18.勇者、仲間を召喚する
ユートの働きによって、激昂状態だったフィオナが冷静さを取り戻した。
だがフィオナは抜け殻状態になってしまう。
話はその六時間後。
夕方くらいのことだ。
「…………」
フィオナは自分の部屋で目を覚ます。
天井を、そして窓の外を見やる。窓からはオレンジ色の温かい夕日が差していた。部屋の中は暗く、まるで自分の心の中のようだ。
「……。……! しまったっ」
フィオナは自らの過ちに気づく。今日は忙しい時期の6日目。厨房を支える自分がいまここにいるのは、まずい。
フィオナは立ちあがろうとする。
しかし……ぽすん、とその場に尻餅をつく。
「あれ……なんで……」
何度立ちあがろうとしても、フィオナは立ちあがれなかった。力を入れようとしても、とたんに虚脱感が襲ってくる。
まるで体のどこかに穴があいてしまったようだ。そこから空気とか、気力とか、そういった自分を動かす燃料のようなものが、漏れているようである。
「どうして……行かないと。ゆーくんを……たすけないと」
幼い頃の呼び方に戻っていることに……フィオナは気づいてなかった。
「ゆーくん……」
今この場に愛しい彼がいないことに、とてつもないさみしさを感じる。
これでは、まるで過去の自分に戻ってしまったようだ。
……過去の自分。弱かった自分。一周目の自分は、二周目のソフィと同じで、弱く、甘えん坊だった。
両親は冒険者だった。忙しくていつも、自分を構ってくれなかった。それどころかいらない子みたいな扱いをしてきて、フィオナはそれが悲しかった。
そんな中で、ナナミと、そしてユートだけが、フィオナの支えだった。優しいはなまる亭のふたりがいたからこそ、フィオナは腐らずにいられたのだ。
ただそれは、裏を返せば、ふたりに甘えていたということ。ユートもナナミも底抜けに優しかった。だから、優しい彼らに、甘えていたのだ。
けれど……ユートは勇者になってしまった。
彼は国王に呼ばれて、魔王退治に招集された。そのときフィオナが感じたのは、両親が死んだとき以上の喪失感だ。
このまま彼が遠くへ行ってしまう。優しい彼が、大好きな彼が、自分の元を離れていっていしまう。
フィオナは嫌だった。彼のそばにずっといたかったから。だから彼についていく決心を決めた。
だが今までの、甘えん坊な自分では、魔王退治に行く彼の足を引っ張ってしまうだろう。
だからこそ、フィオナは仮面を被った。弱い自分を捨て、強い自分になるべく。
そうして彼女はユートが出て行ったあと、王都の道場で剣の修行をつけてもらい、力を身につけた。
幸いなことに、フィオナには剣の才能があった。だから数年で達人レベルまで、剣の腕が上昇した。
あとはこの国の各地に散らばる悪魔を倒しているユートの元へ行った。彼の役に立ちたいと、そしてこの国のために自分も剣を振るいたいと、ウソをついたのだ。
そう、ウソだ。
世界なんてどうでも良い。ただ、彼のそばにいたかった。彼のそばにいるためには強くないといけなかった。だから、仮面を被ったのだ。
「…………ゆーくん」
だが、所詮はウソの仮面を身に纏っていただけに過ぎない。本当の自分は、弱虫で、泣き虫の、弱い自分だ。
両親が自分を捨てた。両親が娘を愛してなかったと、確信を得た。
一周目の時は、その確信を得る前に、両親は死んだ。
だから両親は自分のことをいらない子だと思っていた【かもしれない】、と憶測ですんだ。予感はあったが、確証はなかった。
けど……二周目の世界で、フィオナの憶測は、真実だったと知ってしまった。
自分はいらない子だったのだ。自分は、両親にとって邪魔な存在だったのだ。
1番かわいそうなのは、二周目のソフィだろう。けど……二周目だろうと一周目だろうと、どちらもが自分なのだ。
自分はいらない子。それを知って、フィオナの仮面はあっさりと落ちて、弱い自分が露呈してしまった。
所詮自分はいらない子。誰にも必要とされない子供。
ユートとナナミという例外を除き、誰も自分のことを愛してくれない。誰からも、心配もされない。必要とされない。
