表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/72

01.勇者、国王に実家へ帰ると宣言する


 20年前、突如として人間の土地に、【魔王】と呼ばれる強大かつ凶悪な魔物モンスターが現れた。


 魔王は自らの分身である四天王、そして四天王の分身である72の悪魔を生み出した。


 72の悪魔は人間の土地の各地に散らばり、無辜むこの民を惨殺し、人間たちに恐怖と混乱を振りまいた。


 人間たちは軍隊を率いて魔王やその部下に挑むが、強力すぎる魔王たちには、まるで歯が立たなかった。


 もはやこれまでか……と思ったそのときだった。


 右手に【紋章】を宿した少年が、悪魔の1柱を、単身で倒したのだ。

 

 王は彼の持つ【紋章】が、王家に伝わる【勇者の紋章】であることを知っていた。


 王はその少年を勇者と呼び、魔王、ひいては魔王の部下である四天王と72の悪魔を倒してくれと依頼。


 少年は承諾し、仲間を集めて、この土地に散らばる悪を成敗していった。


 それが、20年前。その当時勇者は、まだ10歳の少年だった。



    ☆


 

 あー、めっちゃ晴れてる。めっちゃ良い天気だなぁ……。


 空を見上げると夏の日差しが、真上から殺人的な太陽光線を浴びせてくる。


 今は夏。昼下がり。


「今日も暑いぜ。……さて」


 3ヶ月ぶりに外に出た俺は、王様に会うため、王都へとやってきていた。


 王都は前に来たときよりも、活気を取り戻しているように思えた。


「さぁさぁよってらっしゃいみてらっしゃい! 今日は特別大サービス! 全品50%割引だ!」


【魔王討伐記念!】と書かれた張り紙が、どこの店にも張ってある。


 魔王を倒して3ヶ月。こっちにも魔王が死んだ知らせは伝わっているようだ。


 俺の横を、笑顔の子どもたちが通り抜けてくる。


「ゆーしゃごっこしようぜ! おれ、ゆーしゃな!」


「はぁふざけんなよ! ぼくがゆーしゃやるもんね!」


「じゃあわたしはゆーしゃさまのお弟子さまの女騎士やるー!」


 子どもたちが楽しそうに、公園へと向かっていく。なんか、ううん、気恥ずかしい。


 大通りを北に向かって歩く。目指すは王城。俺は王様に、とある理由で会いに来ているのだ。


「ちょっとそこの兄ちゃん!」


 俺が大通りを歩いていると、屋台を開いているおばちゃんが、俺に声をかけてきた。


「兄ちゃんみたところ王都は初めてだろ? これ、王都名物【勇者揚げパン】。食べてきな!」


 そう言っておばちゃんが、俺に揚げパンを押しつけてくる。油で揚げたパンに、粉砂糖がまぶしてあって、実に美味そうだ。


 俺はおばちゃんに金を渡して、揚げパンを食べる。


「しかしなんで【勇者揚げパン】って名前なんだ?」


「ふっふっふ、しらんかね。勇者様は揚げパンが好きなんだ。勇者様の好物の揚げパン。だから勇者揚げパン!」


「なるほど……。まあ揚げパンは好きだけど。それ標記詐欺じゃね?」


 勇者揚げパンだと、まるで勇者が作った揚げパンに聞こえる。


「いいんだよ! この名前のおかげで揚げパンは売れに売れまくってるのさ。それに勇者様が揚げパン好物だってことは事実だし、別にウソはついてないだろ」


「ま、そうだな。ウソじゃない。俺、揚げパンは好きだしな」


「あははっ、なんだいその言い方。まるで兄ちゃんが勇者みたいじゃないか!」


 にかっと笑っておばちゃんが言う。


「え、知らないの? 俺、勇者なんだよ。ほらその証拠に、揚げパンめっちゃ好物」


 もぐもぐ、と揚げパンを1個、ぺろっと食べ終わる。


「そうかいそうかい。兄ちゃんは勇者なのか。ならおかわりはどうだい?」


「そーだね、ちょうだい。2個くらい」


 俺の注文を聞いて、おばちゃんが揚げパンを作り出す。


「ところでおばちゃんさ、勇者の顔ってみたことあんの?」


 ふと気になって尋ねてみる。


「そんなわけないだろ? 勇者様は各地に散らばる悪魔を倒していた。街の中でのうのうと暮らしていたアタシが、知ってるわけないだろ?」

 

