02.勇者、仲間たちからアイテムをもらって実家に帰る
魔王を倒した勇者の俺。
その際に負ったケガのせいで、3ヶ月間の意識不明の重体を負った。
目が覚めて動けるようになった俺は、王城へと向かい、女王ヒルダに勇者を引退することを告げる。
その翌日。王城の中にある1室にて、俺は目を覚ます。
「ふぁああ…………よく寝た」
昨日はあの後、事後処理やらヒルダの説得やらで忙しかった。気づいたら深夜だった。
そのまま帰ろうと想ったのだが、ヒルダが、
【せめて仲間たちに一声かけてから帰ってはいかが?】
と言ってきたので、了承。確かに言われてみれば、仲間たちに勇者引退のことを告げずに帰るのは、不義理だよな。
帰って家を手伝いたいという、その気持ちが先走っていて、大事なことを忘れてた。
「いかんな、どうも……」
ううむとベッドの上で起き上がり、うなっていたそのときだった。
バーンッ! と寝室のドアが開く。
するとそこには……赤髪の女性がたっていた。
「ユート」
赤髪の女性は、かつかつかつ、と俺に近づいてくる。
男と見まがうほどのイケメン。背が高く、目つきもきりっとしている。頭の後で長い髪をまとめており、武士のような雰囲気を醸し出している。
だがその胸は豊満であり、彼女が女であることを如実に語る。
全身を白銀の鎧で包み込んだ、騎士の女性。名前を、
「ソフィ。久しぶりだな」
彼女はソフィ。勇者の仲間のひとり、女騎士の女性だ。
またソフィとは幼なじみだ。同じ村の出身だったりする。
ソフィは俺に近づく。
表情は硬い。ぴくりとも表情を動かさない、無表情だ。
だが無表情なのは、単に彼女が感情表現が苦手であるだけだ。感情は持ち合わせている。
ソフィは俺の前まで来ると、しゃぁ……と腰につけた剣を抜く。
そして……俺に斬りかかってくる。
びゅんっ! と光の速さで、剣が振り下ろされる。回避は不可能。これでは死ぬ……と思われた。
ぴた……っ。
と俺は剣を指で摘まんで止める。
「いきなり切りかかんなよ。あぶねーだろ……」
「……ふん。貴様がこの程度の斬撃をかわせないわけがないだろ」
剣を鞘にもどすと、ソフィが俺を見下ろす。
「ユート。女王ヒルダから聞いたぞ。貴様、幼なじみであり自分の弟子である私に、何も言わずにナナミさんのいる実家へ帰ろうとしてたんだな?」
ナナミさんとは、俺の母さんの名前だ。同じ村の出身なため、ソフィも母さんの名前を知っているのである。
「すまんって」
「貴様、すまんで許されると思っているのか? 私より母の方が大事なのか?」
「いやぁ……」
どう答えようか迷っていると、ソフィは「答えなくて良い」といって首を振るう。
「貴様が義母さんに恋していたことは知っている。私など眼中にないことも承知してる。だがそうやってあからさまな態度を取られると……凹む」
ソフィがその場にしゃがみ込んで、ずーんと落ちこむ。動作が子どもの時とまんまだ。
「いや、母さんにどうのこうのっていうのは、昔の話だよ」
実は母さんと俺は血がつながってない。
俺を産んだ母親は、幼いときに死んでしまったのだ。ナナミさんはそのあとに父さんと結婚した、義母なのである。
「でもユートとナナミさんは血がつながってないし。ユートの父親はナナミさんが結婚して数か月後には病気で死んで、おれが母さんをしあわせにするんだとか言ってたじゃないか」
「いや……まあ……そうだけど……」
昔の話だ。ただ義母への淡い恋慕の情は、もう持ち合わせてない。
今は単に、実家に残してきた家族のために、実家を手伝いたいという、純粋な気持ちしかない。
「本当か? ならユート。昔の約束を今ここで果たしてくれ」
「約束?」
ソフィはベッドの上にちょこんと座ると、こほん、と咳払いする。
「なんだっけ?」
「……昔、貴様と約束したろうが。将来、私は貴様の、お、およ、およよ……」
と言いよどむソフィ。そのときだった。
「ユートぉおお!!!」
ばーんっ! とドアが開く。
またかと思ってそっちを見ると、そこにはかつての仲間たちが、みな笑顔でたっていた。
「ユートさん、目が覚めたのですね~♡」
と森呪術師のルイがほほえみかける。
「うう……ユートの兄貴ぃ! 兄貴が無事で良かったぁ……!!」
とむせび泣く料理人のクック。
「ふんっ! 目が覚めたのならさっさと連絡を寄こさぬか! このたわけが!」
俺に喝を飛ばすのは、山小人の山じぃ。
