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15.勇者、影ながら宿を手伝う




 冒険者パーティ、黄昏の竜が我が宿を利用してくれた、その翌日。


 朝から昼にかけて、ひっきりなしに、冒険者がやってきた。


 全員が変装した俺に会いに来たのだ。


 ルーシーは次々やってくる冒険者を、華麗にさばいていく。


 彼女がいるのは、別館一階の1人部屋。そこに机とイスをおいて、ルーシーがやってくる冒険者を相手している。


 俺は時々、ルーシーにお茶を出しに行くフリして、中の様子をうかがう。


「ではうちのディアブロを仲間に入れたい理由を述べてください」


 イスに座ったルーシーが、眼前に座る冒険者パーティのリーダーに問いかける。


「ディアブロさんのあの強さに惹かれました! 彼がいれば我がパーティ、【草原の牡鹿】はさらに名声が高まるかと!」


 するとふぅ……とルーシーがあきれかえったように吐息を吐く。


「ウチのディアブロは、どうやらあなたのパーティにふさわしくないようです」


「な、どうしてですか!?」


 ルーシーは隣に座る俺(実際にはゴーレム)をちらりと見て、冒険者を見て言う。


「ディアブロはあなたたちの名声を上げる道具ではありません。彼のチカラが欲しいならまだしも、彼を利用して自分たちの価値を上げようという浅まさに、ディアブロは呆れています」


