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10.勇者、商人と作戦会議する




 風呂を作った翌朝。早朝。


 俺はぱちり……と目を覚ます。ぐいっと伸びをして、屈伸運動。


 壁に掛けてあった時計を見ると、6時だった。


「しまった……寝坊した……!」


 俺はベッドから降りて部屋を出る。二階の俺の部屋から一階受付へと向かう。


 今は早朝。客たちはまだ眠っているので、宿の中はしんと静まりかえっている。


 その中に……母さんがいた。


「母さんっ」


 受付のテーブルを雑巾がけする母さんがいた。俺に気づくと、太陽のような笑みを浮かべる。


「ユートくん~。おはよ~」


 にこにこーっと笑う母さんを見て、俺は口惜しい思いをする。


「母さん……掃除はみんなで手分けしてやろうって言ったじゃん」


 廊下も、受付も、ホールさえも、全部がぴかぴかに磨かれていてた。母さんの足下にあるバケツは、汚れた水でまっくろになっている。


「うん~。でもフィオナは料理で忙しいし~。それにルーシーちゃんは遅くまで難しいこと考えてるみたいだったから~。ママがやろうかな~って」


 ……この人の、ホント悪いところだ。


「……俺が手伝うよ」


 母さんから雑巾を受け取り、俺は受付のテーブルを拭く。


「じゃあママはお外はいてくるね~」


「それもっ、俺がやるから。母さんは客が起きるまで仮眠しててくれよ……」


「え~。でも~」


「いいからっ!」


 俺に気圧され、母さんは「わかった~」と言って受け付けの裏へ引っ込んでいく。


 母さんは受け付けの裏にある、物置小屋で寝泊まりしているのだ。ほんと、やめてほしい。もうちょっとちゃんとしたところで、寝て欲しい。


 俺には客室をあてがっていて、自分は物置小屋という劣悪な環境で寝ている。あの人は、自分より他人を重んじるひとなのだ。

 俺は受け付けテーブルを拭こうとして……気づく。


「……もう拭くとこないじゃん」


 テーブルはぴっかぴかだ。床も壁も、すべてが輝いている。……いったい何時に起きて、掃除をしているのだろうか。


「…………」


 母さんは、この宿を愛している。たとえ見た目がぼろっちい木造の宿でも、父さんが残してくれた宿を、こうして毎朝ぴっかぴかにするのだ。


 俺が2周目世界にくる前、母さんはひとりで掃除をしていた。朝は早くから客室以外の掃除。日中は食材の買い出しに客室の掃除。


 そして誰も食わないのに、毎食の料理の準備と……ほんと、いつ寝ているのか、不安になるレベルの仕事量だった。


 フィオナ、ルーシー(と一応俺も)という従業員が増えたとしても、彼女は実に真面目に労働にいそしんでいる。


 休んで欲しい。ほんと、切実にそう思う。


「……食堂で朝飯の準備するか」


 受け付けを拭き終えて、食堂へと向かう。


「あ」「ぎく~」


 食堂に、母さんがいた。何をしているのかと思ったら、床をモップで掃除していた。


「こ、これは違うの~」


 わたわた、と母さんが慌てる。


「別にユートくんがやるって言葉をね、ママ信じてないわけじゃないの~。ユートくんが受け付けの掃除を頑張ってるから、ママも頑張らなきゃーって」


 むんっ、と母さんが両手を曲げて力こぶを作る。


「だから……はぁ」


 宿を繁盛させる。そうすれば金に困らなくなる。そうすれば母さんを楽させてやれる、そう思っていた。


 けど経営を向上させるだけじゃなくて、母さんの仕事を、もっと楽させる方法も、考えないといけない。


 俺が2周目世界に来たのは、母さんの運命を変えるため。繁盛だけに重きを置いていては、この働き者の母さんのことだから1周目のときと同じ運命をたどりかねない。


「母さん。掃除はこれくらいにして、お風呂にでも入ってきなよ。朝風呂、気持ちいいと思うよ」


 すると母さんは、「でもぉ~」と申し訳なさそうな顔になる。息子の俺がかわりに掃除をするんじゃ、とでも思っているのだろう。


「気にしないでって」


「…………。あっ! 良いこと思いついたわ~」


 にこにこー、と母さんが明るい顔になる。


「ユートくん♡」「うん」「ママお風呂いってくるね~」「おう」「ユートくんも一緒に入ろうか~」「はぁ!?」


 な、何を言ってるんだこの人は……!


