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03.勇者、過去に戻ってマッハで魔王を倒す



 ふと、昔の話を思い出した。オヤジが死んだ日の出来事だ。


 当時俺は8歳だった。


 俺の母親は俺を産んですぐに死んだ。それからは父親が、唯一の俺の家族だった。


 父親は真面目で優しい人だった。俺がさみしくならないよう、いつも気を配ってくれた。


 けど四六時中ずっと、俺の面倒を見てくれていたわけじゃない。


 なぜなら父親は、宿屋を経営していたからだ。


 辺境の村にある、小さな宿屋。そこが俺たちの家であり、父親の職場だった。


 小さな宿屋だったが、不思議と忙しかった。なぜなら村の近くに、おおきな迷宮があったからだ。


 金のない駆け出し冒険者のやつらが、よくウチを利用していた。もう少し離れたところに大きな街はあるけど、そこだと宿代が高いからと。


 しかしそれでも、従業員を雇う余裕はなかった。父親は人が良いから、駆け出し冒険者たちが困らないように、値段設定をぎりぎりまで下げていたのだ。


 いい人ではあったが、経営者には向いてなかった。


 父親が宿のことをすべて回していたから、当然、恐ろしく忙しかった。幼い俺は父親が忙しいことを分かっていたから、遠慮して、ひとりで遊んでいた。


 父親のことは好きだったが、それでも、もう少し親の愛情が欲しかった。簡単に言えば、もっと一緒にいて欲しかった。


 ……そんな孤独を抱えていた、ある日。


 父親は再婚すると言ってきた。連れてきたのは、とてつもなく美人の女性だった。


 何でも元々冒険者だったらしい。


 うちに泊まったことがきっかけで父親と恋に落ち、結婚にまで発展したという。


 母親の名前はナナミ。


 背が高く、ふわふわとした亜麻色の長い髪をしている。特徴的なのは、いつもニコニコと笑っていることと、そしてふくよかな乳房をしていること。

 

 当時の俺の、顔くらいの大きさの乳房をしていて、よく俺は彼女の乳に目がいってしまった。


 乳房は大きいのに腰は恐ろしくほそく、おしりはぷっくりとつきでている。

 

 年齢は21(俺が8歳のとき)。


 母さんは優しい人だった。父さんの連れ子である俺を、まるで本当の息子のように接してくれた。


 忙しい父さんの代わりに、母さんが俺と遊んでくれた。

 

 外で泥だらけになるまで一緒に遊んでくれたし、夜は一緒に寝てくれた。


 母さんがいてくれたから、俺は自分の孤独を癒やすことができた。


 あいかわらず父さんは忙しく働いていたけど、母さんがいてくれたから、俺はなんとかなった。


 父さんも夜には家族みんなでご飯を食ってくれて、そこで母さんと3人で、仲良く食事をしている時間が、この世で1番好きだった。


 ああ、こんな日々が、いつまでもつづけば良いのに……。


 ……そう思った、8歳の夏。父さんが再婚して、半年後。


 父さんは死んでしまった。過労死……というか、寝不足で足下がふらつき、階段から落ちて、頭をぶつけて死んでしまったのだ。


 残されたのは8歳の俺と、そして21歳、結婚してまだ半年という若い女性のふたりだけ。


 経営者がいなくなってしまい、もう宿が続けられなくなった。それでも……母さんは、宿を続けると言った。


『あの人が大切にしていたもの、どっちも守りたいの』


 どっちも、という言葉が引っかかった。ひとつはわかる。この宿屋だろう。もうひとつは?


