29.勇者、村長と酒を飲む(前編)
いつもお世話になってます。
黄昏の竜が、村近くのダンジョンにて、鋼鉄蟻の女王アリ捜索のクエストを受けた……翌日のこと。
その日、俺はクエストを終えて、黄昏の竜のメンバーとともに村へ戻ってきた。
「しっかしみつからなかったなー」
魔術師ヒルドラが不満そうにつぶやく。
「朝から潜って夕方まで探してみつからねーとか、そもそもいねーんじゃね?」
うーんと腕を組む魔術師。
がたいのいい彼女を見ながら、俺は口を開く。
「それはないだろう。確実にいる。おまえもあの大量のアリの卵を見なかったわけじゃないだろ」
俺の言葉に、ヒルドラが「まーなぁ」と同意を示す。
前方を歩いている野伏の少女、アサノも、こくりとうなづく。
「……しかし女王の繁殖力は凄まじいでごじゃるな」
舌っ足らずな感じでしゃべる小柄な少女に、ヒルドラが「ぷっ」と吹き出す。
「はんちょくりょくだってよぉ。あいっかわらず噛みっ噛みだなぁアサノ」
「う、うるしゃい筋肉だるまっ!」
アサノが飛び上がってヒルドラの顔を蹴る。魔術師は蹴りを受けても特に動じてなかった。
「はっはっは」「リーダー! わりゃってないでなんとかしてほしいでごじゃる!」「仲が良くて大変結構」「もー!」
このパーティのリーダーであるナハティガルが、余裕のある笑みを浮かべる。
金髪の剣士は顎に手をやると、
「ふむ、しかしアサノの言うとおりだな」と同意する。
「昨日あれだけ卵を殲滅したというのに、別の場所でまた大量の卵を産んでいるのだからな」
さすがに昨日と同じ場所には、卵はなかった。だがそこから数キロも離れてない場所に、先日同様、壁や床にびっしりと、鋼鉄蟻の卵が植え付けられていたのである。
「ヒルドラと、そしてディアブロ、君たちがいなかったらと思うとゾッとするよ」
「…………」
「よぉナハティガルよぉ。アサノちゃんが拗ねちまってるぜぇ」
「べ、べべ別に拗ねてなどいないでごじゃる!」
またも跳び蹴りをかますアサノを、今度はヒルドラが抱き留めて、お姫様だっこする。
「あほっ、あほっ、離せこのあほだるまっ!」
「あいっかわらず軽りぃなおめー」
「おろせっ、おーろーーしぇー!」
わいわいやっている魔術師と野伏に、リーダーが「すまんすまん。アサノがいないと的の接近に気づけないからな。君がいないと困る」
リーダーのフォローに「しょ、しょうれしゅか……」と嬉しそうにハニカんでいるアサノ。
「そうだな。俺もアサノには助かっているよ」
「でぃ、ディアブロどのは、索敵スキルを持ってないのれしゅか?」
「ああ」
俺の持つ聖弓ホークアイを使えば、索敵のまねごとはできる。
しかしあれは、上空から見下ろすような視点を持てるようになるだけだ。屋内、しかも入り組んだ構造のダンジョンの中では、ではその効果は半減される。
「だからアサノがいるおかげで、自分の仕事に集中できる。ありがとう」
「…………」
アサノが顔を真っ赤にしてうつむいてもじもじと身をよじる。
ヒルドラの腕の中で、縮こまる彼女に、「…………」「…………」「ふたりともしょの顔やめろー!」
と、リーダーと魔術師に、アサノが吠える。
「青春してるなぁ」「おいアサノ。今日素っ裸でディアブロの部屋いきな。抱いてくれって」「あほー!」
そうこうしていると、俺たちは拠点である村へとたどり着いていた。
あいかわらず村人は、俺たちに、冷たい視線を向けてくる。
「ちっ。あいっかわらず感じわりいなぁ」
不愉快そうに顔をしかめるヒルドラに、俺は言う。
「そう言ってくれるなヒルドラ。あの人たちもいろいろ事情があるんだよ」
「ほーん……」
ヒルドラが俺をじっと見やる。
「なんだ?」
「んー、まっ、なんでもねえ」
ヒルドラがニカッと、いつものように明るく笑う。
「……ヒルドラ。ましゃかおぬしも?」
おろおろ、と腕の中のアサノが不安げに尋ねる。おぬしもってなんだ?
