03.勇者、過去に戻ってマッハで魔王を倒す
ふと、昔の話を思い出した。オヤジが死んだ日の出来事だ。
当時俺は8歳だった。
俺の母親は俺を産んですぐに死んだ。それからは父親が、唯一の俺の家族だった。
父親は真面目で優しい人だった。俺がさみしくならないよう、いつも気を配ってくれた。
けど四六時中ずっと、俺の面倒を見てくれていたわけじゃない。
なぜなら父親は、宿屋を経営していたからだ。
辺境の村にある、小さな宿屋。そこが俺たちの家であり、父親の職場だった。
小さな宿屋だったが、不思議と忙しかった。なぜなら村の近くに、おおきな迷宮があったからだ。
金のない駆け出し冒険者のやつらが、よくウチを利用していた。もう少し離れたところに大きな街はあるけど、そこだと宿代が高いからと。
しかしそれでも、従業員を雇う余裕はなかった。父親は人が良いから、駆け出し冒険者たちが困らないように、値段設定をぎりぎりまで下げていたのだ。
いい人ではあったが、経営者には向いてなかった。
父親が宿のことをすべて回していたから、当然、恐ろしく忙しかった。幼い俺は父親が忙しいことを分かっていたから、遠慮して、ひとりで遊んでいた。
父親のことは好きだったが、それでも、もう少し親の愛情が欲しかった。簡単に言えば、もっと一緒にいて欲しかった。
……そんな孤独を抱えていた、ある日。
父親は再婚すると言ってきた。連れてきたのは、とてつもなく美人の女性だった。
何でも元々冒険者だったらしい。
うちに泊まったことがきっかけで父親と恋に落ち、結婚にまで発展したという。
母親の名前はナナミ。
背が高く、ふわふわとした亜麻色の長い髪をしている。特徴的なのは、いつもニコニコと笑っていることと、そしてふくよかな乳房をしていること。
当時の俺の、顔くらいの大きさの乳房をしていて、よく俺は彼女の乳に目がいってしまった。
乳房は大きいのに腰は恐ろしくほそく、おしりはぷっくりとつきでている。
年齢は21(俺が8歳のとき)。
母さんは優しい人だった。父さんの連れ子である俺を、まるで本当の息子のように接してくれた。
忙しい父さんの代わりに、母さんが俺と遊んでくれた。
外で泥だらけになるまで一緒に遊んでくれたし、夜は一緒に寝てくれた。
母さんがいてくれたから、俺は自分の孤独を癒やすことができた。
あいかわらず父さんは忙しく働いていたけど、母さんがいてくれたから、俺はなんとかなった。
父さんも夜には家族みんなでご飯を食ってくれて、そこで母さんと3人で、仲良く食事をしている時間が、この世で1番好きだった。
ああ、こんな日々が、いつまでもつづけば良いのに……。
……そう思った、8歳の夏。父さんが再婚して、半年後。
父さんは死んでしまった。過労死……というか、寝不足で足下がふらつき、階段から落ちて、頭をぶつけて死んでしまったのだ。
残されたのは8歳の俺と、そして21歳、結婚してまだ半年という若い女性のふたりだけ。
経営者がいなくなってしまい、もう宿が続けられなくなった。それでも……母さんは、宿を続けると言った。
『あの人が大切にしていたもの、どっちも守りたいの』
どっちも、という言葉が引っかかった。ひとつはわかる。この宿屋だろう。もうひとつは?
