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16.勇者、裏方を走り回る



 そこから数日は忙しい日々が続いた。


 俺が変装した姿、新人冒険者ディアブロ。


 おれをスカウトしようと、ひっきりなしに冒険者たちが、はなまる亭にやってくる。


 彼らは宿泊が目的でないので、俺へのスカウトがだめとわかると、たいていが帰って行く。


 だがそれでも、全員ではない。


 男の冒険者が多いパーティは、母さんがいらっしゃいと出迎えると、デレデレした顔で食堂なり宿泊なりをしていく。


 また女性が多いパーティでも、風呂がこの宿にあるとわかると、嬉々として宿泊をしていくのだ。


 またルーシーの提案によって、料金プランも見直された。


 まず宿泊をすれば、2食ついて、そして風呂に自由に入れる。これで1泊一人98ゴールド。


 なぜそんな中途半端な値段にするのだろうか。ほぼ100ゴールドならば、100ゴールドにすれば良いのに。


 そう思ったのだが、『えーっと、そうですね。わかりやすく言うと、100と98ゴールドだと、ほら、なんだかお得感がスゴくしませんか?』


 言われてたしかにと思った。3桁と2桁では、2桁の方が安いと思ってしまう。


 結局たった2ゴールドの差なのだが、すごくお得な感じがする。


 次ぎに宿泊をしないプラン。


 食堂を利用すれば1食15ゴールド。そして食堂を1回利用すると、風呂にタダで1回入れる。


 風呂だけのプランもある。1回10ゴールドだ。


『こうすればみんな食堂を使ってくれるでしょう?』


 たしかに風呂だけ利用すると10。あと5ゴールド出せば飯も食える……と思うと、15ゴールド払ってメシと風呂のプランを選ぶだろう。


『1食だけお試しに食えば、ここの宿の飯がいかにうまいか、そして食事によってステータスが上昇することがわかるでしょう。そうすればまた食事を利用しようとなります。そして宿泊しようっていう客も出てきます』


 食事を2食で30ゴールド。風呂に2回入れる。


 1泊(98ゴールド払えば)すれば2食+風呂は入り放題。2食分(30ゴールド)に+68ゴールド払うだけで、泊まれるし、1回10ゴールドの風呂に何度も入れる。


 しかも1泊して7回風呂に入れば、1泊分の宿泊費の元が取れる(30+70=100Gなので)。


『まあ実際7回も風呂に入るひとはいないでしょう。しかし何度も風呂に入れるというのは、特に女性にとっては魅力的に映るはずです』


 ルーシーの読み通り、女性の宿泊客のたいはんは、1泊して何度も風呂に入っている。


 朝起きて1回。冒険から帰ってきて1回。寝る前に1回入っている人も見る。それ以上入る人もいるから驚く。


 男の宿泊客でも、女ほどではないが、しかし冒険帰りに風呂に入れるのはありがたいと、みんな喜んで宿泊プランを利用する。

 とにかく風呂とメシを、みんな褒めていた。食べると体力が回復し、風呂に入れば疲労回復+生傷がなおる。


 メシのおいしさは保証されている。なにせ勇者パーティの食を支えたクックの料理が食えるのだから。


 風呂は本当に好評だった。なにせ風呂は高い宿にしかない。こんな安い値段で風呂に入れるなんて! とみんな喜んでいた。


 その風呂なのだが、男女で別に分けた。


 創造の絨毯でついたてをつくり、湯船も2つ作った。一方を女湯、一方を男湯とわける。


『湯船が同じだと嫌がる女性がいますからね。だから湯船を2つにわけました』


 王都の宿だと、湯船はひとつしか無くて、男女は時間によって入る入らないが決まっていた。


 なので風呂が2つあって、女性は安心して入れるようになった。結果、女性冒険者の風呂の利用、ひいては宿泊する客数の上昇を招いた。


 女性ばかりが泊まるかと思ったが、そうでもない。男性客もしっかりいる。何せウチには、看板娘がいるからだ。


「いらっしゃ~い♡」


「……すげ」「……なんだこのひときれいすぎる」「……きょ、巨乳で美人。若くて未亡人、だと!?」


 と看板娘である母さんを見て、男たちはハートを打ち抜かれる。ほぼ全員が、若き暴牛のやつらと同じで、母さんに気に入られようと宿泊したり食堂を利用したりするようになった。


