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21.勇者、夏に向けて動き出す




 仲間たちが元の世界へと帰って行った、1週間後。


 夏も盛りの、朝の出来事である。


「…………」


 目を覚ますと、とたんに、むわり……と熱気を感じた。


 べたついた汗の感覚が実に不快である。


 俺は体を起こそうとして……できないことに気づく。


 誰かが俺の腕を掴んでいるようだ。


「……ユート」


 隣で寝ていたのは、赤髪の女性だ。


 メリハリのあるボディ。長くキレイな髪を、普段はまとめて1本にしている。だが今は髪留めを外して、ロングのストレートだ。


 目つきは猛禽類のように鋭い。瞳も髪の色と同じで、燃えるような赤色をしていた。

「ソフィ。おはよう」


 くわっ……とあくびをしながら俺が言う。すると彼女は俺の腕を引っ張って、むぅと唇をとがらす。


「……ソフィ、ではない」


「ああ、うん。そうだったな。ごめん、フィオナ」


 目の前にいるこの赤髪の女性は、フィオナという。かつてはソフィという名前だったのだが、とある理由で改名したのだ。


 そしてそのとある理由は、俺の逆側ですやすやと眠っている。


「んんぅ……えへぇ……♡ ゆーくんだぁいすきぃ~……♡」


 俺の隣で、5歳くらいの小さな少女が眠っている。フィオナと同じ赤髪で、こちらは短く、肩口で切りそろえられている。


 名前をソフィという。


 そしてこのソフィの20年後の未来からやってきたのが、隣にいるフィオナなのだ。

「ゆーくんしゅきぃ~……♡ しゅきすき~……♡ らいしゅきぃ~……♡」


 ソフィが寝言で好きを連呼する。


「…………」


 フィオナが顔を赤くして「違う」とガンを飛ばしてくる。


「違う」「何が違うんだ?」「違うから」「だから何が」「違うと言ったら違うんだ。いいな?」「あ、はい……」


 その間にもソフィは「ゆーくんあいしてる~」だの「けっこんして~」だの「しょーらいはゆーくんのこどもをうむの~」と寝言なのか起きているのか、わからないことを言う。


 そのたびにフィオナは「違う」「そうじゃないから」「信じるなよ」「……聞かないでくれ」と否定しまくる。


 過去の自分が、目の前にいるって厄介だなと思ったな。


「ソフィ。貴様起きてるだろうそうなんだな?」


「んんぅー……。おきてませーん」


「起きてるだろうが……!!!」


 フィオナが怒りをあらわにして、幼女の胸ぐらを掴もうとする。俺はあわてて彼女を止める。


「フィオナ。相手は子供。冷静にな」


「しかしユート」「フィオナ」「……わかった」


 頭に登りかけていた血が、降りて冷静になるフィオナ。


「命拾いしたなソフィ」


「んえ? なんのこと、フィオナちゃん?」


「何でもない。気にするな」


 ちなみにソフィはフィオナの正体(自分の未来の姿であること)について知らない。

 だから自分ソフィが自分を苦しめている自覚は、ないのである。


「えへーっ♡ ゆーくーん!」


 ソフィは起き上がると、俺に抱きついてくる。


「おはよー♡ きょーもかっこいいっ♡ だいすきっ♡ およめさんにしてっ♡ きゃっ、いっちゃった♡」


「~~~~~~~!!!」


 フィオナが顔を真っ赤にして、「私があれだけ苦労して言ったことをいとも容易く-!」と悶えていた。


「ソフィ。貴様次からユートに好きと1回いうたびほっぺをきゅうってするからな」