 ね、と言って隣に座るゴーレムに、ルーシーが問いかける。


 するとこくり……とゴーレムが頷いた。音声で頷くように、魔法がかかっているのであろう。


「そういうわけでお引き取りください。お疲れ様でした」


 草原の牡鹿のリーダーは、口惜しそうに歯がみすると、部屋を出て行った。


 あとには俺とルーシー、そしてゴーレムだけが残る。


 俺はルーシーの机にお茶を置いてやる。


「ありがとう、ユートくん」


 んんーっとルーシーが背伸びをする。俺はちらり、と俺に変装したゴーレムを見やる。


 ルーシーはこの変装したゴーレムを、ディアブロと呼んでいた。


「なあルーシー。ちょっと気になってんだけど」


「はい?」


 伸びをしてたからか、ルーシーの服から、ちらりとかわいらしいおへそが覗いた。ルーシーは俺の視線に気づいて、いそいそ、と服の位置を直す。


「どうして大人バージョンの俺の名前、ディアブロにしたんだ?」


 するとルーシーは「ああ、それですか」と言ったあと、懐から羊皮紙を取り出す。


 はい、とルーシーが手渡してきたそれを、俺が見やる。


 そこには名前がずらり、と並んでいた。


「ユートくん大人バージョンの名前の候補リストです」


・ゆんゆん

・ゆかな

・ゆるゆり

・ゆーりおんあいす

・ゆるきゃん

・ゆんぼるん


「…………」


「わかってますユートくん。そんな目をしないでください。ワタシにセンスがないのは自覚してますから」


 はぁ……と言ってルーシーがため息をつく。


「みんなキャラクターの名前ってどうやってつけてるんでしょうね。ファンタジーとか特にそうですが。ワタシはほんと、名前をつけるのが苦手です」


「気にすんなよ。人には向き不向きがあるって。ルーシーにはすごい商人の才能があるじゃないか」


「……ありがとうユートくん。優しいですね」


 ふっ……とルーシーが淡く微笑む。


「まあこの通りワタシの名前のセンスは皆無です。ゆえにアナタから聞かされた、1周目の魔王の名前を使わせてもらいました」


「別にいいけど……魔王の名前を騙って大丈夫なのかよ?」


「だいじょぶでしょう。なにせ2周目の世界には、魔王が君臨する前にあなたが倒してしまったのです。ディアブロの名前を知っている人間は、この2周目の世界にはいません」


 ……逆に言うと、1周目の人間はその名前を知ってることになるのだが。


 まあ1周目の世界とはつながりが完全に途絶えているのだ。


 向こうの世界の人間がこちらに来る可能性は、絶対にない。100%ない。


 だからまあ、大丈夫だ。


「そんなわけでディアブロくんにはこれからバンバンと活躍してもらいます。期待してますよ、ディアブロくん」


 ルーシーが俺を見て言う。


 まあ大人バージョンの俺=ディアブロだから間違いじゃないんだが、


「できれば俺のことは普通によんでくれ」


「了解です、ユートくん」


 それで……と俺が続ける。


 俺はルーシーにお茶を単に出したのではない。上手くいってるかどうかを聞き出しに来たのだ。


「首尾は?」


「あまり芳しくないですね」


 平坦な顔でルーシーが言う。苦い表情ではなかった。冷静さがあった。


「上手くいってない割に凹んでないな」


「まあもとよりやってくるのは、さっきの草原の牡鹿のような、ユートくんを使って自分たちの地位を上げよう、ってやつらばかりだと思ってましたから」


 この展開はすでにルーシーの想定内だったらしい。


「とりあえず今回は宿に人を呼ぶのが目的です。やってくる彼らがいかにザコだろうと関係ないです」


 たしかに今さっき出て行った草原の牡鹿は、宿に宿泊している。このまま近くのダンジョンに潜りに行くのだろう。


 そうやって朝からやってきたやつらは、だいたいウチに泊まっていっている。もっとも、宿泊客は、黄昏の竜以外は、全員男だが。


 理由は若き暴牛のやつらと同じ。うら若いかわいい店主がいるからだ。


「主たる目的である客足を増やすという作戦は成功しているのです。よしとしましょう」


「だな。……ところで今んところ誰も良さそうなパーティはないのか?」


「そうですね。一番利用価値が高そうなのは、一番最初に来た、彼女たちですかね」


 ルーシーの言葉に、思い当たるパーティの名前を挙げる。


「黄昏の竜か?」


「ええ。まさか1組目からあんな有名な冒険者パーティが来るとは、さすがのワタシも思ってませんでしたよ」


 ルーシーが手元にある紙の束を見下ろす。そこには冒険者パーティの構成メンバー、ランクなどが書かれている。


「まあ今のところ彼女たちを利用するのが一番でしょう。この先もっとスゴいのが来るかも知れませんが」


「そんなに黄昏の竜ってすごいのか?」


「ええまあ。冒険者やっている人なら、たぶん全員が名前を知ってるでしょう」


 そんなに有名なのか、彼女たちは。


 そのときだった。


 コンコン……と部屋のドアがノックされたのだ。


「次のヤツがきたのか?」

「ですね。ユートくん詳しい話は後日」


 わかった、と言って俺はその場を後にする。俺と入れ代わるように、冒険者の男が入ってくる。


 ルーシーを見やる。彼女はハァと嘆息をついていた。たぶんこの冒険者の男も、たいして利用価値の高くないやつなのだろう。



    ☆



 時間はあっという間に過ぎていき、夕方。


 はなまる亭の食堂には、人で溢れかえっていた。


「ウエイターさん! 注文お願いします-!」


「おおい、メシはまだかー!」


「てめえこのやろ、ナナさんが今メシ作ってんだろ。何せかしてんだよ素人かよあ゛ぁ!?」


 食堂のテーブルとイスは全て埋まっている。泊まりの客も、食堂だけ利用している客もいる。


「テーブルが全部埋まる日が来るなんて~」


 と母さんは額に汗をうかべながら、しかし嬉しそうに、ニコニコしていた。


 ごめん母さん、無理に働かせて。


「おい注文が遅いぞ!」


「す、すみません……」


 慣れてない様子で、注文を取る人間が、約2名。


 俺も皿を運びながら、彼女たちを見やる。


「注文を繰り返します。えっと……Aセットが2つ、でよろしかったでしょうか?」


「あ゛あっ!? ちげえよBセットだよふざけんなよ!!」


 客に怒鳴られて凹む注文取りの人。そこに……。


「ままをいじめないでっ!」


 たたた、っと小さな影がやってきて、客の前にバッ! と飛び出してくる。


 そこにいたのは……赤髪の少女、ソフィだ。


 ソフィが客から、かばっている。


 誰を?