 女性客は風呂を、男性客は母さんを、それぞれ目当てに宿を利用していく。


 その結果、宿は連日満員だった。本館だけじゃなくて、別館までも客室が全部埋まるとは思わなかった。


 満室で4日目には満室で泊まれない客が出るくらいだった。

 

 客室が満杯になったことで、職員側の仕事は多くなった。なにせ部屋数のわりに、従業員数が少ない。


 俺とフィオナは、休むことなく動き回った。


 まず朝。食堂に宿泊客がドッ……! と押し寄せる。


 ソフィ両親に注文を取らせて、母さんと俺がメシを出す。フィオナとゴーレムが厨房に立ち、フライパンや包丁を動かす。


 ゴーレムは命令に従い動くが、繊細な動きはできない。


 料理を美味しく作るためには、やはり【食神の鉢巻き】を巻いたフィオナが必要だ。(ゴーレムに鉢巻きは装備できないこともある)


 なので調理場では、ゴーレムには1.食材のカッティング。2.もりつけ、3.回収した皿を洗う。という、単純作業だけを任せて、あとはフィオナがやる。


 料理ができるだけの精巧な動きができるゴーレムは、残念だがまだ作るにいたっていない。


 フィオナの負担は増えるが、彼女は元騎士。体力には自信があった。


 それに俺は、過労で倒れないように、あるものを作った。


【万能水薬】に【ガンバリ蜥蜴】、【ぐんぐんきのこ】、【ゴーゴーにんじん】を混ぜて、【滋養強壮薬】を作った。


 ルーシーいわく、『栄養ドリンクみたいなものです』


 小さな小瓶に入った強壮薬を飲めば、瞬時に体力・気力が回復する薬だ。


 これを俺もフィオナも何本か持って働いた。あまり飲み過ぎはよくないみたいだが、これのおかげで体が疲れを知らずに動き回れる。


 食事の時間が終わると、次は部屋の清掃だ。


 部屋のベッドシーツの取り替え、アメニティの補充、部屋の掃除をする。


 と言っても俺たちは何もしてない。取り替える作業くらい、掃除をするくらいならば、ゴーレムにでもできるからだ。


 掃除の時間、フィオナには休んでもらう。しっかりと休養を取ってもらう。


 母さんはやってくる客の応対に終始してもらう。受け付けカウンターに座っていて、ときおり部屋に人を案内したりする。


 俺はその間、ダンジョンへ飛んでいって食材の補充だ。モンスターを倒して倒して倒しまくり、食材の補充。


 さらに裏庭に置いてある世界樹の樹から雫や実を回収する。


 回収した洗濯物は、ゴーレムが川へ行き、洗濯する。


『本当は洗濯機も作れるのですが、必要な素材がレアなものが多すぎて作れませんでした……ぐぬぬ……』


 とのこと。センタクキとやらはまだ導入に時間がかかるそうだ。


 それでもゴーレムを使えば、自動で洗濯物をやってもらえるので、非常に楽である。

 食材を取った後はゴーレムの残り魔力バッテリーの確認。


 足りなくなっていたら魔力結晶を回収し、無限魔力の水晶から魔力を補充する。


 食材の収集、ゴーレムの監督が俺の主な仕事だった。


 ルーシーはひっきりなしにやってくる冒険者を面接しまくる。


 だいたいお帰りください、と突っ返す。それでもやってくる量が量なのだ、1回の面接に5分かかったとして、それが12組で1時間。60組で5時間もかかる。


 驚くことに、結構この宿に、俺に会いに来るパーティは多かった。


 この間のあの場にいた冒険者だけじゃなく、国中から、俺のウワサを聞きつけて、ここへとやってきているらしい。


