24.勇者、新商品を提供する
ルーシーとともに冷蔵庫とクーラーを作った翌日。
その日の夕方。
俺は母さんとともに、食堂のテーブルを拭いていた。もうそろそろ夕食時で、外出していた冒険者たちが帰ってくるだろう。
「ななさーん! ただいまー!」
そう言って、一組の冒険者パーティが、はなまる亭へ帰ってくる。
男四人組の冒険者たち、名前を【若き暴牛】という。
若き暴牛のメンバーたちは、受付にいる母さんを見かけると、全員が元気よく声をかける。
「いやー疲れたぁ」「つーか暑いなぁ今日も」「ナナさん、俺と一緒に風呂で汗を流しませんか?」
最後のナンパした野郎は残りのメンバーにボコられる
よく見ると暴牛のメンバーたちは汗びっしょりだった。今日も朝から気温は高かったからな。
加えて冒険者たちの仕事は、基本的に地下での肉体労働だ。
そりゃ暑くて汗もかくというもの。
「皆さんおかえりなさい~。暑かったでしょ~? お風呂入ってきたら~?」
「「「はーい!」」」
母さんの言葉に素直にうなづく、暴牛のメンバーたち。子供か……。
「ちょうどいいですね、ユートくん」
すると奥の部屋から、ルーシーがやってきた。
「これは都合がいいです。営業のチャンスですよ」
「だな。新商品をアピールする機会だ。言ってくるよ」
「ええ、お願いします。ワタシがいってはセクハラで訴えられますからね」
いやルーシーって体型が子供だから、男湯に行っても「何か失礼なこと思ってませんか?」「思ってませんよ」
にこーっと笑っているルーシー。だが目が、目が笑ってないっす……。
「あれは脱衣所の冷蔵庫の中に入ってます。暴牛のメンバーが出てきたタイミングでどうですかと渡すのがベストでしょう」
「了解だ。行ってくる」
俺は新商品を紹介するため、その場を後にして、男湯へと向かった。
宿屋は本館と別館に分かれている。
裏庭にある別館からのびた廊下の先に、大きな風呂がある。男湯へ行くと、入ってすぐは脱衣所になっている。
脱衣所の片隅には、子供の身長より大きな鉄の箱が置いてある。
これは先日ルーシーが作った冷蔵庫だ。
俺はドアを開けて、【それ】が入っていることを確認する。
瓶詰めになった【それ】は、冷蔵庫の中に整然と並んでいる。手にとって冷たいかどうかを確認。
きちんと瓶は冷えていた。中身もしっかり冷えてることだろう。
俺は冷蔵庫のドアを閉める。
準備万端。あとは暴牛のメンバーが出てくるのを待つだけだ。
「しかし入ったばかりだろうし、出てくるまでにはもうちょい時間が……」
かかるだろう、そう思っていたそのときだ。
「はー!」「いいお湯だったー!」「めっっちゃさっぱりしたー!」「ナナさんと入りたかったなぁ……」
暴牛のメンバーが、風呂場から出てきたのだ。脱衣所に入って、最後のやつがほかのメンバーにボコられていた。
「お、どうしたナナさんんとこの坊主」
暴牛のリーダーが、俺に気づいて話しかけてくる。
暴牛たちの認識では、俺は宿主の息子という認識でしかないらしい。
「いえ、母さんから皆さんに、贈り物があるから配ってこいって」
すると「「「なにー!?!?!?」」」
暴牛のメンバーたちは、目をくわっと見開いて、俺に食いついてくる。
「ぷ、プレゼントだと!?」「ついにおれの愛を受け入れてくれたか!」「ばかやろう! ナナさんは俺にプレゼントくれるんだよ!」「ナナミは俺のもんだよ!」
最後のやつが全員にボコられた後、
「そ、それでプレゼントってなんだ坊主?」
「あ、いえ。プレゼントというか、新商品ができたのでそれのお試しを配ってこいって」
露骨にがっかりと肩を落とすメンバーたち。
「そっか……。しかし新商品か。楽しみだ。坊主、頼めるか?」
「了解です」
俺は冷蔵庫を開けて、瓶入りのそれを1つ取り出して、リーダーの前に差し出す。
「なんだぁこりゃ?」
「牛の乳です」
「ミルクか。しかし変わった入れ物に入っているんだな」
リーダーが俺の持つ瓶をしげしげと見やる。
手のひらサイズの瓶だ。口の部分だけがきゅっとくびれている。飲み口のところには厚紙で作ったふたがされていた。
