36.女騎士、黄昏の竜たちと食事する【前編】
お世話になってます!
ユートが子供状態で手伝ってくれた、数時間後。19時。
無事今日もビアガーデンを、なんとか乗り切ることができた。
「ふぅ……」
野外に設営されたテントにて。元・女騎士フィオナは、安堵の吐息をつく。
「お疲れ~。フィオナちゃ~ん♪」
ニコニコぽわぽわしながら、宿屋の主人・ナナミがこちらに歩いてくる。
「今日も頑張ってくれてどうもありがと~。お肩おもみしますぜ~♪」
むんっ、とナナミが両腕を曲げて腕まくりする。
「ありがとう。しかし私は平気だ」
「そんなそんな~。遠慮なさらず~」
結局ナナミに押されて、フィオナはイスに座らされる。もみもみと後から、ナナミが肩をもんでくれた。
「フィオナちゃんほんとうにありがとね~。毎日とっても頑張ってくれて~」
「…………とんでもない」
お礼を言われ、フィオナは嬉しくなった。なぜなら、恩返しができているからだ。
フィオナ。2周目の世界における名前。しかし本名はソフィである。
ソフィの両親は冒険者だった。毎日忙しく、いつもソフィのことは放置され気味だった。今にして思えば、ネグレクトというやつだったのだろう。
両親が仕事へ行った後、ソフィはいつも1人でさみしかった。そんなとき、いつも支えてくれたのはユート、そしてナナミだ。
ハルマート親子には、感謝してもしきれない。だから1周目の世界において、ナナミが過労死したと聞いたとき、身が裂ける思いだった。
ナナミが死んでユートも悲しんでいたが、ソフィも同じくらい悲しかったのだ。恩人が死んだことと、ユートが悲しんでいることの、ダブルでショックだったのだ。
だから……フィオナは、こうしてナナミが生きていることと、そしてナナミのために何かしてあげてられることが、嬉しいのである。
とひとり心の中で、しみじみ思っていたそのときだ。
「…………」
「…………」もみもみ。
「…………」
「ほほう、フィオナちゃん。結構ありますね~」もみもみ。
……なんか、胸をもまれていた。
「あの……ナナさん? 何をやっているんだ?」
「ん~? ほらスキンシップ~♪」
えへへ~と笑いながら、ナナミが自分の胸をもんでくる。
同性にもまれてもどうとも思わないが、確かにふれあっているとその人に対する親密度は上がるような……気がする。
「フィオナちゃんももみます~?」
「いや……結構」
すっ、とフィオナは立ち上がる。
「ありがとう、ナナさん。おかげで肩のこりが軽くなった」
「ううん~♪ どーいたしまして~♪」
ナナミとともに、フィオナはその場を後にする。ちなみにユートは食材の補充に、ダンジョンへと出かけていっていない。
ルーシーは今日の売り上げの計算があるらしく、自室に引きこもっている。
えるるは「おつかれもーどぉー……」と言って自分の部屋に戻っていった。たぶんばたんきゅーと寝るのだろう。
「さぁて、じゃあママちょっとヒルドラちゃんたちのところ行ってくるね~」
「ヒルドラ……ああ、ゆー…………ディアブロのパーティ仲間か」
フィオナはユートと言いかけて口を閉ざす。ナナミはユート=ディアブロであることを知らないのである。
「しかしなぜそいつらのところへ?」
「ユートくんから聞いたんだけど~、ソフィちゃんがヒルドラちゃんに面倒見てもらってるんだって~」
「なるほど……」
仕事が終わったので、ソフィを回収しに行くと言うことか。
ナナミはポワポワと笑いながら、「いってくる~」と歩いて行く。
フィオナは少し思うところがあって、「ナナさん、あの……」とひとり、ナナミに頼み事をする。
そしてひとり、食堂へと向かい、作業する。
「ふぅ……」
エプロンと、ユートから(というかクックから)借りている【食神の鉢巻き】を身につける。
これを身につけることで、勇者パーティの食事を1人で支えていた、食神と同等の料理の技能が手に入るのだ。
フィオナは素早く動きながら、料理を用意する。
ややって、料理が完成した頃合いに、「フィオナちゃーん。連れてきたよ~」と、ナナミがやってきた。
「こんばんはフィオナ君」
「よぉ。呼ばれたから来たぜぇ~」
「……こんばんわ」
ナナミとともに、【黄昏の竜】のメンバーたちがやってきた。
金髪剣士のナハティガル。大柄な魔術師ヒルドラ。小柄な野伏のアサノ。
フィオナは彼女たちの前に行き、
「今日はうちの小娘が世話になったな」
と言って頭を下げる。……まあ、いちおうあの小娘は過去の自分なのだ。
面倒をかけてしまったことに対して、申し訳なさを感じる。
「なぁに気にするんじゃあねぇよ」
「我々も楽しい一時をおくれたからね」
「……せっしゃは疲れたでごじゃる」
ふぅ……とアサノが重くため息をついた。おおかたソフィが自分と同じ年! と勘違いして、この少女に絡んでいったのだろう。
「すまない……」
