5-3 激昂 のち 行動
「俺が、カッとなってお前へ殴りかかる。その覚悟の上でそこに座ってるんだろうな?」
テーブルの写真から目線を正面のマサキへと戻した茂。
その目には幾分剣呑な光がくすぶる。
1メートルもないテーブルの対面に座る、マサキへと拳を叩きこむのに1秒もかかりはしない。
すると脅されているはずのマサキは幾分つまらなそうにため息を吐くと、目頭を親指と人差し指で揉んで、テーブルの上のサングラスに再度手を掛ける。
そのままサングラスをかけ、茂の視線を正面から迎え撃つ。
「いや、お前にはできはしない。そうだろう、杉山?この街中の普通の客もいる店ではな。俺は当然抵抗するし、この間の銃が暴発する危険もあるかもしれない。他の客がどうなっても俺とカタをつけたい、と割り切るにはお前は情が深すぎる」
茂はちぃ、と内心で舌打ちをする。
その通りだ。
すでにテロ事件に巻き込まれた時の乗客と、この店にいる酔客とでは事情が違う。
前者は既に被害者であり、後者は茂が動かない限り、被害者にはなることはない。
肉体的にはおそらく普通の人間と同程度のマサキというこの目の前の男。
だが、この男ないしはあの八重歯の女のどちらかは、不可思議な力を持っていることも間違いない。
どちらがその異能者であるかを断定できない以上、この場でドンパチをやるにはリスクが高い。
さらにおそらくではあるが、茂は顔を出して入店している。
マスコミが叩いたり、色々と問題を起こして文句を言われてはいても、日本警察は基本的には優秀だ。
ここで騒げば、茂の存在が容易に露見することは確実であった。
苦々しげな茂の顔を見て、マサキはテーブルの上の茂のお冷を勝手に手に取りくい、と呷る。
空になったコップの縁を氷が叩いてからん、と乾いた音がした。
「とはいえ、お前の忍耐力に期待するのも怖いところがある。今日はお前を襲う気はない。そこは安心してほしい。用事は一つだけだ……これを見てもらえればいい」
すっと写真と同じジャケットのポケットに入っていたスマホを操作し、ワンセグの映像を茂へとみせる。
この店にはテレビはついておらず、店内の音響は小さくJポップを流していた。
その映像を見た瞬間に茂の表情が変わる。
ワンセグは仰々しいテロップが躍る、ニュースの速報画面だった。
題名は「有名私立学校へ、武装集団が!?」となっている。
当然、映されている映像の建物は茂が先程見せられた、銀嶺学院の正面口周辺であった。
「……お前、正気か?」
「一応断っておく。俺たちが火種ではあるが、この映像をやらかしているのは別人だ。……トゥルー・ブルー。先日お前が叩いた奴らだよ。奴らに俺たちは追われていてな。たった二人で逃げ続けるにはそろそろ限界だった。……お前が現れるまでは」
「いきなり訳のわからないことを言われても、知らねえよ。それが俺にどう関係があるってんだよ」
「そうだな。全く関係はない。関係はないが、関わらざるを得ない。それがわかっているから、俺たちはお前と会うことにしたんだ。手段さえ問わねば、お前なら奴らと“潰しあえる”だろうからな。」
「てめぇ……!」
ぴきき、と青筋が茂の額に浮かぶ。
「おっと。俺にその怒りをぶつけたところで、事態は何も進展しないぞ?何せ現場はお前の友人の通う銀嶺学院だ。今回あくまで俺はこういうことが起こりました、と伝える伝言役という立場だからな」
「俺が断るという選択肢があることは考えないのか?」
そう言った瞬間、マサキが呆れたように見えた。
「そんなクールを気取ってどうする?お前は俺を含めて“悪人”には反吐が出るたちだと踏んでいたんだがな。だが、仮にそうであるなら次は弟の通う東京の大学で。それでもだめなら実家の母親が週に2、3度は使う大きなショッピングモールがあるはずだ。ああ、父親が通勤に毎朝使うターミナル駅でもいいかもしれん。その後は考えていないが、人の集まる場所はこの日本でならどこにでもある。そうだろう?」
「……どこまで調べてやがる、てめえ」
「そういうことを調べることに長けた知人がいてね。ああ、お前の個人情報は“俺以外には”漏れていない。安心しろ、今この時点だけを切り取るならば”俺はお前の側に立って、お前の勝利を願っている”よ」
ぎり、という歯ぎしりをさせてゆっくりと茂が立ち上がる。
「そんで?全部俺にひっかぶせて、お前はここで高見の見物か?」
「いや、俺も向こうへ行くさ。というか今さっきまでそこにいたのでな。少しばかり休んでから向かうことにしよう」
「一つだけ、言わせてもらうけどな?」
「ああ」
ガッ、と本当に目にも止まらぬ速さでマサキのジャケットの襟元をつかむ。