「い、いやいや良いって! 俺掃除してるから!」


「ふっふっふ~。いけないよ~。お手伝いするユートくんはとっても良い子だけど~。息子を働かせてびばのんと風呂に入る、そんなことはママできないんだぜ~」


 だからと言って、息子と一緒に風呂に入ろうとしないで欲しい。


 こっちとあなたは血がつながってない上に、精神年齢が30のおっさん。あなたは23の若い女性。


「そ、そういうのは教育上に悪いと思うし……ほら、俺たち血がつながってないし」


「関係ないよ~。ユートくんは血がつながって無くっても、家族だもん~」


 いやそうだとしても……。あなたもうちょっと自分の体がとても魅力的なボディをしている自覚を、持って欲しい。


「ユートくんが一緒にお風呂入らないなら~。ママはお掃除をするんだぜ~」


「……………………。わかった」


 この人は純粋に、息子と風呂に入りたい。ただそれだけだ。俺の中身がどうとかまるで考慮してない。


 もしここで俺が拒否すれば、働き者の母さんは、また働こうとするだろう。


「はい、けって~。みんなが起きる前に、一緒にお風呂入ろうね~」


 俺は母さんと手をつないで、裏の露天風呂へと向かった。やましい気持ちは何もない。


 俺はひたすらに目線をそらし、ひたすらに心頭を滅却していた。


 やがて母さんと風呂に入り終えて、一階食堂へと戻ってくると、そこにはフィオナがいた。朝食の準備をしていたようだ。


「…………ユート」


 フィオナが凍てつく波動を発しながら、俺に尋ねてくる。


「貴様、どこへ行っていた?」


「あ、えっと……お風呂に」


「そうか。風呂か。……ところでナナさんが湯上がりのようにほかほかしているのだが?」


 フィオナは俺に近づくと、ぎりり……と俺の耳をつねってくる。痛い痛い痛い。


「フィオナちゃんおはよ~。お風呂いまわかしたところだから、入ってくればどうかな~?」


 にこにこー、と笑って母さん。


「……私は結構だ。風呂など入らなくても死にはしない」


 すると食堂に、「おっはー!」とソフィが入ってくる。


「ゆーくんおっはー!」


 ぴょん、とソフィが俺に抱きついてくる。

「くんくん……。むっ、ゆーくんからせっけんのにおいがしますな。おふろにはいってたの?」


「え、ああ……」


 俺がうなずく。


「さっきママと一緒に入ってたの~。お湯わいてるから、ソフィちゃんも入る~?」


 そんなことを母さんがおっしゃる。


「はいるっ! ゆーくんとっ!」


 するとフィオナがクワッ! と目を大きく見開く。


「ふぃーね、ふぃーね、ゆーくんとおふろはいりたいな~。お背中おながしあいしたいの~。だめ~?」


「いや……まあいいけど」


 さっき入ったばかりだが、5歳児を1人で風呂に入れるわけにはいかないからな。湯船で溺れると事故だし。


「まてユート。私がその役目を引き継ごう」


 ひょい、とフィオナがソフィを米俵のように肩で担ぐ。


「むー! はなしてフィオナちゃんっ! どうしてゆーくんとのばすたいむをじゃまするの~!」


「ユートは風呂に2度も入る必要は無い。無駄だ。よってまだ風呂に入ってない私が背中を流してやろう」


「やっ! やっ! ゆーくんとはいるのやだやだー!」


 じたばた暴れるソフィを、連れて、フィオナが食堂を出て行こうとする。


「……貴様のそういう、欲望に率直すぎるところが、時に羨ましくなるし、ねたましくなるよ」


 フィオナは肩に担いだ過去の自分を見て、はぁ、とため息をついて、その場を後にする。


 入れ代わるように、ルーシーが食堂へとやってきた。


「朝から賑やかですね」


「ルーシー。おはよう」「るーしーちゃんおはよ~」


 水髪ハーフエルフに、俺と母さんがあいさつする。


「朝からうるさくしてスマンな」


「いえ……こういうの嫌いじゃないです。ずっとひとりでしたので、ワタシ……」


 微笑むルーシーは、どこかさみしそうであった。


「も~。だめよるーしーちゃん~」


 母さんはポワポワ笑いながら、しかし柳眉を逆立てて、ルーシーに近づく。