これはルーシーの世界では一般的な、ミルク瓶の形らしい。
「しかしミルクかぁ」「嫌いじゃないけどぬるいミルクって飲めたもんじゃないよな」「ナナさんのミルクなら喜んで飲むんだけどなぁ」
最後のやつが以下略。
「まあとりあえず1本飲んでみてください」
そう言って俺は、リーダーに瓶を手渡す。
「ミルクは好きだがぬるいミルクは腹下すからなぁ……」
と難色を示していたリーダー。
彼が瓶を手にした瞬間……。
「……! お、おい坊主! なんだこりゃ!」
大きく目が見開かれる。
「冷てえ……瓶が、冷てえじゃないか!」
リーダーの持つ瓶の表面は、結露ができていた。冷蔵されたものを室温に置いたらそうなるだろう。
「よく冷えてますよ」
「冷えてるって……この時期の飲み物は、みんなヌルいはずじゃ?」
「いえまあ。とにかく一口飲んでください」
言って、俺は営業が下手だなと思った。やっぱルーシーがいないとだめだ。けど彼女は女の子だしな。
「まあ、ナナさんが俺たちにって出してくれたもんだからな。ありがたくいただこう」
結局母さんの存在が、彼らから未知のものを飲むことへの抵抗を、打ち消してくれた。
ありがとう母さん。……なんか死んだみたいになってるな。こっちでは生きてるけど。
「んじゃあ……いただきます」
ルーシーは蓋したままのそれを、飲もうとする。
「? おい坊主。飲めないぞ」
「蓋をこう、指で押してください」
こうか、と親指で厚紙の蓋を破る。
そしてリーダは瓶を口につけて、中身をおそるおそる一口。
「!!!」
驚愕に目を見開くリーダ-。
「ど、どうだ?」「うまいのか?」「ばかやろう、ナナさんが出してくれたものならなんでもうめーだろうがよ」「「そりゃそうだ」」
メンバーたちが見守る中、リーダーはというと、
「…………」
何も言わずに、ごくごくごく! と勢いよくミルクを飲み干す。反応を見ればわかる。言わなくても次の一言が予想できる。
俺は冷蔵庫の前へ移動し、新しいものを1本取り出す。
「おかわりだッッッ!」
「おかわりからは1本1ゴールドになります」「買った!!」
からになった瓶を、ルーシーからの言いつけ通り回収し、冷蔵庫の横に置いてあったかごに入れる。
洗って再利用するのだそうだ。だから瓶に入ってるのか。うまいことかんがえるな。
「り、リーダーうまかったのか?」「そんなにうまかったのかっ?」「ナナさんのミルクうまかったのか!?」
全員が以下略。
「ああ! うめえ! 冷たくって最高だ! おまえらも飲んでみろ!」
そう言うと思って、俺はミルク瓶を取り出して、メンバーたちに手渡す。
リーダーは3本目をおかわりしていた。
飲み終わったメンバーたちが、
「う、うめー!」「なんだこりゃ、くそうまいぞ!」「ほてった体に冷たいミルクがしみる-!!!」
子供みたいにはしゃいでいた。
次々に1ゴールドずつ払って、新しい瓶を受け取っていく。
そのときだった。
「お、暴牛さん。何騒いでるんだよ」
風呂に入っていた、ほかの冒険者たちが、脱衣所に戻ってきた。
「おまえらすげーぞ! ナナさんのところの新商品!」
暴牛のリーダーが、さっそく口コミでミルクを広めてくれる。あとはもう俺は営業しなくていいだろう。
「どうぞ」
俺はお試し品をほかの冒険者たちも配る。冷たいミルクを飲んだ彼らは、「なんだこりゃ!!?!?」と全員がびっくり仰天していた。
「こ、この冷たくて最高にうめえ飲み物が、1本1ゴールドだと!?」
「安い! 安すぎる!」
「王都の宿じゃあ、冷たい飲み物はもっとするぞ!」
値段は別に高くする必要はない。なにせ元では0だ。ダンジョンで牛モンスターを
倒してミルクをゲット。
あとは瓶に小分けして冷やして出してるだけだからな。いくらでも安くできる。
「ぼ、坊主! もういっぽん!」
「ばかやろう! おれが先だ!」
次々におかわりを求めてくる冒険者たち。風呂から上がった新しい客が、先に出てミルクをうまそうに飲んでいる姿を見て、俺も俺もと押し寄せてくる。
