11.勇者、(宣伝のために)冒険者になる
商人のルーシーとともに、この宿、ひいてはこの村が抱える問題点を上げた、1週間後のこと。
十分に準備をして、俺は村をでた。
村のある森を抜けた先にある、【カミィーナ】という街にやってきた。
カミィーナは王都から離れた、地方都市である。人が最も集まる場所からは離れてるため、王都と比べると人が少ない。
だがこの国の南側においては、そこそこ栄えている、大きな街だ。
「なぁルーシー、大丈夫かな?」
カミィーナの街に入ったあと、俺はとなりを歩く水色髪のハーフエルフを……見下ろしながら、問いかける。
「バレないかということでしょうか?」
ちょこちょこ、と子供のような短い歩幅で、ルーシーが俺の後についてくる。
ルーシーは俺を見上げて、首をかしげてくる。
「大丈夫です。完璧ですよ」
ぐ……っとルーシーが親指を立てる。
「今のアナタを見て、ユートくんを子供と思う人間はいません」
そう言ってルーシーが確信に満ちた顔でうなずく。俺は自分の体を改めてみやる。
俺の体は、大人になっていた。
もともとルーシーと2周目の俺は、同じくらいの身長だ。だのに今は、彼女の顔が俺の腰のあたりにある。
手足は長くなっている。筋肉の付き方や、顔の形など、1周目の世界での俺の外見、そっくりそのままだった。
俺は久しぶりとなる、この体の感覚に、懐かしさを覚えた。
「しかしスゴいな、【外見詐称薬】ってやつは」
1週間前、ルーシーから秘策を授かった。それは俺が冒険者として名を売ること。
そうすれば宿屋のことは広く知れ渡り、結果、宿に来る人が増えるというわけだ。
ただ冒険者をやるにあたって、ひとつ、問題があった。
それは……今(2周目)の俺が子供であるということ。
冒険者は自由業であり実力主義だ。まだ子供じゃないかというやつが、普通に現役でやっているケースも珍しくない。
ただ俺の場合だと、このままの見た目では問題がある。
母さんだ。
母さんは俺をただの子供と思っている。このままの姿で冒険者となり、有名にでもなると【ユートくん何してるの……? あぶないよ~】と彼女を悲しませることになる。
またじゃあ家にいるもう1人の俺はなんだったの、と、芋づる式で都合の悪い事実が明るみに出てしまう危険性があった。
ゆえに俺は外見を変える必要があった。また、大人の見た目にしたのは、その方が周りから舐められないだろうという、ルーシーの計算である。
あと単純に大人のほうが広告塔として機能しやすいのだそうだ。まあ子供が「ここすごくいいよー!」と言ってもな。宣伝にならん。
「ふふ……1本50万円もする、超高価な外見詐称薬です。見た目だけじゃなくて年齢さえも完全に詐称できます。まあ、強さのステータスだけは変えられませんが」
ルーシーが空ビンになった水薬を持って、ふふふ、と暗く笑う。
「る、ルーシー。すまん、そんな高価なものを譲ってもらって」
「いえ、なにをおっしゃる。先行投資ですよ。これがいずれ利益に変わるのです。多少の出費くらい……出費くらい……なんてことありませんよ!」
無理してる感はあった。声が震えている。ルーシーは半泣きだった。すまん。
「効果は1本で1日です。まだ在庫は数本ありますが、大切に使いましょう」
「だな……」
1本50万円(チキュウというルーシーの故郷の金の単位)もする薬だ。そう何度も使えない。
だから今から何度もこの大人の姿には慣れない。少ない機会で、最大の効果を出す必要がある。失敗はゆるされない。
「ユートくん、顔が暗いですよ。大丈夫、安心してください」
にこ……っとルーシーが余裕のある笑みを浮かべる。
「あなたのステータスは、鑑定スキルを持つワタシがよくわかっています。上手くいきます」
「そうだろうか……」
「そうですよ。ほら、行きますよ」
すたすた、とルーシーがカミィーナの街を、慣れた感じで歩いて行く。
いっさいまよっている様子はなく、一直線に冒険者ギルドを目指していた。
「この町に詳しいのか?」
「まあ。商人ですからね。色んな街には立ち寄るんですよ。ここも数回来てます」
数回にしては、足取りに迷いがない。と思ったのだが、彼女には【完全記憶】というスキルがあった。
一度見たものは必ず覚えるというスキルがあるから、こんなにもすいすいと、道に迷うことなく進んでいけるのだろう。
「あそこがギルドです。まずは冒険者として登録して、ギルドカードをもらうところからです」
ほどなくして俺たちは、冒険者ギルドへとやってきた。
石造りのしっかりとした3階建てである。