 また面接に落ちたやつらも、他の冒険者に【こんなすげえヤツがいてスカウトしようと思った。けどだめだった……】と愚痴ることで、宣伝となり、それがまた客を呼び寄せる。


 そうやってどんどんと、俺を引き入れようと、宿へと足を運んでいく。


 ただまあ、全員が泊まるかというと、否である。やはり村人の態度が悪いことが、そうとう足を引っ張っているようだ。


 村にやってきたはいいが、宿の場所がわからなくて村人に尋ねて、その態度の悪さに気分を害する。……というパターンがままあった。


 ほんと、おしい。実におしい。村人が普通の村人ならば、今頃とっくにもっと客が増えてウハウハだったろう。


 とは言え、それでも客室が満室になるくらいには、人が泊まっているのだ。


 そうやってやってくる客を、俺たちは捌いていく。


 びっくりするくらい、順調だった。


 ここまで客がひっきりなしに来て、てんやわんやになりつつも、それでもなんとかやっていけている。


 それはひとえに、うちの優秀なマネージャーであるルーシーがいたおかげだ。


 彼女の的確な指示、下準備、そして綿密な計画があったからこそ、ここまで物事が上手く運んでいる。


 本当に、ルーシー様々だ。



    ☆



 5日目の深夜。


 仕事が一段落して、俺はルーシーの部屋へと向かった。


「どうぞー」


 ルーシーの部屋に入る。あいかわらず部屋は書類の山だった。


 それはたいていが報告書だ。


 この日にはどんなトラブルがあったのか、何があったのかを、従業員である俺たちが作成しているのである。


 ルーシーはそれらに目を通し、改善策をすぐに打ち出してくれる。


「お疲れさん、ルーシー」


 俺はルーシーの机に、強壮薬の入った紅茶を出す。ルーシーはありがとう、と言って受け取る。


 ず……っと一口くちをつけて、きゅう、と顔をしかめる。


「どうした?」


「あ、いえ……。苦い……あ、なんでもないです」


 どうやら紅茶が苦かったみたいだ。俺は厨房から砂糖を取ってきて、ルーシーに手渡す。


「ユートくん、ありがとう」


 そう言ってルーシーは、どばどばどばー! と砂糖をカップにぶち込む。


 ずっ……とルーシーが紅茶を飲んで「良い味です」と満足そう。


「そんなに砂糖入れて大丈夫なのか?」


「飲んでみます?」


 すっ……とルーシーがカップを俺に手渡してくる。


「いや、それだと間接キスにならないか?」


「おやユートくん。ワタシがその程度で動揺する女だと?」


 にこり、とルーシーが余裕のある笑みを浮かべる。


「見た目は子供ですが、中身はそこそこあるんですよ」


「ああ、そう。なら一口だけ」


 俺はルーシーから砂糖たっぷりの紅茶を受け取り、飲んで、おえっと吐き出しそうになる。


 なんというか、甘すぎる。胸焼けしそうになった。


 ルーシーにカップを返す。ルーシーはうまーっと美味しそうに飲んでいた。すげえなこの人。


「ふぅ……これで5日目終了ですね」


 ルーシーがイスの上でぐいっと伸びをする。今度はお腹の部分を手で押さえていた。おへそが見えない。


「だな。ここまで上首尾に事が運ぶとは思わなかったぞ。さすがルーシー」


「いえいえ。上手く回せているのは、あなたがゴーレムを頑張ってたくさん作ってくれているのと、あと食材を絶えずあなたが補充してくれているからです。ワタシひとりではここまで上手くいきませんでした」