冷やしたミルクは飛ぶように売れたのだった。
☆
ある程度ミルクを売ったら、俺はその場を後にして、食堂へと戻った。
ちなみに冷蔵庫には変形鍵が設置してあって、鍵がないと蓋が開けられない使用になっている。
俺がいないと売れないので、ゴーレムに売り子ができるよう、魔法で調整するとしよう。
俺は食堂へ行くと、中は戦場のような忙しさだった。
テーブルは冒険者の面々たちがほぼ全部を占拠している。
あちこちで談笑や怒声が聞こえてくる。怒声の発生元は、大半は母さんをナンパしようとして周りから制裁を食らっているところだったので、無視した。
ホールには母さんと俺、そしてもう一人が、テーブルの間を行ったり来たりしている。
「おーい! エルフの姉ちゃん! こっちのテーブルに飯が来てないぞー!」
「ふぁーい! ただいまぁ……!」
ばるんばるん、とデカい乳をはずませながら、彼女が手に持った料理を運んでいく。
「おまたせしましたぁ……! って、ああっ!」
がしっ、と彼女は自分の足に足を引っかけて、「あうんっ!」とうつぶせに倒れる。
手に持っていた料理が床にばらまかれて、ガシャン! と皿が割れる。
「あうぅ……。また転んじゃいましたぁ……。ふえええ…………」
すんすん、と涙を流す彼女は……エルフ。
長い耳と金髪が特徴的な、うちの従業員、エルフの【えるる】だ。
彼女は元々は一周目の世界で、勇者のパーティにいた弓使いだった。
俺が仲間たちを二周目世界に召喚したとき、一緒についてきて、そのままこの世界に居着いたのである。
さて料理を落としてしまったえるる。
客の料理をこぼしてしまったのだ。さぞ怒られるだろう……と思われたそのときだった。
「えるるちゃんは、かわいいなぁ~」
でれでれ、と表情を崩した男冒険者が、落ちた料理の片付けを手伝い、割れた食器を回収していく。
「ドジっ子ウエイトレスって、いいな」「ああ、最高だ」「ばかやろう、ナナさんが最高だろうが」「いやいやえるるちゃんもなかなかだろ」
どうやら男冒険者は、そこまで怒ってないようだった。
「あうぅ……もうしわけございません……」
えるるが申し訳なさそうに、何度も頭を下げる。
ばるんばるんばるん! とその都度躍動する爆乳。
「気にすんなよぉえるるちゃん」「そうだぜぇ。誰にだって失敗はあるんだぜ」「だが落としたことについては謝るべきだ。もっともっと謝るべきだ」
「はい! すみませんすぅみませぇんっ!」
何度も頭を下げるえるる。そのたび揺れる乳。でれでれする冒険者たち。
見かねた俺はモップを持ってきて後片付けをする。
「お客さんたち、母さんがこっち見てますよ」
とえるるに助け船を出す。
「な、ナナさーん! じょ、じょーだんですって!」「そうだぜ! おりゃあナナさんが一番だって思ってっから!」「やっぱナナさんのおっぱいが最強だぜ! な、みんな!」「「「それな!」」」
良かったバカばっかりだ。
いや客にバカって言うのはいかんだろうとは思うが……。
掃除を終えると、えるるが泣き顔で俺に近づいてくる。
「ふぇええん、ユ゛ー゛ト゛さ゛ぁ゛ん゛」
だきーっと抱きついて、そのデカイ乳房が俺の頬に当たる。
「たすかりましたぁ……! 本当にありがとうございますぅ……!」
「い、いいから。えるる。離してくれ。フィオナが。フィオナが見てるから」
調理場からフィオナが、俺をギンっ! とにらんでくる。誤解だってと目で訴えると、溜飲を下げてくれた。
「ぐす……ごめんなさぁい。ユートさん」
すんすん、と鼻を鳴らすえるる。
「何謝ってんだ?」
「ぐす……だぁって。せっかくこんなみそっかすのわたしをやとってくれたのに、いっつも迷惑ばっかでぇ……ふええええん」
泣き出すえるる。なんだそんなことか……。
「気にすんな」
ぽん、と俺はえるるの頭に手を乗せる。
「まだ働き出して一ヶ月もしてないだろ。
できなくて当然だ」
「うう……でもぉ……」
俺はよしよしとえるるの頭をなでて言う。
「最初はみんなそんなもんだって。いっぱい失敗すればいい。そうすれば後々になっておまえもいえるようになるから」