俺が尋ねると、母さんは笑って、俺をぎゅーっと抱きしめてくれた。
『もちろん、ユートくんだよ~』
……その瞬間、俺の中で、決意めいた物が生まれた。
この人を、守ろうと。
この宿とこの優しい母を、守っていこうと。
母は若かった。21だ。十分に人生をやり直せる年齢だ。再婚だって簡単だろう。それだけ母は若く美しかった。
それでも……母は、俺を、そして宿を捨てなかった。そのふたつを大切だと言って、守りたいと言ってくれた。
母の優しさが、嬉しかった。
そして俺は決意する。
父の代わりに、母と宿を守ろうと。
いずれ俺は大人になり、そのときには、俺がこの宿を回していくのだと決意したのだった。
……そしてその2年後の、夏。
俺が10歳の時。魔王が、この人間の大地に突如として出現した。そして魔王の出現とまったく同じタイミングで、俺は勇者として覚醒した。
……そのせいで、俺の人生設計は、完全に狂ってしまったのだった。
☆
魔王を倒して、勇者を引退した俺。
仲間たちから餞別をもらって、幼なじみの女騎士ソフィとともに、故郷の辺境村へと帰ってきた。
たくさんのチートスペックアイテム。それに【何でも1つ願いの叶う指輪】。
これらがあれば、宿屋をもっと繁盛させられる。母さんを楽させてやれる。
喜び勇んで故郷へ帰ってきた俺を出迎えたのは……潰れてしまった実家の宿屋だった。
……その後俺はソフィとともに、村長の家へ向かった。そこで事情を聞いて、愕然とする。
……俺は村長から聞かされた事実を確認するため、村はずれの墓地へと、やってきていた。
「ウソだろ……母さん……」
そこには母さんの名前が書かれた石のお墓があった。誰も参拝に来ないのか、花もお供え物もなかった。
ぼろぼろになった小さな墓石が、ちょこんと置かれて、そこには【ナナミ・ハルマート】と書かれているだけ。
がくっ……と俺は膝からその場に崩れ落ちた。
「ユート……。すまない。私も知らなかった。まさかナナミさんが、死んでしまっていただなんて」
村長から聞いた話によると。
母さん……ナナミさんが死んだのは、ちょうど3年前。俺がこの土地から魔王を追い出したその年のことだったらしい。
原因は……父さんと一緒だった。過労だった。
もともと母さんは体があまり丈夫ではなかった。なのに無理をして、女手ひとり、ぼろくても忙しい宿を回していた。
ただでさえ人手を雇う余裕はなかった。母さんひとりで頑張って頑張って働き、頑張りすぎた結果……死んでしまったらしい。
「…………俺のせいだ」
ぽろっ、と言葉が出た。
「…………俺がいけないんだ。俺が、勇者なんかに選ばれたせいだ」
そうだ。だって勇者になってなかったら、母さんの息子としてずっとそのそばにいられたなら、宿屋を手伝うことができた。
俺は息子だ。お金なんて払ってもらわなくて良い。母さんを手伝ってやれていた。
そうすれば、母さんは、父さんと同じ結末を迎えずに済んだのだ。
「俺が……俺が勇者なんかになったせいで、母さんは……」
「ユート……」
ソフィが座り込んで、俺をギュッと抱きしめてくる。彼女のぬくもりが心の傷に染み渡る。
それでも……心にざくっと開いた穴は消えることはなかった。ただただ、悲しかった。
「……ユート。とりあえず村へ戻ろう。じき夜になる」
俺はソフィに肩を貸してもらい、母さんの墓の前から移動。故郷の辺境村へと戻ってくる。
この村には宿がない。父さんの宿が唯一の宿舎だったのだ。ゆえに人の入りが多かったというわけだ。
……まあそれでも駆け出し冒険者向けの値段設定にしていたせいで、まったく裕福にはならなかったのだが。
今になって思えば、父さんはもっと宿の値段を上げて良かった。母さんは、父さんの設定した値段を変えて良かったし、もう少し利益を求めて経営すれば良かったのに。
というか、宿屋の経営者が、経営の素人だったのが良くなかった。もっと金にくわしい人を経営者として雇っていれば、あるいは未来は変わっていたかも知れない。
……だが、それはもう、詮のないことなのだ。宿はもう潰れて、母は死んでいた。
……俺は今夜泊まる場所に、潰れた宿屋を選んだ。
自分の部屋へ行く。小さなベッドは、母が死んで3年がたつというのに、きれいだった。
「……俺が、いつでも帰ってこれるように、準備してくれてたんだ」
ソフィから離れて、俺はベッドに体を投げる。天井を見上げる。なつかしい天井のシミを見ていると、昔を思い出して、悲しい気持ちになる。
「ユート……。私では、」
ソフィは何かを言いかけて、ぐっ……と黙る。そして俺の隣に腰を下ろす。
「……なぁ、ソフィ」
空虚な胸の中に、悲しみの感情がどんどんと注ぎ込まれてくる。泣きそうな気持ちが、言葉とともに出てくる。
「……俺さ、勇者に選ばれたとき、こう思ったんだ。なんで俺なんだって」
20年前。魔王が復活したあの日。
魔王の復活と同時に、俺には勇者の紋章が宿った。
紋章からは、魔王を倒せ、という声が聞こえてきた。けど俺は嫌だった。
正直魔王退治とかどうでも良かった。人類の平和よりも、俺は大好きな母さんを守ることだけを考えていた。
勇者なんてなりたくなかった。けど、やらざるをえなかった。
