30.勇者、村長と酒を飲む(後編)
いつもお世話になってます。
キリコが宿屋の食堂に現れてから、数分後。
食堂のテーブルを、俺たち黄昏の竜、そして村長のキリコが囲む。
真横に座るキリコを、俺は改めて見やる。
長い黒髪。癖はなく、流麗なそれは、腰のあたりまで伸びている。
ボディラインにめりはりははいものの、全体的にスレンダーだ。手足は長く、腰はくびれている。
尻だけが少し大きく、きゅっとひきしまったヒップラインが実に美しい。
男たちの視線を、その美尻が釘付けにするだろう。現に、俺たちの後ろで座っている冒険者たちは、キリコをいやらしい目で見ていた。
「ばかやろう! 俺たちにはナナさんいるだろうが!」
「しまったそうだった!」「ナナさん俺は最初からあなた一筋ですぜ!」「てめえこの野郎俺の方が好きだぞばかやろう!」
ぎゃあぎゃあ、と騒ぎ立てる冒険者たち。
普段のキリコなら、静かにしなさいと一括するところだろうが……。
キリコはピシッと背を伸ばした状態でいすに座ったまま、微動だにしてない。
「キリコ。なにか、注文するか?」
「…………。え、あ、な、なにかしらっ?」
キリコはあわてて、自分の黒髪を手ですく。
「いや何か飲むかって?」
「…………。別に。水で結構」
テーブルの上に置いてあるグラスに、口をつけるキリコ。
こくっ、と飲んだ瞬間、キリコの目が大きく見開かれる。
「…………」
「どうした?」
「……。別に何も」
こくこくこく、とキリコはグラスに入っていた水を一気に飲み干した。
「……それでお客様。ご注文はいかがしますかこのやろう」
注文を取りに来たのは、水色エルフのルーシーだ。
今彼女は臨時でウェイターもやっているのである。
「必要ないわ。飲み食いするつもりでここへきたわけではないもの」
「ならなんで来たんですかなに喧嘩うってるんですかこの野郎」
どうにもこのエルフ商人、キリコと相性が悪いようだった。
「まあまあ。ではビールをこの御仁にも用意してくれないかい? それとピザをもらおうかな」
リーダーのナハティガルが給仕に言う。
「かしこまりました」といってルーシーは厨房に下がっていく。
「……私は別にいらないといったのに」
「まあまあ。ここの料理は絶品だから、ぜひともあなたに食べてもらいたい」
ナハティガルの言葉に、キリコは「……金は払いませんよ」と返すが、リーダーは笑って「かまわないよ」と答える。
ややあってビールとピザが運ばれてきた。
きんきんに冷えたジョッキには、表面に結露が見られる。きめの細かい泡がしゅわしゅわ……と発泡を繰り返す。
皿にのっているピザからは、香ばしい香りが漂う。焼きたてのため、じゅうじゅうとピザから美味そうな音がする。
「…………」「美味そうだろう?」「……別に」「そうかいそうかい」
ナハティガルがニコニコ笑いながら言う。この人いくつくらいの人なのだろうか。
キリコより年上……?
「さっ、ではジョッキもそろったし。乾杯しようか」
ナハティガルがジョッキを持ち上げる。俺も他のメンバーたちもあげるなか……キリコはすました顔で「結構」と断ってきた。
「まーまー姉さん! そう言わずほらっ!」
魔術師ヒルドラが、キリコの手を持ち、無理矢理ジョッキを持たせて、「「「かんぱーい!」」」とジョッキをつきあわせる。
キリコは実に嫌そうに顔をしかめる。
「っかー! うめええ……! って、おいおい姉さんよぉ、飲んでないじゃないかほらぐいっと!」
「…………」
ヒルドラに勧められ、キリコはジョッキをにらんだあと、こく……と一口飲む。
「……っ!?」
くわっ、とキリコの目が大きく見開かれた。
「どうだぁ? うめーだろ?」
「……そうね。とても、美味しいわ」
こくこく……とキリコが数口のむ。
「……何、これ。こんなおいしいお酒、初めて飲んだわ」
口元を押さえて、キリコが言う。
「ふふんっ、そうでしょうともっ!」
給仕のルーシーが近づいてきて、その小さな胸を張る。
「うちの優秀な従業員が作った自慢のビールですっ!」
酒を造れることは、前回創造の絨毯の持ち主、山じいから聞いていた。
果実からワインを作った後、俺はルーシーと協力して、ホップ? やら、麦? やらを混ぜて、この麦酒……ビールを造ったのである。
