34.勇者、仲間たちをビアガーデンへ連れて行く【中編】
お世話になってます!
俺はダンジョンでのクエストを終えて、冒険者パーティ【黄昏の竜】の仲間とともに、宿屋へと帰ってきた。
「ん? なんだ……? この良いにおいは?」
宿屋の外。玄関近くにて。リーダーのナハティガルが立ち止まり言う。
「ン? なんか……香ばしいにおいするじゃあねえか……?」
大柄な魔術師ヒルドラが、すんすんと鼻を鳴らす。
「……しょれに、なにやら良い音が」
「「音?」」
小柄な野伏のアサノが、耳をそばだてる。
微かにじゅぅう…………と、何かが焼ける音がするではないか。
「なんかしらねーがよぉ。めっちゃ腹が減るぜ……!」
「どうやら建物の裏のようだね」
ナハティガルを先頭に、【黄昏の竜】のメンバーたちが、宿の裏へと回る。
宿屋【はなまる亭】の建物は、本館と別館がある。その間にある裏庭。
そこには……。
「な、なんだぁこりゃあよぉ……?」
テーブルとイスとが、大量に並んでいるではないか。
机もイスも、どちらも白い、軽そうなものを使っている。
そして奥には、テントがあって、鉄板が置かれている。そこでうちの料理長・フィオナが、焼きそばを焼いていた。
「いらっしゃいませ」
そう言ってで迎えたのは、宿屋のメンバー・ハーフエルフのルーシーだ。
水色髪の少女は、普段は商人風の格好をしているのだが……。
「きみはディアブロのマネージャーであるルーシー君じゃないか。ここで何を?」
「ワタシはこの【ビアガーデン】を開催するに当たり、アドバイザーとして、この宿に雇われているのですよ」
と言うことになっている。
「ビアガーデンだぁ……? そいつぁいったい全体なんだってんだ?」
ヒルドラの言葉に、ルーシーが「説明します」と言う。
「簡単に言えば外で食べるレストランです。お客様たちはテーブルに腰掛けてもらい、そこで料理やお飲み物を楽しんでもらうのです」
「ふむ……野外での食事か。確かにキャンプ飯みたいで楽しそうだな」
「……しょうれしゅね。開放感あって、食事が進みしょうれしゅ」
うんうん、とうなずくメンバーたち。
「そしてこのビアガーデンでは、普段の食堂とは異なるサービスを提供させてもらっています」
「ほう? どんなサービスなのかな?」
ルーシーはうなずいて言う。
「まず食堂……ビアガーデンは16時からスタートして、19時には閉まります」
「おいおいなんだよそりゃ。閉まるのはやすぎねーかよぉ?」
不満げにヒルドラが言う。まあ普段はもうちょっと遅くまで、食堂は開いているからな。
「ええ、その代わりですが、16時から19時の間、食べ放題・飲み放題となっております」
ルーシーの説明に、黄昏の竜たちが「「「はぁ……?」」」と首をかしげる。
「食べ放題とはどういうなんだい?」
「言葉通りです。あちらをごらんください」
ルーシーが指さす。奥のテントでは、フィオナが焼きそばを焼いている。その隣にはテーブルが置いてあり、大皿と、その上に料理が並んでいる。
「こちら3時間で、あれら料理全て、制限無く食べられるのです」
「ウソだろ……?」と瞠目するヒルドラに、
「ウソではありません。最初に料金をいただきますが、それ以降は何を食べても、何を飲んでも追加で料金は取りません。それが食べ飲み放題という意味です」
ルーシーが一息つく。
「それは儲かるのかい? 宿側がすごく損をするのではないか……?」
不安げにナハティガルが言う。
「そんなことはお気になさらず」
ふっ……とルーシーが淡く微笑む。
「冒険でお疲れの皆様に、少しでも安らぎを与えられたら……そう言う一心で始めた新サービスですから」
「そうか……。どうする、みんな?」
ナハティガルがそう言うと、
「おれぁ、賛成だぜ!」
「……せっしゃも」
「俺も」
俺たちが賛同すると、リーダーであるナハティガルがルーシーを見やる。
「それでは4人、食べ飲み放題で」
「わかりました。では今から19時まで、食べ飲み放題コースでひとり46ゴールドとなります」
46ゴールドとは、異世界の金額になおすと4600円くらいだ。
ナハティガルが代表して、ルーシーにお金を払う。
「こんなに安いのに、3時間も飲み食いしまくっていいのか?」
俺がルーシーに言うと、
「ええ。大丈夫です。信じてください」
……と、ルーシーが営業スマイルを浮かべて言う。確か彼女は、これでもちゃんと採算が取れるようになっている、と言っていた。
どんな魔法を使うのか知らないが、彼女が大丈夫だというのなら、大丈夫なのだろう。
