26.勇者、村長を尾行する
村長のキリコと、父さんの墓参りに行った、その日の夜。
ルーシーの部屋にて、作戦会議が開かれていた。
ベッドに座るのは、俺とルーシーのふたり。
時刻は21時を少し過ぎたくらいだ。本来ならまだ夜はこれからというのに、宿の中はシン……っとしている。
今日もキリコによって、冒険者たちは21時には、部屋に引っ込んでしまったのだ。
というか、最近はキリコのことを恐れて、冒険者たちは自発的に21時前になると「そろそろ寝るか」と引っ込んでしまうほどである。
さて。
ルーシーは開口一番、
「ユートくん、ごめんなさい。昨日は興奮しすぎてしまって」
と謝ってきた。
「ワタシとしたことが取り乱しすぎました。お見苦しい場面を見せてしまい、申し訳ないです」
「いや……別に俺に謝ることないだろ」
「そうですか、ありがとうユートくん。……しかしあの程度のことで我を忘れてしまうとは、ワタシもまだまだ未熟者ですね」
ふぅ、とルーシーが吐息をはく。
「しかしあの女のせいでこっちは商売あがったりですよ。なんですか夜9時でしまる酒場とか、聞いたことないですよ」
「せっかくルーシーのアイディア通り、酒も造ったと言うのにな」
先日、勇者パーティの仲間たちが二周目世界へ来たときのこと。
ドワーフの山じいは創造の絨毯を使ってワインを作っていた。
そのとき、ルーシーは山じいから絨毯を使って作れるものを伝授してもらっていたのだ。
果実を使った酒は、ブドウなどがあれば作れるらしい。
【びーる】とか言う酒も、苦い植物と穀物があれば作れるとのこと。
まずは一番手っ取り早く作れるワインを作ったのだ。ブドウは世界樹の実を使えばいくらだって量産できるのである。
「そうですよ。酒も十分。つまみだってフィオナさんがいれば美味しいものが作れます」
なのにっ、とルーシーが憤る。
「21時に店じまいとか、それじゃどうやってもうけろというのですかっ」
葡萄酒を作ってから、俺たち【はなまる亭】は、食堂で酒場のまねごとを始めた。
夕食後からだけだが、酒をメニューに出すようにしたのだ。
最初は冒険者たちも「酒が飲める!」と喜々としてうちを利用してくれた。
しかし昨日見たとおり、キリコが夜になるとやってきて、気持ちよく飲んでいる冒険者たちの邪魔をしてくるのである。
「せっかく始めた新サービスも、あの女のせいで台無しです」
「酒はいいが、つまみはその日作った分が無駄になることが多いな」
まあ食材はダンジョンや世界樹の実から取ってくるので、おつまみが無駄になっても損はしない……。
が、それでも捨てるのはもったいない。
「あの女がいるせいでこっちはもう大迷惑ですよ。酒場は繁盛しないし、あの女のせいで冒険者は寄りつかないしで」
ぶつぶつと文句を言うルーシー。
「こうなったら消すしかないですよもう」
「穏便に頼む」
「…………」
じーっとルーシーが俺を見てくる。
「な、なに?」
「別に。ただやっぱりあの女の肩を持つんですねと思って」
「そりゃ……まあ。いちおううちの村長だし」
それに……。と俺は昨日のことを振り返る。
父さんの墓をきれいに掃除してくれたキリコ。
墓の前で目をつむり、村人を守ると決意を表明していた彼女を思い出すと。
……どうしても完全な悪者として、彼女を見ることができないのだ。
そのことをルーシーに伝えると、
「むむむ、そうですか。お父さんを……」
と複雑そうな顔になる。
「しかしあの女の態度が気になりますね」
ルーシーが唐突にそういう。
「気になる?」
ええ……とルーシー。
「なぜ他人であるユートくんのお父さんに、そこまで肩入れするのでしょうか?」
「いやまあ仲良かったからな、父さんとキリコ」
「仲が良い? ……ふーむ」
ルーシーが沈思黙考する。
「キリコとお父さんはいつ頃から仲が良かったのですか?」
「どうだろ……。俺が物心ついたときには、すでに仲良かったな。そういえば二人は幼なじみって聞いたぞ」
「ほう。幼なじみ。そうですか……」
ルーシーは「あの」と言うと、
「突然ですけどユートくん、男女間での友情って成立すると思います?」
本当に突然にルーシー。
「ありえるんじゃないか。現に俺とルーシーとは成立してるし」
「……ま、そうですね。そうでしたね」
そうだろう。何をルーシーは言っているのだろうか。
「しかしねユートくん。普通、男女が長く一緒にいれば、恋の一つも芽生えるものなのですよ。現にあなたとフィオナさんがそうではありませんか」
言われるとまあそうだなと思う。
俺とフィオナもそうだし、勇者パーティの料理人と森呪術師もそうだった。
「何が言いたいんだ?」
「……いえ。まあ、別になんでもありません。忘れてください」
それだけ言うと、ルーシーがふぅとため息をつく。
「弱みを握ったと思ったんですが、故人では利用できないですね」
