13.勇者、客が来る前に打ち合わせする
俺が冒険者として、暴君バジリスクを倒した、数時間後。
俺とルーシーは村へと戻ってきていた。
「さっ、客がたくさん来る前に、明日からに備えて作戦会議と最終調整しますよ」
村の入り口に入り、俺のとなりを歩きながら、ルーシーが俺を見て言う。
「面接が正式に開かれる来週までの1週間、ここでドッと人が来ます。ここでよりよいサービスを提供し、今後もここを利用してくれる客を増やすのです」
ふんっ、とルーシーが鼻息を荒くする。
「これを乗り切れば宿のランクがFからEになれるかも……いや、かもじゃないです、Eにしてみせます! アドバイザーとしての腕が鳴りますよー!」
水色髪のハーフエルフは、気合いに満ちあふれていた。目がなんというか、燃えている。
ん? というか……。
「なあルーシー。今おまえランクって言ったよな」
「ええ、言いましたよ。ランクを最低から最低ひとつうえにあげると。それが何か?」
「いや……ランクって何だ?」
俺の質問に、ルーシーがぴたり、と足を止める。
「……まさか、商業ギルドランクをご存じではないのですか?」
「商業ギルド……ランク?」
なんだそれは。初めて聞くぞ。
ルーシーはこめかみを押さえつつ、「……すみません、説明が不足していました。ワタシとしたことが」
とぺこり、と頭を下げる。
「説明すると長くなります。なのでそれは帰ってからにしましょう」
「わかった。その、いつもありがとうな」
ルーシーは俺の助言はおろか、俺の知らないことを丁寧に教えてくれる。
しかも無知をバカにすることなく、優しく教えてくれるので、実に助かっている。
「おきになさらず。ワタシたち……その……な、仲間じゃないですかっ」
かぁっとルーシーが顔を紅くして、「い、いきますよっ。お腹が空きましたっ」といってスタスタと前を歩いて行く。
エルフ耳がピクピクと動いているのがなんだか愛らしい。
そうこうしていると、我が家が見えてくる。ルーシーから薬ビンを受け取る。
「それは解除薬です。外見詐称薬の効果を打ち消す効能のある薬です」
「これ飲むと元の姿に戻るんだな」
「ええ。もう今日その姿でいる必要はありません。飲んでください」
俺はルーシーからもらった解除薬を飲むと、ぼうんっ、と体が煙に包まれる。
煙が晴れると、もとの俺の姿に戻っていた。
「では先に入ってもう1人のあなたを外に出してきます。そのタイミングで中へ戻ってください」
俺の留守をソフィや母さんに覚られぬよう、宿の中には、人体錬成して作ったもうひとりの【俺】がいる。
彼がいる状態で中に入ると、俺がふたりいる、となって非常に都合が悪い。
ルーシーに先行してもらって、中からもうひとりの俺と出てくる。
【お疲れさん。首尾は?】「上々だ」【そりゃ良かった】
もう1人の俺をアイテムボックスにしまって、俺はルーシーとともに家の中に入る。
時刻は夕方少し前。
まだ冒険者たちはダンジョンへ行って帰ってきてないため、宿の中はがらんとしてる。
ルーシーは一階の様子を見て、くくく……と笑う。
「これが今に満室で予約待ちとかになるのです。なるのです、じゃないですね、満室にするのです」
挑むようにルーシーが笑う。
「おんぼろFランク宿屋をSランクにした敏腕商人としてワタシは一躍有名になるのです……。見てろよハーフエルフかっこわらとかいってバカにしてたやつら。めんたま飛び出させてやりますよ」
ルーシーの瞳は、髪の毛と同じ水色をしたキレイな目をしている。その奥にめらめら……と赤い炎が燃え上がっているように見えた。
「あら~。ルーシーちゃんおかえりなさい~」
ちょうど食堂からルーシーの気配を感じて、母さんが出てきた。
濡た手をエプロンでふきふきしているところから、皿洗いをしていたのだと思われた。
「ただいま帰りました、ナナさん」
比較的身長の大きな母さんを、子供体系のルーシーが見えげながらいう。
こう見ると母と子に見えるな。
「おなかすいたでしょ~。フィオナちゃんがお料理作り終えたところなの~。みんなでごはんたべましょ~」
ポワポワわらいながら、母さんがルーシーに言う。
「いえワタシはこれからちょっと部屋で仕事を……」ぐぅ~~~~~~……………………。「……する前にご飯をいただきます」
顔を真っ赤にしてルーシーがうつむく。母さんはニコニコ笑いながら調理場へと駆け足で向かう。
あとには俺とルーシーだけが残される。
「ご、ご飯のあとに会議です。良いですねっ」
すたすたすたーとルーシーが小走りに、俺から逃げるように、去って行く。
俺は食堂へと向かう。そこにはソフィがイスに座っており、フィオナは調理場に立っていた。
フィオナはすっかり我が宿屋の料理人になっていた。
「ユート」
フィオナが俺に気づくと、たたたっ、と俺の元に駆け寄ってくる。そして俺の前でビタッ! と立ち止まる。
「…………」
