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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
3章

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6-2 妥協 のち 分水嶺

「それで、降ろしてはくれないのかしら?女性とこんな格好で話をするだなんて少しばかり失礼よ?」


 マユミはにやついた笑みを顔に貼りつかせたまま、不遜な態度を崩すことなく真下から睨みあげる「光速の騎士」へとのたまう。

 その挑発的な言葉に、逆にほんのすこし制服の襟を掴む右手に力が入る。

 ぴき、と音がしてブラウスのボタンが一つ砕けて地面へと落ちた。


「この状況下で、お前を自由にするリスクを考えれば当然だろう。礼節の云々をほざくならまず友好的な関係が双方に有ることを確認してからにしろ」

「……あの、す、いや「光速の騎士」さん。その、その子はいったい?」


 当然の疑問を述べるのは里奈である。

 偶発的に発生したこの事件で偶然出くわした下級生。

 私立の銀嶺学院は中高合わせれば1500名を超える学生数を誇る。

 全く見覚えのない学生がいてもおかしくはないのだが、どうもこの流れからすると学院の学生ではないようだ。


「あはは、ごめんなさいね、センパイ?わたし、ここの学生じゃないのよ。この服はロッカーからサイズの合うものを勝手に借りただけ。うふふふ、こういう制服って憧れだったのよね」

「……あなた、この間の公園で騒ぎを起こした子?もう一人の男と一緒に?」


 話の流れからピンときた深雪が尋ねる。

 そこでまたも綻ぶように笑顔を振りまくマユミ。


「そういうこと。私があの時の襲撃者。初めまして「騎士」の友人である白石深雪、堀田里奈。そして改めて久しぶりね、杉山茂。我らが「光速の騎士」様?」

「外面は学生のコスプレしてても、中身がそれじゃあな。何もかも台無しだ。相方のあのサングラスの野郎に言われてな。わざわざ来てやったんだ。いったいこの騒ぎ、どういうつもりだ?」


 一切力を緩める事無く詰問する茂の、今にもそのまま胸へと拳を突きこまんと力のこもった右腕にマユミが手を添える。


「……脅しをかけるなら、もう一歩足りないわ。根が真面目なんでしょ?こういうことに不慣れなのがモロバレね。もっと“汚く”ならないと。それに一から十まで教えてもいいのだけれど、こんな悠長に話をしている時間、有ると思う?」

「……」


 さわさわと腕を軽く撫でられる。

 その通りであった。

 マユミへの注意を逸らさぬようにしながら使った「気配察知:小」は、分厚いボイラー室の扉の向こうでうごめく黒装束の群れを捉えている。

 ちっ、と鋭く舌打ちする茂と、鼻で笑うようにして顔を反らしたマユミ。

 茂がぱっ、と手を制服から外すと、重力に従いマユミが壁を背で擦りながら着地した。

 乾いた血が筋となってマユミの頬にこびりついている。


「……さて、「光速の騎士」。いろいろな不平不満と、山のように言いたいこともあるだろうけど、それはとりあえずその扉の向こうをどうにかしてから、でしょうね?」

「だろうな。……終わったらキッチリ話をしてもらうぞ。もし適当なことをすりゃあ、トゥルー・ブルーだとかいう扉の向こうの阿呆に追われなくなっても、俺が北極点、南極点、アマゾンの熱帯林だろうが、世界の果てまでどこまでも追い込んでやる」

「怖いわぁ、怖いわぁ。あははっ、男の人に追われる生活、いい加減に卒業したいのよねぇ」


 血で汚れた制服の前をくつろげ、つい先ほどまでのおどおどしていた文化系の少女と全く違う様相で、髪を掻き上げるマユミ。

 頬の血を擦ると、それがいっそ凄惨な血化粧にも見える。

 目線の先にはボイラー室の扉。

 茂の「気配察知:小」によれば、ここを中心に半円状にして敵が囲いをつくっているようである。

 それを感じ、里奈と深雪をボイラー室の奥へと移動するように視線で合図を送る。


「だが、この状況で突破できるのか?かなり無理目の陣容だぞ?」

「私とあなたとならどこまでも。……あら、チープなラブソングっぽくなったかしら?大丈夫、どうにかできると思うわ」

「……ということは能力者はお前の方か?」


 先を歩くマユミへと尋ねる。

 振り返った彼女の顔には先程までの笑みがない。


「いいえ、人でないというなら、2人とも。私、マユミ・ガルシア、そしてマサキ・ガルシア。彼ら曰く「ギフテッド」。報復の地へと至るための、鍵。狂人が思い描いた、夢の先。フラスコの子どもの“現段階”での到達点。人類には早すぎた、模造異能者〈デミ・サイキッカー〉よ」






