17.勇者、新たな責任を背負い込む
6日目。
その日の朝、俺は食堂でルーシー、フィオナ、母さんと食事を取っていた。
「あら~?」
真っ先に異変に気づいたのは、母さんだ。
きょろきょろ、と辺りを見回す。立ちあがって、んんー? と食堂の外を見やる。出て行って、帰ってきて、あれ? と首をかしげる。
「どうしたんですか、ナナさん?」
ルーシーが母さんに言う。
母さんはあいている席を見て、
「ソフィちゃんがいないな~って」
言われて、俺もフィオナも、気づいた。いつもならソフィは、俺たちが来る前に、ここにいるはずなのだが。
今日は俺たちがほぼ全員集合してるというのに、ソフィの姿が見えない。
「寝坊でもしてるんじゃないか?」と俺が言うと、
フィオナが険しい表情で首を振るう。
「いや……ソフィは毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きるはずだ」
ソフィは21時に寝て、いつも6時に起きている。いつもそれは変わらない。
ソフィの体が、21時にバッテリーが消れて、6時に目を覚ます、と習慣付いているのだ。
だのに……今は6時半。
いつも起きてるはずの時間に、目を覚ましてない。フィオナは、おかしさに1番に気づいたようだ。何よりも、自分のことだから。
「ユート。私すこしあの小娘の様子を見てくる」
がたり、とフィオナが立ちあがる。
「ワタシも行きます。嫌な予感がします」
フィオナが真っ先に食堂を出る。あとにルーシー、俺と続く。
足の速い俺とフィオナが本館2階へと登り、ソフィ家族の使う部屋の前までやってくる。
「おい、いるか? いるなら返事をしろ。おいっ!」
フィオナがドンドンドン! とドアをノックする。だがソフィ夫婦はおろか、娘すら起きてこない。
「クソ! ユート蹴飛ばしていいか!?」
フィオナが切羽詰まった表情で、ドアに蹴りを噛まそうとする。だが俺は慌てて彼女を止める。
おそらく鍵がかかっていると思ったのだろう。
「まて、マスターキーがある。取ってくるから」
と俺がきびすを返そうとしたのだが、そのときだった。
ルーシーが俺たちの間をすり抜けて、ドアノブに手をかける。
「マスターキーを持ってきました。どいてください」
万事にかけて用意の良いルーシーが、フロントによってマスターキーを取ってきたみたいだ。
ガチャリ、と鍵を開けて、ドアノブを回す。
ルーシーのあとに俺とフィオナが続く。
「…………」
そこにいたのは、ソフィだけだった。
ベッドの上にソフィだけがいて、くうくうと寝息を立てている。
フィオナがあれだけ大きな声を上げたというのに、ソフィは眠ったまま起きない。そこに俺はタダならない雰囲気を感じた。
枕元にはガラスのコップがあり、緑色の水薬が入っている。
「ソフィ!」
俺は彼女に近づいて抱きおこす。強く揺すっても、ソフィは起きようとしない。
「ソフィ! ソフィ! おい!」
「…………ユートくん」
ルーシーが枕元のガラスコップをとりあげて、すんすん……とにおいを嗅ぐ。
「睡眠薬です。たぶん、これを飲んでソフィちゃんは眠らされたのでしょう」
ぎり……とルーシーが歯がみする。
いったい誰が飲ませたんだ? と聞かなくても、俺はなんとなく察していた。
部屋に鍵がかかっていた。そして娘だけがベッドに残っていている。
「……決まってるだろう」
声が、震えている。ルーシーではない。俺でも、ない。
「……あいつらが、あいつらに、決まっているだろう」
フィオナがぎゅっと握り拳をにぎりして、言う。燃えるような髪と瞳が、業火のようにめらめらと燃えているようだった。
「……クズが」
最初は小さく、
「あのっ、クズどもがぁああああああああああああああ!!!!!」