「おっ? なーんだアサノ」
にやにや、とヒルドラが意地の悪い笑みを浮かべる。
「だーいじょうぶだよ。おめーさんの愛しいディアブロくんは取らねーって」
「んなっ……! ばかっ! ばかー! おまえ余計なこと言うなぁ!」
アサノはヒルドラから降りると、俺をバッ! と見やる。
その顔は耳まで真っ赤で、目が潤んでいた。
「でぃ、ディアブロどのっ!」「え、ああ……なに?」「ち、違うからっ! 違うからにゃっ!」
そう言うと、アサノは瞬く間にいなくなってしまった。
ヒルドラはにやっと笑って、俺の肩をたたく。
「モテ男」「なんだそれ?」「なんでもねーさ。ほら、行こうぜ」
俺たちパーティは、宿屋【はなまる亭】へと帰ってきたのだった。
☆
俺たち黄昏の竜がはなまる亭へ帰ってくると、時刻は19時。
俺はヒルドラたちとともに、食堂で夕食を取ることになった。
本当は宿を手伝おうとしたのだが、商人のルーシーに【ここはいいので、仲間との交流は大事にしてください】といわれ、ディアブロのままでいることにした。ありがとうルーシー。
「はいみなさ~ん。おつかれさま~」
そう言って、俺たちのテーブルに料理を持ってきたのは、母さんだ。
フィオナの作った料理を母さんが運んできて、テーブルに肉料理や酒を置いていく。
「ナナさん! こっちにもー!」「ばかやろう! 俺たちの方が先だ!」「ナナさーん! 好きだぁあああ!」「よしそいつをつまみ出せ!」
テーブルのあちこちから、母さんを呼ぶ声がする。相変わらず母さんは大人気だった。
「盛況だなぁここはよぉ」
ぐびぐび、と酒を飲んでヒルドラがつぶやく。
彼女が言うとおり、食堂は人でごった返している。
めいめいが楽しそうに食事をしていた。
「そりゃそうだろう!」
そう言ってからんできたのは、見知った顔だった。
近くのテーブルに座っていた冒険者パーティ、【若き暴牛】のリーダーだった。
「飯は美味いし酒もある! 風呂もあって部屋が清潔! そして安い! 俺たち駆け出し冒険者にとって、こんなにありがてえ店はねえよ!」
喜色満面のリーダーに、俺は内心でほほえむ。宿のことを褒められると、やっぱり嬉しくなる。
「そして何より!」
リーダーがでれでれとした表情になり、食堂端のカウンターを見やる。
「ナナさん。これ5番テーブルへ」
「はーい。了解よ~フィオナちゃん~」
母さんが料理を持って、うんしょうんしょと運んでいく。
今日は暑いからか、髪をポニーテールにしていた。普段見えないうなじが見えてるからだろう、リーダーの鼻の下が伸びている。
「若くて美人で未亡人の店主がいる! これで決まりだ! なぁおまえらぁ!」
「そうだぜリーダー!」「もちろんだぁ!」「ナナさん結婚してくれぇええ!」
酔っ払っているのか、ゲラゲラと暴牛のメンバーたちが笑う。
「みんな~。飲み過ぎちゃだめよ~?」
母さんの忠告に、暴牛たちが「「「はーい!」」」と答えて、「「「おかわりー!」」」と酒の注文をしていた。おい。
そんなふうに、客たちは楽しそうに騒いでいた。こんな時間がずっと続けばうちも繁盛するのだが……。
と思っていた、そのときだった。
……がちゃっ。
と食堂のドアが開いて、新しい客がやってきた。
だれだと思ってそこを見やると……村長のキリコが立っていた。
「キリコ……」
長身の黒髪美女の到来に、あたりがしんと静まりかえる。
「あのおっかねえ村長さんだ……」「何かようだろうか」「いつもみたいにしかりに来たんだろ」「いやでもいつもより来るのが早くないか……?」
楽しそうに騒いでいた冒険者たちが、ひそひそと、やってきたキリコに向かって声を潜めてささやきあう。
キリコは食堂の入り口で、きょろきょろ、と何かを探すように首を動かしている。
「お客さまぁ、何か用ですかぁ?」
キリコにいちはやく声をかけたのは、我らが商人、エルフのルーシーだ。
子供のようなみために、水色の鮮やかな髪が特徴的な彼女。
据わった目つきでキリコをにらみながら、ルーシーが彼女へ近づく。
「また騒がしいって注意ですか?」
ぎろりとルーシーがにらんだあと、はんっ! と鼻で笑う。
「大丈夫なはずですよね。なにせ壁には防音材を取り付けましたもの!」
そう……。
キリコから騒音のクレームが入った後。
俺とルーシーは協力して、音を吸収する素材の板を作った。