「なんか妙なこと考えてないだろうな」
「考えてますよ」
あっけらかんとルーシー。
「できればあの女の弱みを握って、それを元におど……交渉できないかと思いまして」
今脅すって言おうとしたぞこの子……。
「あの人に弱みとかないと思うぞ?」
「いえ、そんなことありませんよ。人間、弱点の1つや2つ、隠し事の3つや4つくらいありますよ」
「そんなに隠しごとってあるか?」
「たとえばあなたが一周目の人間であるみたいに」
……確かに。
人に隠してることって意外とあるもんだな。
「というわけですユートくん。作戦が決まりました」
にやっとルーシーが笑う。
「弱みを握りいきましょう」
☆
翌日の午前中。
俺とルーシーは、透明外套(被ると見えなくなる魔法道具)をかぶっていた。
「……なあルーシー。やめないか?」
「なにをおっしゃる。敵情視察は商人の基本です。敵を知れば対策がとれるというものです」
「いやだから敵じゃ……」「しっ! あの女が家から出てきますよ」
俺たちは村長の家からちょっと離れた場所にいる。
キリコが家から出て、村の大通りを歩く。
「こんにちはキリコさん!」「そんちょーこんにちはー!」
地面に絵を描いて遊んでいた子供たちが、キリコを見て、あいさつをする。
「おはようふたりとも」
ほほえんでキリコがその場にしゃがみ込む。
「何を書いてるのかしら?」
「いぬー」「ねこー」
「そう、ふたりともとっても上手ね」
微笑をたたえて、キリコが子供たちの頭をなでる。
その後立ち上がって道路を歩く。
「おはようございます村長!」「今日もおきれいで!」
と若者たちがキリコに弾んだ声で挨拶をする。
「おはよう。お疲れ様。今日も精が出るわね」
労をねぎらうキリコ。
「あの女、村人には優しいみたいですね」
「まあ村長だしな」
村人に挨拶をしていくキリコ。
と、そのときだった。
前方から、冒険者の一団が、キリコに向かって歩いてくる。
「あー! めっちゃ疲れたぁ!」
「リーダーおれもう腹ぺこだよ!」
大きな声で大通りを歩く冒険者の集団。
村人たちはうるさそうに顔をゆがめる。
気にせず冒険者たちは、大声で通りのど真ん中を歩いて行く。
道で絵を描いていた子供たちが、怖がってどこかへ行ってしまった。
「おっ、そこのきれいな姉ちゃん!」
冒険者の一人が、キリコに話しかけてくる。
「……何かしら?」
露骨に顔をしかめるキリコ。
「【はなまる亭】って宿屋にいきてーんだけど、案内してくれない?」
肩に手を回そうとする冒険者。
すると……。
パシッ、とキリコがその手を払いのける。
「気安く触れないでちょうだい」
ゴミを見るような目で、キリコが冒険者を見やる。
「な、なんだよマジギレすんなよ……。ちょっと肩を触ろうとしただけじゃんか」
「なぜ知人でも友人でもない相手の肩を触れていいと思ったのかしら。あなたの常識を疑うわ」
「てめっ……! 調子に乗りやがって!」
冒険者が殴りかかろうとする。
キリコは動じず右手を差し出す。
水の魔法が素早く発動する。
ひゅ……! と水の刃が、冒険者の首元に添えられる。
「ひぃっ……!!」
恐怖でびびる冒険者。
「女性に殴りかかろうとするなんて最低ね。男のすることではないわ」
キリコが右手を下げると、刃はただの水に戻って地面をぬらす。
「この村で騒ぎを起こさないでちょうだい。村人たちは静かに暮らしているの。それができないなら出て行きなさい。でなければ……」
右手を差し出して魔法を発動させようとする。
「い、行こうぜおまえら!」
リーダーらしき男の言葉に、メンバーたちがうなづく。
「なんだよ……」「こっちは宿を利用したかっただけなのに」「あやうく殺されかけたよ。もう二度と来るかよこんな村!」
そう言って客(予定)が、村を出て行く。
「……ああ、客が逃げていく。あの女めっ」
「いや、でもさっきのは冒険者の態度が悪かった気がしないか?」
俺たちが話し合うのをよそに、村人たちが「村長!」と笑顔で駆け寄ってくる。
「ありがとうございます!」「おねーたんありがとー」
村人たちが口々に、キリコに感謝の言葉を述べる。
「気にしないで。ああいう輩を追い返すのは村長の仕事よ」
村人はキリコに頭を下げて、その場を後にする。
「……自警団みたいな役割もしてるみたいですね」
この村には国から派遣された騎士なんて上等なものは来ない。
この村の争いごとは、村人の長であるキリコがおさめている。
村人間のトラブルはもちろん、外とのトラブルを解決するのも村長の仕事だ。
俺とルーシーはキリコの後をつける。
村に普通に入ってきたよそ者が、キリコに普通に話しかける。
「あのすみません。少しおたずねしたいのですが、はなまる亭という宿を知りませんか?」
宿の場所を聞いてるので冒険者だろう。