 俺が尋ねると、母さんは笑って、俺をぎゅーっと抱きしめてくれた。


『もちろん、ユートくんだよ~』


 ……その瞬間、俺の中で、決意めいた物が生まれた。


 この人を、守ろうと。


 この宿とこの優しい母を、守っていこうと。


 母は若かった。21だ。十分に人生をやり直せる年齢だ。再婚だって簡単だろう。それだけ母は若く美しかった。


 それでも……母は、俺を、そして宿を捨てなかった。そのふたつを大切だと言って、守りたいと言ってくれた。


 母の優しさが、嬉しかった。


 そして俺は決意する。


 父の代わりに、母と宿を守ろうと。


 いずれ俺は大人になり、そのときには、俺がこの宿を回していくのだと決意したのだった。


 ……そしてその2年後の、夏。


 俺が10歳の時。魔王が、この人間の大地に突如として出現した。そして魔王の出現とまったく同じタイミングで、俺は勇者として覚醒した。


 ……そのせいで、俺の人生設計は、完全に狂ってしまったのだった。



    ☆


 

 魔王を倒して、勇者を引退した俺。


 仲間たちから餞別をもらって、幼なじみの女騎士ソフィとともに、故郷の辺境村へと帰ってきた。


 たくさんのチートスペックアイテム。それに【何でも1つ願いの叶う指輪】。


 これらがあれば、宿屋をもっと繁盛させられる。母さんを楽させてやれる。


 喜び勇んで故郷へ帰ってきた俺を出迎えたのは……潰れてしまった実家の宿屋だった。


 ……その後俺はソフィとともに、村長の家へ向かった。そこで事情を聞いて、愕然とする。


 ……俺は村長から聞かされた事実を確認するため、村はずれの墓地へと、やってきていた。


「ウソだろ……母さん……」


 そこには母さんの名前が書かれた石のお墓があった。誰も参拝に来ないのか、花もお供え物もなかった。


 ぼろぼろになった小さな墓石が、ちょこんと置かれて、そこには【ナナミ・ハルマート】と書かれているだけ。


 がくっ……と俺は膝からその場に崩れ落ちた。


「ユート……。すまない。私も知らなかった。まさかナナミさんが、死んでしまっていただなんて」


 村長から聞いた話によると。


 母さん……ナナミさんが死んだのは、ちょうど3年前。俺がこの土地から魔王を追い出したその年のことだったらしい。


 原因は……父さんと一緒だった。過労だった。


 もともと母さんは体があまり丈夫ではなかった。なのに無理をして、女手ひとり、ぼろくても忙しい宿を回していた。


 ただでさえ人手を雇う余裕はなかった。母さんひとりで頑張って頑張って働き、頑張りすぎた結果……死んでしまったらしい。


「…………俺のせいだ」


 ぽろっ、と言葉が出た。


「…………俺がいけないんだ。俺が、勇者なんかに選ばれたせいだ」


 そうだ。だって勇者になってなかったら、母さんの息子としてずっとそのそばにいられたなら、宿屋を手伝うことができた。


 俺は息子だ。お金なんて払ってもらわなくて良い。母さんを手伝ってやれていた。


 そうすれば、母さんは、父さんと同じ結末を迎えずに済んだのだ。


「俺が……俺が勇者なんかになったせいで、母さんは……」


「ユート……」


 ソフィが座り込んで、俺をギュッと抱きしめてくる。彼女のぬくもりが心の傷に染み渡る。


 それでも……心にざくっと開いた穴は消えることはなかった。ただただ、悲しかった。


「……ユート。とりあえず村へ戻ろう。じき夜になる」


 俺はソフィに肩を貸してもらい、母さんの墓の前から移動。故郷の辺境村へと戻ってくる。


 この村には宿がない。父さんの宿が唯一の宿舎だったのだ。ゆえに人の入りが多かったというわけだ。


 ……まあそれでも駆け出し冒険者向けの値段設定にしていたせいで、まったく裕福にはならなかったのだが。


