。


 ソフィはじたばたしながら言う。


「ゆーくんがふぃーを置いてどっかいったら、ふぃー、地獄の底までだっておいかけていくからねっ!」



 その真に迫る感じは、一概に、冗談には聞こえなかった。


 本当に俺がどこかへいったら、わずかな手がかりを元に、おいかけてきそうである。


 ……このソフィも、【向こうの】ソフィも、だ。


「とゆーことでゆーくんはここにいるべきっ。どーしてもおしっこしーしーしたいなら、ふぃーもついてく。じっとようすをかんさつしてる」


「やめてってば」


 頑として俺のそばから離れようとしないソフィ。……しかたない。この手段はあまり使いたくなかったのだが。


 俺はアイテムボックスの中から、1つの【種】を取り出す。


 ルイ、君から教えてもらった魔法、こんなふうに使ってごめん。


「ソフィ。よく見てな。今からお花咲かせるから」


「はー? それたねでしょ? 土にうめないとおはなはさかないよ? それくらいふぃーだってしってるよ?」


「まあまあ」


 そう言って俺は、森呪術師ドルイドの呪いの歌を使う。


 森呪術師は特殊な歌を先祖代々から受け継いでいる。


 その歌は樹木の成長スピードを速めたり、逆に樹木を枯らすことのできる、呪いの歌だ。


 森呪術師の呪いの歌を聴いた種は、恐ろしい速度で、芽を出し、茎が伸びて、葉がつき、やがて花が咲く。


「わぁ……! きれー……」


 うっとり、とソフィが花を見やる。ルイからもらった、特別な花を、俺はソフィにあげる。


 ソフィは花を受け取ると、それを見入る。

「とっても……きれー……」


 するとこっくり、こっくり……と船をこぎ出す。


「とっても……いいにおい……かいでると……ふわふわして……」


 目が何度も、ゆーっくり閉じて、ぱっ、と開くを繰り返す。やがてソフィは、完全に寝入ってしまった。


「……すまん、ソフィ。あとルイ、知識を悪用してすまん」


 ルイからは森呪術師の歌をおしえてもらったり、一緒に呪いに使う花の種や草をあつめたりした。


 ソフィにあげたのは、1周目世界において、ルイと一緒に草取りしたときにアイテムボックスに入れておいた【眠りの花】の種だ。


 種を森呪術師ドルイドの樹木の成長を早める歌を使って、【眠りの花】を咲かせて、ソフィを寝かしつけた次第である。


「すまん、ソフィ。もうこの手は絶対使わないって約束する。だから今回だけ許してくれ」


 俺はソフィをベッドに横たわらせて、すばやく部屋を出る。


 空き部屋となっている、隣のソフィたち親子の使っている部屋へとやってくる。ここで人体錬成の作業を行うのだ。


「あ、そうだ。土持ってこないと」


 人体錬成は錬金術の一種。錬金とは土魔法から派生している。土に含まれる成分を魔法でいじって、土を鉄に、石を金にするのが錬金術だ。


 ただそれでも元々は土魔法を基礎としている。よって錬金を行うには大量の土が必要なのだ。


 俺は二階の窓から飛び降りて、裏庭に着地する。勇者の強化された身体能力では、二階から降りるなど造作も無い。


 手で土を掘ってそれをアイテムボックスにツッコんで、跳び上がって二階へと戻る。階段を使って2階に上り下りしたら、母さんに見つかってしまうからな。


 万能調理具を鍋に変化させて、そこにアイテムボックスから、大量の土を流し入れる。ごめん、クック。こんな使い方して。


 鍋の中の入った土に、【土魔法】を使って成分をいじる。亜鉛や銅、ケイ素といった人体を構成する成分を作る。


 やがて見た目は土だけど、鉄分とかその他諸々の混じった土の塊ができる。ここに【人体錬成】の魔法を使って肉体を作る。


 呪文は勇者パーティの優秀な錬金術師・エドワードから教えてもらっていた。俺はそれを使って、人体を錬成する。


 魔法が発動すると、鍋の中の土の塊が、もこもこ……と膨らみ、そこにはもうひとりの【俺】が立っていた。


「さすがエドワードの教え。完璧な俺ができてる……フルチンだけど」


 俺は自分の部屋へ1度戻り、俺の服を持って、もうひとりの【俺】に着せる。フルチンはまずいからな。


「そんでここに魔力を注ぎ込めば完成……だよな」


 エドワードは言っていた。人体を作るのは難しくない。ただ、人間の魂を人造の肉体に乗せるためには、膨大な魔力が必要になると。


 俺は勇者であるから、一般人よりは魔力の量が多い。だが膨大な魔力を持ってるわけではない。


 だが……今は持っている。


 膨大な魔力を……持っている。俺がでないが、魔力を秘めた【それ】を、持っているのだ。


 俺はアイテムボックスを開いて、目当ての物を取り出す。


 それは黒い水晶玉だ。いっけんするとただの水晶玉。だが実態は違う。


 魔王を倒して手に入れたSSS級アイテム、【無限魔力の水晶】だ。


 アイテムの効果は……読んで字のごとくだ。無限の魔力が、この水晶には込められている。決し枯れることのない量の魔力が秘めた水晶を、俺は手に持っている。


「この水晶がなきゃ詰んでたところだ。ほんとあのクソ野郎には感謝しないとな」


 別にだからといってやつを復活させるなんて気はさらさらない。魔王が復活することは、イコール、勇者がまた必要になるってことだからな。それはごめんこうむる。


 俺はもう勇者でなく、【はなまる亭】の主人の息子、ユートとして生きてくって決めたからだ。


 俺は水晶を片手に、人体錬成して作った【俺】の心臓に、手をつく。