ついてきてください……と言って、ルーシーが物怖じすることなく、ギルドの出入り口のドアを開ける。
入ってすぐは酒場になっていた。
長いすに人が座っていて、めいめいが飲んだり食ったりして騒いでいる。
奥にはカウンターがあった。周りにはコルクボードがあり、ピンで紙がとめられている。
「奥が受け付けで、あの紙は依頼書です。冒険者は紙に書いてある条件を呼んで、依頼を決めるのです」
ルーシーは商人だ。冒険者相手にものを売ることもあるのだろう。だから冒険者のことについても詳しいみたいだ。
ルーシーと一緒に、俺は受付へと向かう。
すると途中で、柄の悪い連中が俺をジロっと睨んできた。
「おい待てよ兄ちゃん」
「え、あ、はい。何か用ですか?」
するとルーシーが、どす……っと肘で俺の脇腹をつついてきた。
「……なんだ」
「こういう手合いの相手をしてやる必要はありません。百害あって一利無しです。いきますよ」
そう言ってルーシーが、男たちを無視して進もうとする。するとルーシーの前に男がスッ……と足を出してきた。
ルーシーが足を引っかけ、転びそうになる。俺は彼女を後から脇に手を入れて、ひょいっと持ち上げた。
「大丈夫か?」
「…………ありがとうございます。助かりましたが、この格好は非常に不服です。可及的速やかに下ろしてくれると助かります」
どうやら子供っぽい扱いが、ルーシーは気にくわなかったのだろう。まあ大人にするやり方じゃないしな。
俺はルーシーを下ろしてやる。すると柄の悪い連中がチッ……! と舌打ちをした。
「いきますよ」
「ああ……」
俺たちはそいつらを無視して歩き出す。
「怒ったりしないんだな」
「まさか。あんなやつらに腹を立てるほどワタシは子供ではありません。それにいさかいを起こしても何の利益になりませんし」
おっしゃるとおりだった。
俺はルーシーとともに受け付けへとたどり着く。
そこにはキレイな女性がたっていた。このカミィーナの冒険者ギルドで働く受付嬢らしい。
ルーシーは俺の代わりに、あれこれと、受付嬢さんと会話してくれる。
俺は出された書類にサインをしただけだった。
「これで登録手続きは終了です。続いてギルドカードの発行に移ります」
受付嬢さんは、カウンターの上に、水晶玉をごとりと置く。
「これに手を当ててください。水晶があなたの情報を読み取ります」
「俺の情報……」
俺はルーシーをちらっと見る。余計なことは口にしない。年齢とか大丈夫か? と目で語るが、ルーシーは安心させるようににやりと笑った。
「あなたの情報を読み取り、強さから適正なランクが与えられます。もっともほとんどのひとは最低ランク、Fランクからスタートするのですが」
「ほとんどが最初はFなら、別に強さとか計らなくて良くないか?」
「いえ、中には高いステータスを最初から持ってやってくる人もいますので」
なるほど……俺みたいにか。
「ランクはFから始まり強さに応じてE,Dと上がっていきます。Aの次はS。SSとあがっていき、SSSが最高ランクです」
では……と言って、受付嬢が水晶を差し出してくる。
この水晶から情報を読み取られると言った。外見を偽っていることがバレる……という心配は、俺はしてない。
なぜならルーシーを信頼しているからだ。彼女が何も言ってこないし、慌ててない。なら安心して俺は水晶に手をのばす。
水晶を掴む。するとパァアアッ! と光り輝く。
次の瞬間、水晶が消えて、そこには1枚のカードがあった。
受付嬢はカードを拾い上げる。
「え~っと……。適正ランクは…………………………………………」
ピシッ! と受付嬢さんの顔が固まる。
「ウソ……そんな……ありえない……」
わなわな……と受付嬢さんの唇が震える。
にやりとルーシーが笑って、
「えー。どうしたんですかー? はやく適正ランクはどのくらいだったのか、教えてくださいよー」
と声を張って、ルーシーが受付嬢さんに言う。無論ワザと大きな声を出している。
「なんだ……?」「あの新人がどうかしたのか……?」
と周りにいる人たちが、俺たちに注目している。
ルーシーは隠れてガッツポーズすると、すました顔で言う。
「それでどうだったのですか? 彼のランクは? ステータスは?」
「えっと……ええっと……。あ、あれ……? おかしいですね……適正ランク、SSS、だそうです」
その言葉を聞いて、周りにいたやつらが「「「ハァ……!?」」」と驚愕に声を張る。
「適性が最高ランクってどういうことだよ!!」
そう言って俺の元へ、誰かがやってきた。さっき絡んできた、柄の悪い男だった。
男が受付嬢さんに食ってかかる。