だから俺の手柄ではないのだが……ルーシーは誇らしそうに、俺を見てきた。
「……そう。従業員は優秀なのね。あなたと、あの女以外は」
ぎろっとキリコがルーシーと、そして母さんを見る。
「あ゛? お゛? 喧嘩ふっかけるのか、お゛?」「……低次元な争いをするいとまはない」「こんのあまー!」
すまし顔でビールをごくごく……と飲むキリコ。……すごいハイペースだ。あっという間にジョッキを飲み干していた。
「…………」
キリコがジョッキをじいっと見ている。俺は、
「おかわり、頼むか?」というと、「……そうね」と素直にうなずいた。
注文を取り終えたルーシーが帰って行った後、すぐに新しいジョッキを持ってくる。
「どーぞ」
「……態度の悪い給仕ね。これでよく店を開きたいと言ったものね」
「表に出ますか? あ゛?」
一発触発の雰囲気に、俺は「落ち着けふたりとも」といさめる。
「ディアブロさんがいうのなら」とルーシー。
「あなたが言うなら……」とキリコ。
ふたりは視線の火花を散らした後、ふんっ、とルーシーは去って行く。
キリコはごくごくごく、とビールジョッキを傾けて豪快に飲む。
「がははっ、おっ! いいのみっぷりだねぇ姉さん!」
ヒルドラもジョッキをあおって笑う。
キリコはあっという間に酒を飲み干すと、「給仕さん。おかわりを」といって、今度は自分から酒を注文した。
「いいねえ! 酒の飲めるやつぁアタシ大歓迎だぜ! 今日はおごりだ! 遠慮なく飲んでくれっ!」
ヒルドラの言葉に、キリコは「そう。では」といって、酒を飲む。
そのあとちらっ、とキリコがテーブルに置いてあるピザを見やる。
「あちち……あちち……」
アサノがピザを口に運んで、美味しそうに食べている。とろり、とチーズがピザ生地と口元の間に橋を架ける。
「…………」
ごくり、とキリコののどが動く。
俺はピザを持ち上げて、小皿に取って、キリコに渡す。
「ほら。熱いうちに食ってくれ。うち……」といいかけてだまり、「ここの宿の定番メニューなんだ」と勧める。
「…………」
キリコは俺から皿を受け取る。
ピザをしげしげと眺める。
「……こんな料理、みたことないわ。イサミ……すみません。ディアブロさん、これはどうやって食べればいいのですか?」
イサミ、とは俺の父さんの名前だ。イサミ・ハルマート。
俺にとっては父の名であるが、キリコにとっては、愛しい人の名前である。
そう……キリコは、俺に会いに来たのだ。父の面影を強く残す、俺に。
……ディアブロと父さんは無関係だと。俺はキリコにはっきり伝えた。それでも……人は、死んだ人そっくりの人間が現れたら興味を抱いてしまうだろう。
「……ディアブロさん?」
「あ、すまん。ぼうっとしてた。えっとだな、手づかみでこう……」
ピザ食うのを実演してみせる。あつあつの濃厚チーズと、フレッシュな甘酸っぱいトマトソースとが合わさり、無類の味になっていた。
食めばサクッとしたパン生地と、具が渾然一体となり、口の中に幸福感と、そしてもっと欲しいという飢餓感が生まれる。
俺が食ってみせると、キリコは俺をまねて、サクッ、とピザを食べる。
「……おいしっ」
目を大きく見開き、キリコが言う。無意識に言葉が口をついたのか、ハッ……! と口元を隠す。
「美味いだろ?」「……ええ、とっても美味しいわ」「そりゃ良かった」
うちの自慢の料理をほめられて、俺も気分が良くなる。
「はいど~ぞ~、ビールおかわりよ~」
ジョッキを持ってきたのは、母さんだった。
きんきんに冷えたジョッキを、母さんがキリコの前に置く。
「どうですか~? フィオナちゃんが作ってくれたお料理~?」
「…………。まあまあね」
キリコがぷいっとそっぽ向いて答える。先ほど美味いっていってたじゃないか……。
しかし母さんは「嬉しいわぁ~」とニコニコ笑顔で答える。
「ささ、どうぞ~。ビールでぐいーっと飲むのが美味しいんですって~。ね、みんな~?」
母さんが冒険者たちに問いかける。
「おうさ!」「その通りだぜナナさん!」「きんっきんに冷えたビールに、あつあつのピザが良くあうぜ村長さん!」
冒険者たちの方を、キリコが振り返る。
その表情は……いつもの、神経質そうな顔ではなかった。
「そうなの?」
と、キリコが、冒険者の一人に尋ねた。最後に台詞を言ったやつにだ。