「うう……ユートさんが……ぐす……めをさまして……ぐす……よかったよぉー……」
むせび泣くのはエルフの少女、えるるだ。
「ホント、心配シマシタ。ワタシ、アナタが死んでしまったらどうしようと思ってマシタヨ」
眉を八にして心配そうな顔をするのは、錬金術師のエドワード。
女騎士と勇者を加えた、7人が。俗に言う勇者パーティのメンツである。
彼ら彼女らは俺に近づくと、全員が良かった良かったと繰り返す。
ソフィはいつの間にか俺から離れると、仲間たちのそばによる。
「しかしユートサン、聞きマシタよ」
錬金術師のエドワードが、暗い顔をしてうつむく。
「アナタ、勇者を引退ナサルつもりなんデスッテ」
仲間たちには、引退の件が女王から聞かされているみたいだ。
「ぐす……どうしてですかぁ……。ぐすぐす……なんで帰っちゃうんですか……えぐえぐ……」
泣き虫エルフのえるるが、俺に尋ねてくる。他のメンツも同じような顔をしている。
俺はヒルダにした説明を、仲間たちにもする。
「俺さ……実家が宿屋をやってるんだよ」
元々は父さんが経営していた宿だ。
しかし父さんが義母のナナミさんと結婚した後、すぐに死んでしまう。
残された義母さんは、俺を育てながら、宿屋をひとりで切り盛りしていたのだ。
「本当は俺も母さんの手伝いをしようって思ってたんだけど……20年前に、勇者に選ばれたからさ」
「ナルホド……。お母様はおひとりで、宿屋を経営シタというわけデスネ」
錬金術師の言葉に、俺がうなずく。
「家を出るまえに、母さんに言われたんだ。家のことは良い。魔王を倒して世界を平和にしろ。それまではひとりでここを支えるから、気にせずいってきなさいって」
俺はこの20年間、何度も母さんが心配で、実家に顔を出そうと思った。し、実際1度だけこっそり顔を見に行ったことがある。
そのときに母さんに見つかって、だいぶしかられた。おまえは世界を救う使命があるのだ。ここはいいから、世界のために働きなさいと。
だから俺は脇目も振らず、20年間、ひたすらに魔王と、その配下を倒し続けた。
人類の平和のため、というのももちろんあった。だがそれ以上に、残された母さんのことが心配でしょうがなかったのだ。
はやく魔王を倒して、母さんの手伝いをしたいからこそ、ここまで頑張って来れたのだ。
「母さんは気丈な人だけど体が弱くてさ……。だから俺、母さんを支えてあげたいんだ。魔王を倒したら、実家を継いで母さんを楽させてあげたい。最初からそう思ってたんだ」
俺の言葉を聞いた仲間たちが、「それじゃあしかたないな」とうなずいてくれた。
「ユートさん。本当はみんなで冒険者パーティでも組んで、世界中を旅したいなーって言ってたんです」
と森呪術師。
「いやでも兄貴の思いを聞いて気が変わったぜ! 兄貴! はやくおっかさんのところへいってください!」
と料理人。
「フン! ばかもんが……そういうことは……先に言え」
とドワーフがすすり泣き、
「ふぇえええええええん!! なんてお母さん思いなんっですかぁあああああ!!」
とエルフが号泣。
仲間たちを錬金術師のエドワードが鎮めて、俺を見てくる。
「事情があるならしかたありマセンネ。みんな、あなたの門出をお祝いしマスヨ」
うんっ! と仲間たち全員がうなずく。
「おまえら……ありがとう」
これで仲間たちへの報告は済んだ。
あとはもう実家に帰るだけだ。
と、そのときだった。
「そうだ……みんな聞いてくれ!!!」
料理人のクックが、仲間たちの前に立ち、両手を広げて言う。
「今までお世話になった兄貴の門出だ! ここはひとつ、みんなでプレゼントを贈ろうぜ!!!」
料理人の提案に、仲間たち全員が「いいなそれ」とうなずく。
「いやいや、悪いって。俺、ヒルダからも結構いろんなものもらったし、そのうえおまえらからもなんて、もらえないよ」
「遠慮しないでくださいよ、兄貴!」
「そうですわ♡ わたしたちは好きであげるのです♡」とドルイド。
「フン! まあ、ワシは別に好きでも何でもないが……おまえのために一肌脱いでやらんこともない」
「うぇえええええんん!!! もちろんっ、もちろんあげますよぉおおお!!!」
仲間たちは全員が、【アイテムボックス】を開く。
勇者パーティのメンバーになった者たちは、特典として、物を異空間に収納しておける特別な箱【アイテムボックス】を手にすることができるのだ。