「なんでっ! ふぃーはゆーくんだいすきなんだもんっ。すきなひとにすきーっていって、なにがわるいんだい!」


 かーっ、とソフィが歯を剥く。フィオナがきゅーっと幼女のほっぺをつまむ。


「痛いっ! フィオナちゃん痛いよう!」


「あまり強くしたつもりはないが」


 ぱっ……とフィオナが手を離す。ソフィは「ゆーくーん」と俺に抱きつく。


「フィオナちゃんがふぃーをね、いじめるの~。よしよしして~」


「はいはい」


 ソフィの頭をよしよしする。フィオナは「うらやま……んんっ!」と何事かをつぶやいていた。


 そんな風にしていた、そのときだった。


「みんな~。おはよ~」


 がちゃり、とドアが開いて、母さんが入ってきた。


 高い身長。魅惑的なボディ。いつもニコニコと笑っているこの人が、俺の母、ナナミ・ハルマートだ。


「ななちゃーん!」


 ソフィはパァッ!と笑顔になると、起き上がって母さんに向かって走る。


 だっこだっこ、とソフィは母さんの足下で背伸びをしている。母さんは「よいしょー」と持ち上げる。


「えへへっ♡ ナナちゃんのおっぱいは、きょうもふかふかですなっ」


 ぐりぐり、とソフィが母さんの大きな乳房に顔を埋めている。


「ありがと~♡」「えへ~♡」


 きゅーっと母さんがソフィを抱く。


「ソフィちゃん。ママ心配しましたよ。朝起きたらベッドにいないんだもの~」


「あー。それね。ごめんね」

 

 ぺこ、とソフィが頭を下げる。


「ゆーくんにあいたくなったの。だからベッドから降りてここきたの。ごめんね」


「そうだったんだ~。ちゃんとゴメンネ言えて、えらいね~」


「えへ~♡ ふぃーはえらいこなの~」


 とキャアキャアとはしゃぐ母さんとソフィ。


「…………」


 フィオナはその光景を、どこか羨ましそうに見ていた。


 フィオナにとって、ソフィは過去の自分。だが、決定的に2人は違う。


 なぜなら、ここが二周目の世界だからだ。


 二周目というのは、俺が勝手にそう言ってるだけだ。


 俺はかつて、勇者だった。二〇年間勇者として働いて、魔王を倒して実家に帰ってきた。


 二〇年も家を出て母さんにこの宿をひとりまかせていたからな。親孝行しようと帰ってみると、宿は潰れて、母さんは過労死してた。


 俺は悔やんだ。もっと早く母さんのことを助けていれば……と。すると女王からもらった【何でも願いが叶う指輪】が光る。

 

 気づけば俺は、20年前の世界に来ていた。


 そして俺は今度こそ、母さんの手伝いをするのだと、真っ先に邪魔なそんざいである魔王をマッハでぶっ倒した。


 それによって、この世界と、元々居た世界とは、完全に異なる歴史を歩むことになったのだ。


 つまり、魔王が二〇年間生きていた世界、一周目。


 魔王がマッハで倒された世界、二周目。


 このように2つの世界は、枝分かれしてしまったのだ。


 二周目の世界は一周目と異なる点が多々ある。そのひとつに、ソフィの両親が死んでいないことだ。


 一周目のときは、ソフィの両親は、フィオナが5歳の時点で死んだ。だが今は生きている。


 しかしソフィの両親はたいそうなクズ親だった。お荷物だからと自分の娘をこの宿に捨てて、自分たちは逃げていったのである。


 1人残されたソフィは、母さんと、そしてもうひとり、頼れる仲間によって、育てられることになった。


 クズ親と比べるまでもなく、母さんはソフィに優しく接している。抱っこしてくれと言ったら抱っこするし、一緒に寝てくれと言ったら一緒に寝る。何でもソフィのわがままを聞いてやれるのだ。