 口の端を、両方の親指でぐいっとあげる。

「笑顔笑顔~♡ 笑顔でいればなんとでもなるんだよ~。笑顔が最強なんだから~」


 にぱーっ! と太陽と見まがうほどの、大きく、美しい笑みを浮かべる母さん。


「…………。そう、れふね」


 ルーシーがさっきのさみしそうな微笑から、明るい顔になる。


 母さんは手を離して、満足そうにうなずく。


「うんっ。それそれ~。ルーシーちゃん美人なんだから~。笑ってないだめだよ~」


 母さんが笑顔で褒めるものだから、ルーシーは照れて頬を朱色に染める。


「……お、お世辞でも嬉しいです。ど、どもです」


「おせじじゃないのに~」


 にへー、っと笑う母さんから、ルーシーが目をそらす。


「それじゃあユートくんはルーシーちゃんと先にご飯食べてようか~」


「そうだね、母さん。手伝うよ」


 俺は調理場へ向かう母の後に続く。


「ユートくん。あとでちょっとお話が。経営について会議を開きたいのですが」


「……わかった。あとでおまえの部屋へ行くよ」


 よろしく、と言ってルーシーは椅子に腰を下ろす。俺は母さんを手伝って、フィオナの作ったポタージュスープをお皿に注ぐのだった。



    ☆



 朝食に降りてきた4バカこと若き暴牛の面々、ソフィの両親、そして最近泊まるようになった2人組の冒険者。


 彼らに朝食を出して、その後々片付けが一段落したあと。


 俺はルーシーの部屋へと向かった。


 この宿の一階西側、一番奥の1人部屋が、ルーシーの借りている部屋である。


 ノックして中に入る。


 ルーシーがベッドに腰を下ろしている。俺に気づくとおいでおいでする。


 ドアを閉めて、俺は彼女のそばまでやってきた。


「まあとりあえず座ってください」


 ぽんぽん、とルーシーが自分の隣を叩く。俺は彼女の要望通りにする。


 ふわり……と異国の花を思わせる甘酸っぱいにおいがした。エルフのにおいだろうか。


「さてでは会議を始めましょう。フィオナにはあとで会議の議事録を渡しておきます」


 ルーシーには俺と、そしてフィオナ(ソフィの未来の姿)が1周目の人間であること教えてある。


「今日の議題は現状の確認。そして今後の方針。このふたつについて話し合いましょう」


 そう言ってルーシーは、ベッドの脇に置いてあった【紙の束らしきもの】を取り出す。


 それは子供の顔くらいの大きさの紙の束だ。だがおかしいのは、その紙が、おそろしくつやつやとしているのだ。


 紙の束は紐を使ってないのにまとまっており、本のように開いたり閉じたりできる。不思議な紙の束だった。


「なにこれ? 羊皮紙じゃないよな」


「これはノート」


「ノート?」


「まあ、早い話が羊皮紙より書きやすい紙です。あなたがこの間とった木材から紙をつくって、紙からノートを作りました」


 ルーシーには仲間のドワーフからもらった、【創造の絨毯】を貸している。それを使って昨日から今朝にかけて、色々つくったみたいだ。


 ルーシーはノートを開いて、鞄の中から羽ペンとインクを取り出す。


「まず目的を明確にしましょう」


 かりかり……とルーシーがノートに【目的】と書いて、その下に文字を綴る。


「あなたは親孝行がしたい。母親を楽させたい。そのためには金が必要。ゆえに宿を繁盛させたい」


【目的】

・母親を楽させる


【目標】

・1 宿の経営状態の向上

・2 母親の仕事の負担軽減


「結局はあなたは母親を楽させるために、このふたつの問題をどうにかしないといけないのです」


「金だけ稼げばいいわけじゃないもんな」


 今朝の様子を見ればわかるだろうが、仮に宿が繁盛したとして、あの母さんは働こうとするだろう。


 あくまでも俺は母さんに楽をさせてあげたいのだ。


「つまり今後は宿の経営だけじゃなく、仕事の負担軽減の方法も考えていかなければなりません」


「経営はサービスを向上させていけばいいだろうけど……仕事の負担の軽減か。どうすりゃいいかな?」


「まあ色々とアイディアはあります。手っ取り早いのは従業員を増やすことですね」

 