 ま、そりゃそうか。


「しかし勇者様は本当にスゴい御方だよ。なにせ20年前に現れた72の強大な悪魔を倒し。さらに暗黒大陸に逃げた魔王とその四天王をお仲間のみなさまと力を合わせて倒したんだから……」


 揚げパンが出来上がる。紙袋に入れて、俺に手渡してくれた。


「今世界が平和なのは、勇者様と、そのお仲間の皆様が頑張ってくれたおかげさね。ほんと、勇者様々だよ」


 おばちゃんの笑顔には、陰りがまるで感じられなかった。晴れやかな表情、心から平和を喜んでいるような顔だ。


 うん、なんというか、頑張って良かったなぁって思った。


「そりゃどーも。勇者な俺からしたら、光栄なことだ。頑張った甲斐があったってもんだよ」


「そうかい! そりゃあ良かった。なら勇者様、今後もうちの揚げパンをごひいきに!」


 ああ、とうなずいて、揚げパンの屋台を俺は離れる。


 紙袋を片手に、王城へ向かう。


 道行く人の表情は、みんな明るい。俺が10歳の子どもの時、初めてここへ来たときは、みな魔王と悪魔の恐怖で暗い顔をしていた。


 それが今や、おばちゃんがしていたような笑顔を、みんな浮かべている。


 うん、良かった良かった。


『ユートくん。笑顔笑顔~。笑顔があればなんでもできるよ~』


 と、俺を育ててくれた母さんは、いつもそう言っていた。


『笑顔は最強なんだよ~。笑顔でいればみんな幸せになれるんだよ~』


 ほわほわ笑っている母さんの顔がちらつく。早く会いたいなと思った。


 そのためにはまず、王様に一言言っておかないといけないわけだ。さすがに何も言わずに消えたら、大混乱を招くからな。


 そうこうぼんやり考え事をしていた、そのときだった。


「うぇえええええええええん! おかぁあさあああああああああん!!!」


 道を歩いていると、泣いている、幼い子どもがいた。


 ふたりいて、片方はお兄ちゃん、もう片方は妹らしかった。


「おかあさあああああああん! どこおおおおおお!!!」


 ……どうやら迷子らしい。


 妹に付き添って、兄も迷子になってしまったのだろうな。


 うん、良くない。あの子は泣いてる。笑顔じゃあない。そりゃ良くない。


 俺は彼女たちに近づく。


「よっ。どうした? お母さんとはぐれたのか?」


 俺は子どもたちの前でしゃがみこみ、彼女たちに目線を合わせる。子どもと会話するときは、母さんはいつもこうしていた。


「…………」「あの……どちらさまですか?」


 妹はきょとんとしている。兄の方は警戒心をあらわにしていた。


「別に悪いやつじゃない。俺は勇者。おまえらも知ってるだろ? 魔王を倒したおっさんだ」


「はぁ……?」


 と兄は何言ってるんだ、こいつ……みたいな顔になる。だよな。うん。


「ところで妹ちゃん。これをあげよう。そこの屋台の揚げパンだ」


 手に持っていた紙袋を、妹ちゃんに差し出す。彼女はひくひく、と鼻を鳴らして、袋の中を見やる。


「安心しろ。毒物じゃない。ついさっきそこの屋台で買ってきたものだ。なんなら屋台のおばちゃんに確認してもいい。美味いぜ、ひとつどうだ?」

 

