5-5 接近 のち 狩猟
「取り敢えず、無理そうならこっち回してくれ。多分、何とかできるとは思うから、多分」
「そこは、全部任せてくれて大丈夫だ、って言ってほしいんですけど」
かさかさと細かな葉擦れの音をさせながら、身を隠せる植物の植えられている庭の中を移動する影が二つ。
「芝生が傷みます。生徒立ち入り禁止!!」と赤字ででかでかと書かれた看板を完全無視して芝生の上をずんずん進んでいく。
「無茶言うなよ。銃だぞ、銃。撃たれたら死んじゃうじゃん」
「……動画ではものすごい撃たれてる印象ですけど」
「あれは必死に避けたり盾で防いでるからだし。いや、実際問題こっち戻ってきてからさ、ヒヤリとすること結構多いんだよ。お前、銃声とか間近で聞いたことないだろ?耳元近くでバァァンってぶっ放されてみろよ。ビクゥッってなるんだぞ?知らず知らずに体が硬直して、危なく当たるトコだったし」
「むしろ銃でそんな撃たれる状況ってのが異常事態なんですけどね。トラブルメーカーですか、茂さんって」
「違えよ。たまたまだ、たまたま。今回できっちりケリつけて、晴れてお役御免ってなるはずだ。こんなアクション映画の世界に放り込まれる経験なんて、誰が欲しいんだっつーの」
「そりゃそうですけど。……あ、あれです。目的地」
「……入り口になんかいるなぁ」
ゆっくりと中腰で移動してきた二つの影が、木の陰に隠れる。
ふぅとここまでの隠密行動で消費した気力を回復する必要があった。
影のうちの一人目、但馬隼翔が腰につけた業務作業用の工具ポーチから、ファンシーな柄のキャラクターがプリントされたチョコ菓子を差し出してくる。
そしてもう一人、「光速の騎士」こと杉山茂は、それを受け取り、包装を破くと口へと放り込む。
程よく疲れたすきっ腹の身体に糖分が染みこんでいく。
ただ一つ言わせてもらえるならば。
「何でこういうキャラものがあるんだ?あんまり男子が持ってる感じではない気が……」
「調達班には、女子生徒も参加してもらってたんで。さすがに女子更衣室に僕らが入ると、ね?」
「そりゃそうか。後でなんやかんや言われるかもだしな」
「ま、そういうことで。見た感じでは3名ですかね?」
木の幹から顔を半分だけ出して、離れた位置の建物の入り口を眺める。
夜の闇に溶け込んでよくは見えないが、おそらく3体の黒装束が銃を持ってうろついているようだ。
「入り口付近に3、入ってすぐのあたりに1。この地図が正しけりゃ、こことここに1ずつ。……厳重だな、なにか見つけりゃすぐに飛んでこれるように準備してる感じだな」
「……「気配看破」ですか?僕も昔は持ってたんですけどね。具体的にどんな奴か教えてもらっても……」
「違う違う。俺のはそれよりずっっっっとグレードの下の「気配察知:小」だよ。お前と俺のスタートラインは違うんだよ。俺はもっともっと出来の悪いスキルしか持ってないの。お前ら全員、最初期のスキル構成、ほとんどバグキャラだって自覚しろ。自分の感覚で話を進めるなって。俺の「気配察知:小」じゃそんな詳細情報は手に入らないって」
隼翔が隠れていた生徒による、準備室の管理ノートの後半白紙部分に描かれた大まかな建物の案内図を見ながら、隼翔と茂は話をしていた。
校舎や部活棟、職員棟とは別の事務管理棟である。
ここには様々な資材やイベントごとに使われるテントなどの他に、3階で食堂として使われるフロアに連絡通路を各校舎から通している。
「そんで、ここならおそらく外部へと連絡できる、かもって話だっけ?」
「はい。ここ調理師用の休憩室の回線だけ、食堂の調理を委託されてる業者が1本だけ食材発注とかのために自分で引いたらしいんです。だから学院の連絡網からは独立してるはずなんですよ。電気系統も調理場を設置した時に災害用に独立した非常発電装置をつけてあるはずなので。電気さえ通ってればいけるんじゃないかと。一般の教職員もほとんどこのことは知らないはずですし、電話帳にも載せてないんじゃないかな」
「まあ、ダメ元っちゃダメ元だしな。しかしなんでお前そんなこと知ってるんだよ?」
えへへ、と照れたように笑う隼翔。
「去年、文化祭の時に食堂の業者さん通して出店予定の焼きそばの食材発注の見積もりをお願いしたんです。その時に担当のおばちゃんから聞いたんですよね。そのおばちゃんに非常発電機のマニュアルの場所も教えてもらいましたから」
「人付き合いって大切だよな。何がどう役に立つかわからんもんだな、ほんと」
「そうですね」
「まあ、いいか。ほんじゃあ、小手調べに1匹頼んでいいか?ダメだったらすぐに言えよ。どうにもならなきゃケツまくって全力で逃げっから」
「わかりました。お願いします!」
「よし、じゃあ行くか」
がさ、と隼翔の手には黒塗りの木刀と、茂から借りたノーマルの「騎士の盾」が握られている。
動きやすいように再度陸上部の黒ジャージを借りて着込んでいる。
茂は特殊部隊用の装備に、光を反射しないようにぐるぐるに黒い布を巻いた長い鉄パイプと黒塗りの盾を握っている。
少しばかり盾からはまだ薬品臭い匂いが漂う。
以前の“重い!”のマーキングの盾をそのままでは使うに使えず、急遽黒に染め上げただけの品である。
