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23.勇者、クーラーと冷蔵庫を開発する



 冒険者パーティ、黄昏の竜と協力して、大量の魔導鉄オリハルコンを獲得した、その日の夕方。


 俺はパーティのメンバーたちと分かれて、村へと帰ってきた。


 黄昏の竜たちは、それぞれが住処を持っている。冒険へいくときに、メンバーは集まるのだそうだ。


 俺は大人ディアブロの姿から子供の姿へと戻り、村の入り口へ入る。


 日が暮れている。まだまだ夜には遠いが、大通りはシン……っと静まっていた。


 村人は日が暮れるとさっさと自分の家に戻る。なぜなら外に出る用事がないからだ。


 酒場や食堂があれば、一日の終わりに酒をのみへ言ったり、外食したりするだろう。


 しかしこの村には、客相手に商売する施設が、うちを除いて何もないのだ。


 村の近くには、初級~中級者向けのダンジョンがある。そこへ行くためにうちの宿を利用してる客は多い。


 だが利用客は、全員が村の外の人間だ。村人は誰一人として、宿にある食堂を利用しない。


 ……よって夜の村の中は、活気が失せて静まりかえっているのだ。


 俺は我が家である宿【はなまる亭】へと帰ってきた。


 出入り口のドアを開けようとした、そのときだった。


【ですから! このアイテムショップはあくまで宿のサービスの一環です! 店を出してるわけじゃないじゃないですか!】


 ルーシーが甲高い声でそういった。


【笑止。あなたの主張は明らかに屁理屈。それにサービスの一環というのなら、売り上げは全てはなまる亭の主人の懐へいくのでしょうね】


【そ、それは……】


【あなたが商品を仕入れて、ここで売った商品の利益がはなまる亭へ流れるのなら……それはサービスの一環でしょう。しかし結局あなたが仕入れて利益はあなたのもの。店を出店してるのと何が違うのかしら?】


