33.勇者、村長を説得しに行く【前編】
投稿遅くなってしまい、大変申し訳ございませんでした。
ルーシーと、ビアガーデンを開く準備として、焼きそばを作った翌日。
朝。俺は食堂にて、朝食を取ろうとしていた。
「ふぁあ……」
「ユート。おはよう」
厨房に立っているのは、赤髪の女性・元女騎士のフィオナだ。
猛禽類のように鋭い目つき。武士のように長い髪をまとめている。ともすればイケメンの騎士にみえるだろう。
しかしその大きな乳房とくびれた腰が、彼女の性別を物語る。
「おはよう、フィオナ」
「…………」
フィオナはキョロキョロ、と辺りを見回す。
「どうした?」
「……様子をうかがっていた」
「様子? なんの?」
フィオナは頬をポッと赤らめると、ととと、と俺の側までやってくる。
俺は今、10歳だ。子供だ。それに対してフィオナは25歳。大人。つまり俺は、自然とフィオナを見上げるような体勢になる。
「…………」
「どうした?」
「その……な。今……誰もいないから……な? その……」
モジモジと、乙女のように体をよじる。ちらちらと物欲しそうに俺を見てきた。
「なんだ?」
「だから……その……最近、その……おまえがディアブロとして外に出ることが、多いじゃないか」
「そうだな」
フィオナは俺の背後に回る。そしてきゅっ、と後から抱いてきた。……頭の上に、柔らかな物体が乗る。
「なかなかこうして、す、スキンシップを取れてないだろ……。だからその……さみしい……かなと! 貴様がさみしいかなと! そう思ってな! さみしんぼうな貴様のために、こうしてスキンシップを仕方ないから取ってやるんだぞ!」
「ああ……そうだな」
最近、俺は大人姿で外に出ることが多かった。恋人のフィオナと、こうしてふたりきりで過ごしたこと、最近なかったから。
「さみしかったんだな」
「貴様がな。私は別にさみしくなんかこれっぽっちもない。勘違いするな」
「はいはい。ごめんよ」
俺はくるんと背後を見やる。フィオナの腰に抱きつく。
「……背を伸ばせ」
「無茶言うな。もうちょっと待ってくれ」
と、正面からハグしていたそのときだ。
「みーたーぞー……」
どこからか、女の子の声がした。
「みーたーぞぉ~~~~~~…………」
「ちっ……。邪魔なヤツの声がする」
フィオナが憎々しげに舌打ちをする。すると……。にゅっ、と幼い女の子が、俺の肩の横から顔を出す。
「かせーふは……見た!」
くわっ! と目を見開くのは、赤髪の幼女だ。よく見ると目の前のフィオナと同じような顔をしている。
それもそのはず。この幼女は、20年前のフィオナの姿なのだ。名前をソフィという。
というか目の前の大人もソフィなのだが、同じ人間が2人いるとややこしいので、大人ソフィはフィオナと名乗っている。
「ソフィ。おはよう」
「おはよゆーくん。きょーもカッコいいね! 好き♪ だぁいすき♪」
んちゅー、とソフィが機嫌良さそうに、ほっぺにキスをする。
「ちっ……! ちっ……! ちっ……!」
フィオナが凄い形相で、舌打ちを連続して打った。
「そんでねゆーくん。ちょっとさがってて」
「ああ……」
ソフィが俺の前にやってくる。フィオナの前で両手を広げて言う。
「ふぃーのゆーくんに、てーだすんじゃねー! だよっ!」
ふしゃー! と子猫のように歯を剥くソフィ。
「ふざけるな。誰が貴様のユートだ。ユートは私のだ」
「ぶっぶ~。ざぁんねんでした~。ゆーくんはふぃーのだもん。ふぃーはゆーくんの女だもん」
ねー、とソフィが同意を示してくる。背後でフィオナがギリギリギリ……と歯ぎしりしながら、すんごい形相でにらんできた。
「お、俺はソフィが、ソフィが好きだよ」
ソフィ、と強調した。フィオナもまたソフィだから。どちらの【ソフィ】も好きというニュアンスで言ったのだが……。
「………………………………」
フィオナがこの世の終わりみたいな顔になった。
