32.勇者、ビアガーデンを開く準備する【前編】
お世話になってます。
ルーシーからビアガーデンなるものを開くことを提案された。
翌日の夜。
食堂には俺とフィオナ、そしてルーシー……と、なぜかソフィもいた。
「ソフィ。貴様なぜここにいる?」
ぎろっ、とにらむのは、赤髪長身の女性、フィオナだ。
彼女は1周目の世界において、勇者パーティの仲間であり、俺の恋人でもある。
俺が2周目世界に来たとき、一緒に向こうの世界から、やってきたのだ。
「みんなでたのしーそーだから。ふぃーだけなかまはずれはよくないとおもいますっ!」
ふんす、と小柄な赤髪少女がいう。
この子はソフィ。俺の幼なじみであり、この子の20年後姿が、フィオナだ。
ようするにソフィは、フィオナと同一人物なのである。フィオナから見れば、ソフィは自分の過去の姿となる。
「私たちは別に遊んでいるわけじゃない。話の邪魔をするなら消えろ」
「ひどいっ! フィオナちゃんひどい! ゆーくぅん……」
ソフィが半泣きになって、俺に抱きついてくる。
そして首筋に、顔を埋めて、わんわんと泣く。
「フィオナちゃんがいじめたのっ! ふぃーかなしいですっ! なぐさめてっ、だいてっ!」
「き、貴様ほんとうは泣いてないな! そ、それにだいってって……妙なこというな!」
顔を真っ赤にしてフィオナが叫ぶ。
「ないてます。ふぃーはいまふかーい、かなしみのなかにいるの。だからゆーくんにだっこしてもらって、げんきをちゅーにゅーしようかと」
「な、なんだ……抱いてとはそういう意味か……」
ほっ、と安堵の吐息を漏らすフィオナ。
一方でソフィが、ほえっ、と首をかしげる。
「ほかにどーゆーいみがあるのー?」
「さ、さあ……」
フィオナが顔を真っ赤にして目をそらす。
ソフィは俺から離れて、フィオナの服を引っ張る。
「ねーねー、フィオナちゃん。ほかにどーゆーいみあるのー? ねーえー」
「し、知らんっ!」
「ふーん。あっそ。じゃあ他の人にきこうっと。ルーシーちゃーん!」
「ば、バカやめろおぉ!!!」
フィオナは怒鳴り、ソフィを回収する。
「もごもご……ルーシーちゃん。だいてってどーゆー」「テイッ!」「あぅん」
フィオナが神速で手刀を、ソフィの首筋に打ち込む。
ソフィは気を失い、すやすや、と寝息を立て始めた。
「……醜態をさらすな。ここにいるメンツは、貴様が私と同じだと知っているんだぞ」
はぁ、とフィオナが大きくため息をつく。
「まあまあフィオナさん。ワタシたちは別に気にしませんよ」
ルーシーがニコニコ笑う。
「……私が気にするんだ。それよりこの小娘を部屋に送り届けてくる。しばし待ってろ」
フィオナがソフィをだっこして、食堂を出て行く。
「そのまま放置しないあたり、フィオナさんの優しさが見て取れますね」
「ああ。フィオナはアア見えて優しいやつなんだ。勘違いしないでやってくれ」
「わかってますよ」
フィオナが出て行った間に、俺はルーシーと共同で作ったものを、食堂に並べておく。
ややあって、フィオナが戻ってくる。
「【私】が迷惑かけた」
「気にすんな。迷惑なんて思ってないよ」
「…………ふん」
フィオナは顔をそらす。だが耳の先まで真っ赤だった。
俺とルーシーがそれを見ていると、フィオナが話題を変えるようにいう。
「そ、それでユート。これらはいったいなんだ?」
テーブルの上に広がるものを見て、フィオナが聞いてくる。
「ビアガーデン開催に必要なものです」
「……概要は貴様の企画書を読んだが、正直さっぱり理解できん。そもそもどういう催し物なのだ?」
食堂の丸テーブルを囲む俺たち。
「外にテーブルといすを置いて、そこで酒を飲み、食事をしてもらうんです」
「オープンカフェのようなものか? 王都ではよく見かけたが」
「そのような感じです」
フィオナが考え込む。
「確かに外で食べる食事は美味いな」
「でしょう? ワタシのいた世界では、夏の夜になるとみんなで外でビールを飲み、食事をするんです。それがビアガーデンです」
「なるほど……。理解した」
ルーシーはうなずく。
「続いてビアガーデンで出す食事ですが、ビールに合うものを出そうと思います。お手元の資料にメニューの概要が書いてありますので、目を通してください」
・ピザ
・えだまめ
・フライドポテト
……とここまでは理解できたが、
・お好み焼き
・たこ焼き
・ソース焼きそば
と、よくわからないメニューまで書いてあった。
「ルーシー。この、お好み焼きとか、そーす? 焼きそば? とはなのことなんだ?」
俺がルーシーに尋ねると、彼女はテーブルの上の瓶を手に取る。
「こちらの【ソース】をかけた料理となっております」
瓶の中には、黒くて、どろり、とした液体が入っているようだ。
「それは?」
「ウスターソースといいます。野菜や果実などをすりつぶして、そこに塩や砂糖、お酢や香辛料を加えてできる調味料です。粘度をいじっているので、正確にはウスターじゃなくておたふく的なソース的なあれですが」
「「?」」
ルーシーの説明を受けても、いまいちそれが何かわからない。
「まあこればかりは実際に目で、鼻で感じてもらわないと、効果はわかりませんよね」
苦笑するルーシー。
立ち上がると、「調理場をお借りしても良いでしょうか?」
と言ってくる。
「かまわないけど……ルーシー。何をするんだ?」
「ちょっと実演してみせます。いかにソースが殺人的かということを」
「実演……って、料理、作れるのか?」
この商人エルフが厨房に立っているところを、俺は見たことがなかった。
ルーシーは苦笑すると、「ま、素人レベルではありますが、いちおう、ワタシもそれなりに料理は作れるんですよ」