そんな脆弱な存在が……自分であると。そんな自分を愛してくれるのは、ユートだけだ。
だが今、その最愛の彼に、とてつもない迷惑をかけている。
早く行って彼を助けないと……と思っていても、体と心に、チカラが入らない。
所詮自分は、いらない子なのだ……と。
そうやって凹んでいた、そのときだった。
「フィオナ。入るぞ」
がちゃり……とドアが開いた。そこにいたのは、大好きな彼、ユートだった。
「ユート……」
ぱぁっと心が晴れやかになる。だが瞬時に暗い気持ちになった。申し訳なさで、死にそうになった。
こつこつ……と彼が近づいてくる。彼の方を見ることができなかった。
きっと……彼は怒っている。あきれている。仕事をさぼって、夕方まで寝ていたのだ。
きっと……彼は責めに来たのだ。
「フィオナ」
だが彼の声音は、底抜けに優しかった。フィオナは顔を上げる、穏やかな表情の彼がそこにいた。大好きで、大好きな、彼の優しい笑顔だった。
「大丈夫か? 気分は悪くないか?」
「…………うん。だいじょうぶ」
気が緩んでしまい、フィオナは自分のしゃべり方が昔に戻ってしまっていた。
「……ゆーくん。ごめん。私のせいで、迷惑をかけて」
すると彼は微笑んで「ぜんぜん。迷惑なんてかかってないぞ」
と言ってくれる。彼の優しさが骨身に染み渡る。
「しかしゆーくん……。私が半日眠っていたせいで、現場は大変だったのではないか……?」
特に食堂は悲惨なことになっているのは、想像に難くない。食神の鉢巻きを使えるのは、現状、自分ひとりなのだから。
「大丈夫だ」
ユートは笑って首を振るう。フィオナを気遣って大丈夫だと言っているのかと思った。
その思いが顔に出てしまっているのだろう。
「見てもらった方が早い。きっと驚くぞ」
ユートは手を伸ばしてくる。小さい、子供の手だ。
その手を掴むと、ぐいと彼が引き寄せる。体が持ち上がる。彼は見た目が子供だが、勇者の強化された身体能力があるため、大人を軽々と引き寄せられる。
ふらつくフィオナ。だが彼が抱きとめてくれた。彼の体温が実に温かい。心がぽわぽわとする。
そこでフィオナは気づいた。さっきまで立ち上がれないほどに消沈していたはずだが、自分の足で立っていられることに。
「いこう」
「……ああ」
彼が手を引いてくれる。簡単に足が動く。さっきまで動けなかった体が、ウソみたいだ。
じわりと視界がにじむ。軽くなった気持ちと体が、如実に語る。彼が好きなのだと。彼を愛しているのだと。だからこそ、こんなにも自分は、彼に安らぎを覚えているのだと。
だが同時に申し訳なさが鎌首をもたげる。彼の足を引っ張ってしまったことに。彼の【大丈夫だ】という言葉に、どこか疑念を持ってしまっている自分に。
フィオナは頼りない足取りで、ユートとともに階段を降りる。1階へ到着し、食堂へと行く。
食堂は機能しているのだろうか。だって厨房に立つ人間がいないのだから。きっとがらんとしているに違いない……。
「うめー!」
「おーい! まだかよ! こっちは腹ぺこなんだよ!」
「うっせー! せかしてんじゃあねえーよ! ナナさんが運んでくるまで大人しく待ってろやごらぁ!!!」
食堂の中は、人で溢れかえっていた。テーブルは全て満席。冒険帰りのパーティたちが、飲んで食っての大騒ぎ。
若き暴牛たちが、ステーキを食いながら、ホールを駆け回るナナミを見てでれでれとした視線を送る。
黄昏の竜たちが、風呂上がりなのか顔がつやつやとさせ、デザートのプディングを食べている。
ホールのあちこちからは、注文を呼ぶ声と、そして料理がこないことに対する不満の声が上がる。
だが……。
「い、いまいきますぅ~……」
「フンッ! Aセットもってきたわい!」
「空いたお皿を回収シマスネ」
すかさずやってきた【その子】が、注文を取る。
料理を持った小柄な【その人】が、テーブルに乱暴に食器を置く。
長身の【彼】が、あいた皿をもって調理場へと戻っていった。
「……ゆーくん」