両手を広げて、わきわき……と手の指を動かしたあと、両腕をもとにもどす。
「無事で何よりだ」
「ああ、心配かけてすまん」
「ふん。心配などしてない。貴様の強さは弟子である私がよく知っている。だから貴様を心配など微塵もしてなかったぞ」
「そうか」
「ああそうだ。別に貴様と半日あってなかったからといって、私は全然さみしくもなんとも……」「ゆーくーーーーーん!!」
ソフィがイスから立ちあがると、てててっ、と駆け寄ってきて、俺に抱きついてきた。
「もうっ、もうっ、どこいってたのっ。ふぃーはしんぱいしましたよっ」
ぎゅーっとソフィが俺に抱きついてくる。
「いや……今日はずっと一緒にいたでしょ?」
もう1人の俺はソフィとずっといたはずだ。だのにソフィは、まるでずっと会ってなかったみたいな言い方をする。
「5ふんくらいふぃーのそばをはなれたでしょっ」
なんだたった五分でこの子は怒ってるのか。
「ふぃーね、しんぱいでしぬかとおもいました。ふぃーはゆーくんから1秒でも離れたらさみしくてしんでしまいます。ないちゃうよ。それでいいのっ?」
俺はちらりと未来のソフィ、つまりフィオナの方を見やる。彼女は顔を手でおおって「違うから」とだけいうと、その場にしゃがみ込んだ。
「ふぃーね、ふぃーね、ゆーくんが5ふんあえなかっただけで、むねがはりさけそーでした。もし半日あえなかったら、それこそずっとえーんえーんないてるじしんあるね」
「ふざけるな小娘。泣くわけがないだろ」
フィオナの顔をよく見ると、目の下が赤く腫れていた。
「むー。こむすめっていうのやめてよフィオナちゃんっ」
「では貴様も私をちゃん付けで呼ぶな」
「じゃあおばちゃん」「ワザとやっているのか貴様?」
むー、っとフィオナとソフィがにらみ合っている。
「ゆーくんきいて、フィオナちゃんったらね、なんかしらないんだけどおトイレでぐすぐすってね泣いて」「ないから。信じるなよユート」
フィオナが人を殺せそうな視線を向けてくる。俺は「わかったわかった」と言って流すことにした。
そうこうしていると、母さんが料理を運んでくる。今日はポタージュスープとパンとスパゲッティだ。
食材はそれぞれダンジョンや世界樹の木の実からとってきた。それを想像の絨毯で加工して乾麺やパンを作ったのである。
「フィオナさん、食材の在庫はどうでしょうか?」
ルーシーの問いかけに、元女騎士は、
「余裕はあるが明日以降忙しくなるのだろう? そう考えると少々こころもとない」
と淡々と答える。
「了解です。ユートくんはあとでダンジョンへいってきてください」
「わかった」
こくり、とうなづきながら、ルーシーがじゅるり……と涎を拭く。早くご飯を食べたいのだろう。
母さんが自分のぶんをよそいで、テーブルにおいて、イスに座る。
「それじゃ~。食べましょう~」
「「「いただきまーす」」」
☆
夕食後、俺とフィオナは、一階ルーシーの部屋へとやってきた。
部屋の中は書類やらノートやらで山ができている。ついこの間までは普通の客室だったのだが。
「か、片付けは苦手なんです。あまり周りを見ないでください」
ちなみにルーシーはこの宿を間借りすることにしたみたいだ。ちょうどソフィの両親と同じように。
「あのひとたちとワタシを同じくくりにしないでくださいよ」
ふぅ……とこめかみに手を当てるルーシー。
「だな、ルーシーはちゃんと金払ってるもんな」
「ええまあ。いちおう彼らも払ってくれるようになりましたけどね」
ルーシーが宿を繁盛させる策を実行した翌日。
ルーシーはまず真っ先にソフィ両親に金を取り立てにいった。
ソフィの両親は、うちに部屋を借りていても、家賃を滞納していたのだ。
今まではなあなあで済ませていたのだがこれ以上滞納するつもりなら出て行ってもらい、二度とうちを利用させないと、半ば脅すようにそう言ったのだ。
またソフィのめんどうを見ていることにたいしても、ルーシーは「これからは面倒見たぶんの料金もきっちり請求します。いやなら出て行ってください」と冷徹に金を請求していた。
「今まで温情かけまくっていたのです。これくらい強く出ないと、ああいう手合いは図に乗ってきますからね」
ふう、と大きくと息をつくルーシー。
「滞納した家賃を踏み倒してこの宿を出て行くって可能性はなかったのか?」
「ないですね。彼等の収入を考えるとこの安宿を出て行けるはずがありません。また娘をあずけるサービスなんてやってくれてる宿、ここ以外にありませんよ。ゆえに彼らはここを出て行くわけにもいかないと」
確かに宿屋で子供を預かりますみたいなサービスをしているところ、見たこと無いな。
「……ふむ、よく考えればこれはビジネスチャンスなのですは? いやでも子連れ冒険者なんてそんなにいないし……いやでも需要はあるような……」
ぶつぶつとルーシーがつぶやく。
「ユート。あの女は何をつぶやいてるのだ?」
「わからん。俺たちにはわからない何か高度なものを考えてるんだろう」
