14.勇者、客引きする
ルーシーたちと作戦会議をした、翌日。
朝の早い時間。
俺はソフィとともに、村の入り口の近くの森にいた。
「でーとっ、でーとっ、ゆーくんとでーとなんだぜっ」
喜色満面のソフィ。
俺は彼女に、外に遊びに行かないかと行ったのだ。そしたらソフィはイコールでデート、と解釈したみたいだ。
まあデートってわけじゃないし、外には別に、遊びに来たわけじゃない。
「ごめんな、ソフィ」
あとでちゃんと、純粋に遊んであげるから。君を利用するみたいなことをして、ごめんなと謝る。
「んえー? なにあやまってるのー? へんなゆーくんですなっ。そゆとこすきだけどぉ~♡」
きゃっきゃ、とソフィが無邪気に笑う。
「おそとでなにしてあそぶ? おままごとー?」
とソフィが俺に聞いてきた、そのときだ。
ざっざっざっ、と村に近づく足音。
「およ? だれだろー?」
「……さっそく来たか」
足音の方を見やると、そこには皮鎧に身を包んだ一団がやってきた。
騎士の腰にぶら下げているのは長剣。手に杖を持つのは魔術師だろう。弓矢を背負うのはレンジャーか。
とにかく、冒険者の一団であることは、俺にはすぐにわかった。
「ここがあの新人がいっていた宿のある村か……」
リーダーらしき女が、村の入り口を見てつぶやく。猛禽類のような鋭い目をした女だった。
「でもよぉリーダー。マジでこの村いくのか?」
リーダーの女に、魔術師の女が言う。
身長は高く、体つきもしっかりしている。ともすればイケメンの男に見えなくもない。
「知り合いに聞いた話じゃ、この村かなり人当たり悪いみたいだぜ?」
「……せっしゃもきいたでごじゃる」
同意するのはレンジャーの女の子だ。
口元をマフラーでかくしており、どことなく暗殺者の雰囲気がある。
「……よそものにつめたいといってたでごじゃる」
どうやらリーダー以外は、村に入ることを嫌がってみるみたいだ。
……ルーシーの読み通りだ。
「しかし彼は是非わが【黄昏の竜】に入ってもらいたい。適正SSS、Sランクモンスターを単独で倒すその強さ。逃すにしてはおしすぎる逸材だ。みんなもそう思うだろ?」
「そりゃあまあそうだけどよぉ。でもさぁ」
と渋っている魔術師。
ここだな。
俺はソフィとともに、彼女たち、黄昏の竜のめんめんに向かって歩き出す。
「あの……この村に何か用でしょうか?」
俺はリーダーの女に声をかける。
リーダーは俺に気づくと、「ん、ああそうだ」
と言ってしゃがみ込んで、目線を合わせてくる。キレイな金髪を三つ編みにして、両手には銀の指輪をはめていた。
「私たちはこの村の宿屋に用事があるんだ。きみたちはこの村の子供かな?」
リーダーが丁寧な口調で言う。
「そーだよっ。ふぃーもゆーくんも村にすんでるのっ」
ソフィが前に出て言う。
「そうか。ふむ……これをあげよう」
リーダーは腰の袋から、何かを取り出す。それは包み紙に入ったあめ玉だった。
「あめちゃんだー♡」
ソフィは目をきらきら輝かせると、「いいのっ、いいのっ、くれるのっ?」とリーダーに聞く。
「ああ。どうぞ」
「わーい♡ おねーちゃんありがと~♡」
ソフィはリーダーから雨をもらう。口に放り込むと、ほっぺを膨らませてころころとたべる。
「あまくてとろけそうだよ~♡」
ほおに手を添えて、くるくる、とソフィがその場で回る。
「可愛いガキじゃねーか」
