20.勇者、次のステージへ進む
打ち上げをした翌日。
早朝、俺は仲間たちともに、村の入り口まで来ていた。
朝の早い時間であるため、村人は全員、家の中に入っている。
朝靄に包まれた森の中、俺の目の前には、縦に裂かれた【次元の裂け目】がある。
裂け目の前にはクック、ルイ、山じいにエドワードが立っていた。全員がしんみりとした表情をしている。
「世話になったな、クック」
俺は料理人のクックに手を伸ばす。
「気にしないでくださいっす、兄貴!」
ガッ! とクックが俺の手を握り返してくる。
「兄貴のピンチに駆けつけることができて……オレ、すっげーうれしかったっす!」
ソフィ両親がばっくれたのが四日前。
俺は次元の悪魔の持っていたナイフを使い、一周目の世界へと渡った。そして仲間たちの元へ、女王ヒルダの助力を借りて連絡を入れる。
そして仲間たちを連れて、この二周目の世界へとやってきたのだ。
「オレ、ほんとうれしかったす……。いっつも兄貴には世話になりっぱなしで、その恩を返せないでいたのが、ずっと口惜しかったんす」
「んなもん気にすんな。それに恩ならもうこの四日間で十分すぎるほど返してもらったよ。ありがとな」
「兄貴……」
ぐす……とクックが鼻を啜る。
妻である森呪術師のルイがハンカチを取り出して、夫の涙を拭く。
「ユートさん、わたしたちあなたにお別れが言えなかったこと、ずぅっと後悔していたんです」
仲間たちが同意するように頷く。
俺が彼女たちの前から消えて、三年間(一周目と二周目では時間の流れが違うらしい)。
それだけ長い間、彼女たちに辛い思いをさせてしまったことに、俺は激しい後悔にさいなまれた。
「すまん。何も言わずにいなくなったりして」
頭を下げる俺に、仲間たちが苦笑しながら、仕方ないなと言ってくれた。
「フンッ! まあ良い。過ぎたことだ」
「そうデスヨ。こうして再開できて、お別れが言えるのデスカラ」
そう、お別れだ。俺たちに生活があるように、クックたちにも一周目の世界での生活がある。
クックとルイには子供がいて、実家に子供をあずけている。
エドワードは奥さんを向こうに置いてきているし、山じいにはギルドメンバー五〇〇人が、彼の帰りを待っている。
彼らには彼らの生活がある。だから、彼らは元の世界、一周目の世界へと帰ることになったのだ。……例外がひとりいるけど。
「兄貴」
クックがみんなを代表して前に出てくる。バッ! と頭を下げてくる。
「今まで、ほっっっとーに、お世話になりましたー!!!」
涙声で、声を張ってそう言う。
仲間たちが次々に頭を下げてくる。みな目の端に涙を溜めていた。
「ぐす……うわーん! みなさんおげんきでー!!」
俺の隣に立っている爆乳エルフ娘が、俺より先にえんえんと泣き出す。
「えるる姐さん、こっちでお仕事、がんばってくださいっす」
「うう……ありがとクックくん。ルイちゃんと……ぐす、お元気でねえ」
そう、エルフ娘のえるるだけが、二周目の世界に残ることを決意したのだ。
「姐さん、向こうの人に何か伝言とかあるっすか?」
「ううん、ないかなぁ……。だってもともとエルフの里を追放されてでてきたわけだし、魔王を倒したあとも職も居場所もなくふらふらしてたから……。誰もわたしのこと心配してないと思うし……てへへ」
自虐的にえるるが笑う。クックが「すんません……」と謝った。
「ぐす……おきになさらずっ。わたしはユートさんのもとで一生懸命はたらきますからっ!」
人手不足であることもあり、俺はルーシーと相談して、えるるを雇うことにしたのだ。
二周目での生活が必須となるが、彼女は上述の理由で、一周目の世界に未練が無いそうだ。
「それでは……ユートサン。ソフィサン。えるるサン」
エドワードが次元の裂け目に足をかける。徐々にその裂け目は小さくなっている。
「今まで本当にお世話になりマシタ。これからも頑張ってクダサイ」
俺はエドワードのそばによって、彼と握手する。彼はにこやかに笑うと、次元の向こうへと帰って行った。
「フンッ! 小僧」
次に山じいが俺のそばまでやってきて、げんこつを食らわせる。
「いってぇ」
「これでわしの前から何も言わずに消えたことは、ちゃらにしてやる」
山じいがゴツゴツとした手を差し出してくる。
「ごめん山じい」「フンッ! 良いわ。……達者で暮らせ」
いつも何かに怒っているようだった山じいが、最後には優しく笑ってくれた。
山じいがいなくなると、あとはルイとクックだけになる。
「それじゃあ……兄貴」
「ああ……ルイ。クック。元気でな」
クックが俺に抱きついてくる。俺は彼の背中をぽんぽんと撫でる。
「……兄貴」
クックが俺から離れる。ぐしっ、と涙を手で拭くと、ニカッと笑って大きく手を振るう。
「さよなら、兄貴!!! お元気で-!!」
クックが妻のルイと手をつないで、閉じかかっていた次元の裂け目をくぐる。
全員が一周目の世界へと帰ると、次元の裂け目は完全に閉じる。
……パキィンッ!