 ふ……っとルーシーが淡く微笑む。


「ユートくんとフィオナさんがいてくれたからこそ、上手くいっているのです」


「ルーシーにそう言われると、光栄だな」


 凄腕商人から言われると、俺までできるやつみたいに思えて、なんだか嬉しくなる。


「……。いいですよね、ほんと」


 ルーシーが俺を見て笑う。


「何がだ?」


「ん。仲間っていいなって」


 そう言えばルーシーは、ずっと一人だったと言っていたな。


「ワタシいままで勘違いしてました。群れるのは力の無い弱者の証拠だと。でも……ワタシ、間違ってました」


 紅茶を飲み終えて、ルーシーはつぶやく。


「仲間と協力して何かをなすのって、いいんですね、うん」


 ルーシーがにこりと微笑む。その目の端には……心なしか、涙が浮かんでいるように見えた。


「ルーシー。本当におまえには感謝しても仕切れないよ。おまえっていう仲間がいてくれて、俺は嬉しい」


「ば、ばか……やめてくださいよ。お礼を言うのはワタシの方ですって……」


 てれてれ、とルーシーが照れていた。


「それに感謝の言葉はまだ早いです。繁忙期はあと2日あります。明後日の夜を乗り切ってから、お礼をまた言ってください」


「ああ、そうか。あと2日あるんだったな」


 忙しい時期の7日間。そのうちの5日目を終えた。たしかにあと2日ある。


「まあでも5日間、だいじょぶだったんだから、残り2日も余裕だろうな」


 俺の言葉に、ルーシーが黙り込む。


 沈思黙考して、


「だと、いいんですが……」


 とふむと考え込む。


「何か気になることでもあるのか?」


「……ええ。忙しい時期が5日も続いたのです。そろそろどこかに不具合が出てくると思います」


 ルーシーの顔に、真剣みが増す。考えすぎじゃ……っという言葉は、引っ込んでしまった。


「俺もフィオナも倒れないよう、強壮薬をこまめに飲んでいるぞ。倒れないように食事はしっかり取っているし、休憩もきちんととっている。だから大丈夫だ」


「……いえ、心配してるのはあなたたちではありません」


 俺たち以外に、ルーシーは懸念を抱いているようだ。


「じゃあ母さんか?」


「違います。ナナさんは肉体労働してないでしょう。だから過労で倒れることないです」


 本格的に、ルーシーが何を心配しているのか、俺にはわからなかった。


「……考えすぎですかね。まあ数か月ぶんの家賃をチャラにしてやるのです。まさかとは思いますが……バックレることはないですよね」


 大丈夫、とルーシーが自分に言い聞かせる。


「何が心配なんだ?」


 俺がルーシーに尋ねる。


「……いえ、ユートくん。気にしないでください。あなたに余計な心配事を増やしたくないので」


 そう言って、ルーシーはそれ以上なにもいってくれなかった。


 まあ、彼女が気にしなくて良いというのなら、気にしなくて良いか。


「それよりユートくん。もう夜遅いですよ。早く寝ないと」


 ルーシーが俺の体を気遣ってそう言ってくる


「それはルーシー。おまえもだろ」


「ワタシは……まだちょっとやることがありますし、少し仕事やってから寝ます」


 書類の山を見て、苦笑するルーシー。


「だめだって。寝ろよ」


「……ふむ。では、こうしましょう」


 ルーシーが立ちあがって、ベッドに腰を下ろす。そして自分の隣を、ぽんぽん、と叩く。


「ユートくん。お姉さんと一緒に寝ましょう」


 とかなんとかおっしゃるルーシー。


「あなたが帰ったらワタシは明け方まで仕事しちゃうかもですよ。ならほら、一緒に寝ましょう?」


 にやーっとルーシーが意地悪な笑みを浮かべる。どうやら俺をからかっているみたいだ。


「わかったよ」


 俺は電気を消して、ルーシーの隣へ座る。

 一緒にベッドに横になる。


「……だいじょぶです、ユートくん。あなたの、仲間の期待には、絶対に答えます。絶対に、上手く行かせます」


 ルーシーの声には、使命感のようなものがこもっていた。


「大丈夫、何もない。絶対に上手く行かせる……」


「……ルーシー。あんま気負わなくても」


 いいぞ、と言う前に、


「ぐー」


 とルーシーが眠ってしまった。寝付き良すぎるだろう……。


 くうくうと可愛らしい寝息を立てるルーシー。俺は彼女の顔を見ながら、俺も目を閉じる。


 大丈夫。上手く行く。だってこっちにはルーシーがいるのだから。



     ☆



 そして翌朝。6日目。


 事件が起きた。


 食堂を手伝っていた、ソフィの両親が。


 夫婦そろって、食堂へ、あらわれなかった。


 二人は仕事を、ばっくれやがったのだ。


 

お疲れ様です。忙しくてただでさえ人手不足のなか、ソフィ両親が仕事をバックレました。


果たしてユートくんたちは無事に乗り切れるでしょうか。


お話はあと2話で1章終了になる予定です。次回もよろしくお願いします。


また可能できたら、下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです。皆様のおかげで頑張れてます。


ではまた。

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[良い点] 人手不足は最も大きな問題になりかねませんぞ。さあ、どうやって解決する?
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