「えへへっ♪ やー、ごめんなフィオナちゃん。ふぃーおーなーちゃんっ♪」
勝ち誇ったようにソフィが言う。
「ユート………………。私は………………用済みか? 若い方が………………いいのか?」
俺はフィオナに近づいて。ちょいちょいと手招きする。耳を寄せるフィオナに言う。
「……ちげえって……おまえもソフィだろうが……」
「! そ、そうだったな。うん。フィオナってずっと呼ばれてるから、ついなっ!」
ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべるソフィ【たち】。
「やー、ごめんねフィオナちゃん。そーゆーわけだから。だいじょうぶ、結婚式には呼んであげるよ」
「私も貴様を式に参列させてやらんこともないぞ。感謝するんだな」
そうやってソフィ同士で争っているところに、
「おはようございます」
「おはよ~」
「ふぁああ…………むにゃむにゃ。むにゃむにゃ……ぐー……」
水色髪のハーフエルフ・ルーシー。
ふわふわ茶髪の、ニコニコ母さん。ナナミ。
ちょっとぽっちゃりしている巨乳のエルフ・えるる。
宿屋はなまる亭の従業員たちが、朝食を取りに、食堂へとやってきていた。
「おはようみんな」
俺があいさつを返す。
「ナナちゃーん!」
ソフィが母さんに向かって、ぴょいんっとジャンプする。
「ナナちゃん隊長ー! きいてほしーでありますー!」
「おっと~。なんだねソフィ隊員~?」
母さんがソフィを抱っこする。ソフィはまじめな顔で、母さんに耳打ちする。
「ふぃーね、ふぃーね。結婚……びょうよみでした……!」
「まぁ~♪ それは嬉しい~♪ もしかしてもしかして~。お相手は~?」
うふふふ、とソフィが口元を押さえて笑う。
「誰だと思う? だれだとおもうっ?」
「え~。だれだろ~? だれかなぁ~?」
んー、と考え込む母さん。ハッ……! と気付いたような顔になる。
「まさか~。うちのユートくん……とか?」
「ん~~~~~~~~~~~せーかい!」
きゃあきゃあ♪ 笑い合うソフィと母さん。ふっ……とフィオナが鼻で笑う。
「ふん、戯れ言を。せいぜいほざいていると良い。最後に結ばれるのは私とユートだ」
「フィオナさん。顔色悪いですよ。気分でも悪いのですか?」
フィオナがしゃがみ込んでいる背中を、ルーシーがよしよしと撫でる。
「ふぁ……! ごはんですかー?」
えるるが目を覚まして、くんくんと鼻を鳴らす。
「えへへ、これはー、コーンスープのにおいですー。えへへー。やっぱ朝はパンにコーンスープですねー!」
わーい、と両手をあげるえるる。
「ナナちゃん、ひろーえんのスピーチはまかせてね! ふぃー、とってもかんどーてきなスピーチかんがえとくから!」
「あら~、たいへん。ママそういうのに弱いの~。でもふたりの門出ですもの。がまんするわ~」
「……ふふ、ユートは私の物だ」
「フィオナさん。子供。子供の言ってることですから。本気にとらえちゃいけませんってほら元気出しましょうよ」
「ごーはーんー。ごはんまだですかー」
……これが、朝のはなまる亭の景色だ。平和な日常。この愛すべき日常が、俺は大好きなのだ。
☆
職員たちの朝食は早い。客たちが来る前にパパッと取らないといけないからだ。
俺たちはテーブルに腰掛け、朝食を取る。
「ゆーくんっ♪ あ、ちがった。あなた♪ はぁい、コーンスープですよ~♪ めっしあがれ~♪」
すっかり新婚さん気分のソフィが、スプーンを俺に向けてくる。
「……ユートどけ。そいつ切れない」
ゆらぁり……とフィオナが剣を抜いて、今にもソフィに斬りかかろうとしている。
「フィオナ。気を確かに。相手は子供だって」
「そうだったな」「わかってくれたか」「せめて苦しまないようスパッと首を切ってやろう」「何もわかってない!?」
「子供だから苦しみを与えてやらないという、私の慈悲をわかってくれないのか?」