「ソフィはさ、覚えてるか? 魔王が復活した1週間後、この村に悪魔が襲ってきたことを」
「……ああ、よく覚えてる。それで私の両親は、悪魔に殺されたからな」
感情を押し殺したソフィの声。だが同情する気も、慰める気にもなかった。
「あのとき、俺は初めて、勇者としてチカラを使った。本当はその力を隠して一生を過ごそうって思ってたんだ」
だってチカラを使ったら、勇者ってバレるし、そうなったここを出て魔王を倒しに行かないといけないから。
だが結果として、村を、そして母さんを守るために、勇者の力で魔王の配下である、悪魔の1柱を倒した。
「それで国王に勇者ってことがばれた。勇者として魔王を倒す旅にでた……。けど、俺は家に帰りたかった。使命なんてどうでもいい。ただ、あの人の元へ帰って、あの人を支えていきたかった」
優しい母とともに、父さんの残してくれた宿を経営したい。そう思っていた。けど現実は違った。
「……全部、勇者になったせいだ。あのとき、俺が勇者に選ばれたせいで、俺の人生は狂っちまった!」
悲しみにあふれた胸の穴。その奥底から、悲しみの次にわき上がってきたのは、激しい後悔と、自分への怒りだ。
「くそっ! くそっ! なんでだよっ! なんで勇者なんかに選ばれたんだよ! ああっ! くそっ! くそっ! くそぉおおおおお!!!」
20年前。もし俺に勇者の力が宿っていなかったら。いや、宿っても良いけど、悪魔が襲ってきたあの日、勇者のチカラを使っていなかったら。
俺は勇者ユート・ハルマートじゃなくて、宿屋【はなまる亭】の主人の息子、ユートとして、暮らせていけたのに。
俺が勇者になっていなかったら、母さんはひとりになっていなかった。母さんがひとりになっていなかったら、過労で死ぬことはなかった。宿が、潰れることはなかった。
全部、俺のせいだ。俺が勇者に選ばれて、のうのうと、勇者として20年間を過ごしてきたせいだ。
衝動に任せて、俺は部屋の物をめちゃくちゃに壊す。勇者の強力なステータスは、壁を、調度品を、まるで卵のように容易くぶちこわせる。
「やめろユート! 感情的になるな! ユート!」
ソフィが俺を羽交い締めにする。そして「落ち着いてくれ! 落ち着いてくれ! 自分を、大切にしてくれ……。ナナミさんが大切にしてくれた、その体を、大切にしてくれ……」
ソフィの言葉に、俺は冷静さを取り戻した。
俺はベッドに座り込んで、うなだれる。
ソフィはその隣に座り込んで、俺をギュッとハグする。南国の花を彷彿とさせる、甘酸っぱい髪のにおいが、女のぬくもりが、俺を冷静にしてくれた。
「ユートが勇者に選ばれたのは、神の采配だ。どうしようもない、変えることのできない運命だ」
変える……。運命……。
ソフィの言葉に触発され、俺はあるひとつの言葉が、浮かび上がってきた。
「戻りたい……」
ぽつり、と俺は欲求を口にする。
「過去に戻りたい。戻って、運命を変えたい……」
心のからの願いだった。もし、あのとき。20年前の、あの日。
勇者になったあの日、戻れたら。その先を知っている俺は、未来を、運命を、変えられたのに。
「戻りたい……戻りたい……母さんに、ナナミさんに……もう一度、会いたい……」
「ユート……」
俺の声に嗚咽がまじる。ソフィは傷ましいものを見るような目で俺を見てくる。
「……残念だが、それは無理だ。時間は決して元に戻すことはできない。こぼした水はお盆には、絶対に戻らないんだよ」
ソフィに言われなくても、わかっていた。
過ぎた時間は、戻らない。過去へ戻る手段など、この世には100%、存在しない。
わかっていた。わかっている。わかっているけど……それでも、俺は。俺は……。
ーー戻りたい
そう強く思った、そのときだった。
【願いを、受理しました】
突如として、俺の脳裏に、無機質な女の声が響いた。
「願い……? 受理……? ソフィ、おまえ何か言ったか?」
「い、いいや……なにも」
困惑する俺とソフィ。そこに、
……リィイイイイイイイン
と、激しい光りと、鐘の音のような音が、響いてきた。
「なんだ!?」
ソフィが立ち上がり、辺りを見回す。だがこの謎の光りの正体はわからない。出所がわからなかった。
鐘の音はどんどん大きくなる。
【リクエストを受理しました。『20年前に戻り、母が死ぬ運命を変えたい』受理しました】
またあの女の声だ。
【あなたの願いを正確に叶えるための措置を、追加で施します。『ステータスはこの時代のまま』『所有するアイテムを持ち越し』『今の意識と記憶は保持』『現段階での所有する勇者スキルを持ち越し』以上4つのリクエストを加え、あなたを転生させます】
「いったいなんだってんだよ!?」
「わからない……! ゆ、ユート! 指輪が! 女王からもらった指輪が!」
ソフィに指摘されて、俺は気づいた。光りの出所は、俺の指にハマっていた指輪だった。
これは……【願いの指輪】。
人の生き死に以外ならば、何でも1つ願いを叶える指輪だ。
「まさか……!!」
とこの現象、そして謎の声の正体に気づきかけた、そのときだ。
バァアーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!