ややあってルーシーが「すみません、考え事してました」
気を取り直して、ルーシーがベッドに腰を下ろす。
「ではユートくん。こちらへ」
ぽんぽん、とルーシーが自分の隣を叩く。俺はそちらへ行こうとすると、
「では失礼する」
と言って、フィオナがずいっ、と俺とルーシーとの間に割って入り、腰を下ろした。
「可愛らしいですね」
ルーシーがふふふ、とフィオナにほほえみかける。
きっ……とフィオナはルーシーをにらみつけるが、商人はニコニコ笑って平気そうだった。
俺はフィオナの隣へ移動する。太ももが彼女のそれとふれあって「ひゃんっ」「ひゃん?」
フィオナが顔を真っ赤にして「聞かなかったことにしろ」といって、そっぽを向く。
「さてそれでは人数もそろったところで会議に入りましょう。議題はふたつ。1つ、ランクの説明。2つ、職員たちの役割分担の確認。以上2つになります」
ルーシーはノートを広げると、紙に羽ペンで文字を書く。
【商業ギルドランク】
「説明がまだでしたね。いいですかユートくん。商売をする建物……アイテムショップだったり、武器屋だったり、人に何かを売った金で生活していく人たちは、みんな【商業ギルド】に登録しているのです」
「例外なく? 全員がか?」
「ええ、例外なく全員が。おそらくあなたの父親名義でギルドに登録されてると思います。父親が死ぬ際に母親の名義に移されてましたが」
そう言ってルーシーは、懐からカードを取り出す。
それは冒険者ギルドでもらったカードと同じものだった。
「ナナさんから父親の持ち物を調べさせてもらったんです。そしたらこの【商業ギルドカード】がありました」
「そんなものあったんだな……」
俺の反応に、ルーシーは苦笑しながら「ナナさんも同じ反応してましたよ」と言う。
「まあ仕方ありません。もともとはあなたの父親がこの宿の経営者です。ナナさんにその役は引き継がれましたが、もともとは父親が一任していた仕事です。うまくナナさんに業務の引き継ぎができなかったのでしょう」
父さんは急死したからな。
母さんに色々と教える前に。
「無論20年間勇者をやっていたあなたがこの宿のことを把握してるわけもないです。知らなくて当然でした。説明せずにすみません」
ぺこっ、とルーシーが素直に頭を下げてくる。
「でもユートくん、知らないからといってそのままにしておくのは危険ですよ。何かしらないことがあったら聞いてください。ワタシもその都度説明します。ですが、質問されないと、あなたが何を知っていて、何を知らないのか、ワタシは知り得ませんので」
「わ、わかった。なるべく色々と質問するよ」
謝るべきところはきちんと謝り、しめるところはしっかりしめる。ルーシーのその姿勢に俺は好感を覚えた。
「さてではギルドのランクの話になるのですが、冒険者と一緒です」
ルーシーがノートに大きな三角形を書く。下から線を引いていって、F,E、D……と文字を書き、一番上にSを書いた。
「冒険者が強さでランク付けされてるように、商業ギルドもFからSまでランクで割り振られてます。ここまではついて来れてます?」
「まあ、なんとかな」「ユート。私はさっぱり理解できないぞ」
フィオナにはあとで説明しておこう。
「冒険者はステータスとかでランク付けするけど、商業ギルドの場合は何でランク付けされてるんだ?」
「単純明快です。年収です」
年収とは1年間の収入のことを言うらしい。
「年収250万円……じゃなかった、2万500ゴールドでFランク。5万でE。10万でDとなっていきます」
ゴールドというのがこの世界での通貨単位だ。銅貨1枚で1ゴールド。
ルーシーは紙にランクを書く。
Fランク:年収2万5000G以下
Eランク;年収5万G
Dランク;年収7万5000G
Cランク:年収10万G
Bランク;年収20万G
Aランク;年収50万G
Sランク;年収100万G
※1G=100円
「またランクは上中下でも別れてます」
下級;F~Eランク
中級;D~C
上級;B~S
「ランクが上がると何か良いことがあるのか?」
「まず人気の指標になります。ランクが高いということは年収が多い。つまり人がそれだけたくさんくるということですからね」
「まあ人が来なきゃ年収が増えないよな」
次に……とルーシーが続ける。
「ランクが上がるとギルド側から下りる出店許可のグレードがあがります」
「出店許可ってなんだ?」
「商業ギルドは登録したからとといって、経営者が好き勝手に店を出してはいけないのです。店を出すにはここで店を出して良いですかと伺いを立てる必要があります。そして許可される店舗の出店場所は、ランクによって決まるのです」
F、Eランク:田舎で店を開ける
D,Cランク:地方都市で店を開ける
Bランク;王都で店を開いても良い
Aランク;王都で店を是非開いてください
Sランク;お願いしますから王都で店を開いてくださいお願いします!
