5-4 20:13 今現在
本日1本目
「ただいま。とりあえずだけど色々と持ってこれたよ!」
引き戸の前にうずたかく積まれた椅子や机、ロッカーのバリケードの山から一本道を作り、這いずるようにして外から有志の参加を募った物資調達隊が戻ってきた。
一応夜ではあるが、外に光が漏れないよう、電灯をつけるのではなく、カーテンを閉めて部屋の隅でコンセントに挿した充電器からスマホの明かりを採っている。
ただ、数台のキャリアの違うそれらすべてが圏外表示となっている。
ここは銀嶺学院の中等部と高等部の本校舎とは別に建てられている実習棟で、日中の授業以外での人の出入りはほとんどない建物だ。
さらにバリケードを使って緊急避難所としているこの部屋は、その中でもかなり奥まった半地下の位置にある旧理科準備室であり、現役の生徒でもその部屋の存在を知っているのはほとんどいないというマイナーな部屋であった。
「お帰り、但馬君。どんな感じだった?」
先頭で戻ってきた調達隊の一人に語りかけた出迎えの少し小太りの生徒。
彼に背負ったリュックサックを手渡し、夜の闇にまぎれるために着ていた背に銀嶺学院陸上部と書かれた黒のジャージを脱ぐ。
ふぅ、と息を吐きながら汗にまみれた髪を掻き上げる様も、絵になる男「勇者」但馬隼翔であった。
「……高等部の区画に続く道には何人か黒ずくめの犯人がいた。間違いなくヤバイ奴らだし、姿を見かけたところで引き返してきたよ。銃を持っている感じだったしね。探しに行けたのは部室棟だけだよ。あ、山ちゃん、ジャージありがと」
「おう、無事で良かった」
山ちゃんと呼ばれたひょろりとした風貌の坊主頭の少年がそれを受け取る。
後ろでは声のトーンを落としながらも、部屋の中の学生たちによる調達班の成果確認が始まっていた。
「食料は個人が持ってきてたスナック菓子がロッカーの中にあったのと、遠征に行く運動部の非常食として缶詰がいくつかとカップめんが少しくらい。やってることはドロボーだけど、まあ緊急事態だしね。部活棟の部室の鍵が開いてるとこしか入れなくって。自販機で買い出しってのも考えたけど、音が響いてすぐに止めたよ。家庭科部と山岳部の部室に入れなかったのが痛かったね」
「その2か所が目的だったんだけどな。あの2か所だけは何かしら食料も備蓄してたって聞いたことがあったんだけど……」
「職員室までいけば鍵束があるんじゃないの?」
「山ちゃん、犯人がそこに行かないと思う?」
「無理だな、俺なら真っ先に外部連絡する大人がいそうな場所を押さえるだろうし」
小太りの生徒と坊主頭の山ちゃん、隼翔が話をしている。
「山岳部は確かトランシーバーもあったよな?」
「……あったはずだね。でも無いものねだりしてもどうしようもないだろ?」
「確かに」
その彼らの後ろから、届いた調達物資を吟味していた生徒が声を掛ける。
「ねえ、但馬君。さっきの爆音、なんだと思う?」
不安そうな女子生徒は冷え対策で床に敷いた廃棄予定の暗幕を所在なさげに触りながら尋ねた。
寒いのか暗幕を毛布代わりにして羽織っている生徒もいる。
夜で空調も止まり、若干の寒気が出てきている。
だが、幸いなことに様々なものが詰め込まれたこの部屋にはいろいろなものが置かれていた。
先述の大量の廃棄予定の暗幕に、理科準備室時代の古いアルコールランプ、未開封で梱包されたままのビーカー類、生徒から没収し、返却されないままになったと思しき古いゲーム機やトランプにマンガ等もあったりする。
設備的には器具の洗浄等に使っていた水道もまだ使える状態だ。
「……よくわかんないよ。ぴかっ、って光って音がした。……僕が見たのはそれくらいだから。それを見たから一度戻ってきたんだし。ただそういう動きがあったってことは、なにか外で救助の動きがあったのかもしれない。その影響で、って考えた方が自然じゃないかな」
「そ、そうだね。警察とかも何もしないってことはないもんね!」
「ああ、そうだよ」
と、言う隼翔の脳裏には重武装の警察の機動隊の集団ではなく、よく見知った気のいい男の姿が浮かんでいるのであるが。
出先の場所からここまで大急ぎで車を飛ばせば3時間ほどのはず。
腕時計を見ると時刻は20:13。
想定した時刻よりも幾分早いが、7割8割の確率で“彼”であることを予測しているのだ。
(……ホント、御免なさい茂さん。さすがに今の僕じゃ銃を持った集団には勝てないんですよ……)
そう心の中で一人謝罪の念をとなえると、壁へと歩き出す。
こちらもおそらく没収品だと思われるのだが、真っ黒に塗られた一見ユニークな色合いの木刀を手に取る。
あまり不良のいたためしの無いこの学校にあるということはおそらくネタ的に持ってきたバカが、見せびらかしているところを没収されたのだろう。
「まあ、使えないこともないよね」
大きく素振りをすると、重くぶんっと唸る音が響いた。
その時だ。
ヒュイ、ヒュイ、ヒュゥゥイ……。
半地下の明かりとり。
その向こうから誰かが口笛を吹いている。
しかもかすかに聞こえる程度でほとんど普通の生徒には聞こえない大きさで。
「すごいな……本当にどうやってあの時間でここまで来たんだろ?」
ほとんど聞こえないささやくほどの大きさの口笛が、「勇者」である彼の耳にだけ届く。
何度も同じ音域で繰り返されるそれは、過去に覚えたある符丁だ。
意味は確か“状況を知らせよ”である。
この世界でない、もはやたどり着けないほどの遠い異国のある軍隊で使われる、兵士たちの緊急連絡手段の一つ。
当然、これを知る人間は限られるわけで。
「さて、どう動けばいいのかな?」
隼翔は心強い救援の到着に頬が緩むのをこらえつつ、返事をしようと何か音の出るものをこの部屋の中から探し出そうと動き出した。