創造の絨毯という、材料さえあれば何でも作れる絨毯を使って、俺たちは工事をした。
昨晩はそのせいで寝不足になったが、おかげで騒がしさは軽減したはず。
「…………」
「防音材は100パーセント音を遮断する物ではありませんが、それでも前のようにうるさいってことはないと思いますけど?」
ガンを飛ばしながら言うルーシーを、キリコは半ば無視していた。
「お客様?」
さすがに不審に思ったルーシーが、首をかしげて尋ねる。
「失礼。聞いてなかったわ」
我に返ったキリコが、エルフ少女を見下ろして言う。ルーシーの額に「あ゛?」と怒りマークがついて、一発触発の雰囲気になった。
そのときだった。
「あら~。キリコちゃんこんばんわ~」
ぽわぽわと笑いながら、母さんがキリコに近づく。
「……こんばんは」
キリコが低い声で返事する。
「ご飯食べにきてくれたの~?」
「……違います。今日は別件です」
「別件~?」
はてな、と母さんが首をかしげる。
そわそわ、とキリコが身体を揺する。首を伸ばして、食堂の中を見渡してる。
「……おいなんか今日は変だぞ」「……だな。いつもみたいに叱ってこない」「……どうしちまったんだ?」
と冒険者たちがひそひそ声で言う。
確かに。飯を食いに来たわけでも、クレームを言いに来たわけでもない。
ならキリコは、何故ここへ来たのだろうか……。
と思ってキリコを凝視していたそのときだ。
「あっ……!」
キリコと、俺の目が合う。
「ディアブロ……さん」
キリコは母さんの元を離れて、すすす、と俺の元へやってくる。
「キリコ……」
俺の真横までやってきたキリコ。彼女は以前俺と最初にあったとき、名前を明かしている。
「その……こんばんは」
「えっと……こんばんは」
キリコは俺に挨拶をした後、もごもご、と口ごもっている。長い髪をせわしなくすいている。
俺に声をかけた後、キリコは黙ってしまった。……いったい何をしにここへ来たのだ?
俺に会いに来たのだとしたら……何のために?
……と思って、俺は自分の顔を触る。そうか、と直感的に理解して、申し訳なくなった。
たぶん、彼女は俺というか……。
とそのときだった。
「よぉなんだぁディアブロ!」
俺の隣にやってきて、ヒルドラが腕を回してくる。
「なんだよおいこの美人!」
にやにや笑いながら、ヒルドラが絡んでくる。
「いや……彼女はここの村長で」
「ンなこと聞いてるんじゃねーよ。どういう関係かって聞いてんだよ。なあなあおいおい」
ぐりぐり、とヒルドラが俺の頭を指でつついてくる。
「ふむ……それは確かに気になるな」
とリーダー・ナハティガルが同意する。
「……せ、せしゃもっ」
アサノまで乗っかってきていた。
「いや……だから俺と彼女は別に……」
「別に? おいおい嘘はいけねえなぁ!」
ヒルドラはすっごい良い笑顔で、にやつきながら言う。
「美人さん、おめえーを探してたじゃねーか。つーことは、おいおい、ひょっとして?」
「ましゃか……」「まさかまさか?」
興味津々のヒルドラとナハティガル。アサノも食いついてくる。
「いやだからなぁ……」
返答に困っていると、ヒルドラが「なぁ姉ちゃん!」とキリコに言う。
「……私?」
「そうだよ姉ちゃん。ちょっとここっ、ここ座りなっ!」
ヒルドラがイスを引いて、ばしばしとたたく。
「ちょぉっとアタシらと飲もうぜ。酒はおごってちゃる!」
「私は……」
ちら、とキリコが俺を見やる。
ややあって、「……そうね。じゃあ、相伴に預かろうかしら」
といって、俺の隣に座る。
イスの位置を正す。心なしか、俺の近くに移動させた。
「こりゃ……楽しそうなことになりそうだぜ! なあリーダー!」
「ああ」「うぬぐぅ……」
かくして、黄昏の竜と俺、そしてキリコと飲むことになったのだった。
お疲れ様です。
投稿が遅れて大変申し訳ございませんでした。もう一作の方の書籍化の作業があって、更新にまで手が回りませんでした。
作業もひと段落しましたので、今日から更新再開します。遅れて本当にすみませんでした。
また近々、このお話のことで、皆様にご報告することができました。
週明けくらいの更新時に、お知らせできるかなと思ってます。少しお待ちください。
次回更新ですが、日曜日に、もう一度更新します。お昼か夕方くらいには投稿できたらと思ってます。
以上です。
ではまた。