「……そうでごじゃるな」
魔術師とレンジャーの女たちも相好を崩していた。よし。ソフィ、ありがとう。良い仕事だ。
「それでお姉さんたちは、この村に何をしに来たんですか?」
俺はリーダーに尋ねる。魔術師とレンジャーはソフィの頭をガシガシとなでていた。
「この村にある【はなまる亭】という宿に用事があるんだ。知っているかな?」
案の定彼女たちは村に観光に来たわけでも、ダンジョンに潜るためにここに立ち寄ったわけでもない。
俺(が変装した姿)に会いに来たのだ。
「知ってます。そこで母が宿をやってるんです」
「そうなのか。それはついてるな」
いや、実はそれ別にあなたがついてるわけでも、偶然でもないんです。とは言わない。
「できれば案内してもらえるかな?」
そう、俺はこのために、村の外にいるのだ。
この村の悪評は外にまで伝わっている。いくら俺に会いたいからと行って、村の冷たい態度が気にくわないと、宿へ来ないというケースもなくはない。
そこで子供(俺とソフィ)が、村の外にいて、宿へとガイドする。
村の人間が冷たくする前に、俺が接触し、中を案内する。村人との接触を極力避けさせて、宿に来るひとを増やす作戦だ。
考案したのはもちろんうちの水色少女だ。
そして、この作戦はこれで終わりじゃない。
「なにゆーくん。このおねーちゃんたちとでーとするの?」
魔術師にソフィが肩車されている。
「違うって。この人たちお客さんみたいだよ。ウチの」
ということに、する。
「あ、いや……私たちは別に……」と気まずそうなリーダー。
「そうなんだっ」
にぱーっ、とソフィが笑顔になる。
「ななちゃんのところにおきゃくさんだっ。ななちゃんとぉってもよろこぶよっ。やったー!」
「うん、そうだね。母さんスゴく喜ぶと思うよ」
喜ぶ子供たちをよそに、大人たちは実に気まずそうだ。
悪いと思いつつ、俺はソフィに乗っかる。
……そう、俺とソフィは、この冒険者パーティが、宿に何をしに来たのか、知らない(ことになっている)。
宿に用事がある=宿に泊まりに来た、と解釈しても、おかしくはない。
ただこの人たちは、別に宿に泊まりに来たわけじゃない。俺(変装版)に会いに来たのだ。別に泊まりにきた客ではない。
だが子供たちは、そんな大人たちの事情なんて知らないのだ。
だから宿に用事がある、となると宿に泊まりに来た。そう思ってしまう。
ソフィが喜ぶ顔を見て、気まずそうなメンバーたち。だよな、彼女たちは別に泊まるつもりはないわけだ。
そこで帰らせないための、この策である。
子供がこうしてはしゃいでる姿を見せて、罪悪感を覚えさせるわけだ。
泊まらずに帰ってしまうことにして、後ろめたさを植え付ける。
これがルーシーの考えた策である。
「ななちゃんの宿のりょーりね、とってもおいしいのっ! おなかまんぷくひっすだよっ」
「ほう、そうなのか」
リーダーがつぶやく。
「ええ、ウチの母さんの料理は絶品ですよ。それにお風呂もあるんです」
とさりげなく営業をかける俺。
「風呂があるのか」「そりゃいいな!」「…………いい」
ぱあっと、メンバーたちの顔が明るくなる。風呂のある宿は少ないからな。それこそ王都とか大きなところじゃないと。
「よぉリーダー。これ1泊くらいならしてもいーんじゃねーか?」
「そうだな。このまま泊まらず帰るのは、この子たちに悪いし」
よしっ……!