しかしキリコは、
「知らないわ。そんな場所」
「いやでも……」
「うちの村にそんなものはありません。お引き取り願います」
といって冷たく返した。
「……あの女っ、さっきの冒険者たちならいざ知らず、普通に聞いてきてる客に対してもっ!」
「大声出すなよばれるって」
俺はルーシーの口元を押さえる。ふがふがとルーシーは憤りをあらわにしていた。
「いい人かと一瞬ちょっぴり思いましたが、さっきの光景を見て確信しました。あの女、村にやってくる人をわざと追い返してます」
確かにさっきからやってくる新規の客(予定)に対して、キリコは冷たく当たっていた。
これでは客足が遠のくも頷けた。
「これはもう本格的にあの女を消せば問題解決です。ゆけ、ワタシのポケモン」
物陰からピッ、とルーシーがキリコを指さして言う。
「ぽけもんってなんだよ? キリコを消せって言うなら俺はその言葉には従わないぞ」
「むぅ……。父親の友人だからですか?」
「そうだ」と俺は頷く。
いくら宿の経営の邪魔をしてくるからといって、相手は顔見知り、しかも父さんの幼なじみだ。
しかも魔王やソフィのクズ親とちがって別に誰かに害をなしているわけではない。
まあ、俺たちは不利益を被っているわけだが。
それはさておき。
その後もキリコは村を見て回り、警備につとめた。
村人にちょっかいを出そうとするよそ者を追い出したり、新しくやってきた善良な冒険者を追い出したり。
とにかく村に来た人間を、村の外へと、追い出していた。
「あそこまで熱心に人を追い出す動機は何なのでしょうね」
ふむ、とルーシーが考え込む。そこにはさっきまでの憤りはなりを潜めて、純粋に疑問を感じてるようだった。
「村の平和を保つためじゃないか?」
「じゃあなんで村の平和を保とうとしてるのです?」
「それは……村長だから?」
「どうでしょう。それにしては少々やり過ぎな感ありません?」
「否定は、できないな」
キリコの態度はちょっと過剰に排他的すぎた。別に騒ぎを起こしてない人間まで追い出す必要はない……と思う。
この村の住人がよそ者を受け付けない気質ではあるが、それにしたってキリコの態度は異常だ。
動機。
よそ者を追い出そうとする、動機。
宿に人を寄せ付けないようにする、理由か……。
と考え込んでいたそのときだった。
「あの女どこかへ行くようですよ。ついて行きましょう」
ルーシーがキリコを指さす。
キリコは村の外へと出て行くようだ。門番をしていた若者に挨拶をして、どこかへ向かう。
俺たちは足音を殺しながら、マントを被ったまま、村の外へ出る。
「ダンジョンのある方へ向かってます。ソロで潜るのでしょうか?」
「いや……こっちの方角は……」
キリコはダンジョンを通過し、そのまま奥へ、墓が広がる湖へと向かう。
何もないだだっぴろい草原に、墓石がぽつぽつとたっている。
キリコは湖から離れた場所にある墓石、父さんの墓へと向かう。
「あそこは?」「俺の親父の墓だよ」「ふーむ……」
キリコは墓の前に座る。
両手を合わせて目を閉じる。
普通に墓参りに来たのかと思った、そのときだった。
「…………ひっく」
小さく、キリコが嗚咽をもらしだしたのだ。
「……イサミさん。どうして、どうして……死んじゃったの?」
キリコが墓に語りかける。その声はぬれていていた。
「私、さみしいよ……」
ぐすぐす……と涙声で、キリコがつぶやく。
「……あなたがいない生活、もう私は耐えきれない。胸が張り裂けそうよ。イサミさん……」
ぎゅっ、とキリコが胸を押さえて言う。
「……あなたが死ななければ、あなたが私に振り向いてくれれば、こんなつらい思いをせずにすんだのに」
その後ぐすぐす……と涙を流した後、立ち上がってその場を後にする。
「……あの女のせいだ。あの女のせいでイサミさんは死んだ。私はあの女を許さない。絶対に……」
去り際、意味のわからないことを、キリコはぶつぶつとつぶやいていた。
やがてキリコが見えなくなり、あとには俺とルーシーが残された。
マントを脱いでルーシーが言う。
「やはりでしたか……」
「やはり? 何が?」
ルーシーが複雑そうな顔で俺を見やる。
「どうした?」
「……いえ。しかしこれは、想像以上に厄介な状況のようです」
それだけつぶやくと、ルーシーは大きくため息をつく。
「……これは骨が折れますよ。何せ根が深い、深すぎます」
「だからどういうことなんだよ?」
ルーシーは沈思黙考した後、俺に言った。
「あの女はユートくん、あなたのお父さんのことが好きだったんですよ」
お疲れ様です。
村長さんの事情を知った主人公。この根が深い問題をルーシーと協力してなんとかしていきます。
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ではまた。




