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31.勇者、村人と共存する道を模索する【2/4】




 キリコの家のリビングにて。


 俺は彼女が作ってくれた料理を前にしていた。


「たいしたものが作れなくてごめんなさい」


 テーブルの上には、ハムエッグとフレンチトースト。紅茶にポタージュスープ。


 という、朝から凄く手の込んだ料理が並んでいた。


「いや、普通にすごいよ。こんな短時間で作れるなんて」


「普通。これくらい、訓練を積めば誰だってできるわ」


 リビングのテーブルを挟んで、俺たちは座る。


「訓練を積めばって……キリコは訓練を積んでいたのか?」


「そうね。……イサミさんの力になりたかったから」


 イサミとは、父さんの名前だ。


 父さんは宿屋のオーナーだった。


 つまり宿の食事担当に、キリコはなりたかった訳か。それで練習していたと。


「召し上がれ」

「……いただきます」


 俺は手を合わせて、食事を取る。


 フレンチトーストをナイフで切って口に運ぶ。


 じゅわ……っと卵と砂糖の甘みが、口の中に広がっていく。


 ほどよい甘み。それを紅茶と一緒に流し込むことで、お茶の渋みが甘みを洗い流す。

「どう?」


「とっても美味いぞ」


「重畳」


 キリコがナイフをキコキコ動かしながら、なんてことないように言う。


 だが俺は気付いた。


 ナイフを動かしているだけで、何も切っていないことに。


 皿の上でただナイフを切っているだけだ。

 動揺……いや、俺に褒められて照れてるのだろう。


「何か?」


 ぎろっ、とキリコがにらんでくる。


 ちょっとむくれてるみたいだ。


「いや、なんでも」


 そう言えばと思い出す。


 キリコは、俺(の精神年齢)よりも年下なんだよなと。


 そう考えると、キリコのことが怖いお姉さんと言うよりも、素直じゃない女の子に見えてくる。


「……なあ、キリコ」


「なにかしら?」


 俺は昨晩、彼女を送り届けた時のことを、尋ねる。


「ディアブロ……お兄ちゃんがさ、言ってたんだ。キリコが、冒険者たちに悪かったとかなんとか、言ってたって」


 昨晩、酔いつぶれたキリコを、ディアブロが送り届けた。


 そのときに、彼女が言っていた。


『……あの人たちに』


『……悪いこと、しちゃってた、みたい』


『……そんなに、悪い人たちじゃ、だから、私、悪いこと、だから』


 と。


 あの人たちとは、昨晩、酒場にいた冒険者たちのことだろう。


 キリコは少しの間とは言え、冒険者たちと交流を持ったのだ。


「ああ……それ。ディアブロさんから聞いたのね」


「あ、ああ……。ディアブロ……お兄ちゃん、気になってたよ。あれって、どういう意味なのかって」


 ナイフをカチャッ、っとおいて、キリコが目を伏せて言う。


「……私、勘違いしてたの。冒険者ってもっと、こわ……。粗野で、乱暴な人たちばかりだと」


 一瞬だが、怖い、と言いかけていた。


 俺はキリコを見やる。


 ……よく考えれば、彼女はこの村から一歩も出たことがない。


 外のことを、外の様子を、知らない。


 この村の外にはどんな人たちがいて、どういう生活を送っているのか、知らない。わからない。


 だから……怖いのだろう。


 外からやってくる、人たちのことが。


 わからないのだ。外の人たちが、どんな人なのか。


「意外と悪い人たちじゃなかったわ。……まあそれでも、夜中にさわぎを起こすのは勘弁してもらいたいけれど」


「……それは、ごめん」


「疑問。なぜユート君が謝るのかしら。あなたはまだ子供でしょう。大人の問題をあなたが気に病むことはないわ」


 微笑んで、キリコが俺の頭を撫でる。


「【村のことを、たくさんの人に知ってもらいたい】……か」


 俺の顔を見て、キリコがつぶやく。


「それ、父さんが言ってたやつ?」


 父さんが生前、よく口にしていたセリフだ。


「ええ。イサミさんはこの村のことをよそに知ってもらいたいと言っていた。……私は、反対だったけど」


「それは……どうしてだ?」


「……この村の平穏を保つため、と思っていた」


 目を閉じてキリコが続ける。


「外から来る冒険者は、危ない人ばかりだと思っていたわ。だからそんな危ない人たちを、この村に呼びたくなかった。村人の生活を脅かされると思ったから」


 俺はその言葉を聞いて、違和感を覚えた。

 キリコは全て、過去形でものを語っていた。


 思ってい【た】。呼びたくなかっ【た】。脅かされると思ってい【た】から。


「……冒険者って、そんな悪い人たちじゃないって、わかってくれたんだな?」


「……そう。さっき私が言ったとおり。そして、イサミさんがいったとおり。悪い人たちじゃ、なかったわ」


 昨晩を思い出しているのだろう。


 キリコが実感のこもった声で言う。


「だから、あの人たちに水を差すようなマネをして、悪かったなと……。キリコは思ってるんだな?」


「そう。ディアブロさんに言った言葉の真意は、そういうこと」


 キリコの言葉を聞いて、俺は光明を見いだした。


 村長の言葉は、そのまま、村人たちの総意でもある。


 村人たちはかなり排他的な性格をしている。


 だがそれは……たぶん、【自己防衛】なのだ。


 村の外の住人のことが、わからない。安全なのか、そうでないのか。


 だから、自分の身を守るために、外からやってくる人を、無条件で弾いているのだ。

 だがそれは、逆に言えば、キリコみたいにわかってくれる可能性もあるということ。

 冒険者を、外の世界の住人のことを、もっと知ってくれれば、彼らとわかり合う道も見えてくると。


「…………」


 俺も目を閉じる。


 そして考える。


 これから、自分が何をすべきかを。


「……よし」


 俺は立ち上がった。


「ごちそうさま、キリコ。飯、うまかったよ」


「そう。宿まで送っていくわ」


「いい。1人で帰れるからさ」


 俺はリビングを出て、玄関まで行く。


 背後を振り返る。そこにはキリコが立っていた。


「じゃあ、キリコ。またな」


「ええ。いつでも気軽に来て良いから」


 淡く微笑むキリコは、とても美しかった。

 俺は村長の家を出る。


 そして、俺は自分の家に帰ると、そのまま、彼女の元へ向かった。

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