27.勇者、ダンジョンに仲間と潜る
村長を尾行した翌日。
この日は冒険者として、黄昏の竜のメンバーと、ダンジョンへ潜ることになっていた。
冒険者としての儲けは、直接的に宿への儲けにはつながらない。
ディアブロはあくまでも宿屋とは無関係の他人だからな。
それでも冒険者としての名声を高めることで、間接的に客を増やすことができる。
ただでさえ今は、村長のせいで客が少なくなっているのだ。
客足を増やすためには、サービスの向上だけでなく、ディアブロとしての活躍も手を抜けない。
今日の依頼は、村の近くの初級・中級ダンジョンでのクエストだった。
宿で黄昏の竜のメンバーと合流し、俺たちはダンジョンへと潜る。
「よぉリーダー。今日は何で初級・中級者向けのここへ来たんだ?」
俺の隣を歩くのは、魔術師のヒルドラだ。大人バージョンの俺と同じくらいの身長。がっしりとした体格に骨格が特徴的な女性である。
「ふむ、不服かいヒルドラ?」
先頭を歩く金髪の女性が、このパーティのリーダー、剣士のナハティガルだ。
「いんや。リーダーが決めたことにおれぁ従うぜ? ただよぉ、退屈だなって思ってよぉ」
黄昏の竜のランクは上級者に属する。
初級・中級者が利用するこのダンジョンでは、しょうしょう退屈に感じてしまうのだろう。
「そうかもしれないね。ただ仕事が終わった後も同じことを言えるかな?」
「あん? どーゆーことだよ、リーダー?」
「そろそろ狩り場に到着する。行けばわかるさ」
ダンジョンは性質上、下へ行けば行くほど強いモンスターが出現するようになる。
俺たちはダンジョンを潜っていく。
俺は聖弓ホークアイを持っているため、敵をいちはやく見つけ出すことができる。
敵がこちらに気づく前に俺が敵を見つけ、俺の弓で相手を打ち抜く。
そうすることで無駄な戦闘を回避することができていた。
「いやぁ、さすがだな坊主!」
バシバシ! とヒルドラが俺の背中を強めにたたいてくる。
「坊主の弓、すげえな。敵を見ただけで百発百中とは! 恐れ入ったぜ!」
「……ほんと、しゅごいでごじゃる。せっしゃの【聞き耳】スキルより敵感知にしゅぐれるなんて」
「さすがうちの期待のエースだ」
メンバーたちが俺を褒める。
「ありがとう。でも俺がすごいわけじゃない。この弓がすごいだけだ」
俺の持っている弓は、聖弓ホークアイという超レアアイテムである。
これを使えば上空から見下ろすような視点を持つことができる。そして敵を目で捕らえることができれば、そいつには必中で矢を当てることができる。
さらに魔法で矢を作るので、矢が切れることもない。まさにチート性能の弓だ。
「この弓は俺のものじゃなくて、俺の仲間から譲り受けた家宝なんだ」
「ふむ、そうなのか。しかしそれなら私たちにもその弓が使えるのかな?」
「いや……この弓、魔法攻撃力のパラメーターが5000を超えてないと装備できないから、誰もが使えるわけじゃないぞ」
えるるはエルフだったので、魔法攻撃力10000くらいあったので、余裕で装備できた。
俺も魔法職ではないものの、魔法攻撃力は9000ほどある。だから装備できるのだ。
「「「…………」」」
メンバーたちが立ち止まり、ぽかんと口を開いていた。
「どうした?」
俺はザコ敵を矢で射貫いて殺し、道を開いてから、メンバーたちを見やる。
「ぼ、坊主。おめーさん、魔法攻撃力5000超えてるのか……?」
ヒルドラが戦慄していた。
「え、ああ。それがどうした?」
「「「…………」」」
俺の返答に、アサノは「しゅごい……」とキラキラとしたまなざしを向け、ヒルドラは「化け物かよ……」とおののき、ナハティガルは「これはリーダーの座を譲った方がいいかな?」と真剣な表情でそういった。
「いや、リーダーはナハティガル、あんただよ」
「しかし私は君より弱いぞ?」
「強い弱いはリーダーとしての資質に何ら関係ない。重要なのはメンバーをまとめ上げる腕と信頼だよ。それは俺にはないものだ」
それは入ったばかりの俺よりも、この剣士が持っている。
「君のようにすごい人にそう言われると、光栄だな」
淡くほほえむナハティガル。
「お、なんでぇリーダー。顔が赤いぜ」「……むぅ」
ヒルドラに茶化されて、「ははは、まさかそんなことないよ」とナハティガルはわたわたと首を振るった。
「そ、それより先へ進もう。そろそろポイントにつく」