と、ひときわ大きな光りと、音につつまれて……俺は気を失ったのだった。
☆
「…………ここは?」
気づくと、朝になっていた。どうやら俺は、あのまま眠ってしまったらしい。
「なんだったんだ、あの光り……?」
むくりと起き上がる。そこは昨日来たばかりの、見慣れた俺の部屋だ。
……ただ、少しばかりおかしかった。
「あれ? なんか部屋……きれいじゃないか?」
どうにも部屋がぴかぴかしているのだ。昨日ここへ来たときは、キレイに整頓はされていたが、ボロさはあった。
それが……ない。ボロボロじゃない。ベッドも、床も、天井も、すべてが新しい。
「どうなってやがる……って、なんだこの声」
異変に気づく。俺の声が、妙に高いのだ。女の声……というか、声変わりする前の、子どものような声だ。
「子ども……声? というか手と足も短いし……これは……????」
自分がおかしくなってしまったのかと思った。あまりに過去に戻りたいと思いすぎて、体が子どもに戻ってしまったのだと。
そう思っていた、そのときだった。
「ゆーくーん」
ばーんっ! と俺の部屋のドアが開かれた。
そこに立っていたのは……赤髪の、小さな女の子だった。
「ゆーくんナナミさんがよんでるよ? おきないとナナミさんがぷんぷんしちゃうよ?」
急にそんなことを言い出す、赤髪の少女。
「ええっと……お嬢ちゃん、誰?」
少なくとも赤髪の幼女に知り合いは、いない。赤髪の知り合いならいるけど。
俺がその子にそう言うと、
「ひどい……」
ぽそり、と女の子がつぶやく。
「え? なに?」
「ふぇえええ……。ひどいよぉお………………」
うえんうえん、と赤髪の幼女が泣き出す。
「ゆーくんが、ふぃーを誰ってゆーよー。ふえぇええええええ!! ナナミさーん……」
ててて、と赤髪の幼女が俺の部屋を出て行く。後には俺だけが残された。
「なんなんだよ……」
しかし今、気になることを言った。
あの幼女は、俺を【ゆーくん】。そして自分を【ふぃー】と言った。
俺はその呼び方を、そしてその一人称を、知っていた。自分をふぃーとよぶ、赤髪の幼女に、俺はふと心当たりが浮かんだ。
「いや……でもまさか……。でも……それだとおかしい」
自分をふぃーとなのった幼女が出て行った、その1分後くらいだろうか。
「こら~。ユートくん、ソフィちゃんをいじめちゃ、だめだよ~」
俺は、最初、夢かと思った。その声は、知っているひとのものだったから。
その声を、知っているから。
その声が、もう2度と、聞けないものと……知っていたからだ。
夢だ。ウソだ。現実じゃない。これはウソだ。夢だ。俺は自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻そうとする。
ただそれでも無理だった。興奮が抑えきれなかった。そして確かめたいという衝動を、堪えきれなかった。
バッ……! と俺は出入り口を見やる。
そこにいたのはーー
「……………………母さん」
死んだはずの、母さん、ナナミ・ハルマートが、そこにいた。
身長は160くらいだろう。女性にしては高い。
色素の薄い長い髪は、ふわふわとしていて実に愛らしい。
子どもと見間違うほどの小さな顔。大きな目。そして子どもを超越した、大きくて柔らかそうな乳房。抱きしめれば折れそうなほど細い腰。
「母さん……。母さんだ……」
俺はベッドから起き上がり、ふらふらと、まるで幽霊のように、母さんに近づく。
一方で母さんはというと、にこにこしながらも、ぷんぷんするという、器用な怒りかたをしている。
「だめだよ~。ソフィちゃんはユートくんの幼なじみでしょ~。それにユートくんの方がお兄ちゃんなんだから、仲良くしないとダメだよ~」