 そういう姿を、フィオナは羨ましいと思っているのだろう。ソフィの両親は、忙しさにかまけて、フィオナの世話を半ば放棄していたからな。


「フィオナちゃんも、ぎゅーしたいの?」


 ソフィの言葉に、フィオナがハッ……と我に返る。


「べ、別に私は……」


「そうなの~。おいで~」


 母さんがソフィを下ろす。そしてててて、と近づいてきて、フィオナのことをぎゅっと抱きしめる。


「私は、別に……その……」


 フィオナの目が、とろんととろける。気持ち良さそうに目を閉じて、母さんの豊かな胸に身をゆだねている。


 なんだかんだ言って、フィオナも根っこではソフィと同じだ。母さんに甘えたいという気持ちがあるのだろう。


 そうやってしばしよしよし、とフィオナが母さんにあたまを撫でられてるのだった。


    ☆



 数時間後。


 俺が受け付けのテーブルを掃除していると、がちゃり……と出入り口のドアが開く。

「いらっしゃいま……って、ルーシーか。おかえり」


 ドアを開けてやってきたのは、帽子を被った水色髪の少女だ。


 子供と見まがうほど小さく、ほそい。


 それでいて驚くほど美しい。なにせ彼女はエルフ……まあハーフエルフだが。


 ハーフエルフの少女、名前をルーシーという。


「ただいまっ! かえりましたっ!」


 ずんずんずん、とルーシーが俺の方へ、肩をいからせて歩いてくる。


 額にはぴきぴき……と血管が浮かび、そして玉のような脂汗が浮いている。


「あの女……あの分からず屋め。どんだけこちらが丁寧に説明しても、まあああったく聞く耳を持たないときました!」


 ダンダンダン! とルーシーが珍しく怒りをあらわにしている。


 ハッ……! と冷静になると、ルーシーが「すみません。取り乱してしまいました」と頭を下げる。


 彼女が怒っている理由は、わかる。


「また村長のところへ行っていたのか?」


 俺の住んでいる村の、村長のもとへ、ルーシーは会いに行ったのだ。


 ルーシーはこの村で商売を始めようとしていた。だが店を出すためには、この村の代表に話をつけないと行けない。


 ルーシーは交渉へ行ったのだが……結果は芳しくないようだ。


「ええ。まったく聞く耳を持ちませんよ、あの女」


「まあ、気むずかしい人だからな」


 村長の性格は、よくわかっている。なにせ一周目の世界で一〇年、この村に住んできたからな。


「まあ良いです。良くないですが。今はまあ良いです」


 ふぅ……とルーシーが額の汗をぬぐう。


「お疲れさん。なんか飲むか」


「そうですね。お水でもいただきましょうか」


 俺はうなづいて、ルーシーとともに食堂へ向かう。


 食堂は、がらんとしていた。朝食のピークは過ぎているからな。泊まりに来ていた冒険者たちは、みんなダンジョンへと出発して行っている。


 ルーシーがイスに座り、帽子を脱いでぱたぱたと仰ぐ。

  