【ぐ、ぐぐぐ……】


 中からルーシーと、もう一人別の女性の声がする。俺はその声に聞き覚えがあった。

 俺はガチャリとドアを開ける。


 そこには……。


 長い黒髪の、美しい女性がたっていた。


 年は二〇代前半だろう。


 腰のあたりまで伸びた、つややかな黒髪。肌の色は恐ろしく白く、処女雪のようにしみひとつなかった。


 手足はすらりと長く、体つきもスレンダーだ。ただ尻だけはぷりっと突き出ていて、腰は驚くほどくびれている。


 そして特徴的なのは……その威圧的な目だ。


 黒曜石のような黒く輝く、大きな瞳。ギンっ、と相手を射殺すばかりに、眼前をにらみつけている。


 常に眉間にしわが寄っていて、顔の作りが美しい分、迫力があった。


「ともかく、商人さん。あなたのやっていることは違法行為よ。そうそうに撤去しなさい。でなければ商業ギルドに報告するわ。それはあなたにとっては本意ではないのでは?」


「ぐ………………わかりましたよ」


「そう。じゃあ一週間以内にアイテムを全て撤去なさい。来週もう一度ここへ来てきちんと撤去されてない場合は、こちらも強硬手段に出るからあしからずに」


 そう言うと、黒髪の女性はくるり、ときびすを返す。


 一瞬、彼女と俺とで目が合う。


「こんばんは、ユート君」


 彼女は俺に挨拶をしてくる。


「こんばんは、キリコさん」


 俺はその女性、キリコに挨拶をする。


 キリコは俺に近づいて、「……また今度」というと、その場を後にしたのだった。

「…………」


 キリコが出て行ったあと、俺と、そしてルーシーだけが残される。


 フロントに座っているルーシー。どうやら店番を母さんの代わりにやっているみたいだ。


 俺はフロントへ近づく。


「あー……」


 俺が言葉に迷っていると、ルーシーが、


「ふぅうううう~~~~…………………………………………」


 とルーシーが大きく、重く、ため息をついた。


「お疲れさんルーシー。今のって……」


「ええ、ついにあの女に、こっそりとアイテムショップを開いてることがばれてしまいました」


 はぁ、とルーシーがため息をつく。


「これでショップでの売り上げは0。美味しい商売が……チクショウ」


 ルーシーは俺たちに場所代を払って、ここで簡単なショップを開いていた。品揃えアイテムは自前のものだ。


「チクショウ誰です告げ口したやつは。消し飛ばしてやりますよ。うちの元勇者が」


「俺ひとごろしはしたくないぞ」


「わかってますよ。冗談ですって」


 その割に目が笑ってないんだけどなぁ……。


「あの女は正論で痛いところを突いてくるのがホントむかつきます。もう少し相手の気持ちを汲んで相手と接すればいいのに。まったくもう。そう思いません?」


「え、あ、ああ……そう、だな」


 ちらりと同族嫌悪、という言葉が脳裏をよぎったが、黙っておこう。


 この子も結構相手の気持ちをかんがえず、ずけずけと言うタイプだからな。キリコと同じで。


「まああの女の言い分は確かに正しいですし、商業ギルドに報告をされると非常に面倒です」


「そうなのか?」


「ええ。店を構えて商売をするときは、その土地の代表者の許認可が必要となります。書状にてギルドに提出し、ギルド側からの承認が下りて初めて、店を出すことができるんです」