「言える……? なにを……?」
「【最初はみんなそんなもんだ】ってさ」
この子があまり器用にいろんなことができるタイプでないことは、わかっている。なにせ同じパーティで長く一緒にいたからな。
そういうタイプだと予めわかっているのだ。彼女が失敗しても、別に怒る気も失望する気もない。
「ふぇえ……ゆーとさぁん……」
顔をぐしゅぐしゅにして、えんえんと泣き出すえるる。
「ほらいけ。ホールが回らなくなる。お客さんをあまり待たせるな」
「はいー! わかりましたー!」
機嫌を直したえるるが、立ち上がると、調理場へ走って行く。料理を持って、テーブルへと向かう。
転ばないように、今度は慎重に歩いていた。
「お、おまたせしましたぁ!」
よいしょ、とえるるがテーブルに料理を出す。
「おお、今回は落とさなかったな、嬢ちゃん!」「よくできました!」「よくできました!」
わー! と冒険者たちが拍手を送る。えるるは「ありがとー! みんなありがとぉー!」と泣いて喜んでいた。
……さて。
俺は調理場へ向かう。
新しい皿を持ってその場をそそくさと離れようとする。
「ユート」
ゾッとするほど冷たい声が、背後から聞こえてくる。
「そうか……ユート。貴様はえるるの方がいいんだな」
「フィオナ……」
包丁を持った赤髪の元女騎士、フィオナが、ぎりぎりと下唇をかんでいた。
「エルフの方がいいんだな」「違うってフィオナ。さっきのは不可抗力だろ」「エルフの胸の方がいいもんな」「話聞けよ……」
フィオナがその場にしゃがみ込んでしまう。
調理場へ入ると、そこでフィオナは、いじいじ……といじけていた。
「どうせ私はかわいげがない。えるるやソフィのように貴様に抱きついて喜ばせることもできない。胸だって……くっ……!」
うちの料理長にこれ以上へこんでもらっては困るので、俺はフィオナの元へ行く。
そして額に軽くキスをする。
「フィオナ。俺はおまえが」「ユート何をぐずぐずしている料理を運べ」「復活早いな……」
まあ機嫌を直してくれたようで良かった。さっきのえるるの件は、あとでケアしておこう。
「おーい! 坊主! 冷たいジュースをくれー!」
テーブルからそんなオーダーが入る。
フィオナが冷蔵庫から瓶入りのジュースを取り出して、俺に手渡してくる。
俺はそれを持ってテーブルへ行く。
「お待たせしました」
俺はルーシーの助言で作った【栓抜き】を使って、瓶入りのジュースのふたをシュポッと抜く。
これもミルクを作るときに一緒に作った。
世界樹の実から柑橘系の果実を作り、それを水と一緒に入れて、創造の絨毯にてジュースを作る。
それを瓶に入れて冷蔵庫で冷やしていたのだ。
「どうぞ」
コップになみなみ注がれたジュースを、冒険者の男がうまそうに飲み干す。
「うまい!」「リーダー俺にも!」
瓶入りのジュースを、パーティメンバーで分け合って飲む。するとすぐに瓶が空になって、「坊主! もう一本!」と追加オーダーが入るのだ。
この時期、ジュースの在庫はミルクと一緒で、ものすごい勢いで溶けていく。
なにせ今は暑いからな。塩気のある食事を求めるし、そうするとのどの渇きをうるおそうとジュースが売れる。
1本あたりの値段は、あえて低く設定されている。その安さに惹かれて、冒険者たちは気軽にジュースを飲んでいく。
夏という季節が、ジュースの売り上げを爆発的に伸ばしていた。
夏のおかげで、新商品は面白いように売れる。ディアブロくんのおかげで客足も増えている。
驚くほどに順調だった。この順調な感じがずっと続けば、Dランク昇級も夢じゃないだろう。
そうすれば母さんをもっと楽させてあげられる。
俺は強く祈った。このままの順調さが、ずっと続けと。
お疲れ様です。次回から本格的に村問題について触れてく感じになります。
土日もなんとか頑張って更新できました。皆様のおかげです。
よろしければ明日以降も頑張れるよう、下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです。
ではまた。