 今になって思えば、父さんはもっと宿の値段を上げて良かった。母さんは、父さんの設定した値段を変えて良かったし、もう少し利益を求めて経営すれば良かったのに。


 というか、宿屋の経営者が、経営の素人だったのが良くなかった。もっと金にくわしい人を経営者として雇っていれば、あるいは未来は変わっていたかも知れない。


 ……だが、それはもう、詮のないことなのだ。宿はもう潰れて、母は死んでいた。


 ……俺は今夜泊まる場所に、潰れた宿屋を選んだ。


 自分の部屋へ行く。小さなベッドは、母が死んで3年がたつというのに、きれいだった。


「……俺が、いつでも帰ってこれるように、準備してくれてたんだ」


 ソフィから離れて、俺はベッドに体を投げる。天井を見上げる。なつかしい天井のシミを見ていると、昔を思い出して、悲しい気持ちになる。


「ユート……。私では、」


 ソフィは何かを言いかけて、ぐっ……と黙る。そして俺の隣に腰を下ろす。


「……なぁ、ソフィ」


 空虚な胸の中に、悲しみの感情がどんどんと注ぎ込まれてくる。泣きそうな気持ちが、言葉とともに出てくる。


「……俺さ、勇者に選ばれたとき、こう思ったんだ。なんで俺なんだって」


 20年前。魔王が復活したあの日。


 魔王の復活と同時に、俺には勇者の紋章が宿った。


 紋章からは、魔王を倒せ、という声が聞こえてきた。けど俺は嫌だった。


 正直魔王退治とかどうでも良かった。人類の平和よりも、俺は大好きな母さんを守ることだけを考えていた。


 勇者なんてなりたくなかった。けど、やらざるをえなかった。


「ソフィはさ、覚えてるか? 魔王が復活した1週間後、この村に悪魔が襲ってきたことを」


「……ああ、よく覚えてる。それで私の両親は、悪魔に殺されたからな」


 感情を押し殺したソフィの声。だが同情する気も、慰める気にもなかった。


「あのとき、俺は初めて、勇者としてチカラを使った。本当はその力を隠して一生を過ごそうって思ってたんだ」



 だってチカラを使ったら、勇者ってバレるし、そうなったここを出て魔王を倒しに行かないといけないから。


 だが結果として、村を、そして母さんを守るために、勇者の力で魔王の配下である、悪魔の1柱を倒した。


「それで国王に勇者ってことがばれた。勇者として魔王を倒す旅にでた……。けど、俺は家に帰りたかった。使命なんてどうでもいい。ただ、あの人の元へ帰って、あの人を支えていきたかった」


 優しい母とともに、父さんの残してくれた宿を経営したい。そう思っていた。けど現実は違った。


「……全部、勇者になったせいだ。あのとき、俺が勇者に選ばれたせいで、俺の人生は狂っちまった!」


 悲しみにあふれた胸の穴。その奥底から、悲しみの次にわき上がってきたのは、激しい後悔と、自分への怒りだ。


「くそっ! くそっ! なんでだよっ! なんで勇者なんかに選ばれたんだよ! ああっ! くそっ! くそっ! くそぉおおおおお!!!」


 20年前。もし俺に勇者の力が宿っていなかったら。いや、宿っても良いけど、悪魔が襲ってきたあの日、勇者のチカラを使っていなかったら。


 俺は勇者ユート・ハルマートじゃなくて、宿屋【はなまる亭】の主人の息子、ユートとして、暮らせていけたのに。


 俺が勇者になっていなかったら、母さんはひとりになっていなかった。母さんがひとりになっていなかったら、過労で死ぬことはなかった。宿が、潰れることはなかった。


 全部、俺のせいだ。俺が勇者に選ばれて、のうのうと、勇者として20年間を過ごしてきたせいだ。


 衝動に任せて、俺は部屋の物をめちゃくちゃに壊す。勇者の強力なステータスは、壁を、調度品を、まるで卵のように容易くぶちこわせる。


「やめろユート! 感情的になるな! ユート!」


 ソフィが俺を羽交い締めにする。そして「落ち着いてくれ! 落ち着いてくれ! 自分を、大切にしてくれ……。ナナミさんが大切にしてくれた、その体を、大切にしてくれ……」