「なるほど……。ルーシーは書類を提出してないで店を構えてたんだな」


「そうです。だからギルドにそのことを報告されればやばいわけです。ギルドから除名されることもありえます」


「結構シビアなんだな」


「そりゃまあ許可なく店をほいほいと出せるなら、悪人が薬とか人身売買とか黒い商売をし放題になりますからね。きっちりと取り締まらないと」


 チクショウ……と何度目になるかわからない悪態をルーシーがつく。


「あの女。いつか泣かす」「やめてね」「……ユートくん」


 ルーシーがジトっと俺を見て言う。


「あの女の肩を持つのですね」


 あの女とはキリコのことだ。


「そりゃ……まあ。知り合いだし。つきあいも長いしな」


「そうなのですか?」


「ああ。この世界では一〇年くらいだな」


 一〇年前。つまり俺がこの村で生まれたときには、すでにキリコとうちとの間には、つきあいがあったのだ。


 うちと……というよりは、俺の父さんとだけど。


「ゆ、ユートくんはあの女の味方なのですかっ?」


 普段大人の余裕を崩さないルーシーが、なんだか焦っていた。


「仲間であるワタシより、あの女の方が良いと?」


 じわ……とルーシーが涙目になったので「違う違う! 別に俺はキリコの味方でも仲間でもない。おまえは俺の最高の相棒だよ」


 するとルーシーは顔を赤らめて「きょ、恐縮です……!」


 とうれしそうに笑った。


 大人なルーシーだが、仲間という単語には実はかなり弱い。


 それは彼女は昔から仲間というものを作れずにいたことが原因らしい。


 そのせいでずっと一人で過ごしていたので……仲間というものにすごく特別な意識を持っているのだ。


 それはさておき。


「しかしまあ、店のことは今はいいです。今は目先の、サービスの拡充に注力しましょう」


 ややあって冷静さを取り戻したルーシーが、うんうんとうなづく。


「ユートくん。ワタシはあなたの腕を信用してます。ですから聞く必要はないと承知してますが、いちおう報告をお願いします」


 報告とはつまり、今日の冒険の成果だろう。


「ああ。鉄鉱石が500。魔導鉄が1000」


「素晴らしい。さすがユートくん。ワタシの最高の相棒です。相棒……仲間! すてきな響きですね」


 ふんふんと鼻歌を歌うルーシー。


「それでは作業へ移りましょうか」


「そうだな」と言って、俺は彼女の後ろをついて行き、裏庭の作業小屋へと向かったのだった。



    ☆



 木造の一階建ての小さな小屋。


 夜だからと言うこともあり、日中の暑さはなりを潜めている。


 だが、むわっ……とむせかえるような湿気が小屋の中に留まっていた。


「暑いですね……。さっさと作ってしまいましょう」


 俺は魔導鉄と鉄鉱石を、アイテムボックスの中からどさどさと出して山を作る。


 眼前には鉄の山と、そして七色に光るふしぎな鉱物の山ができる。


「なあルーシー。魔導鉄オリハルコンってどういうものなんだ?」


 俺は二〇年間、勇者をやっていた。魔王退治に関すること以外の知識には、疎いのである。


 ルーシーは「そうですね、説明しておきましょう」と魔導鉄を一つ持って俺の前に立つ。


 この人は無知を絶対に笑わない。馬鹿にしない。むしろ丁寧にしっかりと教えてくれるので、そういうところが俺は好きだ。


「簡単に言えば、魔導鉄には、魔法を封じ込めておくことができるんですよ」


「魔法を封じ込める……?」


 ええ、とルーシーが頷く。


「火属性の魔法をこの鉄に打ち込んでみてください」


 俺は手を掲げて、一番弱い威力の火属性魔法を打つ。


 俺は勇者なので、簡単な魔法ならある程度使える。まあ本職の魔術師とかと比べると、使える魔法の数は少ないのだが。


 それでも初級程度の魔法ならば、全属性を使えるのだ。


 俺の手から出た火の玉が、ぽひゅ……っと射出される。


 ルーシーは火の玉の前に、魔導鉄オリハルコンを持ってたつ。す……っと手を伸ばす。


 魔導鉄に火の玉がぶつかると、シュルンっ! と魔法が吸い込まれた。


「このように魔法を封じ込められるのです。任意のタイミングで魔法を打つことができます」


「魔力結晶ってやつとどう違うんだ?」


 ゴーレムを動かす動力として、魔力を封じこめた魔力結晶というアイテムがあった。

「あれは純粋に魔力をためておけるアイテムです。魔力がなくなったら結晶から魔力を引き出すことができる」


 一方、とルーシー。


「魔導鉄は魔法そのものを封じ込めます。魔力を吸い出すことはできず、できるのは封じ込めた魔法を打つのみ」


 なるほど……。


「それで今この魔導鉄は火属性魔法を封じ込めてるわけですが。ちょっと持ってみてください」


 ひょいっ、とルーシーが俺に魔導鉄を投げてよこす。


 もってみると……ほのかに熱を帯びていた。


「魔導鉄には副作用とでも言いますか、魔法を込めるとそうやって少し魔法を帯びることがあるんです」


「魔法を帯びるって具体的には?」


「火属性を封じ込めたなら、熱を帯びます。雷属性を閉じ込めたらピリッと電気が。なら氷属性の魔法を封じ込めたら?」


 ルーシーが俺に尋ねる。先生が生徒に問うてくるみたいな感があった。


「冷気を帯びる」


「正解です。さすがユートくん。自慢の生徒です。賢いですね」


 よしよし、とルーシーが俺を子供扱いしてくる。


「よしてくれよ。俺いま三〇だぜ?」


「見た目が一〇歳なので問題ありませんよ」


 くすりと笑うルーシー。


「それで話を戻しますと、氷属性魔法を魔導鉄に封じれば、冷気を帯びたままずっと維持します」


