35.勇者、宿屋の一員として働く
お世話になってます!
ビアガーデンを開いてから、数日が経ったある日の夕方。
俺はディアブロとしての仕事を終えて、子供の姿にもどると、すぐにうちの手伝いへと向かう。
自分のいた部屋で変身を解いた後、ドアを開く。
「あ~~~! ゆーくーーん!」
二階から、少女の甲高い声がした。みあげると、廊下から、赤髪の幼女が俺を見ていた。
「発見発見! ゆーと隊員はこんなところにいましたー!」
幼女ソフィは、両手を広げて「きーーーーん!」と謎の擬音を発しながら、俺の方へやってくる。
「とりゃー!」
ソフィがそのまま、俺に向かって「どーん!」とぶつかってくる。
羽毛のように軽いソフィを、俺は抱き上げる。
「どこいってたのっ? 急にいなくなるから、ふぃーさんちょっぴり驚いちゃったよ! もうっ!」
ぷくーっとソフィが頬を膨らませる。
「すまん、ちょっとトイレ」
「もう! ふぃーのもとを離れるときは、ふぃーに一言いって、いってくるぜハニーってキスしてからいなくなってっていったじゃん!」
そんなこと言ったっけ?
いや、たぶん俺にじゃない。もう1人の【俺】にいったのだろう。
そう、俺は二つの顔を持っている。冒険者ディアブロ、そして宿屋の主人の息子ユート。
俺は、日中【ディアブロ】として働いている。だがその間、じゃあユートはどこいったんだ? となってしまう。
「ゆーくんはふぃーから、片時も離れちゃいけないよ! ふぃーさんとの約束ね!」
「はいはい。わかってるよふぃーさんとの約束だ」
「えへ~♪ 素直な良い子! ふぃーはそんなゆーくんがだぁいすきなのでしたっ!」
とまあ、この幼女。俺にこうして、べったりとくっついているのだ。
宿屋の息子は、まだ10歳だ。宿の仕事を手伝いたくても、やらしてくれない仕事が多い。
火を使った仕事など、特に、母さんは任せてくれない。じゃあ俺の主な仕事は何かというと、この幼女と遊んであげることである。
その他、表だった手伝いは、ほとんどやらしてくれないのだ。危ないから~、といのが、主人である母さんの言だ。
危なくない仕事、たとえば忙しいときに、皿を運んだり回収したり、という、その程度のことはやらしてくれる。
その他はソフィの世話(言い方悪いかな)が俺の主立った仕事だ。
しかしそうなると不都合なことがある。
それは、じゃあどうやって冒険者をやるかということだ。
答えは簡単。俺を、もう1人作っているのだ。
俺は仲間の1人に、錬金術師がいた。そいつから人体錬成の秘術を教わっており、俺はもうひとりの【俺】を作った。
結果、ディアブロとユート、同一人物が、それぞれ活動できるようになったわけである。
まあそれはさておき。
さっきまでは、ソフィの面倒を、もうひとりの俺が見ていたのだ。俺が帰ってきたタイミングで【俺】は引っ込み。
こうして俺が、子供の姿で、ここにいる次第である。
「ねーねーゆーくん、どこ行こうとしてたの~?」
くいくい、とソフィが俺の服を引っ張ってくる。
「母さんたちを手伝おうと思ってさ」
今、17時だ。
今日は【黄昏の竜】たちは、ビアガーデンを使わないらしい。
というのも、まあ1回46ゴールド(4600円)もするからな。そう毎日ビアガーデンに行けないのである。
ちなみに食堂は、普通にやっている。ビアガーデンが終わった後も、21時までは普通に食事ができるのだ。
ただし19時以降、酒は出ない。酒が飲みたければビアガーデンへ行く必要がある。