俺は彼女を信頼している。彼女は俺たちの頼れる仲間なのだ。なら俺はその彼女が最善だと思った策に、信じて乗るまでである。
「わかった」
ルーシーが嬉しそうに笑うと、「それでは席に案内します」と言って、俺たちを連れて行く。
通されたのはビアガーデンの入り口近くのテーブルだ。他のテーブルも、結構埋まっている。
「それではこちらをつけてください」
ルーシーがそう言って、何か色のついた【ヒモ】のようなものを手渡してくる。
「これは?」
「食べ飲み放題コースのお客様とわかりやすくするための目印のような物です。こちらをつけてから、席をお立ちください」
俺たちは【ヒモ】を手に巻く。ミサンガ、とでも言うのか。簡素なヒモでできたアクセサリーだった。
「ではただいまから19時まで、お好きなように食べて飲んでください」
「食べ物の場所はわかったが、飲み物はどうなってるんだ?」
俺が言うと、ルーシーが言う。
「初めのうちは勝手がわからない方もいますので、うちの店員が呼べば飲み物を持ってきます。メニューはこちらに」
そう言って、メニューが書かれた紙を手渡してくる。
「とりあえずじゃあビールを頼もうかな」
ナハティガルが言うと、俺たち全員がうなずく。
「わかりました。では少々お待ちください」
そう言って、ルーシーが引っ込んでいく。
「しかし3時間も飲み放題食べ放題とはぁよぉ……。思い切ったサービスだよなぁ。や、おれらはいいけどよぉ」
ナハティガルが「いや」と首を振るう。
「違うよヒルドラ。ルーシーくんは16時から19時までの三時間と言った。三時間飲み放題食べ放題ではないよ」
「あぁん? 同じ意味だろうがよぉ?」
「いや、意味合いがちょっと異なるよ。……なるほど、よく考えてある。さすがディアブロのマネージャーだけあるね」
ふふっ、とナハティガルが嬉しそうに笑う。別に俺のマネージャーだからは関係ない。すごいのはルーシーだからな。
そんなふうに話していると、その矢先。
「はぁ~い、ビールおまたせですよ~♪」
ふわふわポワポワとした声が、隣のテーブルから聞こえてきた。
そっちを見やると、そこには……。
「「「「浴衣姿のナナさん来たーーーーーーーーーー!!!!」」」」
冒険者パーティ【若き暴牛】の男4人組がいて、叫んでいた。
暴牛たちのテーブルに、母さんがビールのジョッキを運んできたのである。
母さんは、涼しげな白い生地の浴衣を着ていた。朝顔の印字がされており、そして目を引くのはスカート部分。
浴衣というと、くるぶしまですっぽりと覆われているイメージだ。
だが母さんは、今、ミニスカートをはいている。
上半身が浴衣。下半身ミニスカートという、変則的な衣装である。
「う、うなじがまぶしい!」「ばっきゃろう! 太ももがすげえだろうが!」「阿呆かてめえら! ナナさんの魅力はおっぱいにきまってるだろうが!」
と暴牛たちが母さんの格好について言及していた。
「ビールおまたせ~♪ たっくさん飲んでね~」
「「「はーい!!!」」
くるんっ、と母さんが向きを変えて、奥へとトトトと歩いて行く。
「はぁ……うなじ素敵だ……」
「いつも見えないナナさんの白いうなじがまぶしいぜ!」
「確かに言われてみると……確かに確かにだな!」
「「「だな!」」」
そんなやりとりを暴牛たちがしていた。
母さんがジョッキを持って、今度は俺たちのテーブルへとやってくる。
「は~い、ナハティガルちゃんたちのぶん、お待たせ~♪」
どんっ、と俺たちのテーブルに、4つのジョッキが置かれる。
きんきんに冷えており、表面には水滴がついていた。
「なんだぁ……? ジョッキが凍ってねえかこれ……?」
ヒルドラがジョッキを見やる。よく見ると確かに、結露というより、ジョッキ表面が凍っているのがわかる。
「ルーシーちゃんが考えてくれたの~。こうした方が冷たくっておいしいかな~って」
「いわれてみっと……確かにな!」
ジョッキを持つ。手から冷気が伝わってきて、実に涼しげだ。
「じゃあごゆっくり~」
そう言って、母さんがまた駆け足で奥へ引っ込んでいく。ビアガーデンは、初日だというのにだいぶ混んでいる。
目新しい物に引かれた冒険者が……大半だった。まあ、それはそうか。最初から村人がたくさん来るわけがない。
「それじゃあ諸君。まずは乾杯といこうか」
ナハティガルがジョッキを持つ。冷たいそれを持ち上げて、
「「「「乾杯!」」」」
長くなったので前中後編に分けました。後編は土曜日(今日)にあげます。
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