激昂に身を任せて、フィオナがその場にあった調度品を蹴り壊していく。テーブルや棚に穴があく。
「フィオナ! 落ち着け!」
俺はフィオナを羽交い締めにする。パラメーター的には俺の方が上だ。
だが怒りに我を忘れた彼女を、とめることはできなかった。
「あいつら! クソがぁ!! そうやっていつも私を!!! 私が! どれだけ辛い思いして!!! どれだけさみしい思いをして!! それをっ! クソっ! ちくしょう!!」
「フィオナ……ソフィ! ソフィ! 落ち着け!!!」
俺は二周目ではなく、一周目の名前を呼ぶ。
だが彼女は止まらない。壁を殴る、殴って、穴を開けそうにする。
「私はお荷物なのかよッ!! おまえらにとって私ってなんなんだよッ!!! 邪魔者なのかよッ!!! じゃあ私を産むんじゃねぇよバカヤロウぉおおお!!!!」
……フィオナの怒りが止まることはない。このままでは宿を破壊しかねない。
意を決した俺は、フィオナの顔を掴んで、
「!?!?!??!!?」
……無理矢理、フィオナの口に、自分の口を押しつける。
フィオナの目が大きく見開かれる。俺はそのまま彼女の口の中に舌を這わせる。
彼女のチカラが、だらりと抜ける。
そのまますとん……とフィオナが脱力し、そのまましゃがみ込む。
「落ち着いたか?」
口を離して俺が聞く。
「…………」
フィオナの怒りは収まったが、顔をうつむいて、そのまま何も答えない。
「私は……邪魔者だったんだ。私を置いて、あいつらは……やっぱり、私は……」
先ほどまでの激しい怒りは通り過ぎ、あとには抜けら柄のように、フィオナがつぶやいている。
ルーシーはフィオナの様子を見て、さらに表情を険しくする。
「……最悪です。最悪の事態になりました。あの二人だけじゃなく、フィオナさんまで」
すると……。
「ぱぱー?」
今の騒ぎで、ソフィが起きた。むくっ、と体を起こして、辺りを見回す。
「あれ? みんなー? ねえ、パパは? ままも? ねえ、みんな、パパとままは、どこー?」
俺は、何も言えなかった。みんなも、何も言えないでいる。
まさか、君を置いて、逃げた……なんて、言えなかった。
☆
あれから30分後。
フィオナを俺の部屋に置き、俺は食堂へと戻る。
そこには重く沈んだ表情のルーシーがいて、イスに腰掛けている。
正面に座る母さんは、ソフィを抱っこした状態で、同じく険しい表情をしていた。
「……フィオナさんは?」
ルーシーが俺に気づいて言う。
「落ちつきはした。けど……」
「意気消沈、ですか」
彼女の言とおり、フィオナは抜け殻のようになっていた。
「無理もありません。フィオナもまたソフィなのです。過去の自分が、過去の両親によって捨てられた現場を見たら、怒り狂うのもいたしかたありません」
ルーシーがぎり……と歯がみする。
「ソフィの部屋に両親の荷物はありませんでした。恐らく……あの二人は一時的じゃなく……」
「……んだよ、あいつら」
俺まで腹が立ってきた。
ソフィが、フィオナがなにをしたというのだ。彼女は何も悪いことをしてないじゃないか。
「なんでソフィを置いてくんだよ。ソフィが何したって言うんだよ」
「……邪魔だったのでしょう」
ルーシーの言葉に、俺は暗い気持ちになる。口惜しいが両親の気持ちをわかってしまったからだ。
ソフィの両親は、冒険者だった。ふたりとも働いていた。子供は今まで、無料で見てもらっていた。
だが今後はそうはいかない、面倒見料を取ると言った。そうなると、本格的にソフィは負債でしかない。
タダでさえかつかつの生活の上に、ソフィの面倒代。さらにこの1週間は、本業による収入はなく、ただ働きだ。
加えてこの5日間の激務。