独特の、間延びしたしゃべり方。近づくとミルクの甘いにおいがする。母さんの肌のにおいだ。
「……ねえ、母さん」
俺は母さんを見上げて言う。そう、見上げて、だ。ある程度俺は、状況を把握していた。
死んだはずの母さんがいる。
それも、若々しい姿のまま。
さっきの幼女はソフィだった。
そして俺は母さんを見上げている。体が小さくなっている。
そして……あの指輪の声。
転生。
あの指輪は、俺を転生させると、生まれ変わらせると、そう言った。
つまり……だ。俺は過去に戻って、子どもの状態で、転生したのだ。
ならば……することは、ひとつ。
「母さん!!!」
俺は跳び上がり、彼女の身体に抱きつく。
「わっ! ユートくんすっごいジャンプ力だね~。いつの間にこんなに高くジャンプできるようになったのかな~?」
母さんの柔らかな体と声に、とてつもない安心感を覚える。
「よしよし、よしよし~♡」
母さんがしばらく俺の頭を、そうやって撫でてくれる。俺は本当に、嬉しかった。
過去に戻った。子ども時代を、俺はどうやらやり直せる機会を手にしたらしい。
それを実現させたのは……あの指輪だ。
国王からもらった、【願いの指輪】。
アレが、俺の願いを聞き届けたのだ。過去に戻って、運命を変えたいという、願いを。
……ならば、今は。
……ならば、次は。
「…………」
「降りるのかな~? 降りれるかな~?」
俺は母さんの腕の中から降りる。
そしてすぅ……っと息を吸う。目を閉じる。意を、決する。
目を開ける。俺の手には、勇者の紋章。
つまり今は、20年前。
勇者の力が、目覚めたあの日。
魔王が、この人間の土地に、現れたその日。
「勇者が出現したなら、魔王も出現しているはず……」
……なら、することは決まっているのだ。
「ねえ、母さん」
「ん? なにかな~?」
俺は自分の部屋の窓を開ける。
「ちょっと出かけてきて良い? そんなに遅くならないからさ」
「うん、いいよ~? どこいくの~?」
俺は窓に足をかける。
さっきのジャンプ力を見て、俺はわかっていた。自分が、20年前よりも強大な力を持っていることに。
あの指輪が言っていたじゃないか。ステータスは引き継ぎだって。
「ちょっと魔王を、マッハで倒してくる」
「え? えっ? ユートくんっ!」
俺は窓に足をかけて、ぐっ、と身をかがめる。そのまま、足に力を溜める。
勇者のステータスが、あの当時の脚力が、俺には備わっている。
だから……。
……びゅんっ!!!
「ユートくんっ! ここ二階だよ~! ……って、ユートくんが飛んでった~!」
背後で母さんが驚いている。ごめん、あとで謝るし事情も(伝わるかわからないけど)説明する。
けど今は、過去に戻って速攻でやらないといけないことがあるんだ。
俺は窓から飛び出して、そのままものすごい速度で飛ぶ。
走る。走る。風のように走る。走れる。
なぜなら俺は、勇者としてのレベルとステータスを引き継いで、20年前に戻っているのだから。
記憶もある。情報も知っている。あの魔王のクソ野郎がどこに出現するのか、知っている。
俺は超スピードで走りながら、【アイテムボックス】を開く。
アイテムボックスの中身は、あの当時のままだった。仲間たちから餞別にもらったチートスペックのアイテムが入っている。
その中にあるものを、1つ、取り出す。
【勇者の聖剣】
俺は聖剣を出現させる。
右手に聖剣を持ったまま、走る。走る。走りまくる。
わかっている。魔王。おまえが出現する場所は、わかっている。なぜなら俺は未来から来たからだ!
過去の俺は、自分に目覚めた勇者の力に、おびえていた。魔王なんて倒したくないと、そう思っていた。
だが!
けれど!
今は違う!