ナハティガルの先導の元、俺たちは目当ての場所へ到着する。
ここはダンジョンの奥深き場所、湿った広い空間。
そこには……無数の白い玉があった。
かなりの大きさだ。人間の子供の身長くらいある。
「なんだぁ、こりゃ」
「……見たところ、何かの卵でごじゃるな」
言われてみると確かに、生物の卵のように見えなくもない。
表面はぬめぬめとした液体に包まれていて、よく見るとどく……どく……と脈動している。
それがダンジョンの床や壁に、びっしりと張り付いていた。
「うげ、気色わりぃ。なんか動いてやがるぜ」
「ナハティガル。これは?」
俺はリーダーであり、依頼内容を知っているナハティガルに訪ねる。
「アサノの言うとおり卵だよ。【鋼鉄蟻】といい、アリ型のモンスターのね」
鋼鉄蟻の卵を指さして、ナハティガルが答える。
「名前の通り鋼鉄の外皮を持つアリで、Bランクのモンスターだ」
「ンだよ。ならたいしたことねーな」
「いや……」とナハティガルが首を振るう。
「それはあくまで、アリ1匹の強さがBランクというだけのことだよ。アリの真の恐ろしさは数にある」
「数……」
俺は洞窟を見回す。壁や床に、所狭しと、びっしりモンスターの卵が植え付けられていた。
「鋼鉄蟻には女王アリがいて、そいつが卵を産む。その速度は尋常じゃない。これを見ればそれはあきらかだろう」
「確かになぁ……」「……この卵、しゅべてが孵ったところを思うと……ぞっとしゅる」
1匹あたりの強さはたいしたことない。だがこの無数の卵全てが孵って成虫になったとしたら……いくら俺でも一人では処理しきれないだろう。
「そこで今回、我々の任務はこの卵を、ふ化する前に1つ残らずつぶすことだ」
「なぁるほど、そいつぁわかりやすいし、確かに楽しそうな仕事だなぁ!」
魔術師が奮起して、巨大な杖を構える。
俺もホークアイを構えて、視界に入っている卵をロックオンする。
「ヒルドラとディアブロで卵を殲滅してくれ。私とアサノは周辺の警戒をして、ふたりの邪魔をするものを相手する。作戦は以上だ。質問は?」
全員が首を振るう。
俺はホークアイに限界まで魔力を込める。
一足先にヒルドラが魔法を完成させた。
「おら行くぞ! 【神意雷鳴剣】」
ヒルドラが杖を振り上げる。
杖の先から巨大な雷の剣が出現する。
紫電をまとう大剣が、ダンジョンの天井へと吹っ飛び、突き刺さる。
すると突き刺さったところから、ズガァアアアアアアアアンッ! と爆音とともに電流がほとばしる。
天井に張り付いていた鋼鉄蟻の卵が消し炭になる。
「おら残りは任せたぜ坊主!」
「ああ」
俺はホークアイに限界まで魔力をつぎこむ。勇者の膨大な魔力が弓につめこまれ、魔法の矢として、射出された。
ザァアアアアアッ!!!
と豪雨のごとく、光り輝く魔法の矢が、床に壁にと降り注いだ。
無数にあった卵の1つ1つに、矢が正確にぶち当たって爆発四散する。
あちこちで激しい爆音がとどろき、耳の良い野伏のアサノは「すごいおとでごじゃる~……」とふらふらとしていた。
ややあって爆発音が引いて、後には静寂が広がる。
「どうだ?」とナハティガル。
「おれの魔法と坊主の魔法の矢で全部消し炭にしてやったぜ!」
にかっ! とヒルドラが笑う。
「いやぁ! さすがだぜ坊主! あんだけあった卵が全部消し飛んでるぜ!」
「……しゅしゃまじい魔力量。桁が違うでごじゃる」
「な! アサノもそう思うだろ」「しょうだな」「正直坊主の技を見て、おれ濡れちまったぜ。アサノもそう思うだろ?」「っしょうだな……って、何を言わしぇるんだ筋肉だるまー!」
アサノが顔を真っ赤にして、ヒルドラの顔を蹴る。頑丈な魔術師はがっはっは! と笑っていた。
「アサノもなんだかんだいって女だなぁ! 強い男を前に濡れるなんて」
「だ、だから違うと言ってるでごじゃる! ばかっ、ばかっ!」
騒いでる魔術師と野伏をよそに、リーダーであるナハティガルはひとりうつむき沈思黙考していた。
「どうした?」
俺が問いかけると、
「いや、少し気になってね」
「気になる? 何がだ?」
何もなくなった洞窟内を見て、ナハティガルが言う。
「この卵を産んだ女王アリが見当たらないと思ってね」
「そう言われると……確かに」
洞窟の中には卵しかなかった。