「ああっ! だまされたと思って!」「俺たちうそつかない!」「マジだって村長さん! 飲んで食べて飲んで飲んで!」
冒険者たちに懐疑的な目を向ける。……それは、以前のように、迷惑ものを見る目ではなかった。
……ように、俺は思えた。
「では……」
キリコはピザを食ったその口で、冷えたビールを、飲む。
「!?!?!?!?」
キリコが目を大きくむいて、ごきゅっ、ごきゅっ! とビールを一気に飲む。
「ぷはぁ……っ!」
キリコがジョッキをダンッ! と置いて、口元をふく。
「「「おおー!!」」」
と冒険者たちから歓声が上がった。
「良い飲みっぷりだぜ村長さん!」「酒豪美人か……いいな!」「あ、てめえナナさんから乗り換える気かっ? どうぞとうぞ」「バッ、ちげえよ! ナナさんアイしてるぅー!」
やんややんや、と冒険者たちが騒ぎ立てる。
「どうですか~?」
母さんがニコニコ笑顔で、キリコに尋ねる。
「……おかわりを」「はいはい~」
母さんが嬉しそうに、ぱたぱた……とその場を離れていく。
「いやぁ! ほんっと良い飲みっぷりじゃねーか!」
ヒルドラがキリコの隣へ移動して、がしっ! と首に腕を回す。
「別に。普通では?」
「普通じゃねーって。なあおいおめーらもそう思うだろっ?」
ヒルドラの問いかけに、冒険者たちが「ああ!」「ありゃ一級品の飲みっぷりだ!」と続く。
「そ、そうかしら……」
ちらっとキリコが俺を見やる。おれがうなづくと、「そ、そう……」と身体を縮めて、もじもじしだす。
「なあところで姉さん姉さん」
にやにやと笑いながらヒルドラ。
「この童貞野郎とどういう関係なんだよなぁおい?」
ヒルドラが興味津々、といった感じで、キリコに尋ねる。
「…………べ、べひゅに」とキリコがかんだあと、「……別に。他人ですっ」と答える。
「慌てるところがまーーーあやしいなぁ!」
ばしばしばし! とヒルドラがキリコの背中をたたく。
「ふむ……。しかしキリコ」
ナハティガルもにやっと笑って、
「他人の割にさっきから、ディアブロのことをちらちらと見てるような気がするのだが?」
「あ、あなたのか、勘違いよっ!」
「ほー」「ほーほー」「……へこむでごじゃる」
黄昏の竜、そして冒険者たちから視線を受けて、顔を真っ赤にするキリコ。
「今日はし、失礼するわっ!」
がたり、と立ち上がる。
そしてずんずん、と食堂を出て行く。
「…………」
俺は大量のジョッキを見やる。結構飲んでいたが、大丈夫だろうか……。
心配になって俺は立ち上がると、「すまん、ちょっと出てくる」といってその場を後にする。
「ひゅーーー! アサノやばいぜ大ピンチだなぁおい!」
「ぐしゅ……ちくしょう! あんな美人が……ちくしょう!」
アサノがやけ酒をごくごくと飲んでいた。あとで誤解を解いておこう。
食堂を出て、宿の出入り口をあけて、辺りを見回す。
キリコはすぐに見つかった。入り口前でうずくまっていたのだから。
「大丈夫か?」
「イサミ……さん?」
潤んだ目で、キリコが俺に言う。
酔ってるのだろうか。俺と父さんを勘違いしていた。
「……家まで送ってくぞ」
俺はキリコに肩を貸して、立たせる。
「平気……れふ」
というわりに、ふらふらしていたので、俺はそのまま歩き出す。
夜の街をふたりで歩く。食堂の方からは騒がしい声は聞こえない。防音壁が上手く作動しているらしい。
しばしふたりで歩く俺とキリコ。
「……イサミさん」
ややあって、彼女がぽつりとつぶやく。
「……あの人たちに」
ぽつり、とキリコがつぶやく。
「……悪いこと、しちゃっていた、みたい」
「……あの人たち? 悪いこと?」
こくり、こくり……とキリコが船をこいでいる。
「……そんなに、悪い人たちじゃ、だから、私、悪いこと、だから」
支離滅裂なことを言った後、キリコはぐーっと寝息を立て始めた。
「…………」
結局なんのことなのか、聞き出せずじまいだった。
俺はキリコを家まで送り届けた後、宿へと戻ったのだった。
お疲れ様です。
次回は月曜日か火曜日の更新となります。そのときに29話のあとがきに書いたことについて、ここにて報告いたします。
また新連載を始めました。よろしければ読んでくださると嬉しいです。
ではまた。