 ソフィの言葉に、俺は冷静さを取り戻した。


 俺はベッドに座り込んで、うなだれる。


 ソフィはその隣に座り込んで、俺をギュッとハグする。南国の花を彷彿とさせる、甘酸っぱい髪のにおいが、女のぬくもりが、俺を冷静にしてくれた。


「ユートが勇者に選ばれたのは、神の采配だ。どうしようもない、変えることのできない運命だ」


 変える……。運命……。


 ソフィの言葉に触発され、俺はあるひとつの言葉が、浮かび上がってきた。


「戻りたい……」


 ぽつり、と俺は欲求を口にする。


「過去に戻りたい。戻って、運命を変えたい……」


 心のからの願いだった。もし、あのとき。20年前の、あの日。


 勇者になったあの日、戻れたら。その先を知っている俺は、未来を、運命を、変えられたのに。


「戻りたい……戻りたい……母さんに、ナナミさんに……もう一度、会いたい……」


「ユート……」


 俺の声に嗚咽がまじる。ソフィは傷ましいものを見るような目で俺を見てくる。


「……残念だが、それは無理だ。時間は決して元に戻すことはできない。こぼした水はお盆には、絶対に戻らないんだよ」


 ソフィに言われなくても、わかっていた。


 過ぎた時間は、戻らない。過去へ戻る手段など、この世には100%、存在しない。


 わかっていた。わかっている。わかっているけど……それでも、俺は。俺は……。


 ーー戻りたい


 そう強く思った、そのときだった。



【願いを、受理しました】



 突如として、俺の脳裏に、無機質な女の声が響いた。


「願い……? 受理……? ソフィ、おまえ何か言ったか?」


「い、いいや……なにも」


 困惑する俺とソフィ。そこに、


 ……リィイイイイイイイン


 と、激しい光りと、鐘の音のような音が、響いてきた。


「なんだ!?」


 ソフィが立ち上がり、辺りを見回す。だがこの謎の光りの正体はわからない。出所がわからなかった。


 鐘の音はどんどん大きくなる。


【リクエストを受理しました。『20年前に戻り、母が死ぬ運命を変えたい』受理しました】


 またあの女の声だ。


【あなたの願いを正確に叶えるための措置リクエストを、追加で施します。『ステータスはこの時代のまま』『所有するアイテムを持ち越し』『今の意識と記憶は保持』『現段階での所有する勇者スキルを持ち越し』以上4つのリクエストを加え、あなたを転生させます】


「いったいなんだってんだよ!?」


「わからない……! ゆ、ユート! 指輪が! 女王からもらった指輪が!」


 ソフィに指摘されて、俺は気づいた。光りの出所は、俺の指にハマっていた指輪だった。


 これは……【願いの指輪】。


 人の生き死に以外ならば、何でも1つ願いを叶える指輪だ。


「まさか……!!」


 とこの現象、そして謎の声の正体に気づきかけた、そのときだ。


 バァアーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!