ちなみに勇者である俺も【アイテムボックス】を持っている。というか、勇者の持つ【スキル】にそれがあって、仲間たちも使えるというわけだ。
「ではまずわたくしから……」
森呪術師のルイが、アイテムボックスから、にゅっと1本の杖を取り出す。
「これは【世界樹の枝】という杖です。これを地面に突き刺せば、世界樹を生やすことができます。樹からは芳醇な魔力を帯びた【世界樹の雫】と呼ばれるアイテムを、無限にドロップします」
「世界樹の雫って……【魔力回復霊薬】の原料じゃないか!」
ええ、と森呪術師がうなずく。
「世界樹の雫は、飲めば魔力を完全回復させます。また世界樹は【果実】を落とします。この果実は植えれば望む食べ物、野菜など、作物ならばなんでも生やすことができる魔法の果実なのです」
「おまえ……こんな高価なアイテムを……本当に良いのか?」
森呪術師はもちろん、とうなずいた。
「じゃあ次は俺っす!! 兄貴っ!」
俺の前に次に出てきたのは、料理人のクックだ。
クックは俺に1本の包丁を、そしてはちまきを俺に手渡してくる。
「包丁の方は【万能調理具】。これは包丁だけじゃなくてあらゆる調理道具……鍋とかお玉とかになるんです!! さらに調理道具にはそれぞれ魔法がかかっていて、それぞれ特殊な能力を持ってるすぐれものの調理道具っす!」
次ははちまきの解説をする。
「こっちは【食神の鉢巻き】。作りたい料理を思い浮かべるだけで、自動的にその料理を作れるようになるんです!」
カレーを作りたいと思って鉢巻きを巻くと、必要な食材が思い浮かび、食材をそろえると、体が自動に動いて、料理を作ってくれるらしい。
料理人の後には、ドワーフの山じいが出てくる。俺に大きめの絨毯を手渡してくる。
「これは【創造の絨毯】と呼ばれる敷物じゃ。この敷物の上に素材を乗せれば、作りたいと思う物をなんでも作ることができる。すぐれた道具じゃ」
敷物を床に置く。アイテムボックスから木材と動物の毛皮を、敷物の上に乗せるだけで、そこにはふかふかのベッドができあがった。
「ベッドだけでではない。家具や武器なども作れる。宿屋をやっていくならば寝具も作れぬといかんじゃろう。それに武器などを宿屋で売れば、冒険者の客も来るだろうしな」
次はエルフのえるるが俺の前に来る。
「わ、わたしはぁ……ぐす。この弓を……ぐすう……あげまぁす……」
そう言ってえるるは、長弓を手渡してくる。
「これは聖弓【ホークアイ】です……。ぐす……どんな場所にいる相手でも、自分の思った場所に、矢を当てられるという弓です……」
これはえるるが使っていた弓だ。彼女の部族の家宝だと言っていた気がする。
「もらってください……ぐす……アナタから受けた恩は……ぐすぐす、家宝をあげるだけじゃすまないです……」
聖弓ホークアイ。
この弓を掴むと、空から物を見下ろすような視点を持てる。空を飛んで獲物を探し、ターゲットめがけて矢を放つだけで、たとえどんなに離れている相手でも、矢を必中させることできる魔法の弓矢なのだ。
えるるの後に、錬金術師のエドワードが前に出てくる。
「ではワタシからは、こちらを」
そう言って丸フラスコに入った、透明な液体を、俺に手渡してくる。
「これは【万能水薬】。この原液をただの水に混ぜるだけで、ポーションを作ることがでキマス」
さらにモンスターの素材とこの液体を混ぜれば、回復、解毒、ステータス上昇、ステータスダウン、あらゆるポーションを作ることができるという。
「原液がなくなったら、そのフラスコに水を入れて1日待ってクダサイ。新しい原液が作れマス」
水を元手に、あらゆるポーションを作れると言うことか。
まとめると、こうなる。
・【世界樹の杖】。魔力回復アイテム+作物を無限にドロップする。
・【万能調理具】。魔法の調理道具を各種
・【食神の鉢巻き】。つければなんでも料理が作れるようになる。
・【創造の絨毯】。作りたい物を何でも作れる。クラフト台。
・【聖弓ホークアイ】。必中の弓矢。
・【万能水薬】。水からポーションを作れる魔法の薬。
「こんなにいっぱい……ありがとうな」
俺は仲間たちからもらったアイテムを、ボックスにしまう。
「それとユートサン。女王陛下から、こちらを預かってきマシタ」
錬金術師のエドワードが、俺に小さな指輪を手渡す。
台座には流星のように瞬く金剛石が収まっていた。