 目標2の隣に線を引っ張ってきて、従業員と書く。


「いま現場を回しているのはフィオナさんとナナさんの2人だけです。あなたもいますが表だっては動けません。客数が少ない今でさえ結構いっぱいいっぱいなのです。サービスを向上させて宿を繁盛させたとしても、このままでは処理しきれなくなります」


 従業員のところを、ルーシーが丸で囲む。

「かといってすぐに従業員を雇えるかという話になってきます。言うまでも無く人を雇えば金がかかります。金がいるなら金を稼がねばなりません。そうすると宿を今以上に忙しくする必要があり結局は……」


「人が足りないから忙しくできない」


 はい、とルーシーがうなずく。


「人を雇いたくてもその金がありません。なので発想を変えます」


 かりかり……と従業員の下に線を引っ張っていって、【魔導人形ゴーレム】と書いた。


「ゴーレムってなんだ?」


「魔力で動く人形です。王都の大きな店とか宿は、みんなこのゴーレムを導入しています。ようするにロボットです。ペッパーくんみたいな」


 またルーシーがよくわからないたとえを出す。


「ゴーレムの原理は単純です。まず人間サイズの人形を作ります。そこに【動作入力プログラム】っていう、無機物を動かす魔法をかけるのです」


「【動作入力プログラム】の魔法か。俺それ使えるぞ」


 勇者は簡単な属性魔法、無属性魔法ならだいたい使えるのである。まあ魔王相手にはあんまり意味ないんだが(魔王は魔法が効かないのだ)。


 それでも道中の魔物を追い払うときは、聖剣を使うより魔法を使っておっぱらったのである。


「知ってます。あなたのスペックはこの前教えてもらいましたからね」


 かきかき……とルーシーがノートに人形の形を書く。


「構造は複雑にしなくて良いです。話す必要も無いので顔はいりません。のっぺらぼうのマネキンみたいなのを作ります」


 もうよくわからない単語については、いちいちツッコミを入れないようにした。


「手だけは作業をしたいのできっちり作ります」


「素材はどうすんだ?」


「木材でも土でも何でもいいです。加工をしやすいのは土でしょうから、あとで【絨毯】を使って形を作り、錬金の魔法で材質を変えましょう」


 ようするに人体錬成の技術を応用して、あれよりもシンプルに、俺の命令に従って動く人形を作ろう、ということらしい。


「動力はどうするんだ?」


「すごいのをあなた持ってるじゃないですか?」


「ああ、無限魔力の水晶か。でもあれはもうひとりの【俺】に埋め込んでいるぞ。あいつには俺の振りをする必要があるから、外したくないんだけど」


 そこで……と言ってルーシーが懐から何かを取り出す。


 小さな紫色の石だった。


「これは魔力結晶といって、中に魔力を溜めておける特別な結晶です。ようするに魔力の電池です」


 魔力結晶を指でいじりながらルーシーが言う。


「これに無限魔力の水晶から魔力をひっぱってきて、この魔力結晶に魔力を充填させます。そうすれば無限とはいきませんが、膨大な魔力エネルギーを秘めた魔力結晶が完成するわけです」


 ひょいっと俺に魔力結晶をいくつか手渡してくる。


「あとはこの魔力の電池をゴーレムに埋め込む。そこに【動作入力プログラミング】の魔法を使って、どういう動作をすれば良いのかを命令し、動かすというわけです」


 人形ロボット魔力結晶でんちをうめこみ、魔法で動きを設定する。


 そうすることで皿洗いや床掃除と言った、簡単な仕事をさせられるという。


「すげえなルーシー。そんな発想俺にはなかった」


「これ別にワタシのオリジナルではありませんよ。実際に大きな店ではこの魔導人形は実戦投入されてます。まあ、自分でゴーレムを1から作ってる店は見たことありませんが……。しかしアナタにはできます。しかも元手タダで」


 魔導人形はドワーフたちがオーダーメイドで作るらしく、1つ買うにも結構な値がするらしい。 


「それをタダで量産できるなんて……タダ……無料……良い響きです……」


 うっとりとルーシーがつぶやく。


「まあ実際には試行錯誤は必須でしょうが、あなたとワタシがいればすぐにゴーレムを作れます。安定して作れるようになれば、それを売りに出すことも可能です。ワタシが売りさばいてきます」