「ソフィ……」


「ままはぼーけんしゃなのっ。うえいとれすなんてやったことないのっ。だからゆるしてよっ」


 そう、注文を取っていたのは、ソフィの母だ。そしてソフィの父も、せわしなくテーブルの間を走り回っている。


 なぜ彼等がここにいるのか?


 理由は簡単だ。


 ルーシーが、働かせているのだ。


 以前ルーシーは、ソフィの両親から、滞納している家賃を回収しに行った。


 だがソフィ両親たちに、数か月分の家賃を今すぐ用意できるほど、手持ちがあるわけではなかった。


 そこでルーシーはこう提案したのだ。


『今日から一週間、食堂を手伝ってください』


 金としてではなく、労働で、滞納していた家賃を払わせたのだ。無論1週間の労働で家賃が全てまかなえるわけでもないが。


 人を雇う金がないゆえに、ルーシーはこうして、利用できるものを利用したわけである。


 ほんと、ルーシーのアイディアには、いつも驚かされる。


『あ、もちろん家賃代わりに働いてもらうんです。賃金を期待しようとか思ってませんよね♡』


 にこりと笑ったあのときのルーシーは、うん、怖かったな。


 それはさておき。


 ソフィ両親が食堂で注文を取り、調理場ではフィオナとゴーレムが、せわしなく動き回っている。


 俺はフィオナから皿を受け取って、客に料理を出す。これくらいのお手伝いなら、母さんは許してくれたのだ。


 客に料理を出したあと、また調理場へ顔を出す。


「……ユート。大変だ。肉がもうなくなってきた」


「本当か?」


「……ああ、想定外だ。まさかここまで人が来るとは」


 繁忙期2日目の夕方にして、食料がつきかけていた。1週間持つように結構仕入れておいたのだが。


「わかったフィオナ。ここは俺に任せてくれ」


「頼む」


 俺はこっそりと食堂を、そして宿を抜けて、村の外へ出る。


 走りながら、俺は【とあるもの】を身につける。


 バサッ……と【それ】を身に纏って、宵闇に紛れて、俺はダンジョンに単身で潜り込む。


 俺は旋風となり、ダンジョン内の動物型モンスターを狩って、狩って、狩りまくる。


 自重するつもりなどいっさいない。今は【これ】を着ているおかげで、誰も俺には気づかないし。


 それに早く食材を取らないと、宿屋の飯がなくなってしまうからな。


 俺はダンジョン内を風となって走り抜ける。手に持った聖剣でモンスターの首をきり、聖弓でまとめてモンスターの大群を蹴散らす。


 そうやってモンスターを撃破しつつ食材を回収していると、前方に見知った影があった。


「ハァッ!!!」


 そこにいたのは、黄金色をした騎士と、がたいの良い魔術師、そしてマフラーで口元を隠したレンジャーだ。


 黄昏の竜のめんめんが、ダンジョン内で狩りをしているようだった。


「魔法を!」「まかせろや!!」


 相手をしているのは、【毒足スパイダー】の大群だった。


 無数の毒蜘蛛が大挙して、黄昏の竜めがけて押し寄せてくる。


「そーら!【煉獄の爆炎】!!!」


 魔術師が魔力を炎にかえて、そこらにいた大量の毒蜘蛛を燃やし尽くす。


 ごぉっ……!! とすさまじい熱気と爆発が起きて、毒蜘蛛が一瞬にして消し炭になる。


「……リーダー。大きいのが1匹、こちらに」


 レンジャーが【聞き耳】スキルを発動させたのだろう、いちはやく敵を察知する。


「わかった!」


 リーダーの女は腰から2本の剣を抜くと、レンジャーが指し示す方に、剣を構える。


「はぁあああああ!!!」


 剣に魔力を宿し、黄金の槍と化したリーダーが、すさまじいスピードで特攻。


 その先にいた毒蜘蛛の親玉に、見つかる前に敵を撃破。


 リーダーが敵を倒しても、仲間たちは気を緩めず、リーダーの元へ集まる。


 固まって壁際にたち、レンジャーが【聞き耳】スキルを発動させる。


 ややあって、


「……敵影無し」