「Bランク以上から王都で店を出せるのか」
「はい。逆に言うとBランク以下は王都で商売をさせてもらえません。一攫千金を夢見て商業ギルドに入っても、まずは田舎でこつこつと商売する必要があるんですよ」
どうやら勝手に王都で商売を始めるんだ! とはできないらしい。
王都で商売をしたいのなら、年収を最低でも20万にしないといけないのだそうだ。
「以上がランクの説明です。何か質問は?」
「ランクを上げるにはどうすれば良いんだ?」
簡単です、とルーシー。
「お金を稼げば良いんです。ただ年収でランク付けされてます。それだと1年に1度しか昇級のチャンスがないかと思われますが、そうじゃない」
「チャンスは年1じゃないのか?」
「はい。つまり1ヶ月ごとに査定が入ります。そこで月の月収から年収を割り出して、規定値を超えていればランクアップできます」
ようするに。
Eランクに上がるためには、年収を5万Gにしないといけない。
12ヶ月で5万ゴールドを稼ぐとなると、1ヶ月に約4100ゴールド。
1ヶ月に4100ゴールドをかせげれば、Eランクの年収をえられるとなり、ランクが上がるのだそうだ。
「ただ冒険者と違って、商業ギルドはランクが下がることがあります」
「ああ、月収が減ればランクも下がるってことか」
「はい。冒険者のように1回ランクが上がったらずっと上にいるってわけじゃないんです。シビアな世界なんですよ」
たとえ今月の月収が4100ゴールドで、Eランクになったとしても、よく月で稼げないとFランクに逆戻りするそうだ。
「まずはなんとしても最低ランクを脱却することからです。目指せEランク。目指せSランクです」
「Sランクって年収100万ゴールドだろ。できるのか?」
「できるできないじゃないです。やるんです。アナタの宿、ひいてはアナタにはSランクになれるだけの実力を秘めてます。胸を張ってください」
にこっとルーシーが大人っぽく笑う。
「ユート」
フィオナが俺の太ももをつねってきた。
「恋人の前で他の女にみとれるな」
「す、すまん……」
ルーシーはさて……と気を取り直して言う。
「まずは今月、Eランクになることを目標に頑張りますよ。そのためにはこの1週間でいかにお客様を満足させるかです」
また……とルーシーが続ける。
「根を詰めすぎて過労で倒れては元も子もありません。ユートくん、ゴーレムの準備は?」
「ばっちりだ」
魔法で動く人形、ゴーレム。
それを俺はルーシーと協力して、何体か作ったのだ。
「ゴーレムには現状、簡単な仕事しか任せられません。床掃除、洗濯、皿洗い。逆に言えば雑用はゴーレムに任せます。他の仕事は職員で回します」
こく……と俺とフィオナが頷く。
「ナナさんには主に受け付けと食堂での配膳を任せようと思います。ワタシはアイテムショップをやりながら、あなたをスカウトしに来る冒険者たちの相手をします」
うちの1階には、最近になってものを売るスペースを作ったのである。
無論村長には無許可だ。
「ユートくんは裏方作業。食材がなくなってきたら補充。アイテムの補充。もう1人のユートくんにはソフィちゃんの相手をさせつつ、さりげなくナナさんの見張りをお願いします。働かせすぎないように気を配ってください」
わかった……と俺が頷く。
「フィオナさんは食堂での仕事を主にお願いします。それと客の人たちからのクレームや【電話応対】をお願いします」
「わかったぞ」
ある程度の役割分担を終える。
ルーシーはノートを閉じて俺と、そしてフィオナを見やる。
「この日のための準備はしてきました。勝算はあります。必ずこの1週間を成功で乗り切り、ランクをEにあげましょう」
俺たちは強く頷く。
その後明日からの打ち合わせと準備は、夜中まで続いたのだった。
お疲れ様です。次回から忙しく働く日々を描くことになります。一週目の運命を主人公は果たして変えられるのか?
次回も頑張って書こうと思います。
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ではまた。




