33.勇者、村長を説得しに行く【後編】
お世話になってます!
宿屋【はなまる亭】で朝食を取り、朝の手伝いをしたあと。
客たちがいなくなったタイミングを見計らって、俺はルーシーとともに、村長の家へと向かった。
さっきはルーシーが、母さんに村長の家を知らないと言ったが。あれは別に知らないわけじゃない。
単に俺がついていくための、ルーシーがついたとっさの方便だ。
俺は水色髪エルフの少女とともに、村長の家を目指す。
「ルーシー。わかってると思うけど」
「わかってます。冷静にですよね」
隣を歩くルーシー。俺と同じくらいの背丈なので、10歳の少女に見えなくもない。
「ふふ、ユートくんは本当に気遣いができる良い子ですね。偉い偉い」
くすっ、と笑って、ルーシーが俺の頭を撫でる。
「よしてくれよルーシー。俺、中身30のおっさんだぜ?」
「そうでしたね。ユートくん可愛いみたい目してるので、つい忘れてしまいます」
ルーシーは俺の中身が、元勇者のおっさんであることを知っている。
事情を知っているのは、ほかにフィオナとえるるだけだ。
「それで冷静にという話ですね。わかってます。心配してくれてありがとう」
この商人と村長は、馬が合わないのだ。何度も衝突してはケンカになりかけている。
だが今日ばかりは我慢して欲しい。こちらが【お願い】しにいく立場だからな。
「ワタシもまだまだです。仕事に私情を持ち込むなど。250年生きてもまだまだです」
ちなみに人間で換算すると、ルーシーは25歳ということになるらしい。
「そんなことねーって。十分すげえよおまえは」
「ふふっ、ありがとうユートくん」
そんな風に話していると、村長の家へとたどり着いた。
コンコン、とドアをノックする。すると……。
「ユート君。おはよう」
出てきたのは、長身スレンダーの黒髪美女だ。
処女雪を思わせるほどの、真っ白な肌。手足はすらりと長い。艶のある黒髪は、いっさいのクセがなく、腰のあたりまで伸びている。
この村の特徴である、黒髪に、黒い目。眉間には深い皺が刻まれており、いつも怒っているかのような表情をしている。
彼女はキリコ。
この村の村長だ。
「おはよう、キリコ。朝からすまん」
「結構。気にしないで。中に入りなさい。すぐにお茶を……」
そのときだ。彼女の表情が、さらに険しくなる。
「どうも。おはようございます、キリコさん」
「……なにかご用で?」
キリコがルーシーを見下ろす。ぎんっ、とキリコの表情が二倍ほど険しくなったように見えた。
「いえ、今日はちょっとご提案というか、お願いがあって参りました。ユートくんは付き添いです」
「却下。店を村に出すのはダメだと以前断ったでしょう? もう忘れてしまったの? エルフは頭脳だけが自慢だと思っていたのだけれど」
キリコはルーシーの体、特に胸のあたりを見て、ふぅ……と吐息をつく。
「…………」
「ルーシー。抑えて抑えて」
「ええわかってますとも仕事に感情は挟みませんよ当たり前じゃないですかハハハ」
ルーシーさん。目が。目が笑ってないっす……。
「お引き取り願います。私は忙しいので」
けんもほろろに追い返されそうになったので、俺は前に出る。
「キリコ。ルーシーの話を聞いてくれないだろうか?」
「ユート君……」
俺はキリコを見上げていう。
「ルーシーがみんなが笑顔になるプランを持ってきてくれたんだ。村人も、キリコも冒険者のみんなも。だから、聞いて欲しいんだ」
「…………」
キリコの目が泳ぐ。逡巡の後に、
「……あなたが言うなら」
はあ、とため息をついて、キリコがドアを開ける。
俺たちはホッ……と安堵の吐息をついた。まず話し合いの場につかないといけなかったからな。
これで第一関門突破だ。
「ユートくん。グッジョブです」
ぐっ! とルーシーが親指を立てる。俺も親指を立てて返す。
「頑張ろうな」
「ええ」
かくして俺たちは、キリコの家へと入ったのだった。
☆
キリコの家のリビングにて。
主にルーシーが、これからやろうとしていることの概要を話した。
ビアガーデンを開く。それは冒険者だけじゃなく、村人にも利用できる。というか、村人と冒険者との交流の場になればと思っての催しであると。
「それで村長であるあなたに、許可をもらいに来たのです」
「許可……。無断で宿の中にアイテムショップを勝手に開いていた人の言葉とは、思えないわね」
うぐ……とルーシーが言葉に詰まる。確かにそういうことやってたな、ルーシー。
「心変わりでもしたのかしら?」
「気づきですよ。良い大きな利益を生むためには、意固地になってはいけないと気付いたのです」
「そう……。嘘くささが消えたわ。信用してあげましょう」
「どうも」
それで、とキリコが続ける。
「そのビアガーデン? とやらは、外で飲み食いするのでしょう。なら当然、うるさくなるわよね?」
「多少の騒音はあるでしょう。しかし時間は夕方16時から夜19時までに限定します」
「ずいぶんと早く閉まるのね」
「あまり長いと村人に迷惑がかかるでしょう?」
「そうね……。前と違ってちゃんとこちら側のことも考慮してくれてるのね。好感が持てるわ」
「ど、どうも……」
ルーシーがちょいちょいと俺を手招きする。
「……どうした?」
「……なんか態度が軟化してません?」
「……そ、そうかな?」
こほんっ、とキリコが咳払いをする。
「企画書の方にも目を通しました」
キリコの手には、今回の企画の【企画書】? とやらが握られていた。ルーシーが作った物だ。
「それで、どうでしょう?」
「……そうね。悪くないわ」
「でしょうっ?」
「けど……」
キリコが目を落とす。そこには迷い、のような物が見て取れた。敵意じゃなく、拒絶じゃなく……。
迷っている。何に……?