みちみちっと生地が、茂に掴まれた掌の中で悲鳴を上げている。
座っていた椅子から軽くマサキが尻を浮かせる形になる。
「……大概にしろよ。今は無理でも明日も明後日も、その先も。お前は俺に返す当ての無いデカイ借りがあるってことを覚えておけ。……しらばっくれても、俺は。必ず。お前の前に。今回の借りを。キッチリ取り立てに行くぞ?どういう借りの返し方をするか考えておけ」
「……重々、肝に銘じよう」
ぱっと手を離すと、どうっと背もたれにマサキが体を預けた。
ぜぃぜぃと浅い呼吸を繰り返す彼を強くにらみ、再度スマホの画面に視線を落とす。
「くそ……。クソッタレが」
テーブルの上のウーロン茶をつかんで、刺さっていたストローを外し、直接口をつけてがぶ飲みする。
浮いていた氷を口に一つ二つ含んでがりがりと噛み砕く。
テーブルへとジョッキを置き、そのままマサキを一瞥すらする事無く、そのまま店を後にする。
周りの皆がどうしたのかという表情で浴びせてくる視線が痛い。
何も悪いことなどしてはいないというのに、後ろめたい気持ちになりながら茂は店を出ていった。
「あの、お客様。大丈夫ですか?」
店員が恐る恐るマサキへと語りかける。
持ってきたおしぼりを受け取り、いつの間にか浮いていた冷や汗まみれの顔を拭った。
「……いや、大きな音をさせて申し訳ない。ツレを本気で怒らせてしまってね。すべて私が悪いんだが。……もう一つウーロン茶をもらえるか?あとは会計をお願いするよ。どうもひどいトラブルがあったようでね」
「は、はぁ……」
生返事をしながら厨房へと戻っていく店員を見ながら、マサキは思う。
(正直、ギリギリだったかもしれん。……“聞いた通り”自分が襲われたことより、今他で起こっていることの方が沸点が低いとはな。虎の尾を踏むとは全く、こういうことを言うのだな……。ふふふ、マユミ。想像以上に「光速の騎士」は「ヒーロー」だったよ)
深く深くマサキは安堵交じりのため息を吐いた。
ワンセグを切り、登録先の固定電話へと連絡を取る。
1コール、2コール。
相手先が、出る。
「……予定通り。「騎士」は走り出す」
『………』
「その予定だ。……約束は忘れないでくれ」
『………』
「ならば、それでいい」
通話を切る。
少し冷めた厚揚げぶっかけ飯をスマホを持たない側の手で引き寄せながら、テーブル上の割り箸を手に取る。
厨房からウーロン茶を持った店員がこちらへと向かってきていた。
と、いうことがあったわけで、現在時刻20時である。
(……腹減ったし、若干眠いんだけど。……誰だよ、今日はそこそこいい日だったって気を抜いてたのは)
当然のことながら数時間前の自分である。
一度オフにした気力を再度オンにしたうえでマックスまで盛り立てるのは非常に厳しいのである。
しかも、夕食は無しのすきっ腹でここまで来たわけで。
辛うじてぱさぱさした英字の銀フィルムで包装されたメーカー不詳のエナジーバーを1本口にしたくらいだ。
正直足りないにもほどがある。
(うう、ひもじい。眠い。疲れた。あと、めんどい……)
落下後に隠れてすぐ、「気配察知:小」を使ったところ、周囲の建物に数名単位での反応がある。
おそらく捕まっているのではなく、うまく隠れおおせた幸運な被害者たちであろう。
「何で、1か所にまとめて捕まえておかないんだ?セオリーってやつじゃないのか?」
よくわからない。
人質を管理しておくことはこういった場合には必須条件であるはずなのに。
「……ああ、そっか。その必要がねえな」
むむ、と悩む途中で思いつく。
その必要が無いことに。
(ここ、ものすっごいデカイ鳥かごってことだもんな。この籠の中ならどうとでもできるってことか)
先程「光速の騎士」が侵入してきた直上の膜はぱりぱりと音と火花を上げながら、ゆっくりゆっくりと穴がふさがっていく。
おそらくこのバリアのエネルギーの供給元を絶つか、陣として構築されている要を、陣と認識できないように壊すかしない限り、しばらくはこのままだろう。
おそらく外部からの侵入の可能性は極めて低い。
さらにこの様子からすると、中からの脱出も同様のバリバリが襲うことだろう。
(牢番してる時におんなじようなの見たことあるし。多分そんな感じのやつじゃないかな?)
そう考えると茂はゆっくりとその場を後にする。
エアマットに集まる、人でないヒトガタは見た。
ならばもうここに用はない。
(とりあえず、隼翔と合流しますかね?)
偶然か必然か、「気配察知:小」の検知範囲ぎりぎりに「勇者」但馬隼翔が引っ掛かった。
どうやら捕まっているわけではないその隼翔を含む集団へと、ひとまず「騎士」が移動を開始した。