 兄は依然として俺への警戒心をむき出しにしている。だが妹ちゃんの方はと言うと、

「ぱくぱく……。あんちゃん、美味しいよ~♡」


 にぱーっ、と妹ちゃんが笑顔になる。


「おまえもどうだ? 美味いぜ」


「はぁ……。どうも……」


 兄は俺への不信感は捨ててないみたいだが、妹が食べてるのを見て、自分もお腹を空かせたようだ。くぅと小さく腹を鳴らしていた。


 兄と妹が、揚げパンをガツガツと食べる。


「あんちゃん、おいしいね♡」


 妹ちゃんは揚げパンを食べていると、さっきまでの泣き顔がウソのように、笑顔になる。


「妹ちゃん、知ってるか? 笑顔って最強なんだぜ。笑顔でいればなんでもできるんだ。笑顔でいればたとえ魔王だって倒せる。これマジだぜ?」


 俺の言葉を、冗談と捉えたのだろう。妹ちゃんは「おっかしー♡」と笑った。


「お、なんだ。お菓子だけにってことか?」


「ちがうよ~♡ も~♡ おじちゃんおかし~♡」


 きゃっきゃっ、と妹ちゃんが楽しそうに笑う。うん、良い笑顔だ。……しかしさっきの俺の発言は、冗談じゃなくてマジ話なんだけどな。まあいいや。


「お母さんとは、いつはぐれたんだ?」


 俺は兄の方に事情を聞く。どうやら母親と買い物に来ていた途中、妹が勝手にどこかへ行こうとして、兄がついていったら迷子になったという。


「店の場所ってわかるか?」


 俺の問いかけに、兄はわからないという。ただ服屋さんであることは知ってるようだ。


「王都にある服屋か。結構あるしな……。ま、1件ずつ回ってくか」


 俺は子どもたちを連れて、王都の繁華街を歩き回る。


 妹ちゃんは俺に対する警戒心をすっかりといて、俺に肩車するよう命じてきた。その方が母親を見つけやすいからと。


 兄の方も最初ほど警戒してないようだ。


 ややあって、


「ままー!!」


 と母親を見つけることに成功。母親からお礼を言われて、いやいや大したことありませんよと言う。


「そんじゃあな、ふたりとも」


「はい……あの、ありがとうございました」


 兄がぺこっと頭を下げる。


「ばいばーい! ゆーしゃのおにーちゃん!」


 妹ちゃんが俺に手を振る。母親は「勇者?」と妹ちゃんに尋ねて、「あのおじちゃん、ゆーしゃなの~♡」と説明する。

  