目の前の光景を呆然と見やり、ぽつり……とつぶやく。
「私は、夢でも見ているのだろうか。ここにいるはずのない人間が……」
と、そのときだった。
「あー! そふぃーさぁーんっ!」
ホールにいた【彼女】が、フィオナに気づいて、パァッ! と表情を明るくする。
ばるんばるん! とその大きな胸を弾ませながら、彼女がフィオナの前へやってきた。
長い金髪。常に泣きそうな垂れ目。そして目を見張るほどの大きな乳房。
そして……特徴的な、長い耳。
そう、そこにいたのは、エルフの少女だ。だがエルフの少女などどこにでもいるだろう。
だが……彼女は、この子は、この世界にいるはずのない人間だ。
「えるる……。どうして、ここに?」
かつての仲間、冒険者パーティでいっしょだった少女、エルフのえるるが……そこにいたのだ。
「え、えへへっ♡ ユートとソフィさんのぴんちときいて、やってきましたっ!」
えっへん、とえるるが胸を張る。
「いや……やってきたって、そんな簡単に言うけど……」
簡単な話ではない。なにせえるるがいたのはここから先の未来、一周目の世界だ。
二周目へ来るためには、次元を渡ってこないと行けない。それこそ、自分がそうしたように。
疑問はある。だってあの次元の悪魔が使っていたナイフは、もう誰にも使えないはずだったのに……。
と、そのときである。
「おう! ソフィの嬢ちゃん!」「ソフィサン」
どかどかどか……とドワーフと長身の男が、フィオナの元へ来るではないか。
「フン! 寝坊助め。来るのが遅いわ!」
「お元気そうでよかったデス」
ドワーフがニカッ! と笑う。知ってる。彼を知っている。長身の男が、不器用に微笑む。知ってる。彼も、よく知っている。
豊かなあごひげのドワーフ。
病人かと思うほど青白い肌をした男。
彼らの顔も、名前も、よくよく知っている……。だから意識せずとも、彼らの名前が口からぽろりとこぼれ落ちた。
「山じい……それに、エドワード……」
ドワーフの山じいに、錬金術師のエドワードだ。どうして、一周目の仲間がここに……?
「ワタシたちだけじゃナイデスヨ」
スッ……とエドワードが、調理場を指さす。そこに立っていたのは……。
「ヘイお待ち-! Bセット完成っ! ルイ! 持っていってくれい!」
「はーい♡ 了解よあなた~♡」
調理場に立つのは、子供と思うほど小さな身長の、黒髪の青年。
彼から皿を手渡されて、ニコニコと笑うほっそりとした女性。
「クック……。それに、ルイも……」
フィオナは信じられないといった表情で、そこにいる面々をみやる。
この場において、勇者パーティのメンバーが、勢揃いしていたのだ。
バカな、あり得ない……。ありえるはずがない。だって彼らは……未来の人間だ。ここにいるはずないのだ。
「ソフィさんっ」「姐さん!」
クックとルイがフィオナに気づき、調理場から出てきて、こちらへ駆け寄ってくる。
「ふたりとも……」
「兄貴から無事なのは聞いてっけど、実際にこうして姐さんの顔見てほっとしたぜ」
「まったく。スゴく心配したんですよ。ユートさんだけじゃなく、あなたも私たちにだまーっていなくなってしまうから」
残りの面々も同意見らしく、うんうん、と頷いている。
ユートが願いの指輪で過去へ戻ったあと、仲間たちは彼を探した。その中でフィオナは次元の悪魔をとっ捕まえて、誰にも言わずみんなの前から消えた。
「私を……心配してくれてたのか?」
すると仲間たちが「ったりめーよ!」「もちろんです♡」「あ、あたりまえじゃないですかっ」「フンッ! ふざけたことを抜かしやがって!」
と頷いて返してくれた。
「…………」
フィオナは、恥じた。己のバカさ加減をだ。
自分には、ユートしかいないと思っていた。
仲間たちはしょせんビジネス上の仲間。魔王退治を終わった今、仲間たちと自分との間には、何もないと。
だからユートが過去へ戻ったとき、フィオナは躊躇せず次元を渡った。
一周目の世界にいても、自分を知るものも、愛してくれるものも、心配してくれるものも……いないと。