 水晶から……ずずず……と魔力を、俺の体を通して流し込む。


 やがて1分……2分……10分くらいが経過した。


 10分が経っても、もうひとりの【俺】は動こうとしない。まだ魔力が足りないのか……。


 30分、1時間……と魔力を流し続けても、もうひとりの【俺】は目を覚まさない。


「まさか失敗したのか……?」


 と思った、そのときだった。


『そんなわけないだろ。エドワードから教わった技術を信じろ』


 目の前に立つ、もうひとりの【俺】が、俺に向かってそう言った。


「お、おお……。おおっ! 成功かっ!」


『あたりまえだろ。エドの人体錬成の理論が間違ってるわけないって』


「まあ、そうか。そうだな」


 その後会話したり質問したりしてわかったのだが。


 土から作ったもうひとりの俺は、俺と同じ見た目、俺と同じ記憶を有しているようだった。


「魔力が切れたら困るから、おまえの体に水晶を埋め込んでおくな」


 ずぶ……っともうひとりの俺の心臓部分に、【無限魔力の水晶】を押し込む。ここから魔力が供給されるのだ。


『それじゃ外すと俺はどうなるんだ?』


「元の土に戻るんじゃないか。また魔力を送り込むの面倒だからやらないけど」


 用事が終わったら水晶を抜いて、土をアイテムボックスに入れることにしよう。


「そんじゃ、ソフィの面倒は任せた」


『了解。あとは任せた、俺』


 俺はもうひとりの【俺】と握手を交わす。やがて【俺】はソフィの部屋を出て、隣、俺の部屋へと向かった。


【んえ……。ゆーくん……ふぃ-、ねちゃってたー?】


 壁の向こうから、ソフィの声が聞こえてくる。ちょうどいいタイミングで、ソフィが目を覚ましたらしい。


【ああ、ぐっすり。気持ち良さそうだったから起こさないでおいたぞ】


【おこしてよっ! もう! ねてたせーでゆーくんとあそべなかった!】


【ごめんごめん。代わりにずっと遊んでやるから許してくれ】


【ずっと! ほんとっ! わーい!】


 ……壁の向こうから、もうひとりの【俺】と、ソフィの楽しげな会話が聞こえてくる。


 ソフィは【俺】に違和感を覚えてないようだ。まあ【俺】は俺本人だしな。記憶も正確も一緒だからな。


「さて……これでいちおう動けるようになったか。まず何から手をつけたものか……」


 正直、宿には問題が山積みだ。


 その中で特に頭痛の種なのが、金の問題。

 

「経営者を雇うにしても金がいる……。冒険者をやるわけにはいかないし……。かといってすぐに客の数が増えるわけじゃない……。ああ……どうするかな」


 やっぱりひとりだけで考えると、整理がつかない。せめてもうひとりいれば。


 ……もうひとりの【俺】はソフィと遊んでいるが、そうじゃなくて。


 もうひとり、俺の悩みを共有して、俺と一緒に問題に立ち向かってくれる、仲間がいれば……。


 仲間ときいて、俺の脳裏に、勇者パーティのめんめんが浮かぶ。


 ルイ。クック。山じい。えるる。エドワード。


 そして……。


「ソフィ……」


 と、そのときだった。



 ーーバリバリバリバリ!!!!



 突如として、ソフィの部屋の壁に、雷鳴がとどろく。


「な、なんだ!?」


 雷が爆ぜたと思ったら、そこには黒い【穴】が広がる。


 人が通れるほどの、大きな穴だ。


「なんだこれ……? なんだよ、この穴……」


 壁にわだかまる黒い大穴は、奥が見えなかった。この隣は俺の部屋なのだが、その部屋が見えない。


「隣につながってない。じゃあこれ……いったいどこにつながってるんだ……?」


 と首をかしげていると、ぬぅ……っと、【穴】から誰かが、出てきたのだ。


 穴から出てきたのは、長身の女性だ。


 燃えるような赤髪を、武士のように束ねている。


 高い背格好。白銀の鎧に包まれたその体は……女らしく、胸が出て、腰はきゅっと引き締まっている。


 出てきたそいつの顔に……俺は見覚えがあった。いや、あるどころの話しじゃない。


「まさか……おまえ……」


 穴から出てきた赤髪の女騎士は、俺を見て、「ユート……」とつぶやく。


 じわり……と【彼女】の目に涙が浮かぶ。


「ユート……会えた……。あの【時空の悪魔】から奪ったこいつの威力は、本物だった」


【彼女】は手に、小さなナイフを持っていた。それをぽいっと投げ捨てて、


「ユートぉおおおお!!!」


【彼女】は……俺にぎゅっと、抱きついてきた。


「もう離さない! 絶対に貴様を離さないからな!」


 俺を貴様と呼ぶのは、ひとりしかいない。


 その子しかいない。いや、彼女しかいない。


 俺を抱きしめる、赤髪の女性の名前を、俺は呼んだ。


「ソフィ……。おまえ、ソフィ……だよな」


 どうやら【ソフィ】は、1周目世界から、どうやってか、2周目世界へと転移してきたみたいだった。

 


お世話になってます。


次回以降から、ソフィ1週目ちゃんと協力して宿屋の改善に挑みます。あと過去(ソフィ2週目ちゃん)の、主人公大好きっぷりをみて、未来のソフィちゃんが悶えるみたいな感じも書くつもりです。


次回もよろしくお願いします。


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ではまた。

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