「殺す以外の選択肢はないのか」「ない」「即答かよ……やめてくれってマジで……」
俺はため息をつく。ソフィのスープをすすって、俺はフィオナに言う。
「なあフィオナ。前から思ってたんだが、どうしてそんなにソフィに対抗意識を燃やすんだよ。相手は子供なんだぞ」
「…………」
フィオナが表情を曇らせる。ルーシーはそれを見て、ふふ、と笑う。
「ユートくん。おいでおいで」
ちょいちょい、とルーシーが手招きする。俺はソフィから離れて、ルーシーのそばへやってくる。
「……フィオナさんは気にしてるのですよ。年齢をね」
「……年齢?」
ルーシーはうなずく。俺たちは声を潜めて会話する。
「……フィオナさんは25、ソフィちゃんは5歳です。10年後には35と15です。ソフィちゃんのほうが若いでしょう? 若い方がいいのでは……と不安に思ってるのですよ」
「……なるほど」
考えてみれば俺とフィオナとの年齢差は15歳。それに対してソフィと俺とは5歳だ。
不安がるのは、しょうがないのか。
「……乙女心を理解してあげなさい」
「……了解だ、ルーシー」
このお姉さんエルフは、こうしていつも俺に助言をくれる。頼れる仲間である。
ともあれアドバイスをもらったので、さっそく俺はフィオナに言う。
「フィオナ。年齢とか気にしてないからな」
「ユートくんェ……」
顔を手で覆うルーシー。
「あ…………う………………」
ずぅう…………ん、とフィオナが暗い顔になる。
「ど、どうしたんだよ……?」
「……気を使われたって思ったんでしょうよ。はぁ……これが20年勇者しかしてなかった弊害か……」
ふぅ、とあきれるルーシー。な、なんかすまん。
「よくわからないけど、どーしたのフィオナちゃん? お腹ぴーぴーなの? お薬のむ?」
心配そうに、ソフィが尋ねる。
「いや……大丈夫だ……」
「そーなの? でも顔青いよ? ふぃー心配だな~。どうすれば治る?」
「若返りの……薬とかあれば」
「ないねー、そーゆーのうちにはおいてないねー」
がっくり、とフィオナが肩を落とす。
「あのー、おかわり食べて良いですかぁー? いいですかね、フィオナさん?」
「えるる……それ以上食わないでくれ。客に出す分がなくなる」
「えぅう…………。もっと食べたいのに……あ、フィオナさんスープ飲まないんですか? じゃあ飲みますけどいいですよね?」
「勝手にしろ……」
そんな風なやりとりを、母さんがニコニコとしながら見ている。
「みんな仲良しさんね~。ふふっ、仲良しさんだ~」
えへー、と笑う母さん。
「やっぱりみんな仲良しが1番だよね~♪」
母さんが、心からの笑顔を浮かべる。いつもポワポワ笑っているけど、特に楽しそうだ。
この人は、この世全ての人が善人だと思っている。悪い人はいないと思っているし、みんなと仲良くできると思っている。
……もちろんそんなのは、理想論だ。けどみんな仲良くという母さんの意見には、賛成だ。
みんなが笑顔になれる。それが1番である。ごく一部の人間しか笑わないのは、よくないのだ。
「ルーシー」
「わかってます。食べて、少ししたら出発しましょう」
「ああ」
俺たちはうなずきあう。
「あら~? ルーシーちゃんたち、どっかいくの~?」
母さんがルーシーにたずねる。
「ええ、ちょっと村長さんのところまで。家の場所がわからないので、ユートくんに案内してもらいます」
「あらそうなの~? 何しに行くの~?」
ルーシーは母さんを見て、みんなを見回し、そして言う。
「みんなが笑顔になれるよう、ちょっと話し合いしてきます」
お疲れ様です。
今日から更新再開していきます。
明日に後編あげます。ほんと、遅れてすみませんでした!
そして、書籍版の話ですが、発売日が決定しました。
12月15日、土曜日の発売日となります!
それに先立ち、キャラクターデザインをアップしようと思います。
明日の後編更新時に、上げます。
それでは、次回もよろしくお願いします!