ただ酒も料理も、単品で頼むことが可能なのだ。毎回46ゴールドは高いという、さっきと同じ理屈だな。
「! ゆーくんが……お手伝いだっとぅ!」
くわっ、とソフィが目を大きく見開く。
「それじゃあふぃーさん、ゆーくんについてくぜ! ふぃーもお手伝いします!」
とソフィが俺を見て言う。
「……と、ゆーとでも、思った? 思ったでしょ? いまそーおもったでしょ?」
「違うのか?」
また人体錬成の【俺】の出番かと思ったんだが……。
「ちがうんだなぁ~これが」
ちちち、とソフィが指を振る。
「あのね、いまとぉってもお忙しいでしょう?」
「そうだな。冒険者たちが、今たくさん来ているからな」
それだけじゃない、村人だって、少ないが訪れるようになった。普段以上に忙しくなっている。
「でしょ~~~? だからね、忙しいからね、ふぃーさんがいったら、足手まといになっちゃうんだなぁこれが」
「…………」
驚いた。この子、ちゃんと状況を理解してるようだった。まだ、5歳児なのに。
「だからね、ふぃーね、良い子で待ってるの。あの時計の短い針が【7】の位置になるまで、ふぃーさんおとなしく良い子ちゃんモードでまってます!」
んふー、とソフィが得意げに鼻息をつく。
「ふぃー、りっぱ?」
「ああ、とっても立派だよ。すごいぞソフィ」
「にひ~♪ でっしょー? ふぃーはできる女だからさ~♪」
無邪気に笑うと、ソフィが俺の腰に抱きついてきた。
「ぎゅーして! これから、二時間、ゆーくんに会えなくって、さみしくならないように、ゆーくん成分を、ちゅーにゅーして!」
……この子も、何もできなくても、宿に貢献してくれている。こんな幼いのに、協力をしてくれてる。
「……ああ」
俺はソフィの小さな体を、ぎゅーっと力強くハグする。
「もっと! これじゃあさみしくってピーピー鳴いちゃうよ? そしたらたいへんだ! もっとぎゅーして!」
「ああ。ほら、ぎゅーって」
「ぎゅー♪」
俺たちは抱き合う。幼女のさらさらの赤髪を、よしよしと撫でる。
「ん、おっけー。じゃあふぃー、絵本読んで待ってるね」
しゅぱっ、とソフィが手を上げる。
「ああ、ごめんな、ソフィ。なるべく顔出すから」
「にひ~♪ いいってこった。夫は仕事にしゅーちゅーしてください。妻は家を守ってるぜ! えへへ~♪ 妻っぽい~?」
「ああ、妻っぽいよ」
よしよしとソフィを撫でる。彼女が俺から離れる。名残惜しそうにしていた……そのときだ。
「お? なぁんでえ、ユートとソフィじゃあねえかよぉ」
奥の風呂場から、大柄の女がやってきたのだ。
「ヒルドラちゃーん!」
ソフィがパァッ……! と表情を明るくする。とととと、とヒルドラに近づいて、ぴょんと抱きつく。
「よーしよしよし。どぉしたおめぇ? 半泣きじゃあねえかよぉ」
「泣いてないよ。ヒルドラちゃんはおかしなこと言いますね」
「そぉかよぉ……。ま、おめぇが違うってぇいうなら、ちげぇか!」
「おうよ! ちげーよ!」
にかーっと笑い合うヒルドラとソフィ。
「おうユート。おめぇこれからナナさんとこに手伝いに行くんだろ?」
「え、あ、うん」
ヒルドラがどんっ、と自分の胸を叩く。
「んじゃその間、おれがこいつの面倒みてやんよぉ」
「良いのか?」
「ああ。おれちっちぇえ子すきだしよぉ」
かかっ、と笑うヒルドラ。
「今日は宿に金を落とせねえ。毎晩飲み飲みだと貯金すっからかんになっちまうからなぁ。だから子守くらい手伝うぜ」
「ありがとー! ヒルドラちゃん! 子守手伝ってくれて!」
「おうおうだろぉ?」