 ほっ……とリーダーと魔術師が安堵の吐息を解く。敵を倒す手際。そして最後まで気を抜かない。そこにたしかに、ベテランの腕があった。


「しかし初級、中級向けのダンジョンってきいたときには、アタシらには役が不足してるっておもったけどよぉ」


「……ここ、なかなかおいしい狩り場でごじゃるね」


「そうだな。出てくるモンスターがレアなものがおおい。さほど強くないが出現頻度の低いモンスターが大量に沸いている。なるほど、ここを訪れる人が多いのもうなずけるな……」


 うんうん、と黄昏の竜たちが頷いている。なんと、ここってそういうダンジョンだったのか。


「なぁリーダー。しばらくあの宿に泊まろうぜ。どうせあと5日は、結果待ちで暇だろ?」


「それはいいが、ずいぶんとあの宿を気に入ったんだな」


「おうよ!」と魔術師がうなずく。


「……せっしゃもあそこはきにいったでごじゃる」


 レンジャーの少女も同意していた。


「……やはりお風呂があるのがいい」


「だな。しかも男女で風呂が別々ってのも高ポイントだぜ」


 うんうん、と黄昏の竜のメンバーたちがうなずいている。みんな満足してくれてるみたいだ。


「そうだな。あと結果がわかるまであと5日。このダンジョンで狩りをしよう。あの宿を拠点にしてな」


 異議無し! とメンバーたちが同意する。俺は内心でガッツポーズを決める。


 と、そのときだった。


 俺は敵の気配を感じる。


 すさまじく速いスピードで、何かが黄昏の竜たちの方へと向かってくる。


「! リーダー!」


 レンジャーが素早く気づく。だがそのときにはもう遅い。


 そこには……2メートルはあろうかというと、巨大なコウモリが、すさまじい速度で飛んできたのだ。


 ポイズンバッドだ。


 鋭い牙を持ち、そこから強い毒を出して相手を倒す……冒険者殺しと悪高いモンスター。


 黄昏の竜の反応は遅れた。無理もない。ポイズンバッドは強さはさほどではないが、特筆すべきはその速度だ。


 速度だけなら、S級並ある、レアなモンスターなのである。


 まさか彼女たちも、こんなレアモンスターがここにいるとは思ってなかったのだろう。だからこそ、反応が遅れた。


 ……シュコンッ!


 と、俺が物陰から飛び出て、ポイズンバッドを縦に一線。


 ポイズンバッドはそのままふたつに断たれて、爆発四散。


 俺はそのまま着地。


「…………。今のは、なんだったんだ?」


 黄昏の竜のリーダーが、いきなりまっぷたつになったポイズンバッドを見て、驚愕に目を見開いている。


「わ、わかんねー……。敵が来た、と思ったら、こうなってやがった」


 俺のすぐそばで、彼女たちが困惑顔を付き合わせている。


 俺がそばにいるというのに、気づいていない。


 それはそのはず、俺が今身につけているのが、【透明外套クリア・マント】だからだ。


 透明外套。文字通りこれを身につければ、他人から見えなくなるという、魔法のマントだ。


 これもルーシーの持ち物だ。ダンジョンで動き回ると、人に出会う可能性が高くなるから……と貸してくれたのである。


「いったい誰が……?」「わからん……」「せっしゃが気づく前に気づいたなにものかが、たおしたのでごじゃろう……」


 黄昏の竜のメンバーは、強い。だがそれでも、元勇者の俺には、及ばないようだ。


 俺は彼女たちの無事を確かめたあと、さっさとその場を後にする。


 食材を持って、俺は宿屋へと戻るのだった。

お疲れ様です。次回も繁忙期は続きます。たぶんあと2話かそこらくらい書いて、1章を締めるつもりです。


次回もよろしくお願いします。


可能であれば下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです。いつも大半励みになってます。


ではまた。

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