 と、ひときわ大きな光りと、音につつまれて……俺は気を失ったのだった。



    ☆



「…………ここは?」


 気づくと、朝になっていた。どうやら俺は、あのまま眠ってしまったらしい。


「なんだったんだ、あの光り……?」


 むくりと起き上がる。そこは昨日来たばかりの、見慣れた俺の部屋だ。


 ……ただ、少しばかりおかしかった。


「あれ? なんか部屋……きれいじゃないか?」


 どうにも部屋がぴかぴかしているのだ。昨日ここへ来たときは、キレイに整頓はされていたが、ボロさはあった。


 それが……ない。ボロボロじゃない。ベッドも、床も、天井も、すべてが新しい。


「どうなってやがる……って、なんだこの声」


 異変に気づく。俺の声が、妙に高いのだ。女の声……というか、声変わりする前の、子どものような声だ。


「子ども……声? というか手と足も短いし……これは……????」


 自分がおかしくなってしまったのかと思った。あまりに過去に戻りたいと思いすぎて、体が子どもに戻ってしまったのだと。


 そう思っていた、そのときだった。


「ゆーくーん」


 ばーんっ! と俺の部屋のドアが開かれた。


 そこに立っていたのは……赤髪の、小さな女の子だった。


「ゆーくんナナミさんがよんでるよ? おきないとナナミさんがぷんぷんしちゃうよ?」


 急にそんなことを言い出す、赤髪の少女。


「ええっと……お嬢ちゃん、誰?」


 少なくとも赤髪の幼女に知り合いは、いない。赤髪の知り合いならいるけど。


 俺がその子にそう言うと、


「ひどい……」


 ぽそり、と女の子がつぶやく。


「え? なに?」


「ふぇえええ……。ひどいよぉお………………」


 うえんうえん、と赤髪の幼女が泣き出す。


「ゆーくんが、ふぃーを誰ってゆーよー。ふえぇええええええ!! ナナミさーん……」


 ててて、と赤髪の幼女が俺の部屋を出て行く。後には俺だけが残された。


「なんなんだよ……」


 しかし今、気になることを言った。


 あの幼女は、俺を【ゆーくん】。そして自分を【ふぃー】と言った。


 俺はその呼び方を、そしてその一人称を、知っていた。自分をふぃーとよぶ、赤髪の幼女に、俺はふと心当たりが浮かんだ。


「いや……でもまさか……。でも……それだとおかしい」


 自分をふぃーとなのった幼女が出て行った、その1分後くらいだろうか。



「こら~。ユートくん、ソフィちゃんをいじめちゃ、だめだよ~」



 俺は、最初、夢かと思った。その声は、知っているひとのものだったから。


 その声を、知っているから。


 その声が、もう2度と、聞けないものと……知っていたからだ。


 夢だ。ウソだ。現実じゃない。これはウソだ。夢だ。俺は自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻そうとする。


 ただそれでも無理だった。興奮が抑えきれなかった。そして確かめたいという衝動を、堪えきれなかった。


 バッ……! と俺は出入り口を見やる。


 そこにいたのはーー


「……………………母さん」


 死んだはずの、母さん、ナナミ・ハルマートが、そこにいた。


 身長は160くらいだろう。女性にしては高い。


 色素の薄い長い髪は、ふわふわとしていて実に愛らしい。


 子どもと見間違うほどの小さな顔。大きな目。そして子どもを超越した、大きくて柔らかそうな乳房。抱きしめれば折れそうなほど細い腰。


「母さん……。母さんだ……」


 俺はベッドから起き上がり、ふらふらと、まるで幽霊のように、母さんに近づく。


 一方で母さんはというと、にこにこしながらも、ぷんぷんするという、器用な怒りかたをしている。


「だめだよ~。ソフィちゃんはユートくんの幼なじみでしょ~。それにユートくんの方がお兄ちゃんなんだから、仲良くしないとダメだよ~」


 独特の、間延びしたしゃべり方。近づくとミルクの甘いにおいがする。母さんの肌のにおいだ。


「……ねえ、母さん」


 俺は母さんを見上げて言う。そう、見上げて、だ。ある程度俺は、状況を把握していた。


 死んだはずの母さんがいる。


 それも、若々しい姿のまま。


 さっきの幼女はソフィだった。


 そして俺は母さんを見上げている。体が小さくなっている。


 そして……あの指輪の声。


 転生。


 あの指輪は、俺を転生させると、生まれ変わらせると、そう言った。


 つまり……だ。俺は過去に戻って、子どもの状態で、転生したのだ。


 ならば……することは、ひとつ。


「母さん!!!」


 俺は跳び上がり、彼女の身体に抱きつく。


「わっ! ユートくんすっごいジャンプ力だね~。いつの間にこんなに高くジャンプできるようになったのかな~?」


 母さんの柔らかな体と声に、とてつもない安心感を覚える。


「よしよし、よしよし~♡」


 母さんがしばらく俺の頭を、そうやって撫でてくれる。俺は本当に、嬉しかった。


 過去に戻った。子ども時代を、俺はどうやらやり直せる機会を手にしたらしい。


 それを実現させたのは……あの指輪だ。


 国王からもらった、【願いの指輪】。


 アレが、俺の願いを聞き届けたのだ。過去に戻って、運命を変えたいという、願いを。


 ……ならば、今は。


 ……ならば、次は。


「…………」


「降りるのかな~? 降りれるかな~?」


 俺は母さんの腕の中から降りる。


 そしてすぅ……っと息を吸う。目を閉じる。意を、決する。


 目を開ける。俺の手には、勇者の紋章。


 つまり今は、20年前。


 勇者の力が、目覚めたあの日。


 魔王が、この人間の土地に、現れたその日。


「勇者が出現したなら、魔王も出現しているはず……」


 ……なら、することは決まっているのだ。


「ねえ、母さん」


「ん? なにかな~?」


 俺は自分の部屋の窓を開ける。


「ちょっと出かけてきて良い? そんなに遅くならないからさ」


「うん、いいよ~? どこいくの~?」


 俺は窓に足をかける。


 さっきのジャンプ力を見て、俺はわかっていた。自分が、20年前よりも強大な力を持っていることに。


 あの指輪が言っていたじゃないか。ステータスは引き継ぎだって。


「ちょっと魔王を、マッハで倒してくる」


「え? えっ? ユートくんっ!」


 俺は窓に足をかけて、ぐっ、と身をかがめる。そのまま、足に力を溜める。


 勇者のステータスが、あの当時の脚力が、俺には備わっている。


 だから……。


 ……びゅんっ!!!


「ユートくんっ! ここ二階だよ~! ……って、ユートくんが飛んでった~!」


 背後で母さんが驚いている。ごめん、あとで謝るし事情も(伝わるかわからないけど)説明する。


 けど今は、過去に戻って速攻でやらないといけないことがあるんだ。


 俺は窓から飛び出して、そのままものすごい速度で飛ぶ。


 走る。走る。風のように走る。走れる。


 なぜなら俺は、勇者としてのレベルとステータスを引き継いで、20年前に戻っているのだから。


 記憶もある。情報も知っている。あの魔王のクソ野郎がどこに出現するのか、知っている。


 俺は超スピードで走りながら、【アイテムボックス】を開く。


 アイテムボックスの中身は、あの当時のままだった。仲間たちから餞別にもらったチートスペックのアイテムが入っている。


 その中にあるものを、1つ、取り出す。


【勇者の聖剣】


 俺は聖剣を出現させる。


 右手に聖剣を持ったまま、走る。走る。走りまくる。


 わかっている。魔王。おまえが出現する場所は、わかっている。なぜなら俺は未来から来たからだ!


 過去の俺は、自分に目覚めた勇者の力に、おびえていた。魔王なんて倒したくないと、そう思っていた。


 だが!


 けれど!


 今は違う!


 今ほど、おまえを倒したいと思っているときは、ない!!!


 やがていくつ村や町を過ぎ去っただろう。


 数えるのもばからしい。俺はひたすら、勇者のステータスの超スピードで走って行く。


 やがてとある森へとさしかかる。


 森の奥には、クレーターができている。まるで空から大きな石でも降ってきたかのような痕が、森の中にあった。


 大きくて黒い石の上に、見たことのある人影を見つけた。


 人じゃない。骨だ。ガイコツだ。


 ボロ布を纏ったあのガイコツが、俺の宿敵、魔王・ディアブロ。


 ディアブロは復活したばかりみたいだ。周りに四天王も、そして72の悪魔の姿も見えない。


 当然だよな。俺が勇者として出現したのは、魔王、おまえがこの土地にやってきたのと同時刻だもんな!


