37.勇者、臨時バイトの村長のフォローをする【前編】
お世話になってます!
ビアガーデンを開いて、1週間が経過したある日のこと。
朝の食堂。朝食の席にて。
「あら~? えるるちゃんは~?」
母さんがハテ、と首をかしげる。
「そう言えばえるるさんがいませんね」
商人エルフのルーシーが、ふむとオトガイに指を立てる。俺はうなずいて同意した。
「妙だな。いつも真っ先に飯食いに来るのに」
気になったので、俺はえるるの部屋まで向かう。今まで、従業員たち(ルーシーやえるる)は、宿の空いている部屋を使っていた。
だが人の入りが多くなってきて、それじゃあまずいだろう。とルーシーが提案。俺は【創造の絨毯】を使って、職員たちの暮らす小屋(宿舎って言うらしい)を作った次第だ。
俺はルーシーとともに宿舎へと向かう。えるるの部屋の前に到着。俺はドアをノックする。
「えるる? どうした?」
【ぶぇええ……ゆーどざぁあああん……】
ドア越しにえるるの声が聞こえてきた。だがどうにも、ガラガラ声だ。
「まさか……?」
俺たちはドアを開けて、えるるの部屋へと行く。そこには……えるるが、真っ赤な顔をして、ベッドに横たわっていた。
ちょっぴりぽっちゃり体型の、美しいエルフ。ずびずび……と鼻を鳴らしていた。
「ぶぇええっくしゅ! はっくしゅ! ぶぇえええええくしゅーーーーー!!!」
えるるが何度も、くしゃみをする。俺は慌ててえるるに近づく。
「大丈夫か? 風邪か?」
「うう……ぐず……ずびばぜぇん……」
どうやらえるるが風邪を引いてしまったらしい。
「夏風邪ですか。しかし何が原因なのでしょうか?」
「え、えへへ……昨日ちょっと熱くって、窓開けてその上お腹出して寝てたら……てへへ」
「そりゃ風邪引くよ……」
「うう……ごめんなさい……。わたし体にお肉が無駄にたくさん蓄えてるから、熱がこもっちゃうんです……」
「しかたない。ゆっくり休んでるんだぞ」
「うう……ごめんねユートさん……ぐす……やさしい……」
はくしゅん、はくしゅんっ! とくしゃみをするえるる。俺はあとで飯と薬を持ってくると言って、ルーシーとともに部屋を出る。
裏庭の宿舎から、宿の本館へと戻る間、
「しかしちょっと困りましたね」
ふぅむ、とルーシーがうなる。
「そうだな……ただでさえ結構いっぱいいっぱいだもんな」
「ええ。最小限の人数で回してます。えるるさんがいなくなると、ホールが回りません」
「新しく人を雇うか?」
「難しいでしょう。急すぎます。それに知らない人を使うのはちょっと抵抗がありますね」
ううーん……と頭を悩ませる俺たち。
裏口から本館へと入り、食堂へ戻ろうとしたそのときだった。
「ごめんください」
と、玄関口に、誰かがやってきたのだ。こんな朝っぱらから客か……? と思ったら違った。
「キリコ」
村長のキリコだった。長く艶のある髪の毛を手ですいている。
「おはようユート君」
キリコは俺を見ると、ふっと微笑んであいさつする。後のルーシーを見て、すぐにもとの、険しい表情にもどった。
「どうしたんだ?」
「回覧板を持ってきたのよ」
「ありがとう」
俺はキリコから回覧板を受け取る。キリコはジッ……と俺を見やる。
「どうした?」
「否定。それは私のセリフよ。どうしたの、難しい顔をして?」
キリコがしゃがんで、じっ……とおれの顔をのぞき見る。表情に出ていただろうか?
「ちょっとトラブっててな」
「トラブル……?」
「うちの従業員が風邪引いちゃって……」
と、俺はここで妙案を思いつく。そうだ、見ず知らずじゃない、ちゃんとしているひとなら、ここにいるじゃないか。
俺はルーシーを振り返る。ルーシーは何かに気付いたような顔になる。察しがついたのだろう。ただちょっと苦い顔をしていた。それでもうなずいた。
「キリコ。お願いがあるんだ」
「何かしら? ユートくんのお願いなら、何でも聞くわ」
キリコは何かと、俺を優遇してくれる。それはたぶん、イサミさん、つまり父さんの息子だからと言うひいきが入っているだろう。
立場を悪用するようで、ちょっと気が引ける。けど俺はいう。
「うちを手伝って貰えない?」
「うち……この宿屋を、ということかしら?」
俺はうなずく。キリコの眉間に、きゅっ……とシワが寄った。
「イサミさんをとった、あの女の宿を、私が手伝う……?」
ぶつぶつ、とキリコが言う。独り言のつもりだったのだろうが、しかし俺は聞こえた。
キリコは、父さんに気が合った。けど思いを告げる前に、父さんは母さんと結ばれた。キリコは、父さんを母さんがとった……と思っている。
母さんにそんなつもりは毛頭ない。けどキリコは自分の考えに固執してしまっている。だから、ふたりの仲は平行線を描いているままだ。
俺は、できればキリコも、母さんと和解して欲しいと思っている。村人と冒険者たちだけじゃない。
村長と母さんも、みんな仲良くしてもらいたいと思っている。今回はそのきっかけにもなってくれるかも……と俺は思ったのだ。
「キリコ。頼む。ピンチなんだ」
「…………」
キリコは迷っているようだ。うちを助ける義理はないだろう。それでも父さんの、思い人の宿がピンチであり、その息子から助力を求められている……。
「それに今、ビアガーデンを休むわけにはいかないんだ。せっかく村の人たちが、少しずつやってくるようになってきてる……良い流れができてるんだ。だから……」
俺がまくし立てるようにいった、そのときだ。
「……わかった」
ふぅ、と吐息をつく。
「……家を助けようとする、優しいあなたに免じて、今回だけ手伝ってあげる」
キリコは立ち上がる。
「本当に良いんですか?」
ルーシーが、キリコに尋ねる。
「……ええ。協力するわ」
かくしてキリコが、うちの手伝いをしてくれることになったのだった。
書籍版、12月15日発売です!
Amazonその他で予約開始してます!手にとってくださると嬉しいです!
またアーススターの公式ページで、試し読みができます。
https://www.es-novel.jp
でチェックしていただけるとなお嬉しいです!
ではまた!