……そりゃ、逃げるよな。
「? ねえななちゃん、どうしてみんな、くらーいかおしているの?」
置かれてる状況を、ソフィはまるで理解してない。きょとんと目を丸くしている。
「……ソフィちゃん、ごめんね」
ぽつり……とルーシーがつぶやく。
その声は、驚くほどまでに、弱々しかった。俺はルーシーを見やる。
「ごめん、ごめんねソフィちゃん。ワタシのせいだ……」
彼女は、泣いていた。逆境にも笑っていた彼女が、ひとり、さめざめと涙を流している。
「……ワタシのせいだ。ワタシが、人の気持ちを考えずに取り立てたから。ごめん、ごめんね、ごめんねぇ……」
ルーシーは自責の念に駆られてるようだった。
「ルーシー。おまえのせいじゃない。悪いのはあのクズ親だよ」
「いえ……でも……」
ぽろぽろと涙を流すルーシー。
「るーしーちゃんどうしたの? お腹痛いの? だいじょうぶ?」
1番の当事者が、ルーシーの身を案じる。ルーシーはぐす……っと目をこすったあと、
「……大丈夫です。ご心配をおかけしました」
ふぅー……っとルーシーが長く重く、吐息を吐く。
「ソフィちゃん。安心してください。あなたの身は、ワタシが保証します」
ルーシーはソフィの前に立ち、彼女の小さな手をきゅっ、と握る。
「はえ? るーしーちゃん?」
「あなたはワタシが、責任を持って育てます」
ルーシーが、よいしょと、ソフィをもちあげる。
「これからは……ワタシが、ソフィちゃんの……くぅ、おもっ」
ふらふら、とルーシーがソフィをもちあげて、ふらつく。彼女がふらついていると、
「よいしょー」
と言って、母さんがルーシーごと、ソフィを持ち上げる。
「な、ナナさん」「ななちゃんちっからもちー」
ルーシーが目を白黒させ、ソフィはきゃっきゃとはしゃぐ。
「話しは、聞いたよ~……」
母さんが一瞬だけ、沈思黙考して、にこーっと笑う。
「ソフィちゃん。パパとママ、ちょっと遠くにいっちゃったみたいなの」
母さんがソフィを見て言う。
「そーなの? おしごと?」
「そう、お仕事よ~」
ルーシーが目を見開く。母さんは目を閉じて、ふるふる……と首を振るった。
まだこの子には、真実を告げないほうがいいと。そう言っているらしい。
「おしごとかー……。さみしくなるなー……」
しゅん、とソフィが気落ちする。
「だぁいじょうぶよ~」
母さんが暗い雰囲気を吹き飛ばすように、明るく笑って言う。
「ソフィちゃんのそばには、ルーシーちゃんと、わたしが、いるよ~」
「ナナさん……。これはワタシだけの……」
母さんはルーシーの唇に、人さし指を当てる。
「暗い顔しちゃ、だめだよ~。笑顔笑顔、笑顔でいないと~」
ルーシーは母さんを見やる。彼女の明るい笑みを見て、水色エルフも「……そうですね」と言って微笑を浮かべる。
「ほえ? ほえほえ? なになに、どーゆーこった?」
「つまりね~、これからはままとルーシーちゃんが、ママとパパのかわりだよーってことだよ~」
するとパァッ! と母さんが笑顔になる。
「ほんとっ?」
「ええ」「本当よ~」
母さんとルーシーが笑顔で、ソフィにうなづく。
「じゃあふぃー、ぜぇんぜんさみしくないっ。るーしーちゃんとななちゃんがいるし、それにそれにっ」
ぴょん、とソフィが母さんから降りる。
俺に抱きついてくる。
「ナナちゃんがいっしょーってことは、ゆーくんともいっしょーってことだよねっ!」
無邪気に笑うソフィ。俺は小さい彼女の身体を、ぎゅっと抱きしめる。
「……ああ、そうだ。これからは、ずっと一緒だ」
ルーシーのミスは、パートナーである俺のミスでもある。ソフィの両親が出て行ったのは、俺にも原因があるということだ。
ソフィはもう俺の家族だ。なら家族として、彼女を支える義務が俺にはある。