「ビアガーデンとやらは、魅力的よ。けれど開けば、外からどっと人が入ってくる」
「ですね。トラブルは大なり小なり起こるでしょう」
「……それは冒険者と村人との間にも起こりうる、ということよね」
「人間、集まれば衝突するのは必定でしょう。それでもワタシは、やる価値はある、と思います」
ルーシーが真剣な表情でキリコを見やる。
「差し出がましいと思いますが、この村の経済状況を独自に調べました。今はいいかもしれませんが、近い将来、この村は潰れます」
「……あなたも、そう思うのね」
「ということは、あなたもそう思ってるのですか?」
「……違うわ。これは、私の言葉じゃない。【イサミ】さんの言葉よ」
イサミ、とは俺の父親、父さんの名前だ。イサミ・ハルマート。
「……イサミさんは、いつも言っていたわ。このままじゃ村が潰れてしまう。それだけじゃない、誰の記憶からも、消えてしまうだろうと……。だから、あの人は、周りの反対を押し切ってでも、村に宿を、外の人との入り口を作った」
父さんはこの村の出身だ。村人はよそ者を排除しようとする傾向にある。けど父さんだけは、違った。
宿を作った。冒険者たちが体を休めるための宿を。それは、この村を好きになってもらいたいという、父さんの思いがあってこそだ。
長い台詞を吐いた後、キリコは黙ってしまう。肝心の言葉を、言わずに。
「…………」
「なあ、キリコ」
俺はキリコを見て言う。
「キリコは、どう思ってるんだ?」
「私……?」
「ああ。キリコはどうした方がいいって思ってるんだ?」
「…………」
まだ迷いがあるのか、キリコが口ごもる。俺は続ける。
「この間……うちに飲みに来たときの帰り、言ってたじゃないか。冒険者の人たちも、悪い人じゃないんだって」
ディアブロ(大人の俺)めあてだったが、前回キリコは、うちへやってきた。
そのとき彼女は、冒険者たちと酒を飲んでいた。村人は冒険者と、普通に会話し、普通に交わっていた。
「俺もそう思ってる。母さんも。それに村のみんなだって、機会をもうけてあげれば、必ずわかり合えるって思うんだ」
「…………」
キリコがジッ……と俺を見てきた。目を見据え、嘘偽りがないかを探ってきている。
たぶんキリコは、俺にルーシーの息がかかっていると疑っているのだろう。だが違うんだ。
「俺は、心から思ってる。みんな仲良くなれるって」
「……嫌な言葉ね、それ。あの女の、言葉」
あの女とは、母さんのことだろう。キリコは父さんに懸想していた。なのに母さんが父さんと結婚したことで、キリコは母さんを恨んでいる節があった。
「俺はいい言葉だと思う。みんな仲良くしようよ。その方が幸せだと思う。このままじゃ、この村は、誰の記憶の中にも、感じの悪い嫌な村だったって思われてしまうよ」
それで最終的には、
「誰の記憶からも忘れ去られてしまう。思いも、存在も、なかったことになる」
世の中にはたくさんの面白い物、楽しい物が溢れている。人はそれらに引かれ、心の中に残っていく。
現状のこの村では、不快感しか残らず、そしてその負の感情は、長く残らない。簡単に記憶は風化するだろう。
人間、プラスの思い出の方がよく覚えている物だ。
「俺は嫌だ。父さんの愛したこの村も、宿も、なくしたくない。村のこと、宿のこと悪く言われるのも嫌だ。みんな……仲良くしてもらいたい」
「…………」
俺の話を、キリコはちゃんと、耳を傾けてくれていた。
彼女は目を閉じる。しばし沈思黙考する。俺たちはただ、答えを待つだけだ。
ややあって、キリコが目を開く。
「良いでしょう」
と、俺たちを見て、そう言った。
「ビアガーデンを開いてもいいのですか?」
「ええ。それが村のためになるのなら」
俺とルーシーは表情を明るくして、見つめ合う。
「ただし」
キリコが厳しい声音で言う。
「トラブルがあまりに多かったり、苦情がさっとうした場合は、即座に打ち切りにしてもらいます」
「わかってます。そうならないよう、こちらも全力で取り組ませてもらいます」
ルーシーは立ち上がる。キリコの側まで行って、手を伸ばす。
「……なに?」
「これから上手くやってくビジネスパートナーなんですから、握手は必要でしょう」
「…………そうね」
キリコも立ち上がって、ルーシーの子供のような手を握る。
「よろしくキリコさん」
「……よろしく、ルーシー」
ふたりの表情は、晴れやかとは言えなかった。だがそれでも、一歩、相互理解へと近づけたと思う。
かくして、ビアガーデンを開く許可を貰えたのだった。あとは頑張るだけだ。
キャラクターラフを、活動報告にアップしました!
どの子もとっても可愛く描いてもらってますので!是非見てください!
また後日こちらの方にも、キャラ紹介とともに、ラフ画像を上げる予定です!
ではまた!