今ほど、おまえを倒したいと思っているときは、ない!!!
やがていくつ村や町を過ぎ去っただろう。
数えるのもばからしい。俺はひたすら、勇者のステータスの超スピードで走って行く。
やがてとある森へとさしかかる。
森の奥には、クレーターができている。まるで空から大きな石でも降ってきたかのような痕が、森の中にあった。
大きくて黒い石の上に、見たことのある人影を見つけた。
人じゃない。骨だ。ガイコツだ。
ボロ布を纏ったあのガイコツが、俺の宿敵、魔王・ディアブロ。
ディアブロは復活したばかりみたいだ。周りに四天王も、そして72の悪魔の姿も見えない。
当然だよな。俺が勇者として出現したのは、魔王、おまえがこの土地にやってきたのと同時刻だもんな!
俺が目覚めたのは、何分前だ? わからねえが目覚めたばかりだ。
おまえはここへ来たばかり。ここから四天王、そして72の悪魔を引き連れて、人間を恐怖のどん底へたたき落とすのだ。
「…………」
俺は魔王の前に着地する。
【なんだ貴様は……?】
ガイコツ魔王、ディアブロが、俺に問うてくる。
「わかんねーよな。そうだよな。おまえはまだ、知らねえもんな」
だが、違う。俺は、違う。
「俺はおまえを知っている。おまえのせいだ。おまえのせいで、俺は勇者になった」
【勇者……だと?】
ガイコツ魔王に動揺の色が見える。だが俺はそれ以上なにも教えてやるつもりはない。
ここで、この場所で、決着をつける。
ここで倒さないと、俺は20年をまた費やすことになる。そんなのは嫌だ。
俺は誓ったんだ。勇者でなく、母さんの息子として、生きるんだと!
「くたばれ魔王ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
ガイコツ魔王は目覚めたばかりだ。起きがけに奇襲を食らったのだ。
それにやつは勇者を知らない。ただのガキだと思っていた。油断していた。
だから……。
俺は光る槍と化して、聖剣を魔王の心臓に突き刺す。
【これは退魔の剣!? ぐぁああああああああああああああ!!!!!!】
「くたばれ魔王、くたばれ勇者ぁああああああああああああああああああ!!!!」
俺の聖剣が、魔王の心臓を貫く。
そして魔王が……爆発四散する。
激しい爆音と土煙。
やがて土煙が晴れる。そこには、何も残っていなかった。
「はぁ……はぁ……。やった……倒した……」
俺は聖剣を持ったまま呆然とする。
「倒した……倒したよな……魔王、倒したよな……」
聖剣をアイテムボックスにしまう。
魔王が倒れた場所には、何かが落ちていた。
黒い水晶だった。
俺はそれを拾い上げて、
「【鑑定】」
と勇者が持つスキルを発動させる。
鑑定スキルが発動し、落ちていた黒い水晶の詳細な情報が出る。
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【無限魔力の水晶】
ランク;SSS
詳細情報;魔王を倒してえられるドロップアイテム。無限の魔力を秘めている。枯渇することはない。
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「は、はは……」
俺は後半の情報は目に入ってなかった。
重要なのは、最初の一文。
魔王を倒してもらえる、ドロップアイテム。それが今、手の中にある。
「ということは……ということはだ!」
俺は、いや、勇者は、魔王を倒したのだ。
前世では、20年かかった魔王退治。それを今回は、魔王が出現してから、ものの数分で片がついた。
俺は余韻もなく、アイテムボックスに適当に水晶をツッコむと、走る。
森を抜け、来た道を戻る。
ひた走り、すぐに戻ってくる。
俺の故郷。俺の実家。
母さんの経営する、宿屋【はなまる亭】
「…………」
俺は【はなまる亭】の看板を見上げる。
過去に戻った。魔王は倒した。勇者はこれで、引退できる。
あとは……俺のやりたいことが、できる。
「…………よし!」
俺は宿屋の出入り口を開ける。
大きな声で、俺は言う。
そこにいる……最愛の人に向かって、大きな声を張り上がる。
「ただいま、母さん!!!!」
……かくして、元勇者の俺は、過去に戻って、人生をやり直すことになったのだった。
お疲れ様です!これにてプロローグ終了。次回から本編となります。
過去に戻って魔王を倒し、使命をマッハで終わらせた元勇者による、第二の人生が次回からスタートとなります。
そんな感じで次回もよろしくお願いします!
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ではまた!