「? どうしておぬしがあやまるんれしゅ?」
「いやうむ……とにかくすまない」
ソフィとフィオナの事情を知らないアサノは、はてと首をかしげていた。
向こうが知らなくても、こっちは知っているのだ。自分が、彼女たちに迷惑かけたことを。
だからである。
「それでフィオナ君。どうして我々はここに呼び出されたんだ?」
「それは……」
と答えようとしたが、しかし上手く言葉が出てこなかった。
簡単に言えば、ソフィの面倒を見てくれたから。そのお礼として、食事を作ったので食べて欲しい。
たったそれだけなのだが、しかし……。
「その……。それは……」
なにぶん不器用な性分である。上手く気持ちを言葉にできないでいた。
とくに相手は他人。ユートやナナミをあいてならいざしらず、ほぼほぼ初対面の相手と和やかに会話するのは……難しい。
もにょもにょと口ごもっていた……そのときだ。
「それはね~。フィオナちゃんがお礼をしたいんだよ~」
と、自分のセリフを、代弁してくれた人がいた。誰であろう、ナナミである。
「「「お礼?」」」
首をかしげる黄昏の竜のメンバー。ナナミはニコニコ笑いながら、フィオナの背後に回る。
「そう~。うちの小さな可愛い店員さんの面倒を見てくれたじゃない~? だから先輩店員さんとしては、お礼が言いたいのよ~」
小さなうんぬんはソフィ。先輩店員とはフィオナのことだろう。
「ね~?」
「……ああ、そういうことだ」
ナナミはちょっと抜けているところがあるけど、こういうときに鋭いところがある。
「いやそんなフィオナくん。別にお礼を期待して面倒を見たわけじゃないのだが」
気まずそうにナハティガルが頭をかく。
「よぉリーダー。ちっげぇよ」
ヒルドラがニカッと笑う。
「違うとは?」
「こーゆーときはよぉ。ありがたくサンキューっつてもらうのが礼儀ってぇもんだろぉ?」
「なるほど……確かにそうだな。ヒルドラ、君の言うとおりだ」
ふっ、と微笑むナハティガル。
「それでは、ご相伴に上がろうかな」
「……ああ、すでに作ってある。席に座ってろ」
「「「はーい!」」」
「ナナさんのぶんもあるから、一緒に食べてくれ」
「は~い」
黄昏の竜とナナミが、食堂の席へと移動する。フィオナは作った料理をテーブルまで運ぼうとした矢先。
「ふぃーおなちゃん♪」
ナナミがやってきたのである。
「ママも手伝うぜ~」
「……あなたは働き過ぎだ」
「そんなことないよ~。普通ですよ~」
そうはいっても、フィオナは心配になる。この店主。働き者だが、しかし根を詰めた結果、どうなったか未来が証明している。
だからこそ、怖くなる。また歴史を繰り返さないかと。しかしだからこそ、ユートも、自分も、仲間たちも頑張っている。
「いいから、座っててくれ」
ぐいっ、とフィオナがナナミの背中を押す。ちょっと心の内が表情に出ていたのだろう。その有無を言わさぬ雰囲気に押され、
「わかった~」
と言って、ナナミがもどっていく。
フィオナは安堵の吐息をつくが、
「…………」
料理の皿が、無いことに気付く。
「おまたせ~」
「「「うまそー!」」」
ナナミがどうやら、料理の皿を運んでいったらしい。フィオナはため息をついた。だからやめてと言ったのに……。
しかし同時に、らしいなとも思った。あの人は、ほんと。働いてないとダメみたいだ。でもホント休むときは休んで欲しい。
まあしかしである。もうすんだことはどうにもできない。フィオナはカクテルを作って、盆にグラスをのせて彼女たちの元へ行く。
「ドリンクだ。サービスだ」
それじゃ……と離れようとしたそのときだ。
「フィオナちゃんも一緒に食べよ~?」
と言ってきたのである。
「いや別に私は……」
「いっしょにたべよ~よ~」
と子供のように、ナナミがダダをこねる。
「だってせっかくですもの、一緒にご飯食べましょう~?」
「そうだよフィオナ君。私は君とも仲良くなりたいよ」
「そうだぜ。大勢で食って飲んだほーが楽しいに決まってるしよぉ」
ねーねー、とナナミと黄昏の竜たちが、一緒にと進めてくる。
「……そうだな」
お礼をできればそれだけで良いかと思った。だがまあそうだな。結局自分も飯を食うのだ。だったら今でいいか。
それに……興味もある。ディアブロ(ユート)がパーティでどんな感じなのかを。
フィオナはそう思うと、席に着く。そしていつの間にか、
「はいこれフィオナちゃんのお飲み物~♪」
「……ナナさん。だから……」
気が利くのは良いことだけど、ほんとあんまり働かないで欲しい。
「それじゃあうちのキレイな店員さんから、乾杯のご発声をお願いします~♪」
そう言って、ナナミがフィオナを見てくる。キレイなって……そんなことは……。
「じゃ、じゃあその……乾杯」
「「「かんぱーい!」」」
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