 狙撃のキモは、呼吸だ。

 銃の精度が上がり、スポッターを付け、風速や湿度などの気象条件を把握することができるようになった今でさえも、その引き金を引くのは人である。

 どこまで計算や機械の精度が上がっても最終的にはその命中の可否についての判断を下すのは人であった。

 銃口の先、照準を合わせたスコープの向こうには先程転がるようにして「騎士」が逃げ込んだボイラー室の扉がある。

 スモークグレネードで視界を遮られ、仕留めそこなったわけではあるが、おそらく手傷は負わせているはずだ。

 長年の経験則から、仕留めはせずとも当てることだけはできたと確信している。


『……ッザザッ……。目標から等しく距離を取れ。決して接近戦を挑もうとするな。「騎士」に接敵された場合は、詰んだと考えろ。遠くから確実に嬲るように、だ。姿を現したところを徹底的に蹂躙しろ。わかってはいるだろうが異能力者を通常の敵と考えるな』

『了解』


 耳元の無線から注意喚起が飛ぶ。

 無線を受けた男は、トゥルー・ブルーという擬態を続けているが、その本質は傭兵でしかない。

 この仮宿に来てだいぶ長いが、雇用主の判断は堅実で隙がない。

 それでいて、オカルティックなスリルと十分な報酬、仕事に対する評価も過不足ないと来れば腰を落ち着けるのもやぶさかではない。

 ここ最近のイレギュラーである「光速の騎士」に関して、積極的に排除していく方針であることも不満はなかった。

 何故ならば、彼は“表で輝くことが許されてはいけない”からだ。

 彼の在り様は、人が人と争うこの世界の枠組みにおいて、あまりにも逸脱している。

 人と人が争うのではなく、人が「人で非ざる者」に蹂躙される世界へと変貌してしまうからだ。

 世界の裏でひっそりとその一部に関わるトゥルー・ブルーであった彼にはわかる。

「光速の騎士」はあまりにもセンセーショナルに現れすぎた。

一度輝き、闇へと消えていくのであれば問題はなかったのだ。

 だが、実際は目映く輝き、ずっとその光を燈し続けている。

 おとぎ話の登場人物が、正しく現れた世界。

 彼が意図せずとも開いた扉が、世界を変容させていく。

 その「超越者」たる彼に対する「カウンター」を表も裏も求め始めている。

 その一端が自分の所属するトゥルー・ブルーであり、レジェンド・オブ・クレオパトラで組んだ女禍黄土であり、「骸骨武者」を擁する日本国の部隊であろう。

 おそらく実戦投入できないながらも、似た程度の「カウンター」を擁した集団はいくつか存在していておかしくはない。

 そしてその母数は増えていく。

 増えていかざるを得ないことを歴史が証明している。

 戦車ができれば戦車、飛行機ができれば飛行機、ロケットができればロケット、そして核ができたならば、核。

 相手が持っていて自分が持たないという選択肢を選べるほど、大多数の人間は成熟も達観してもいない。


「ここは人の生きる世界だ。今更、ラグナロクだのアルマゲドンだの、冗談じゃねえよ。そういうのは映画の向こうだけでやってくれ」


 ぼそり、と誰もいない時計塔の鐘の下で呟くスナイパーの男。

 彼は自分の為していることが悪であることを認識している。

 だが、それと同時に強い使命感も感じていた。

 その使命とは、「光速の騎士」を人の手で殺すことだ。

 どんなことをしてもいい。

 人が作り上げた技術の結晶たる銃火器で、あの「人で非ざる者」を殺さねばならない。

 ここがおそらく最後の分水嶺だろう。

 このタイミングが、ギリギリ間に合うか間に合わないか、そんなちょうど時代の境目。

 「超越者:光速の騎士」を人の作り出したもので、倒せるのだと、殺しうる存在にすぎないのだと、天下に証明しなければならない。

 ここで、もし仮に彼らトゥルー・ブルーが仕留めそこなうことになれば、後は怒涛の如く。


 「人」の世に、「超越者」が刻まれる。

 「現実」が、「英雄」と「幻想」を許容していく。

 「常識」が、書き換えられていく。

 「不条理」が、日常へと変わる。


 他の普通に生きる人々はまだ気づいていない。

 それがどんな影響を与えるのかを。

 だが、その最前線にいる者は、その足音をすでに自らの背に聞いている。


ぴぴっ。


 そんな狙撃手の耳へと、電子音が届く。

 時計塔のこの鐘まで続く螺旋階段。

 そこへ設置したモーションセンサーが反応した音だ。

 ち、と舌打ちし、無線を入れる。


「すまない、こちらポイントB、時計塔。建物内へ侵入者を感知。狙撃態勢を解除し、侵入者排除へと向かう」

『クラウン、了解。狙撃は2カ所からとする』

「排除完了次第、作戦へと復帰する。オーバ」


 報告し、無線機を切ると狙撃銃から自動小銃へと得物を変更し、時計塔内部へ続く扉へと向かう。


「無駄な犠牲は避けるつもりだったが。……くだらん英雄願望で命を落とす。つまらない人生だな、ガキ」


 モーションセンサーが捉えた画像を一瞬確認し、狙撃手はいらだたしげに吐き捨てた。


ばたん。


 扉が閉まった後には立てかけられた狙撃銃と、無線。

 そして、学生服に身を包んだ、木刀と“盾”を持った少年の画像が表示されているモニタだけが残されていた。

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