ルーシーの策が上手くハマってくれた。
俺は内心でガッツポーズを決める。
「それじゃあ案内しますね」
「さんめーさま、ごあんな~い」
俺は冒険者パーティ、黄昏の竜のめんめんをつれて、はなまる亭へと向かった。
これで泊まり客、3人、ゲットだ。
☆
黄昏の竜のメンバーたちを連れて、俺は、はなまる亭へと向かった。
まだ朝の早い時間なので、俺目当てで来たやつらはいない。彼女たちが1番乗りだ。
「あら~。いらっしゃーい」
受け付けにたっていた母さんが、客に気づく。
リーダーと魔術師、そしてレンジャーは「……でかい」「……でけえ」「……でかすぎる」と、母さんの体つきに、目を丸くしている。
若く、そしてメリハリのきいたボディに、同性であっても引かれるものがあるみたいだ。
「お泊まりですか~?」
「ああ。3名だ。とりあえず明日まで」
「かしこまりました~♡ じゃあお部屋へとご案内します~」
そう言って母さんが、「こちらへ~」と言って、宿の出口を出て行く。
「ご主人、店の外に出てどこへ行かれるんだ?」
とリーダーが首をかしげながら問いかける。
「裏の、別館にご案内します~」
「「「別館?」」」
彼女たちがハテと首をかしげる。ソフィも「うらにおふろしかないよ~」と首をかしげていた。
そう……もともとは裏庭には、何もなかった。最近作った風呂以外には、何もな。
だがそれは、1週間前の話だ。
ルーシーはちゃんと、客が増えたときのために、策を考えている。
母さん先導の元、やってきたのは裏庭。そこには……木造の、大きな建物があった。
「ほう、これはなかなか立派な」
「つかリーダー。本館より別館の方が立派じゃね?」
「……言われてみればそうでごじゃるな」
そこにあったのは、3階建ての木造建築だ。田舎村には土地がアホみたいにあまっている。
うちの裏もちょっとした広場になっていた。そこを活用しないのはもったいないと、ルーシーが言った。
そこで俺たちは作ったのだ。
裏庭に、別館となる建物を、だ。
もちろん大工を呼んで作ったのではない。そんな金も時間も無い。
ではどうやって作ったか? こんな大きな建物を、どうやって0から作ったのか?
答えは簡単だ。
勇者パーティの仲間、ドワーフの山じいからもらったチートアイテム【創造の絨毯】だ。
これは素材さえあれば何でも作れる。何でもとは、文字通り何でも作れるのだ。
風呂も、ボイラーも作れた。
だから作れたのだ。別館……建物すらもだ。
むろん建物を作るには、とてつもなく大量の木材が必要だった。
でもそれは俺の作ったゴーレムが解決した。ゴーレム、魔力を込めれば昼夜問わず働ける土人形。
ゴーレムをフルで働かせて、大量の木材をゲットした。幸いこの村は森の中にある村だ。木材のもととなる木は、腐るほどある。
ゴーレムを稼働させて、膨大な木材を手に入れた。そして絨毯をつかって、別館を作ったわけである。
「三階の4人部屋が広くてながめもいいですよ~」
「ではそこに泊まろう。みんなもそれで異存ないな?」
リーダーの言葉に、メンバーたちがうなづく。
彼女たちは母さんに先導してもらい、別館の建物へと入っていった。
俺とソフィは別館の前で取り残される。
と、そのときだった。
「お疲れ様です。ユートくん」
本館の方から、ルーシーが出てきたのだ。
「上首尾のようですね」
「ああ、ルーシーの作戦通りだ」
俺たちはハイタッチをかわす。
「最高の仕事です、ユートくん」
「いや、俺だけじゃない。ソフィもいたからだ」
「?」
ソフィのアシストもあったおかげで、冒険者パーティ【黄金の竜】が宿の客として泊まりに来てくれたのだからな。
「ありがとう、ソフィ」
「! ゆーくんが……ふぃーをほめたっ。これはうれしい、これはうれし~♡」
くるんくるん、とその場で回りながら、喜色満面になる。
「良かったですね、ソフィ」
微笑むルーシーに、ソフィ「うんー!」と笑う。
「あなたたちは最高の仕事をしてくれました。あとはワタシの仕事です」
すっ……とルーシーが仕事人の目つきになる。
「どのパーティが、一番名を広めるのに使えるのか、見極める。それがワタシの仕事です」
「俺はその場にいなくて良いんだよな?」
「ええ。外見だけ精巧に作ったゴーレムを隣に座らせておきます。面接は主にワタシが行い、ゴーレムは座ってるだけ」
座ってるだけなので、別にしゃべる必要が無い。だからもう1人の俺は出る必要がない。
もう1人の俺には、ソフィの相手を。そして俺は……裏方作業をする。
「後は任せたぞルーシー」
「任せてください、ユートくん」
俺たちはうなずき合う。ちょうど黄金の竜たちが、別館から出てきた。
ルーシーはうなずいて、彼女たちの方へ。俺はソフィをつれて、本館へと向かう。
こうして俺たちの1週間がスタートしたのだった。
お疲れ様です。今回から繁忙期スタートです。はたして1週間を乗り切れるのか。
次回からはグレードアップした宿の様子をみせつつ、主人公たちがせわしなく働いてきます。
次回もよろしくお願いします。
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ではまた。




