34.勇者、仲間たちをビアガーデンへ連れて行く【後編】
お世話になってます!
ビアガーデン開催初日。
夕方。やや日が傾いてきたかなという頃合い。
「うめーわ!」
「やっぱナナさんところの料理は最高だぜ!」
「ばっきゃろう! 【は】ってなんだよ! ナナさんも最高に決まってるだろうが!」
「「「それな!」」」
宿屋の裏庭、用意されたテーブルは、結構埋まっていた。初日からこんなに人が入るとは。想定外だった。
だが……。
客は、全員、冒険者だった。
格好でわかる。動きやすい服装。鎧を装備。腰には剣など。わかりやすい冒険者ぽい服装の客しかいない。
村人は、やはりいない。
俺は遠くを見やる。宿屋から離れたそこには、シャツやズボンと言った簡素な服装の村人たちがいる。
「………………」
「………………」
「………………」
村人たちが、遠巻きに、俺たちの様子をうかがっている。興味は持ってくれているようだ。
ただそれでも、誰1人として、入ってこない。村人は互いを見つめて、どうしようと迷っているようだ。
「……大丈夫かな」
不安が口をつく。すると、
「大丈夫ですよ、ユートくん」
すす、っとルーシーが俺の隣へとやってきて、小声で言う。
黄昏の竜たちは、目の前の料理に夢中で、俺たちの会話に気付いてなかった。
「大丈夫です。今はきっかけがないから、村人たちが入ってきてないだけです。きっかけさえあれば、間違いなく客としてきます」
「……ああ。お前が言うなら、そうなんだろう」
俺は水色髪のハーフエルフを見やる。いつも通り、自信に満ちた目をしていた。
「信じてる」
「ありがとう。ってほら、来ましたよ」
ルーシーはビアガーデンの入り口を指さす。
そこにいたのは……。
長身。黒髪。真っ白な肌。鋭い目つき。
「キリコ……」
ビアガーデンの入り口に、村長のキリコが立っていた。
「村長……?」
「なんで村長が……?」
「何しに来たんだ……?」
「まさか入るわけじゃないよな……?」
他の村人たちは、困惑しているようだ。
俺はルーシーを見やる。ぱちん、とウインクした。これは手を回していたのか、そうじゃないか、わからない。
ただ、彼女が言いたいことはわかった。
「任せろ」
「任せました」
俺は立ち上がる。そして、ビアガーデンの入り口まで行く。
「こんばんは、キリコさん」
俺はディアブロ(大人版の俺)の姿で、キリコにあいさつをする。
キリコは「イサミさ……」と言いかけて、咳払いする。
「こんばんは、ディアブロさん」
大人になった俺は、父さん(イサミ)と顔がそっくりなのだ。そのせいで、一度キリコは、俺と父さんを見間違えた。
だがその後誤解は解いてある。それでも、俺を父さんと間違えてしまうのだろう。それくらい顔が似てるのだ。
「今日はどうしたんだ? また宿が何かやらかしたから、苦情を言いに?」
ぴたり……とその場が静かになる。
冒険者たちが、俺たちに注目しているようだった。この人たちも、またか……と思っているのだろう。
今まで、何度もこの村長に、夜の時間を邪魔され続けてきたからな。
だが……。
ふっ、とキリコが微笑んで、首を振るう。
「いいえ、違うわ。今日来たのは、お客としてよ」
すると……。
「「「おおー!!!」」」
と冒険者たちの方から、歓声が上がる。
「キリコさんきたー!」「やっぱ黒髪美人って感じでめっちゃいいな!」「あーおまえナナさんからキリコさんに乗り換えるってことか? ナナさんにチクっとくからな!」
と冒険者たちがワイワイと楽しげに声を上げる。
「キリコさーん! 俺たちと飲もうぜ-!」「ばっかおめえ! それ浮気だぞ浮気!」「いや一緒に飲むだけだ! 俺の心はナナさん一筋だから!」
冒険者たちが、口々に、美人村長に声をかける。みな美人には弱いのだ。
「えっと……」
キリコが冒険者たちに気圧され、戸惑っていた。俺は彼女の細い手を取る。
「あっ……」
「わりいなおまえら! 今日は俺たち黄昏の竜が、村長さんと飲むから」
すると……。
「ちくしょー! 手がはえよディアブロ!」「ったく次は俺たちな!」「あ、ナナさんこいつ浮気してましたよ」「ちげーよばかぁああああ!」