 冗談と捉えた母親の目が、俺と合って「え……!?」と驚いていた。


 やばい。勇者のこと知ってるひとか。まずいなと思って、俺はそそくさとその場を後にしたのだった。



    ☆



 トラブルがあったものの、俺は無事、王城へとたどり着いた。


「3年ぶりか……。3年じゃたいして見た目も変わらないか」


 王の城へは、3年前、暗黒大陸へ渡る前に、1度顔を出したことがある。


 そのときと同じで、王城は立派な外観、ごつい城門を構えていた。


 城門の前には衛兵が立っていた。


「よ、お疲れさん」


 俺は衛兵にそう言うと、城の中へと歩いて行く。


「ちょ、ちょっと待てそこのおまえ!」


 衛兵が俺を引き留めてきた。


「ん? どうした……?」


「どうしたではない! なんだおまえは! 王の城に何の用だ!?」


 衛兵は俺に尋ねてくる。


「んー……? あ、わかった。衛兵くん。きみもしかして最近ここに就職した?」


「そうだ。この春から王よりこの門を守れとご命令を受けた。それがどうしたっ?」


「あー、いや。じゃあわからなくて当然だよなって思って。すまん」


 ぺこっと俺が頭を下げると、衛兵は毒気が抜けたようだ。


「別にあやしいもんじゃない。ただ……そうだな、衛兵くん、きみの上司か先輩を連れてきてくれないか? 具体的に言えば、3年以上衛兵やってるひとがいいんだけど」


 俺の言葉に、衛兵は俺への不審感を募らせたようだ。


「あやしいやつだ! こい、話は牢屋で聞いてやる!」


 衛兵に手を掴まれる俺。うーん、どうしよう。まあでもその方が城の中に入れるし、王様と話がしやすくなるかな。


 と思っていたそのときだった。


「あー♡ ゆーしゃさまだぁ♡」


 背後を振り返ると、そこにはさっき母親を探してやった、妹と兄、そしてその母親がいた。


「ゆーしゃさまぁ♡」


 そう言って妹ちゃんが、俺に抱きついてくる。


「勇者……?」


 衛兵くんが首をかしげる。ま、ですよね。


 すると妹ちゃんの母親が、俺を見て、そして衛兵くんに言う。


「あの……主人が衛兵団長としてここで勤めてるはずです。呼んできてもらえますか?」


 母親が衛兵にそう言う。


「だ、団長の奥様でしたか……。すみません、すぐに呼んできます……!」


 衛兵はそう言うと、そそくさと城の詰め所へと引っ込んでいく。


「あー……。なるほど、衛兵団長の奥さんだったんだな、あんた」


「ええ……ですからあなたのことは、存じておりますよ。さっきはありがとうございました」


 母親が俺に頭を下げてくる。


「いやいや、俺は別に。ただ揚げパンを買い過ぎちゃって、妹ちゃんたちに食べてもらっただけです」


 すると詰め所の方から、衛兵団長がやってくる。


「おおっ! 勇者どの! 勇者どのではありませんか!」


 団長が俺に気づくと、喜色満面で、俺に向かって走ってくる。


 がちゃがちゃと鎧の音を立てながら俺の前までやってくると、俺の手を掴んで、ぶんぶんと縦に振る。


「ありがとうございます! あなた様のおかげで世界は平和になりました! 感謝してもしきれません! ありがとう、ありがとう!」


 強く手を振ってくるもんだから、ちょっと痛かった。けど感謝されてるのに痛いとかやめてとか言えないし、黙って「さんきゅー」と返した。


「あの……団長。そこの不審者とお知り合いですか……?」


 さっきの衛兵くんが、後からやってきて、団長に言う。団長は顔を真っ赤にして「バカヤロウ!」と怒鳴る。


「この方をどなたと心得る……! この御方は先の戦いで魔王を打ち倒した、勇者ユート・ハルマートさまだぞ!」


 団長が俺の名前を呼び、衛兵君の顔が、さぁ……っと青ざめる。


「部下がとんだ失礼を! すみません! この責任は私が! 腹を切ってお詫びします!」


 団長が頭を下げまくってそんなことを言うものだから、「あー、いいっていいって。俺あんま顔知られてないみたいだし、知らなくて当然でしょ?」


 と答えた。


「おお……なんと慈悲深い……。ありがとうございます!」


 団長が頭を下げて、衛兵君も頭を下げる。


「いいっていいって」


 隣にたっていた妹ちゃんが「なにいってるのー? ゆーしゃさまはさいしょからゆーしゃさまじゃーん」と不思議がっていた。兄の方は絶句して、俺に謝ろうとしていたので、大丈夫だと笑って返した。


「それより勇者様……魔王を倒して、お仲間と帰還なされてから今日まで3ヶ月。どこへいっていたのですか?」


 団長が俺に尋ねてくる。真実を言っても良いんだが、それじゃちょっとなと思った。あんまり人を心配させたくないし。


「ま、ちょっと温泉街へいってぶらぶらしてた。なにせ魔王退治は大仕事だったからな。王様に言って3ヶ月休ませてもらってたんだ」


 と言うことにした。


「そうだったんですね! 功績を考えれば3ヶ月の休養、納得しました!」


 ま、休養っつーか、療養なんだけど……と内心で訂正しつつ、俺はここへ来た目的を話す。


「団長、王様に会わせてくれないか? ちょっと話したいことあるんだ」


 団長は「わかりました!」と言って、俺を連れて城へと向かう。


「ばいばーい♡ ゆーしゃのおにーちゃん♡」


 妹ちゃんが俺に手を振ってくる。俺は手を振り替えして、団長と一緒に、王城へと足を踏み入れたのだった。



    ☆



 応接間のような、広いホールに通される。


 30分くらい待たされただろうか。


 ソファに座っていると、バーン! と部屋の扉が開いた。


「まあ……♡ まあまあユート! ああユート! 会いたかったですよ!」


 そう言って入ってきたのは、この国の王様、ヒルダだ。


 この国の王は女なのだ。女王ってやつな。


 女王ヒルダは俺に向かって走ってくると、、ぎゅーっと俺の顔にしがみつく。


「よくぞ……よくぞご無事で!」


「くるしいってヒルダ。おまえの熱い抱擁は嬉しいけど、押しつぶされそうだ」


 ヒルダは年齢が40。だが40とは思えないほど、若く、そして胸が大きい。


 外見は女子大生もかくやというほど若々しいヒルダからの抱擁は、なんというか気恥ずかしい。


 ヒルダはパッ……と俺から離れる。

 