 俺は水差しからグラスに水をついで、ルーシーの元へ行く。


「どうぞ」


「ありがとう、ユートくん。いただきます」


 グラスを受け取ると、ルーシーはごくごくとそれを飲む。一気に飲み終わった後、「ううーん……」と微妙な顔になった。


「どうした?」


「…………ぬるい」


 グラスをテーブルに置いて、ルーシーが腕を組む。


「実にぬるいですね」


 きゅう、とルーシーが目を細めて言う。


「まあしょうがないだろ。水差しに入れっぱなしだったんだから」


「それはそうです。しかしこれから暑くなってきます。客に出す飲み物も工夫しないと行けませんね」


 ルーシーは凄腕の商人だ。縁あってうちの宿屋のアドバイザーをやってもらっている。


 ルーシーの出すアイディアと手腕によって、うちの経営は徐々にだが、たてなおってきているのだ。


「たとえばグラスに氷を入れるとかどうでしょう。魔法を使えば簡単だと思いますが」


「…………」


「どうしました?」


 いや……と俺は首を振るう。


「そうか、氷魔法を使ってグラスに氷を入れれば……冷たくなるか」


 なるほど……。


「俺、ずっと魔王とその部下と戦ってきてたからさ、魔法って全部攻撃に使ってたんだよ。だからそうやって生活に応用するってこと、考えてもみなかったよ。さすがルーシー」


「ありがとうユートくん」


 微笑むルーシーは、見た目子供だけど、どこか大人っぽかった。


「しかし魔法で氷を作るだけでは不十分です。やはりあれが必要になってくるでしょう」


「あれ?」


「ええ。飲み物や食べ物を冷たく保存しておける、あれですよ」


 そう言われても、俺にはピンとこなかった。ルーシーは一体何を言ってるのだろうか。


「まあついてきてください」


 俺はルーシー先導の元、食堂を出て、裏庭へ向かう。


「この一週間は引っ越し作業やら繁忙期の事後処理やらで忙しくて、あまり宿屋のことに構ってあげられなくてすみませんでした」


 ルーシーが前を歩きながら言う。


「気にすんな。元いた場所からの引っ越し作業は終わったんだよな」


「ええ、完璧に」


 ルーシーはここから離れた場所を拠点にしていた。だが彼女は本格的にうちの宿で生活することを決意する。


 そのため宿まで元いた場所から荷物を引き上げてくる必要があったのだ。


「ずいぶんと手間と時間がかかりましたが、やっとこれで、今日から宿の向上に着手できます」


 やってきたのは裏庭。


 そこには宿の別館の他に、小さな建物がある。そこは木でできた小さな小屋だ。


 特徴的なのは、小屋にはいっさいドアがない。

 

 ただ壁のところに、1つ、鍵穴があるのだ。


 ルーシーは懐からカギを取り出す。

 

 カギを穴に入れて、かち……と回す。


 すると壁が変形して、ドアに変わった。


変形鍵トランスポートキー】という魔法道具らしい。ものの形を変えることができるのだそうだ。


 小屋の中に入ると、ドアが消えて、また壁に戻る。

 

 中には絨毯が引かれている。


 その絨毯のそばにはイスが2つある。


「ここ蒸し暑いですね」


「空気穴があるだけだもんな」


 見上げると天井付近の壁に、いくつか穴があいている。ここから光りと空気が出入りするだけだ。


 風通しが悪いため、当然のごとく、あつい。


「作業を他の人に見られるわけにはいきませんからね」


 俺たちは絨毯を見てうなづきあう。


 この絨毯はただの絨毯ではない。


【創造の絨毯】といって、素材さえそろっていれば、何でも作れるという優れた工作用の絨毯だ。


 これは俺の一周目の世界での仲間、ドワーフの山じいからもらった大切なアイテムである。


 大切で、しかも貴重品だ。人に取られたりしたら大目玉だ。


 ということで、ルーシーはこの、ドアのない小屋を作ったのである。ちなみに空気穴は小さくて人間が通れない作りになっている。


「ユートくんにはこれからの夏を乗り切るために、2つ、作ってもらいたいものがあります」


 イスに座る俺たち。


「2つか。聞こう」


 ルーシーは指を立てて言う。


「冷蔵庫と、冷房です」


「おう。…………おう?」


 なんだそりゃ。


 聞いたことないものだった。


「あなたが聞いたことないのは当然です。これは、ワタシのいた場所でしか使われてなかったものですから」


 ルーシーはこの間教えてくれたのだが、転生者であるらしい。


 転生者とは、別の世界から来た人間のことを言う。


 ルーシーはチキュウという場所から、この異世界へと転生したらしい。


「チキュウの夏には冷蔵庫とクーラーが必須です」


「まあおまえが必要って言うなら作るけど……けどチキュウのそのアイテム、作れるのか?」


「作れます。ただ素材がものすごく必要になりますが」


 さすが創造の絨毯だ。別世界のアイテムですら作れるみたいだ。


「ということで、ユートくんには大量の鉄鉱石と、そのほか諸々のアイテムを取ってきてもらいたいのです」


 これがそのリストです、と渡してくる。


「鉄鉱石が……なんだこりゃ500ってなんだよ」


「それくらい必要なのです」


「あと魔導鉄オリハルコンって……まじかよ」


「ええ、マジです。それも大量に必要になります」


 俺は考えてルーシーに言う。


「鉄鉱石はまだしも、魔導鉄オリハルコンとなると、村近くのダンジョンじゃドロップしないと思うんだが」


「でしょうね。だから彼の出番になります」


「彼?」「ディアブロくんです」


 なるほど……。


「まあそんなわけでユートくん。ちょっと明日魔導鉄を集めてきてください。【彼女たち】と一緒に」


 ルーシーの注文を受けて、俺は頷く。


 こうして俺は、夏場のサービス向上のため、動き出すのだった。


お疲れ様です。今日から2章スタートです。


夏に向けて色々やったり、あとは村の問題にも触れてきます。また新キャラも出します。


2章も頑張って書いていきますので、できれば下の評価ボタンを押していただけると、嬉しいです。励みになります。


ではまた。

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