ヒルドラはよいしょっ、とソフィを抱き上げてくれる。彼女、と黄昏の竜たちは、たまにこうして、ソフィの面倒を見てくれるのだ。
「ありがとう、助かる」
「なぁに気にすんな。んじゃなー」
「んじゃなー」
そう言って、ヒルドラはソフィとともに、客室へと向かう。
「…………」
新しい仲間に、感謝しながら、俺はその場を後にするのだった。
☆
「ユートくん! 助かりました!」
ビアガーデンの入り口。やってくるなり、額に汗をかいたルーシーが、俺の元へ駆け寄ってくる。
ちなみにルーシーも、母さんと同じで、和装をしている。
と言っても、母さんと違ってミニスカ浴衣ではない。普通の丈の長い浴衣だ。
ただ幼い見た目と相まって、村祭りに参加している子供にしか見えない。
「客が増えてきてます。料理を出すの手伝ってください。あとフィオナさんと食材のチェックは」
「わかってる。足りなくなったら補充な」
俺たちはうなずいて、その場を後にする。ルーシーは、新しくやってきた客への対応(主にビアガーデンの説明)。
俺は奥へのテントへと向かい、フィオナの元へ行く。
「ユート」
「フィオナ。どうだ? 何か足りないか?」
フィオナも赤い浴衣を着ていた。こちらは母さんと同じで、ミニスカである。
ただテーブルの下に足が隠れてるので、彼女の健康的な白い足が見えない。
「キャベツと豚肉が足りない。あとソースも減ってきてる」
「わかった。すぐ行ってくる」
俺はうなずいて、高速でその場を離れる。
俺は勇者のステータスを引き継いでいるため、常人では考えられないほどの早さで動ける。
マッハでその場を離れて、別館近くに立っている、掘っ立て小屋へと向かう。
まずはその前に立っている、大樹を見上げる。
これは【世界樹の枝】という、チートアイテムが成長した姿だ。
仲間の森呪術師からもらったアイテムだ。これは成長すると、特別な【実】を身につける。
俺は跳躍。たんたんたんっ、と軽々とジャンプして、地上から遥か遠くまでやってくる。
枝に乗って、そこらじゅうになっている【実】を手にする。
これらは、【世界樹の実】だ。あらゆる食物の種になることができる、レアアイテムである。
そんなレアアイテムが、ごまんと、この木にはなっているのだ。
俺は実をいくつももいで、地上へとスタッと降り立つ。
勇者の頑丈な体なら、こんな高い場所から降りてもへいちゃらなのだ。
俺はすぐさま、【世界樹の実】をその場に埋める。
「ルイ……いつもありがとう」
俺は森呪術師のルイから教えてもらった、植物の成長を早める特別な【歌】を歌う。
すると、さっき埋めた実から、キャベツがぼこぼこボコ! とはえる。
俺はキャベツを、聖剣を使ってスパスパッと回収。アイテムボックスの中に入れる。
「キャベツおっけー。次は豚肉!」
お次はアイテムボックスから、【マント】を取り出す。
これは【透明外套】と言って、羽織ると姿を消すことのできる、特別な外套だ。
これを羽織って、俺は超スピードで村を離れて、ダンジョンへと向かう。
俺は外見上10歳の子供だからな。狩りをしている間、人に見つかったら面倒なのだ。
だからこうして、姿を消すマントを羽織って、狩りをする。
ダンジョンに出現する、豚鬼たち。
俺は見つけ次第、狩っていく。
「ぷぎゅ!」「ぴぐ!」「ぷぎゃぁ!」「ぎひぃ!」「ぐぅううう!」
豚鬼なんて元勇者の俺には、赤子の手をひねるかのごとく楽勝に倒せる。
豚鬼を倒すと、豚肉アイテムをドロップする。俺はそれをアイテムボックスで回収しながら、ダンジョン内を縦横無尽に走り回る。
スパパパパパパパパッ!