と、俺の持っていた次元の悪魔のナイフは、粉々に砕け散って、あとにはきらめく砂になった。
俺は消えていった仲間たちに、目を閉じて、言う。
「ありがとう、みんなのこと、俺は一生忘れないよ」
☆
えるるとともに宿屋に戻ってきた。
えるるにはルーシーが使っている部屋の隣を使ってもらうことになった。
部屋を用意してやると、「朝ご飯の時間まで仮眠して良いですか?」といってきたので、いいぞと答えると、「ぐー」秒で寝てしまった。
安らかな寝息を立てるえるるを残して、俺は彼女の部屋を出る。
と、そのときである。
「ユートくん」
隣の部屋のドアが開く。
中から水色髪の少女、ハーフエルフのルーシーが出てくる。
「ルーシー。おはよう」
「ええ、おはようユートくん」
おいでおいで、とルーシーが俺を手招きする。
ルーシーの部屋は相変わらずものでごったがえしていた。
「お仲間との別れはすみましたか?」
「ああ。ちゃんとさよなら言えたよ」
「そうですか、良かったです」
ほっ……とルーシーが安堵の吐息をつく。
ベッドに座り、俺も彼女の隣へ腰を下ろす。
「ナイフはどうなりました?」
「壊れたよ。人間が無理矢理使ったから、壊れちゃったんだろうな」
俺は砂になった、次元の悪魔が使っていたナイフを思って言う。
「しかし……まさか次元のナイフの使用条件が、【膨大な魔力を持つこと】だったなんてな」
あのナイフは悪魔しか使えないと、フィオナが言っていた。次元の悪魔から聞いたそうだ。
しかし博識であるルーシーは、それが半分正解であって、半分間違いであることを知っていた。
「悪魔にしか使えないというよりは、ナイフに必要とされる膨大な魔力量を持っているのが、悪魔や魔王だけであった。だから普通の人間には使えず、結果的に悪魔しか使えないと、思い込んでいたのでしょうね」
しかし俺には魔王を倒して手に入れた【無限魔力の水晶】がある。
悪魔・魔王に匹敵する膨大な魔力量を俺は持っていたので、ナイフを使うことができたのだ。
「しかし許容量を越える魔力量を流し込んでしまった結果、ナイフが壊れてしまったというわけです」
「もっと入れる魔力量を調整できれば良かったんだがな」
ルーシーは吐息をついて「しかたないですよ」と首を振る。
「本来の持ち主である次元の悪魔にしか、適当な魔力量はわからないのです。わからなくて当然です。むしろ二度も使えたことが奇跡ですよ」
ルーシーが俺の頭をなでて、「だから気にしないでください」という。
「子供扱いしないでくれよ」
苦笑しながら俺が言うと、
「そうでしたね。ユートくんかわいいからつい」
とお姉さんっぽくルーシーが笑った。
「さて……ではいくつかあなたに報告したいことがあります」
ルーシーが俺から手を離して真面目な顔で言う。
「まず宿のランクなのですが、この一週間の働きで、Eランクに上がることができます」
当初の目標を達成できたようだ。
「おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。これで繁盛への道第一歩が踏み出せたよ」
もっとも……とルーシーが続ける。
「これはあくまで今月の収入がEランク相当だったということです。来月もEランクで居続けられるためには、これからもよりいっそうの努力が必要です」
「ああ、わかってる」
これで終わりではないのだ。むしろここから、終わりのない努力の日々が続くのである。
「次に面接の結果なのですが」
俺(というか俺が変装した冒険者ディアブロ)をスカウトしに来た冒険者たちの列も、ようやく落ち着いてきた。