 なんとも心強いやつが味方になったものだと、俺は嬉しくなった。


「ゴーレムが作れば作業の負担は減ります。これで目標2はある程度改善されるかなと」


 問題は……とルーシーが続ける。


「目標1の経営状態の向上です」


 難しい顔をしてルーシーが言う。


「単にサービスを拡充していれば、ワタシは自然と人が集まってくると思いました。しかし問題はそう簡単じゃない」


 ルーシーの言葉に、俺は同意するようにうなずく。


「ああ。そうだ。宿っていうか、この村に問題があるんだよな」


 うん、とルーシーがうなずく。そして昨日、ルーシーが村長の村から追いだされた時のことを思い出す。


 彼女はこの村に店を開こうとしていた。だが村長はそれを突っぱねた。そして家からルーシーが追いだされた。


「ユートくん、この村どうして……」


 ルーシーが問題の核心を突いた発言をする。


「どうして、この村、この宿以外に、お店がないのですか?」



    ☆


 

 中であれこれ言ってても始まらないということで、俺はルーシーを連れて、宿の外に出た。


 道行く人たちは、みんな俺……というか、俺のとなりを歩くハーフエルフに、嫌悪の視線を向ける。


「なんかいや感じです……」

「髪の色が目立つからな」


 きょろきょろ、とルーシーが道行く人たちを見回す。


 黒髪の少年少女たちが、俺の横を走り抜けていく。


 頭頂部だけがはげあがった黒髪のおやじが、俺たちにじろ……っとにらみつけてくる。


 老婆と老人が家の前でひなたぼっこしている。老婆の方は白髪頭だが、老人の方はまだ黒が残っていた。


「ユートくん。すごい不思議なんですけど」

「なんだ?」


「村の人、みんな髪の毛の色、黒ですよね?」


 俺はこくりと頷く。かくいう俺の髪の毛も黒髪だ。


「この異世界はだいたい金髪とか色のついた髪のひとが多いです。黒髪は【転移者】以外にみかけません。だのに……ここの村の人は、全員が黒髪です」


 俺は知り合いに異世界人がいるので、転移者のことについては知っていた。


 別の世界から転移してきた人間のことをそう言う。たいていが黒髪に黄色い肌をした人間だ。


 ちょうど、この村の人間のような見た目をしている。


「他にも転生者と言って、こっちもよその世界からきてるのですが、転移者とちがって現地人……つまりこの世界にいる人間として生まれ変わるんです」


「そっちは知らなかった。転生者なんているんだな。1度見てみたいわ」


「…………」


 ルーシーがもにゃもにゃ、と口を動かした。何かを言おうかまよっているようだった。


「どうした?」


「あ、いえ……。いずれあなたにお話ししますので」


 それはさておき、とルーシー。


「転移者はいるにはいますが、少数派です。だのにこの村には、転移者みたいな見た目の人間が多い。とても不思議です」


 俺はその答えを知っていた。なにせこの村の子供だからな、俺。


「簡単だよ。この村のご先祖様が転移者なんだ」


 だからその子孫である俺たちは、異世界人のような黒髪で黄色い肌をしているのである。


「村長が言ってた。昔、転移者が今よりも少なかった時代。転移者は異端者あつかいされてたらしいんだ。それで迫害にあってたんだってさ」


「……そう、ですよね。まわりはファンタジー。その中で黒髪黄色い肌に平らな顔は、さぞ目立ちますよね」


 俺は頷いて続ける。


「だから転移者は迫害されて、居場所を求めて各地を放浪したんだ。そんで最後にたどり着いたのが、この森の中ってわけ」


 俺とルーシーは村の外へ出る。


 門番の兄ちゃんが俺に手を振るうが、ルーシーにはツバを吐いた。


「なるほど……。迫害された人間たちが作った村だから、よそ者に冷たいってわけですか」


 村に店がないのと、宿に人が訪れない理由はそれだ。


 俺たちの村の人間は、よそ者にとてもつめたい。それはかつてこの世界の住人に迫害されていたからだ。


 ゆえにこの村は、非常に閉鎖的だ。


 よそ者に対して優しくない。だから村の外から来る人間のためになるようなことをしない。


「店がないのはそういうことだ。よそ者のために、よそ者を相手に商売なんてしないわけだ」


 ふむ……とルーシーが考え込んだあとに言う。