とすべて一撃で豚鬼を倒し、気付けばアイテムボックスの中には、大量の豚肉が入っていた。
「よし! 最後にソース!」
俺はダンジョンを高速で離れて、さっきの掘っ立て小屋へと向かう。
鍵でドアを開けて入る。
そこは作業場だ。山小人の山じいからもらった、【創造の絨毯】が置いてある。
「山じい……。ほんと、あんたからこれもらわなかったら、どうなってたことか。いつもサンキューな」
俺はルーシーから教えてもらったレシピ通り、果実をアイテムボックスから出して、絨毯の中に落としていく。
これは素材さえそろっていれば、何でも作れるという、文字通り魔法の絨毯なのだ。
素材を入れて、そして絨毯の中に手を突っ込む。そしてずおっと取り出すと、そこには大きめの鉄の箱が出てきた。
この中に、【そーす】が入っているのである。
俺は箱をアイテムボックスに入れて、作業場を後にする。
そして超スピードで、フィオナの元へ行く。
「フィオナ!」
「助かる! ナイスタイミングだユート!」
俺はアイテムボックスから、とってきた野菜やら肉やらを出す。こっそりと出して、フィオナに渡す。
「いつもすまない」
「気にするな。こっちこそいつも助かっているよ。ありがと」
フィオナは鉄板の前で、ずっと焼きそばやらたこ焼きとやらを作っている。
夜とは言え、今は夏。熱くてしょうがないのだろう。
フィオナは汗みずくになりながらも、一生懸命働いてくれる。
「……本当にありがとうな」
「……そう思ってるのなら、あとでハグさせろ。それでいい。こっちもやりたくてやってるからな」
にかっと笑うフィオナ。この場において、彼女は料理長。この宿の食を支えることに、誇りをもって働いてくれている。
そこに強制して無理矢理やらされる、ような感じはない。彼女もまた、母さんに良くしてもらった人間の1人だ。
母さんの、宿の繁盛のため、頑張ってくれるのである。
「あと任せた」
そう言って、フィオナができたばかりの焼きそばを、大皿に盛る。
「任されろ」
俺はその場を後にする。ビアガーデンにはたくさんの長テーブルが置いてある。
そのテーブルの上には、料理の載った大きな皿が置いてあるのだ。客たちはそこへ行って、自分たちが食べたい料理を取っていく。ビュッフェ? という形式らしい。
「お待たせしました! 焼きそば追加しまーす! 焼きたてです!」
俺は声の限り叫ぶ。たくさんの人たちが、飲んで食べているため、結構周りはうるさいのだ。
「「「きたぁあああ!」」」
焼きそばを待っていた人たちが、歓声を上げて、こちらに押し寄せてくる。
「どけよ! 俺が先だ!」「ばかやろう! 僕の方が先だった!」
今、ちょうど冒険者と、村人とが、同じタイミングでこっちにやってきた。
「俺だ!」「僕だ!」
冒険者と、村の若い衆が揉め出す。
俺が止めに入ろうと思った、そのときだ。
「は~~~い♪ ふたりともぉ~、どうぞ~♪」
母さんがすかさずやってきて、小皿にすばやく、焼きそばを盛る。そして冒険者と村人、同時に、差し出す。
「ナナさん! あぁざます!」
「ナナミさん、ありがとうございます!」
ふたりがバッ……! と頭を下げる。
「ふたりとも~♪ 仲良しさんなのはいいけど、ケンカしちゃ……めっ、よ?」
母さんが腰に手を当てて言う。
「「はーい!!!」」
と冒険者と村人とが、デレデレした顔でうなずく。
母さんはニコニコしながら、その場を後にする。
後には冒険者、そして村人とが残される。
「……おまえ、まさか」
「……あなたも、まさか」
どうやらふたりとも、母さんにぞっこんのようだった。
「語り合おう、どちらがナナさん大好きなのか」
「いいでしょう。僕も負けませんけどね」
母さんは村でも人気があるのだ。ともあれ、もめ事に発展しなくて、良かった。
「ユート! 次の料理ができたぞ!」
「ああ、すぐいく!」
母さんも、頑張ってくれてる。みんな、頑張っている。だから、俺も頑張る。
みんながいったいとなって、俺たちは働いているのだった。
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ではまた!