「これは【願いの指輪】」
「願いの……指輪?」
エドワードがうなずき解説する。
「とても貴重なアイテムデス。つけた人間の願いを、なんでも1つ叶えるという指輪デス」
……なんともすごいアイテムをもらってしまった。
「あれ? ならこれに【魔王討伐】を祈れば良かったんじゃないか?」
俺の質問に、錬金術師が首を振って否定する。
「人の生死に関わる願いは、とどけられないのデス」
なるほど……。誰かを殺せとか、誰かを生き返らせて、という願いは叶わないらしい。
だから魔王を倒して、とは言えなかったわけか。
「さんきゅー。まあ、いまのところだれも殺したいとか、生き返らせたいとかって思ってないから、たくさん悩んで願いを決めるよ」
まあ当分は、この指輪を使うことは、絶対にないだろう。
なにせ何でも願いが叶うのだ。しかも1つだけ。これは相当使うのに時間がかかるぞ。
すぐに使うことは、まず間違いなくないだろうな。
「さて……では最後に私の番だな」
残ったのは女騎士のソフィだけだ。
彼女はすすっ……と俺の前に出てくる。
「私からはこれを」
そう言って、ソフィはアイテムボックスから、一振りの剣を取り出す。
鞘に収まっていても、神々しい光りを放っている。虹ともオーロラとも言えないような光を出すそれは……【勇者の聖剣】。
「てか、俺の剣じゃないか」
これは持っている人間が勇者であるときのみ、発動する特殊能力がある。
それは、勇者がこの聖剣で魔王の心臓を突けば、たとえ相手がHPマックスだとしても、1撃で倒せる、というチートアイテムだ。
まあもっとも勇者にしか使えないし、なおかつ心臓を正確に貫く必要がある。
魔王との戦いは激戦だった。魔法や斬撃が飛び交う中、隙を縫ってやつの心臓を突き刺すのは結構難しい。
それでも魔王を一撃で倒せるというのは、なかなかに強力だ。
それはさておき。
勇者の聖剣をソフィから返してもらったわけだが……。
「これってもともと俺のもんだろ?」
「ああ。魔王を打ち倒し、貴様が倒れた後、私が回収しておいたのだ。それとは別におまえにくれてやるものがある」
ソフィはベッドに上がって、俺の前に正座する。
すぅ……はぁ……と深呼吸する。
「がんばれソフィ♡」「ファイトっす姐さん!」「フン……さっさとせんか」「うう……ぐす……ユートさぁん……」
仲間たちが、ソフィにエールを送っている。
女騎士は「ありがとうみんな」というと、きっ、と俺を睨んでくる。
「ユート。前にした約束、覚えてるか」
「だからそれ覚えてないって。何の話しなんだよ」
するとソフィが、俺に近づいてくる。両手で俺の頬を包んでくる。
「約束したろ。……貴様の、お嫁さんにしてくれって」
「え……?」
ソフィはそのまま、俺に口づけをかわす。長く長いキスを終え、ソフィが顔を離す。
「プレゼントは……私だ。私を、ユートのお嫁さんとして、故郷へ連れて行ってくれ。一緒にナナミさんを手伝わせてくれ」
弟子であり幼なじみのソフィ。ずっとその関係は変わらないと思っていた。
しかし彼女からの告白に、俺は戸惑いつつも、「そうだな。わかった」と言って了承する。
……かくして。
俺は同僚たちからたくさんのチートアイテムと、そして嫁さんをもらって、実家に帰ることになったのだ。
これだけのチートアイテムがあれば、実家を立て直すことはできるだろう。
母さんを喜ばせることができる。
母さん、喜んでくれるだろうか。期待に胸を膨らませて、俺は実家へと帰ることにした。
……だが。
「……なんだよ、これ」
王都を出発して2日。
俺を待っていたのは……非情な現実だった。
「ユート……。宿屋が、ナナミさんの、宿屋が……」
隣で幼なじみのソフィが、震えている。目の前の光景に、呆然としているのは、彼女もらしい。
「…………」
俺は実家に帰ってきた。そこには母さんの切り盛りしてる宿屋があった。
いや、その言い方は正確ではない。
宿屋だったものが、あった。
……そこにあったのは、とっくの昔に潰れてしまっただろう、ぼろぼろの宿だったのだ。
「……とにかく、とにかく事情を知っている人に話を聞こう」
まずはそれからだと言って、俺はソフィとともに、村長のもとへと向かったのだった。
よろしければ下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです。励みになります!