先程のバリアの激突時に若干染色が剥がれ落ち、近くで見るとすこしばかり汚らしくも見える。
とはいえ、今の現状では贅沢も言うわけにはいかないのも事実であった。
じゃり、と地面に2人の足音が静かに刻まれる。
「勇者」と「光速の騎士」によるツーマンセルが、始まるところであった。
「結局のところ、今回のこれはテロである、と君は思うかい?」
「さあ、どうでしょうか。テロと言えばテロ、そうでないと言えばそうでない。極論を言えば言葉遊びですから」
「そのとおりだ。何せこの襲撃に特に何かの政治的・宗教的思想が働いたわけでもなく、金銭や政治犯・イカれた宗教指導者の開放を求めるわけでもない。ただ、暴力という至極わかりやすいものを用いて自己の欲求を押し通している。大人数での押し込み強盗、ということもできなくはない。日本政府がどのように定義づけるか、楽しみではあるな」
「先日のシージャック。あれをテロと政府が認定しても、国会でまだ枠組みの話が続いているようです。件の失敗作も科捜研に持ち込まれたところまでは確認されましたが、あれを生物とするか、そうでないかで扱いに苦慮しているようですね。検疫がどうこうという話で」
「ふふふ。この国はすべての物事を定義して細部まで決めねば動けないつくりになっているからな。まあ、一度走り出せば及第点をはじき出すだけのリソースはあるが。あえて強力なリーダーシップを発揮しようにも、敵だけでなく自らの領袖からも茶々が入る。そこを切り捨てられるほど、現首相の基盤は盤石とはいえんしな」
「火中の栗を拾う勇者は現れず、ということですね」
銀嶺学院の高等部、その学院長室に陣取る一団がいる。
マホガニーの高級な机の上にはジェラルミンのケースが置かれて、その表面を著しく削り取っている。
ケース内にはPCに接続された機器類が、何かを測定しつつ、その結果を余すところなくPCへと送信し続けていた。
そしてそんな中で異彩を放つのが、安物で粗雑なつくりのパーティーマスク。
重力に負けてくたっと潰れている2つのピエロのマスクだった。
「どうやら動きがあったようです。……これは、事務管理棟だ。傀儡兵の反応がいくつか消えました。全8体中、6体。いや、いまもう1体消えて、残数1か……」
「巡回している兵卒タイプとは違って拠点に配置した士官タイプには強化を含め再調整を行ったのだろう、クラウン?それでもか?」
忙しなく動き回るものがいる一方で、2人の男がソファに座り、小さなウィスキーを開けていた。
落ち着き払った声色で隣の男に語りかける男、偽名ではあるがササキイチロウと名乗ったことのある人物。
「ええ、女禍黄土と共同開発した失敗作のテストタイプでは“アレ”を押さえきれませんでしたから。如何せん呪いと科学の相性はあまり良くはありません。人形として動かすならばこれが最適解ではあるのですが。やはりここが現行の限界点といったところでしょうか」
「……マサキ達と、「騎士」。どちらだと?」
「このタイミングでしたら「騎士」かと。あの馬鹿どもは臆病ですから。ある程度、現状に道筋が出てくるまでは動かない。いえ、動く気概もないでしょう」
ササキの言葉を受けて返答するのはクラウンと名乗る三白眼の男。
にたぁ、と笑うその顔はどことなく蛇等の爬虫類を思わせる。
「今回の籠はうまくできたと思ったがな。それ以上にマサキが優秀だった、いやマユミがか?」
「それは否定しませんが、それでも個々で考えれば奴らは二線級。十分に私でも対処できます。それに今は姿を消していますが目的は解り切っています。我々と「騎士」を真正面からぶつけ、戦力を消耗させ、その横から我々の腹を突くつもりでしょう。自分たちの捜索に割く“目”を減らすために、ですね」
「まあ、見え見えのそれに乗ってやっている我々もお人よしだな。だが、副次のつもりだったが改良型の電子魔封陣。存外にいいデモンストレーションになったものだ。こうやって日本の警察組織が指をくわえる前でこのように“場”を作れるのだ。ブラックマーケットで買い手もつくだろう。……表も裏も」
「ジェーンの方はバイヤーを捌くのに手一杯でしょう。……それで我々はどう動きますか?」
手に持ったショットグラスをくるくると回しながら、ササキが答える。
「いつの世も飛びぬけた強者は一定数存在する。その一方で圧倒的大多数の弱者もな。だが、古来より個の強者を殺すのは常に、数を以て集う弱者だ。……ならばそれを実践し続けてきた歴史に倣うのが正しいのだよ。歴史とは連綿と続く弱者の知恵と経験の結晶だ。この学び舎で正しく歴史を学ぶことの大切さを私が皆に教えるさ」
「では、ご準備を」
「ああ、狩りの時間だ」
一方その頃。
「なあ、隼翔。まずこのボタン押して、それからこのハンドルを上に上げるんじゃないのか?」
「んーと、逆ですかね。この従業員用のマニュアルだとハンドル、ボタンの順って書いてありますけど?」
「でも、この発電機に直に貼ってあるやつだとボタン・ハンドルの順になってるぜ?」
「ええ……。どっちが正しいんですかね?」
「わかんないよなぁ、こういう本格的なのって……」
初めて見る非常用発電機の前で「騎士」と「勇者」が困り果てていた。