「ユートくんやナナさんはよそ者に冷たいって感じないんですけど?」


「母さんは村の人じゃないから普通なんだよ。父さんもこの村からしたら異端者だった」


「異端者?」


 俺は頷く。


「父さんはこの村の人なんだよ。で、父さんはこの村でも変わり者でさ。外の人に対して優しいんだ」


 父さんはこの村において異端者だ。よそ者に優しくしようって思っていた人だったのだ。


 俺はそんな優しい父さんと母さんの背中を見て育ったから、よそ者に対して、嫌悪する感情は芽生えないのである。


「父さんは村の外の人にも、もっとこの村のことを好きになってもらいたいって思ってる人だったんだ」


「村を好きに……ねえ」


 ルーシーが顔をしかめる。まあ、難しいのはわかっているし、父さんも頭を悩ませていた。


 この村の住民は、よそ者を歓迎しない。冷たく当たる。ゆえにさっきのルーシーに対して取ったような態度を、ほかのよそ者に対してもするのだ。


「まあ村に人が来ない大きな理由は、この村にアイテムショップや武器屋、冒険者ギルドと言った、冒険者にとって必要な施設がまるでないからだ」


 けど……と俺が続ける。


「もっと根本的な問題として、村人がよそ者を歓迎しない。そういう雰囲気が村から出てるから、人が寄りつかないんだよ」


 ちょうどそのときだ。


 ダンジョンから冒険者の一団がでてきた。


「腹減ったー。さっさと帰ろうぜー」


「なあ、あの村よってかないか? 飯の美味い宿があるって若き暴牛のやつらがいってたぞ」


 すると全員が顔をしかめる。


「あー……パス。あそこの村ってなんか雰囲気わるくてさ」


「わかるわー。村人の態度悪いんだよね」


「んじゃ、いつものとこいくか。ちょっと宿には興味あったけど、ギルドもないし」


 そう言って、冒険者たちが、俺たちの村をスルーして、ちょっと離れたところにある、大きな街へと向かって歩き去って行った。


「……なるほど」


 ルーシーはその場にしゃがみ込む。


「こりゃ、宿の中だけ改善しても意味ないのですね」


 ルーシーがしゃがみ込んだ状態で、うつむいている。


「…………」


 肩をふるわせている。思った以上に問題の根が深くて、途方に暮れているんだろう。

 わかる。俺もそんな感じだ。正直どうしていいのか俺には見当もつかない。


 と思っていたのだが……。


「くく……」


 ルーシーがニヤリ、と笑う。


「くくく……あははっ! いいですねっ! いいですよこの状況! 最高です!」


 呵々大笑するルーシー。


「古来よりピンチはチャンスということわざがあります。この状況、一見ピンチに思えますがじつはかなりのビジネスチャンスが転がってます。わかりますか?」


 ビジネスとか言われてもわからないので、首を振るっておく。


「そうですか。いいですか、この村は現状、村人が店を出そうとしないですし、外の人間がここに店を出店したくてもできない状況です」


「村人が出さないってのはわかるけど……外の人が店を出したいってのはどういうことだ?」


 ルーシーはダンジョンをびしっ! と指さす。


「ここはダンジョンの真横の村です。大勢の冒険者が、ひっきりなしにこの村を通りかかります。その人たち全員を相手に商売できたら……ものすごく儲かると思いませんか?」


 それはルーシーが昨日、村長に言っていたセリフだ。


「村の外にいる商人は、このおいしい場所で商売をしたいと思ってます。ですができない。なんでかわかります?」


「そりゃ村長が出店を許さないからだろ。昨日おまえが断られたろ?」


 あんな感じでよその商人も、この村で出店しようとして断られてたのだ。


「そうですそうです。しかしです……ワタシは違います。ワタシには、あなたが……そして、あの宿があります!」


 ルーシーが俺に抱きついてくる。


 薄い胸が俺の顔に当たって、骨が当たっていたい。


「店は出せません。ですが、あの宿にショップを作ればどうでしょう?」


「ショップ?」


「ですから、あの宿でアイテムを売るんですよ」


 スゴい良い笑顔のルーシー。


「村に新たに店を建てて商売させてくれないのなら、あの宿のサービスの一環として、アイテムや武器を売れば良いんです!」