ナナミは死んだ。ユートは過去だ。なら過去へ戻ることに、いささかの躊躇も後悔もないと。そう思っていた。
だが……間違いだったのだ。
「ソフィサン」
錬金術師のエドワードが、フィオナに近づいてくる。
「みんなユートサンだけじゃなく、アナタのこともとても心配してたんデス。ユートさんも、あなたも、黙っていなくなるから」
知らず……フィオナは涙を流していた。
本当に、自分はバカだなと。
自分にはユートとナナミしかいないとおもっていた。でも……違ったのだ。
仲間が、いたのだ。ユート以外に、自分の身を案じてくれる、仲間が。
「ソフィ」
ユートが背中をさすってくれる。優しい声音に、心が洗われる。
「両親が出て行ったあとにおまえさ、自分がいらない子みたいなこと、言ってたろ」
「うん……」
「そんなことないって。おまえはいらない子なんかじゃない。おまえを必要とする人間はいる。俺も。母さんも。ルーシーも」
それに……と続ける。
「おまえのことを心配してくれる、仲間がいるじゃないか」
フィオナの前で、かつての仲間たちが笑っている。皆全員がうなずいてくれていた。
ああ……と目を閉じる。
自分は、いらない子なんかじゃ、なかったんだ。
自分をいらないと思っていたのは、両親だけだったのだ。
たったふたりだ。ふたりから嫌われていただけだったんだ。
自分には……たくさんの仲間がいて、みんなが、フィオナのことを大切な人だと、思ってくれていたのだ。
「ゆーくん……」
フィオナはユートの顔を抱きしめる。
「ありがとう……。みんな、ありがとう……」
体のどこかにあいた穴は、いつの間にかふさがっている。もう、自分を見失うことは、ない。
仲間たちがいる。自分を、いらない子じゃないよと笑って首を振ってくれる、仲間がいたし、いるし、これからも……居続けてくれる。
ならば……もう私は、私を見失わない!
フィオナはしっかりと足をつけて立つ。自分の足で立つ。誰にも支えてもらわなくてもいい。
今は……自分の足で立てる。たとえ辛くなってくじけそうになっても、支えてくれる仲間がいるだけで、自分は立っていられる。
「よーしっ! んじゃ姐さんも復活したところだし! おめーら! もうひとがんばりだ-!」
クックが音頭を取ると、全員が「おー!」と拳を振り上げる。
「フィオナ」
すっ……とユートが、食神の鉢巻きを、手渡してくる。
受け取る。彼を見る。
「いけるか?」
大切な人が、自分を頼ってきている。ならば返事はひとつしかない。
「ああっ!!」
鉢巻きを受け取り、強く頷く。クックとともに調理場へと向かう。
かつてはユートの隣が自分の唯一の場所だった。だが今は、ユートから離れたこの調理場が、自分の居場所である。
もう両親のことは、頭になかった。今は支えてくれる仲間たちの顔しか、見えない。
フィオナは気合いを入れる。体が軽い。チカラに充ち満ちている。
「いくぞクック!」「おっけー姐さん!」
フィオナは戦場へと足を踏み出す。剣の代わりに包丁を持ち、モンスターの代わりに食材を切る。
ここが新しい、自分の戦場。新しい、自分のいるべき場所。
そこでフィオナは、せいいっぱい生きよう。両親に捨てられて凹んでいた自分はもういない。
弱さにおびえて仮面を被っていた自分も、いない。
ここにいるのは……フィオナだ。料理人のフィオナ。
それが新しい名前。新しい、自分。弱さを乗り越えて誕生した、強い自分の姿だった。
お疲れ様です。1章はあと2話、全20話で締められるかなと思います。(なんか毎回あと2話って言ってますね……)
あとは7日目を乗り切って、仲間たちがやってこれたネタバラシして、仲間と別れて…みたいな感じになるかなと思います。
あとソフィ両親にはきっちり天罰(というか制裁)食らわす予定です。
次回もよろしくお願いします。最後まで頑張れるよう、可能でしたら下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです。
ではまた。