 俺が目覚めたのは、何分前だ? わからねえが目覚めたばかりだ。


 おまえはここへ来たばかり。ここから四天王、そして72の悪魔を引き連れて、人間を恐怖のどん底へたたき落とすのだ。


「…………」


 俺は魔王の前に着地する。


【なんだ貴様は……?】


 ガイコツ魔王、ディアブロが、俺に問うてくる。


「わかんねーよな。そうだよな。おまえはまだ、知らねえもんな」


 だが、違う。俺は、違う。


「俺はおまえを知っている。おまえのせいだ。おまえのせいで、俺は勇者になった」


【勇者……だと?】


 ガイコツ魔王に動揺の色が見える。だが俺はそれ以上なにも教えてやるつもりはない。


 ここで、この場所で、決着をつける。


 ここで倒さないと、俺は20年をまた費やすことになる。そんなのは嫌だ。


 俺は誓ったんだ。勇者でなく、母さんの息子として、生きるんだと!


「くたばれ魔王ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 ガイコツ魔王は目覚めたばかりだ。起きがけに奇襲を食らったのだ。


 それにやつは勇者おれを知らない。ただのガキだと思っていた。油断していた。


 だから……。


 俺は光る槍と化して、聖剣を魔王の心臓に突き刺す。


【これは退魔の剣!? ぐぁああああああああああああああ!!!!!!】


「くたばれ魔王、くたばれ勇者ぁああああああああああああああああああ!!!!」


 俺の聖剣が、魔王の心臓を貫く。


 そして魔王が……爆発四散する。


 激しい爆音と土煙。


 やがて土煙が晴れる。そこには、何も残っていなかった。


「はぁ……はぁ……。やった……倒した……」


 俺は聖剣を持ったまま呆然とする。


「倒した……倒したよな……魔王、倒したよな……」


 聖剣をアイテムボックスにしまう。


 魔王が倒れた場所には、何かが落ちていた。


 黒い水晶だった。


 俺はそれを拾い上げて、


「【鑑定】」


 と勇者が持つスキルを発動させる。


 鑑定スキルが発動し、落ちていた黒い水晶の詳細な情報が出る。



======

【無限魔力の水晶】

ランク;SSS

詳細情報;魔王を倒してえられるドロップアイテム。無限の魔力を秘めている。枯渇することはない。

======



「は、はは……」


 俺は後半の情報は目に入ってなかった。


 重要なのは、最初の一文。


 魔王を倒してもらえる、ドロップアイテム。それが今、手の中にある。


「ということは……ということはだ!」


 俺は、いや、勇者おれは、魔王を倒したのだ。


 前世では、20年かかった魔王退治。それを今回は、魔王が出現してから、ものの数分で片がついた。


 俺は余韻もなく、アイテムボックスに適当に水晶をツッコむと、走る。


 森を抜け、来た道を戻る。


 ひた走り、すぐに戻ってくる。


 俺の故郷。俺の実家。


 母さんの経営する、宿屋【はなまる亭】


「…………」


 俺は【はなまる亭】の看板を見上げる。


 過去に戻った。魔王は倒した。勇者はこれで、引退できる。


 あとは……俺のやりたいことが、できる。


「…………よし!」


 俺は宿屋の出入り口を開ける。


 大きな声で、俺は言う。


 そこにいる……最愛の人に向かって、大きな声を張り上がる。


「ただいま、母さん!!!!」



 ……かくして、元勇者の俺は、過去に戻って、人生をやり直すことになったのだった。


お疲れ様です!これにてプロローグ終了。次回から本編となります。


過去に戻って魔王を倒し、使命をマッハで終わらせた元勇者による、第二の人生が次回からスタートとなります。


そんな感じで次回もよろしくお願いします!


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ではまた!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] やり直しのタイミングは、 親父が死ぬ前じゃなくて勇者に覚醒した日なのね。   そこはかとなく、クズっぽい空気が出るけど、   親父が死んだのは20年以上前の出来事でとっくに心の整理が出…
[一言] 親父ェ・・・
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