「結果的に言えば、やってきた人たちはほぼ全員がだめですね。まったく宣伝になりません」
「そうか……」
「まあひとつだけ、黄昏の竜なら……まあ入ってあげても良いでしょう、という感じですね」
黄昏の竜は名の通った冒険者パーティであるらしいからな。
「ソロでやってもあなたの場合なら普通に活躍できるでしょうし、判断はあなたに任せます。パーティを組むのか、ソロでやってくのかは」
「わかった。ちょっと考えてみるよ」
さて……とルーシーが一息つく。
「最後にワタシの処遇なのですが」
さっきまでの流ちょうなしゃべり方から一転、「えっと……その……」とどもる。
「こ、これからもその……あなたの仲間として、その……あの……一緒に……いても……いいですか?」
彼女はきゅーっと目を><にして言う。
「…………」
ぷるぷる……とルーシーが震えていた。俺は意外だった。まさか彼女が、断られるとでも思っているなんて。
「ルーシー」
「は、はひ……」
冷徹な商人の彼女が、珍しく緊張しているようだ。俺は苦笑して言う。
「これからも、俺たちの手伝いをしてくれないか」
ばっ……とルーシーが顔を上げる。じわり……と彼女の美しい顔がゆがむ。
「はい……はいっ!」
がしっ、とルーシーが俺の手を握る。
「これからも末永くよろしくね、ユートくんっ」
かくしてルーシーは、本格的に俺たちの仲間になったのだった。
☆
それから数日経った、早朝。
俺は目を覚まして、部屋を出る。
宿屋の出入り口を出ると、そこでは竹箒を持った母さんが、しゃしゃしゃ、と玄関前を掃除していた。
「あら~。ユートくん。おはよ~」
「おはよう母さん」
母さんはニコニコ笑顔のまま、しゃしゃしゃと掃き掃除をする。
「母さん、掃除ならゴーレムがやるって」
「うん~。けどママお掃除大好きだから~」
細かい雑務はゴーレムが。調理場はフィオナが。ホールはえるると俺がいるので、母さんの仕事は、だいぶへった。
もちろん完全に母さんの仕事がなくなったわけではない。ただ……以前の、過労死してしまうほどの仕事量では、なくなった。
未来は……変わっただろうか。
それとも……このままだろうか。
「ユートくん」
母さんは俺のことを、後からギュッとハグする。
「最近ね~、ママ楽しいの~」
「楽しい?」
「うん~。ほら、うちがとっても賑やかになったじゃない~?」
母さんは指を折って言う。
「ソフィちゃんでしょ。フィオナちゃんでしょ。ルーシーちゃんにえるるちゃん」
それに……と母さんが続ける。
「ユートくんがいる。家がとってもにぎやかで、ママはとっても嬉しいです」
にこやかに笑う母さんを見て、俺も嬉しい気持ちになった。
その笑顔が見たいから、俺は未来からやってきたのである。
「母さん」
俺は彼女を見上げる。そこにある、最高に美しい笑顔を見て、俺は言う。
「これからも……頑張ってこうね。みんなでさ」
母さんはにこーっと笑って、「そうね~。みんなでがんばろ~」と言った。
俺はそれを聞いて、決意を新たにする。
俺は母さんの笑顔を、これからもずっと守っていこうと。
一周目の彼女にできなかった親孝行を、この人にしていくんだと。
俺は母さんとともに手をつないで、宿屋に戻る。
さ、今日も忙しくなるぞ。
お疲れ様です。
これにて1章終了です。お疲れ様でした。
次回からは新しい展開へと入っていきます。村の問題が結局手付かずでしたので、そこに着手してこうかなと思ってます。
2章も頑張ります。頑張れるよう、下の評価ボタンを押していただけると非常に嬉しいです。皆様のおかげで頑張れてます。
ではまた。