「いやでも……村長が許すかな?」


 にーっと笑うルーシー。


「許可なんて取りませんよ。だってアイテムを売るのは、あくまで宿のサービスの一環です。別に店を出店しようってわけじゃないです」


 いやでもそれは屁理屈だろ……。


「屁理屈も理屈のウチです。それに宿にアイテムショップを併設すれば、それを目当てに人が来るのでは?」


 そう言われて、なるほど……と納得してしまう俺がいた。


「村人の意識改革は、すぐにはできない。態度を改めろって言ってもすぐにはこの排他的な雰囲気は直らないだろう」


「ええ、ですから、ならショップを宿の中で開くのです」


「それは良いアイディアだと思う……」


 店がこの村にないから、装備を調えに、冒険者がこの村に立ち寄らないのだ。


 もし宿にアイテムショップがあるとみんなが知れば、それを目当てにやってくるかもしれない。


「けど……どうやって宣伝するんだ?」


「と、言いますと?」


 首をかしげるルーシー。


「だから、ウチは宿屋だ。看板は宿屋って出してる。アイテムショップって看板は出せない。どうやってアイテムも売ってることを冒険者たちに宣伝するんだよ」


 するとルーシーが、にやり……と笑う。


「ワタシに秘策ありです」


 くるくる、と俺を抱っこした状態で、その場で回るルーシー。


「ああ、あなたという高レベル高ステータスの異世界人がそばにいて、ワタシとっても嬉しいです……♡」


「よくわからないが、回るのはやめてくれ。目が回る」


 ルーシーが俺を離す。


「ようするにです。冒険者の皆様に、宿の存在を広く知ってもらえばいいわけです」


「うん、だからそれをどうするんだって話しだよ」


 にこーっとルーシーが笑う。


「ところでユートくん。話違いますけど、ワタシの故郷では、有名人が泊まったホテルとか、飲食店って、めっちゃ人が来るんですよ」


 まあ、有名な人がここに来たんですよ、ここうまいんです っていったら、そりゃみんな興味持ってここへ来るだろうな。


「それを応用します。つまり有名人がこの宿をよく利用するよ、と宣伝してもらうわけです」


「は? 有名人なんてウチを利用してないだろ」


「いいえ。いるじゃないですか、とっても有名な人が、ひとり。ワタシの目の前に」


 考えて、まさか……と思って言う。


「俺か?」


 正解、とばかりに、ルーシーが頷く。


「いやルーシー。確かに俺は勇者だったけど、それは1周目の世界での話しだぞ。こっちじゃ一般人だ。勇者なんてみんな知らない」


 俺は2周目世界では、一般人であり、知名度なんて0だ。とてもじゃないが、宣伝にはならない。


「でしょうね。しかし今有名人でないのなら……有名人になれば良いのですよ」


「は? どういう……?」


 するとルーシーは、懐から何かを取り出す。それは、薬のビンのようなものだった。


「この【外見詐称薬】めっちゃ高いんですけど、先行投資です。うん」


 そう言ってルーシーが俺を見やる。


「ではユートくん。はなまる亭を繁盛させるために、やってもらいたいことがあります」


 真面目な表情でルーシー。


「おう、なんでも言ってくれ。俺は店を繁盛させるためならなんでもするぞ」


 では……とルーシーが言う。



「ちょっとあなた、高ランクの有名冒険者になってきてください」



お疲れ様です。


説明回でした。長くなってすみません。


果たして冒険者になれというルーシーの真意はいかに。次回その理由を明かします。


また宿屋のサービス拡充は今後も継続してきます。あくまで冒険者やるのは、それをすることで客が増えるからです。


あくまで主題は宿屋の繁盛させて親を楽させる、これはブレさせません。ので、宿屋のサービス拡充も普通に今後もやってきます。


以上です。


最後に。土日も多くの評価ポイント、ありがとうございます。おかげさまで連載を長くやっていけそうです。


皆さまからの受けたご支援に、ちゃんと応えられるよう、連載がんばります。


また、よろしければ今日も、評価ボタンを押していただけると嬉しいです。


ではまた。

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