「どういうこともなにも……水晶が読み取った結果が、この方のランクがSSSであると示してるのです」
「ふざ……ふざけんな! こいつ新顔だろ!? 新しく入ってきたばかりのヤツが、最初からSSSランクだと!?」
顔を真っ赤にして、男が受付嬢さんに絡む。
「その水晶壊れてるんじゃないか」
「そ、そんな壊れてませんよ。パラメーターも確かに、最高ランクにふさわしい値を示してますし……」
受付嬢さんが俺のギルドカードを見下ろしてつぶやく。
男が俺のカードをひったくるようにして受け取ると、驚愕に目を剥いた。
「全ステータス……オール9000オーバー!? 数値4桁ってなんだよ!?」
男の言葉に、周囲がざわめき出す。
「数値四桁って初めてきいたぞ」「しかも全部9000ごえってなんだよ」「もうチートだろ」
周囲のやつらは全員が驚いていた。俺はやりにくさを覚えていたが、ルーシーはその場で小躍りしていた。
「こんなの……こんなのでたらめだ! こいつがなにかずるして数値をいじってるんだ! そうに違いない!!!」
男が顔をゆでだこにして、俺に絡んでくる。やけに絡んでくるなこいつ。何なのだろうか。
「しかし……」と受付嬢さんが反論しようとしたそのときだった。
「では、どうすればあなたは、この人がSSSランクであると信じるのですか?」
そう言って男の前にずいっとできてのは、ルーシーだ。
子供のような女の子が、柄の悪い男を、まっすぐに見上げてにらみつけている。
そこにはいっさいの恐れもおびえもなかった。すげえなこの人。
「なら……ならこいつを受けてきてみろよ!!」
柄の悪い男が、受付近くのコルクボードへと行く。そして依頼書を1枚べりっ! とはがすと、俺につきだしてくる。
【暴君バジリスクの討伐。難度Sランク】
「ああ、最近大陸南側で騒がれてるモンスターですね」
物知りのルーシーは、この暴君バジリスクのことを知っているようだった。
「睨まれたら石になる目を持ち、全ステータス900オーバーのパーティが徒党を組んで挑んでこの間負けてましたね」
「そうだ!」
男が血走った目で笑いながら言う。
「SSSランクの実力、全ステータス9000オーバーのおまえなら、ソロで余裕だろ? まあ無理だろうがな!!」
とかなんとかおっしゃる。
ルーシーは何てことも無いように、「いけますよね?」と聞いてきたので、俺は「もちろん」と答えた。
男は一瞬ひるんだあと、
「はったりだ! はったりに決まってる!! どうせびびって受けないつもりだろ!!」
と挑発してきたが、別にそんな挑発に乗る必要は無い。
「ルーシー。どうする?」
「構いません。ちょうど良いです。サクッと倒してきてください」
「ん。了解」
俺は依頼書を、受付嬢さんに手渡す。
「じゃあさっそくこれを倒してくるよ」
「えっと……ええっと、本当に単独で挑まれるのですか? 確かに数値からしたら余裕で倒せる数値ですけど……」
受付嬢さんも、不安がっていた。そりゃ冒険者になりたての男が、Sランクの依頼をソロで受けようって言うのだ。
いくら強いパラメーターをもっているとはいえ、許可は出しにくいのだろう。
「この人が大丈夫だと行っているのです。なら大丈夫なんですよ。それにこの仕事って基本自己責任じゃないですか。別にこの人がモンスターにやられてのたれ死んでも、別にアナタの責任ではありませんよ」
とルーシーが受付嬢さんを説得する。
「まあもっとも、彼にかぎって、こんな低レベルの依頼、子供のお使いよりも容易くこなすでしょうがね」
わざとらしく、ルーシーが男を挑発するように言う。
「凄い自信だ……」「まさか本当にやるのか……」「やれるのか、あいつ……」
と周囲からの注目がどんどん上がっていく。ルーシーはすごい笑顔になっていた。目が$になっていた。
「そ、そこまで言うならおれはおまえについていくぜ!!」
柄の悪い男が、俺についてくるらしい。
「別に俺ひとりで普通に倒せるけど」
「おまえが不正しねえかどうか見張るためだよ。おれはてめえが危なくなろうがなかろうが、いっさい手は出さねえ。見てるだけだ」
「ご自由にどーぞっ! 彼が危なくなるわけ無いですけどねっ!」
となぜかルーシーが男に言い返す。なぜおまえが……まあいいや。
こうして、俺は冒険者ギルドに登録し、Sランクの依頼を受けることになったのだった。
お疲れ様です。次回も冒険者としての活躍を書きます。宿に話が戻るのその次の回からです。
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ではまた。