母さんだけじゃない、ソフィも、俺は支えていこう。そう、意を決したのだった。
☆
支えていこうと決意をしても、日々の業務が軽くなってくれるわけじゃない。
むしろ労働力が3人も、減ってしまったのだ。
「くそ……どうしよう……」
俺は自分の部屋に1度戻って、1人考える。
「ホールの数も足りないし、なにより料理を作ってくれる人間がいない」
母さんに任せる手もあるが、食神の鉢巻きの説明を上手くできないので、使わせられない。
フィオナは、この不思議な鉢巻きのことを知っている。効果と、出所を。
しかし母さんは何も知らない。俺が勇者であることも、未来からもらってきたアイテムのことも、なにも。
ゆえに鉢巻きを使えるのは、俺か、ルーシー。だが俺が調理場に立つわけには行かない。ルーシーも冒険者の相手をしないといけない。
「打つ手無しか……」
新しく人を雇った場合でも一緒だ。結局は食神の鉢巻きを使える、安心して使わせられる人間が、いない。
「クソ……」
俺は部屋の中を歩き回る。せっかく登り調子なのだ。ここで宿を閉めるわけにはいかない。
昨日からの宿泊客が、そろそろ朝食にどっ、と押し寄せてくるだろう。
「どうする……ひとがたりない。ひとが、ひとが……」
本格的に打つ手がなかった。こうなったら俺が外見詐称薬で大人になって調理場に立つか……?
いやでもじゃあおまえ誰だよ、みたいになるだろうし。いきなり知らない男がやってきて、あなたのところを手伝いたい、といったらさすがの母さんも困惑するだろうな。
「くそ……こんなときに、みんながいれば……」
俺の脳裏には、一周目の世界で出会った仲間たちの顔が、浮かぶ。
ルイ。クック。えるる。山じい。エドワード。
彼らが今この場にいれば、どれだけ心強かったか。彼らならば、俺は安心して任せることができる。
「みんな……」
だが、無理だ。
彼らは一周目、未来の人間だ。
彼らはこの二周目の過去の世界には、いない。どこを探しても、彼らをみつけることはできない。
彼らに会いに行くためには、未来へ行く必要がある。フィオナのように、次元を、渡る必要がある。
「……そう言えばフィオナは、」
次元を渡って、ここへやってきた。
どうやって……?
「そうだ」
俺は部屋の片隅に目をやる。
そこには……小さなナイフが落ちていた。
俺はそれを拾い上げる。
【次元の悪魔】が使っていた、時間と空間を渡ることのできるナイフだ。
「これを使えば……未来の世界へ行ける」
だがフィオナは言っていた。
これは、悪魔にしか使えないと。
フィオナは次元の悪魔にナイフを使わせて、ここへやってきたのだ。
「悪魔じゃないとナイフは使えない……か」
と、そのときだった。
ぼぉ……っとナイフが、淡く光り出したのだ。
「なんだ? 光ってる……?」
そしてナイフだけじゃなくて、俺の中の【なにか】が、反応を見せた。
俺はアイテムボックスを開いて、【それ】を取り出す。
【それ】は、ナイフと同様に、光り輝いていた。
それどころか、【それ】とナイフは、呼応するように、光っている。
「…………」
俺はナイフを強く握りしめる。いける……という確信が、俺にはあった。
なぜかは、わからない。なぜ【これ】があると、ナイフが光り輝いたのだ。
だが……今はそんな疑問を挟む暇はない。行けると思ったのだ。なら、行くべきだ。
俺はナイフを振り上げる。
そして、振り下ろした。
お疲れ様です。予定より尺が伸びてしまい、あと2話かくらいかかりそうです。
次回もよろしくお願いします。
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以上です。
ではま。