背後でどったんばったんとケンカが起きている。
俺はキリコの手を引いて、俺たちのテーブルへと案内する。
「あ、あっちのは大丈夫なのかしら?」
「大丈夫だよ。冒険者なんだ。あんなの日常茶飯事だよ」
俺たちはテーブルへと到着。
「やあキリコさん。こんばんは」
「よぉよぉ! 姐さん! ひっさしぶりじゃあねえかよぉ……!」
「……こんびゃんわ」
黄昏の竜のメンバーたちが、キリコにあいさつをする。
以前彼女たちは、キリコと食堂で酒を飲み交わしたことがあった。既知の仲なのである。
「こんばんは。その……ディアブロさんに誘われて、ご一緒しても?」
「もちろん。歓迎するよ」
ナハティガルがにこやかにうなづく。
ルーシーがキリコの元へやってくる。キリコは金を払い、ミサンガを受け取った。
ややあって、テーブルに、母さんがジョッキを持ってやってくる。
「キリコちゃん、いらっしゃ~い♪」
「………………どうも」
母さんがニコニコ笑いながら、キリコの前に、ビールの入ったジョッキを置く。
思うところは、あるのだろう。だが今は、キリコが空気を読んでくれた。
「そんじゃあキリコ姐さんもきたことだしよぉ、乾杯しなおそうぜ! かんぱい!」
「「「かんぱーい!」」」
俺たちはジョッキをぶつけ合う。そして酒を飲む。しゅわしゅわとした酒が、のどを通っていく。
すっきりとさわやかな後味だ。
ほぅ……っとキリコが吐息をつく。
「美味しいわ」
「だろ? 料理も美味いぞ」
俺はそう言って、さっきとってきたソース焼きそばを、キリコの前に出す。
彼女は箸を持って、焼きそばをすくう。
「これは……スパゲッティ?」
「みたいなもんだ。美味しいよ」
「そぉだぜ姐さん! がっ! と食ってぐびってのみな!」
「そうね……」
キリコは焼きそばをちゅる……っと食べる。目を見開いて、ずるずると食べ出す。
やがてキリコはジョッキを持って、ぐぐっ……と酒を飲む。
「ぷはぁ………………はぁ…………ふぅ………………」
キリコが頬を朱にそめながら、焼きそばと、そしてジョッキを見て言う。
「とっても……美味しいわ」
キリコがそう言うと、
「「「おおー!!!」」」
と冒険者たちの歓声が上がる。
「とっても美味しいいただきましたー!」「どうだナナさんんとこの料理は最高だろ-!」「おれのナナさんは最高だろ!」「「「ぶっ殺す!」」」
わあわああ、と冒険者たち(おもに若き暴牛だが)が、どんちゃん騒ぎを始める。
キリコは注意しかけて……口を閉ざす。
「こう言うのも悪くないだろ?」
俺が言うと、
「そうね……。彼らのためにもなるし……」
キリコが後ろを振り返る。そこにいたのは……。
「あら~♪ いらっしゃぁ~い♪」
母さんが、ビアガーデンの入り口へと行く。そこにいたのは、村人だった。
さっきこっちを伺っていた、村人たちだ。人数は少ない。3人ばかしだ。
それでも……。俺は、確かな手応えを感じた。
「な、ナナミさん……その、ぼくらもいいかな?」
やってきたのは、村の入り口で警備をしていた若者たちだった。
仕事を終えて、帰る途中だったのだろう。
「もちろ~ん♪ 3名様でいいの~?」
「「「はいっ!」」」
母さんは村人3人を連れて、俺たちの横を通り過ぎていく。
キリコの前で、彼らが立ち止まる。
「村長。すんません、美味そうに食べてるからつい……」
申し訳なさそうにする彼らに、キリコは首を振るう。
「気にしなくて良いわ。というか何を気にしてるの? ここへ来るなと私は一度たりとも言ったことはないわ。好きになさい」
ぱぁ……! と村の若者たちが晴れやかな顔になる。そして母さんとともに、奥の空いている席へと通された。
「やりましたね」
そこへ、ルーシーがやってきて、俺を見やる。
「ああ。成功だな」
俺はルーシーと拳を付き合わせる。
「この調子で頑張りましょう」
「ああ。頑張ろう」
かくして、新しいサービスが、スタートしたのだった。
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ではまた!