 そして正面のソファに座る。


「ほんと……心配していたのですよ」


 気遣わしげに、ヒルダが眉をひそめる。


「魔王をあなたが倒してこの3ヶ月間、うれしさよりも心配が勝っていました」


「なんでだよ。魔王が死んだんだぜ? 後顧の憂い無しって喜べば良いじゃないか」


「ですが……あなた、ケガを負って生死をさまよっていたではありませんか」


 別に大したことではないのだが、ヒルダの本気で心配してる顔を見ると、申し訳ない気持ちになる。


「あなたは17年間をかけて、この大地に巣くう72の悪魔を全て滅ぼしました」


 ヒルダがぽそりぽそり、と涙混じりにつぶやく。


「そこから暗黒大陸へ渡って3年……。四天王と魔王を倒して、無事に帰還をなさったと喜んだら、あなたは重傷。そのまま目が覚めないかとおもって……とても心配してましたよ」


 俺は魔王との激戦の末、打ち倒したが重傷を負った。


 人間の大地へ帰ってきてからずっと、意識不明の寝たきり生活を送っていたのだ。


 そしてつい最近目が覚めて、動けるようになったから、今日ここへ来たという次第だ。


「すぐにあなたのいる病院へ行けずにすみません……」


「いいさ。王としての仕事があったんだろ。それに病院から王都までめっちゃ離れてるしな」


 しんみりした雰囲気があたりに漂う。


 ヒルダはぐす……と目元をぬぐった後、「それはさておき!」と明るい声を上げた。


「これでやっと、話が進められます!」


 喜色満面のヒルダ。


「話し? 話ってなんだ?」


「今後についての諸々の話ですよっ」


 ヒルダが弾んだ声音で言う。


「まずは祝賀会です。魔王を倒した勇者をたたえるお祝いをしないと! そのあとは英雄の称号を与える授与式! そのあとは……」


 立て板に水とはこのことか。ヒルダがどんどんとこの後の予定を述べていこうとしたので、「まてまてまて」と一旦ストップをかける。


 だがヒルダは止まらなかった。興奮しすぎて、周りが見えてないようだ。


「さらに地位や名誉も各種そろえてます! どこがいいですか? 騎士団長? 王立騎士学校の校長が良いですか? それとも冒険者ギルドのギルドマスター? いずれにしてもどんな要職のポストも用意してあげられますよっ! というかもう用意してあります! 好きなのを選んでください!」


 ヒルダはパチッと指を鳴らす。


 すると部屋のドアが開いて、書類の束を持ったメイドたちが、俺たちの前へとやってくる。


 ソファの前のテーブルに、書類の束を山に積む。山積されたそれは、合計で5つ。


「さっ! お好きな地位をお選びください! 大貴族の領主として辺境でスローライフ送ることも可能。なんなら王のおそば人として、この城で食って寝ての怠惰な生活を送ることもできます! あらゆる地位、あらゆる名誉があなたのもの! さあ!」


 どうぞ! と言って、ヒルダが書類の束に手をさしのべてくる。目を通せってことか。


 ……だからこそ、申し訳なさはあった。けど俺には俺の、やりたいことがあるのだ。


「ヒルダ」「個人的には、わたしのお、夫になるのはどうでしょう」「ヒルダ」「し、仕事は全部わたしがやります。あなたはわたしのそばでずっといてくれれば……」


 あかん、ひとの話を聞いてない。


 俺は吐息をついた後、


「すまん、いらない」


 と声を張ってそう言った。


 ぴたり、とヒルダが妄想をやめて、目を大きく見開き、俺を見やる。


「えっと……ユート? いま……あなた何を……?」


 どうやら俺の話を聞いてくれるみたいだ。やっと本題に入れる。


「いらないって言ったんだ」


「いらないとは……な、なにをでしょう?」


 たらりと額に汗をかいて、ヒルダが俺に問うてくる。


「全部だ。祝賀会も英雄の称号も。地位も名誉も全部」


 俺の言葉に、ヒルダがくら……っとまるで貧血を起こしたように、その場で倒れそうになる。


「な、なぜ……? あなたは世界を救ったのですよ? 祝われて当然。英雄にふさわしい。地位や名誉ももらって当たり前……。それをいらないなんて……どうしてですか?」


 俺はヒルダの目をまっすぐに見て告げる。


「俺、このまま帰って、実家を手伝うつもりだからだ」


 ヒルダがぽかーん……と口を大きく開く。

 

 そして目と口を、大きく開いて、



「えええええええええええええええええええええええ!!!!?!?!?!?」


 と王にふさわしくない、絶叫をあげたのだった。 


新連載始めました。どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