 ルーシーは部屋の隅にあった、小型の黒板を手にとって、かつかつかつ、と何か絵を描く。


 黒板は木材とうるし、油、顔料といった素材を混ぜて作った。


 手に白墨を持ってルーシーが言う。


「冷気を帯びた箱を作ります。中は空洞になっていて、この中に食べ物や飲み物を入れておくのです」


「なるほど……そうすれば中は冷たい状態が保たれるから、食い物や水が冷たいままなのか」


「そうです。これが冷蔵庫です。まあ擬似的なものですが」


 つづいて……とルーシーが横に長い箱を作る。


「今度は氷魔法を封じ込めた魔導鉄と、風魔法のもののふたつを用意します」


 さっきと一緒で鉄の箱を作るルーシー。


「箱の中に冷気がたまります。それを風魔法によって冷風としてはき出すのです」


「……そう言われてもよくわからないが、ともかくそれを作れば涼しくなるんだな?」


「ええ。……まあ実際のエアコンの内部構造とはだいぶ異なります。室外機とか作れませんし。ですがまあこれで十全とは言わなくても、それっぽい働きをすることはできます」


 説明は以上らしい。


 ルーシーは想像の絨毯に、ぼとんぼとん、と鉄鉱石と魔導鉄を投げ入れていく。


 絨毯に鉄や鉱物がぶつかると、そのままそこなしの沼のように、ずぶぶ、と沈んでいく。


 その後、ルーシーはしゃがみ込んで絨毯の中に、ずぶ……っと手を入れる。


 あとは作りたいものが脳内に表示されるので、それを選択して、引っ張り出す。


「よっと」


 ずおっ! と絵に描いたような大きめの箱が出てくる。


「絵のやつよりなんか形が洗練されてるな」


 もっと角張ってるのかと思ったのだが。


「鉄を組み合わせて作ったんじゃなくて、魔法で加工してありますからね。外見だけはチキュウにある冷蔵庫です。見た目だけですが」


 次にルーシーは冷房を作った。こっちも外見はチキュウのそれと同じなんだそうだ。

「冷蔵庫はいいですけど、クーラーは封じ込めてる風魔法がなくなったらその都度魔法を込めないといけません」


「意外と面倒だな。ただまあ、ありったけ込めておけば問題ないんだろ」


「そういうことです」


 俺はアイテムボックスから、無限魔力の水晶を取り出す。


 これは魔王ディアブロを倒して手に入れたドロップアイテムだ。これには無限の魔力が込められている。


 俺はこの水晶を使って、ありったけの風魔法、そして氷魔法を、クーラーと冷蔵庫に封じ込める。


「ちゃんと動くかな?」


「実験してみましょう」


 俺は壁に【接着ボンド】という無属性魔法を使って、クーラーを設置する。


【接着】とは、魔法の接着剤を作り、それを塗るとあらゆる場所にものをくっつけることのできる魔法だ。


「リモコンはこれです。といってもオンオフだけで、温度調節はまだできませんが」


 小さな箱を俺に手渡すルーシー。出っ張りの部分をかちっ、と押す。


 すると……。


 ごぉおおおお………。


 と風がクーラーから排出される。


「どうですか?」


「お、おお……! 冷たいぞ」


 絶え間なくごうごうと、冷風が降り注いで来るではないか。むしむしとした部屋に冷たい空気が実に心地よい。


「冷蔵庫も問題ないですね」


 がちゃ……っとルーシーが冷蔵庫のふたを開ける。中に顔をちかづけると、確かに冷たい。


「ここに水を入れておけば、いつでも冷たい水が飲めるな」


「ええ。これでサービスが向上します。ものを冷たく保存するには、地下に穴を掘って倉を作り、そこに氷魔法ででかい氷を作るのが常道です」


 ですが……とルーシーが続ける。


「そんな大がかりなことをしなくても、冷蔵庫があれば食材の保存も冷たさの確保もできます。これはウリになります」


「そうだよ。クーラーとか部屋につければ、みんなもっとうちに来てくれるようになるんじゃんか」


 俺は知らず声が弾んでいた。


 今は夏。暑い夏だ。


 そんなか、このクーラーとやらが聞いた部屋の中にいれば、客は涼しい思いができる。


 こんな魔法のものを、持っている宿なんて世界中を探したって見当たらないだろう。


 希少価値があり、利便性にも富む。これなら満員御礼も夢ではなかった。


「…………」


 高揚する俺とは対照的に、ルーシーは難しい顔をして黙り込んでいる。


「どうしたルーシー?」


「いえ。そう簡単にことが進むでしょうかって思って」


 ふむ……とルーシーが腕を組む。


「客は増えるでしょう。しかし根本的な問題を解決しない限り、客足が大きく改善されることはないでしょうね」


「ああ、そうか……」


 そうだった。忘れていた。この村には問題があったんだった。


「ま、とりあえず部屋にクーラーを設置しましょう」


「増えないかもっていうのに設置するのか?」


「客数を増やすことも重要ですが、お客様に快適に過ごしてもらうことも重要でしょう。それが結果的に客数の上昇につながるのです。……時間はかかりますけどね」


 俺はルーシーの意見に全面的に同意する。その通りだ。


 俺は魔導鉄と鉄鉱石を、次々と放り込んでいくのだった。

お疲れ様です。


今回作ったものに対する客たちのリアクションは次回となります。


日曜日も頑張って書いていきますので、よろしければ下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです。励みになりますし、励みになってます。


ではまた。

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