ここが産卵場所だとすると、卵だけじゃなく、産んだ本人もいてもおかしくはない。
「ギルドからの依頼は女王アリの討伐も入ってるのか?」
「いや、ポイントへ赴き卵の殲滅をしろと言われただけだね」
「女王アリについては何も言及なしか」
俺たちが話してると、ヒルドラが横から口を挟む。
「ならいいんじゃーねかよ? 依頼はこれで達成してるわけだしよぉ」
「…………。そう、だね。まあ、私の考えすぎか」
うん、とナハティガルがうなづく。
「これで依頼達成だ。みんなご苦労様。さて帰ろう。あの村の宿で打ち上げだ」
するとヒルドラとアサノが、ぱぁっ! と表情を明るくする。
「よっしゃ! おれあそこめっちゃ気に入ってんだよなぁ」
「……せっしゃも。風呂はあるし、ご飯はおいしいし」
ということで、黄昏の竜のメンバーは、うちの宿に1泊することになった。
俺たちは来た道を戻って、ダンジョンの外へ出る。
「ディアブロもあの宿に帰るのだろう? なら一緒に行こう」
「そうだな」
俺は黄昏の竜のメンバーたちとともに、村へ向かって歩き出す。
「坊主! 打ち上げの後おれの部屋こいよ。おれと楽しいことしようぜ」
「……ば、ばかものっ! 何を考えりゅんだ筋肉だるま!」
げしげし、とアサノがヒルドラの足を蹴る。
「ンだよお子ちゃまはすっこんでな。おれと坊主は大人の会話をしてるんだからよぉ」
「……ディアブロが嫌がってるじゃないか! やめろこのセクハりゃだるま!」
「ほーん、なんだアサノ? おれとディアブロがセックスするのがいやなのか?」
「せ……っ! へ、変態! 変態! リーダー、あの筋肉セクハラ変態だるまをにゃんとかしてくれ!」
「はっはっは、まあメンバー間の恋愛は私は止めないよ。だが大人なのだから、節度は守ってくれよ」
「わかってるって! なあディアブロ、どうだ?」
「いや……俺はちょっと」
そうこうしていると、村に到着した。
村の入り口をくぐって、はなまる亭へと向かう。
「いいじゃんかよー。おめー童貞なんだろ? そんな美形のくせに童貞とかありえねーけど」
「美形……? そんなこと言われたことないぞ」
「マジか! そりゃ周りの目が節穴なんだろうな。な、アサノ。おめーもそう思うだろ?」
「……し、しらにゃい」
そうやって会話しながら歩いていると、
「あなたたち、何を騒いでるのかしら?」
凜とした女性の声が、俺たちの背後から聞こえてきた。
村の外にさっきまでいたのだろうか。
振り返るとそこには、村長のキリコがいた。
キリコは俺たちに近づいてくる。
「大声で騒々しいわ。騒ぎを起こすようなら出て行ってちょ……………………」
ぴたり、とキリコが立ち止まる。
その目が、驚愕に見開かれた。
「なんだ?」「ろーした?」「ふむ?」
その目は、黄昏の竜たちを、見てなかった。
キリコの目は、俺を、大人の姿となった俺を、見つめていた。
「嘘……やだ……。どうして……。これは、夢?」
わなわな、とキリコが唇を震わせている。
ざっ、ざっ、ざっ、とキリコがふらつきながら、俺に近づいてくる。
俺はどうして良いのかわからなくて、その場から動けなかった。
「イサミさん……」
キリコが小さくつぶやいた後、
「イサミさん!!!」
ダダダッ! とキリコが俺に向かって走ってくる。
あまりのことに反応できず、俺はその場で棒立ちのままだ。
キリコが俺を、大人バージョンの俺を、抱きしめたのだ。
「イサミさん!! イサミさん! 会いたかった! 会いたかった!!」
悲鳴に近い、キリコの声。その声には涙が混ざっていた。
見やると、キリコは俺の胸の中で、わんわんと泣きわめいているではないか。
「イサミさん! イサミさん! ぁああああああああああ!!!」
「き、キリコ……落ち着け。落ち着けって」
その後もキリコは、俺をイサミと何度も呼んできた。
イサミとは、俺の父親の名前だ。
なぜ、彼女は俺を見て、父さんの名前を呼ぶのか。
俺はわけがわからず、その場で動けずにいた。
キリコはしばらく父さんの名前を呼びながら、俺のことを、ぎゅーっと抱きしめていたのだった。
お疲れ様です。最後のキリコが取り乱した理由は次回で説明します。いちおう墓参りのときのキリコのセリフが伏線になってます。
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ではまた。




