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「いだだだだっ!!?痛っっったあああ!!?」
バリア目掛け、全力でそれを突破するために盾でその障壁を殴る。
ばちばちばちっと、眩いばかりの火花と閃光を発しながら情けない悲鳴を上げる「光速の騎士」。
もし周りに彼を尊敬の目で見ている者がいたならば幻滅必至であろう。
殴りつけた部分から波紋が走る。
大きく波打った接触面でその均衡がゆっくりと破られる。
日焼けした後に、熱い湯につかったときのような皮膚全体で感じるような痛みを全身に感じながら、上空から自由落下してきた「光速の騎士」Ver2(仮)が、バリアを突破し、そのまま地面へと落下していく。
当然のことながら、銀嶺学院全体を覆うようなドーム状のバリア、ということは学院の建物の最高到達点以上の高さを備えている必要がある。
さらに言うには自由落下するにはそれ以上の高さが必要となるわけで。
通常であれば建物の高さだけで考えればいいのだが、この学院の敷地は小高い丘の上にある。
丘の高さ+建造物+バリアの位置+ヘリの安全距離とダイビングポイントの高度は加算されていく。
優に200メートル超の高度からのソロダイブ、しかもパラシュートなし。
きっとそれは色々と違うのである、色々と。
(スカイダイビングっていつか1回くらいはって思ってたけど!こういうんじゃない!!パラシュートなしって、スカイダイビングじゃないって!!)
全身を余すところなくびりびりっとやられるバリアを突破した後には自然、地面が目前へと迫ることとなる。
「もう、ふざけんなッ!!」
いらだたしげに必死にアイテムボックスからレクチャーを受けたばかりの装備品を緊急展開する。
取り出すと同時に何度も確認した位置にあるレバーを引いた途端、ばふんっ、と大きな音が響く。
その音と共に急速に充填された空気でぱんぱんになっているダークグレーのエアクッションがこつ然と現れる。
「光速の騎士」は這う這うの体でそれにしがみつくと、激突に備える。
さすがに大急ぎで取りそろえた物であるため、本来はこういった使い方をするものではない。
確かに頑丈な生地の中でぐんぐんとクッションは膨らんでくとはいえ、時間的猶予があまりにも足りない。
おそらく本来の性能を十分に発揮できる状態の7割弱程度まで膨らんだそのクッションは「騎士」を包み込みながら、大きく撓んでレンガで舗装された道へと落下した。
バヨォオン!
「へぶっ、ぐぅおぁぁっ!!?」
綺麗に膨らみきっていなかったせいで、地面とおかしな音を発てて急角度で激突、地面と平行した形で「騎士」が跳ね飛ばされている。
ごろごろっと誰もいない道路に転がされる「光速の騎士」。
外での先程までの“カッコイイ”登場シーン(本人は知りもしないが)とうって変わって、湿り気のある街路樹まで綺麗にカーペットに掛けるコロコロのようにして地面の汚れを余すところなくその身に染みこませた彼は、そこそこカッコ悪かった。
「……うう、酷い目にあった。なんで、こんな目にぃぃ……」
半泣きになりながらずりずりと這いずる様にしてその場からすこしでも離れることに注力する。
あそこまで盛大に“来てやったぜ!”とアピールしたのであるから、間違いなく誰かしら敵対者がやってくるだろうことは予想できる。
今は少しでも遠くへと逃げて身を隠し、態勢を整えることが必要となるはずだ。
「い、痛い。キッつかったぁ……。死にゃしないけど、泣きそう」
全身を労わる様にして撫でさすりながら鼻をすする。
ただ、痛かったは痛かったがダメージとまで言うほどの重傷を負ってはいなかった。
無論、これは「光速の騎士」であるからの感想であることは言うまでもない。
軽くそのバリアの膜に触れた、勇気と無謀半々で突撃した動画投稿者は、現在病院でずる剥けのずたずたになった掌を軟膏と包帯でぐるぐる巻きにされて、半泣き、いや全泣きになっているのだから。
もし仮に同様の「騎士」と同様な突入手段を普通の人間が採ろうものなら、上から下までケロイド状に大やけどを負ってしまう。
無視できない程度のパーセンテージで、ショック死する可能性が否定できない威力であることは間違いなかった。
「……来た、来た。えーと、あれは、なんだ?人間っぽくないよな?……また、変な奴らに絡まれてるのか、俺たち」
しっかりとした足取りで打ち捨てられたエアクッションへと歩く黒装束の人影を、少し離れた腰までの高さに剪定された木々の間からそっと覗きこむ。
もちろん、先程までのギンギラギンのVer2ではなく、今はダークグレーの白石警備の警備服姿へと瞬時に着替えている。
溶け込む、まではいかないが、とっぷり夜の帳も下りた今であれば悪目立ちはしない。
バリア突破時のダメージ軽減の可能性を鑑みて、“あれ”をしぶしぶではあったが使わなくてはならなかった。
防御力重視で完成まで至っていたものが“あれ”しかなく、そのため選ばざるを得なかったVer2であるが、受領時にあまりの派手さにげんなりする茂と、ものすごく高そうなカメラでばしゃばしゃと遠慮なしに撮影している装備製作チームとの対比がえげつないレベルだったことはここではさほど重要ではない。
見た目“も”重視した結果として、隠密作戦には全く不向きなVer2は今現時点では不要であった。
「くそぉ。あのグラサンの野郎、絶対に今度会ったらぶっ飛ばしてやっからな。覚えてやがれ」
ふつふつと湧き立つ暗い情念と、ふっふっふと低く笑う彼の姿はどう見ても「英雄」然としたものとは大きくかけ離れていた。
カラァァァン!カラァァァン!カラァァァン!……!
突如として構内へと大きな鐘の音が鳴る。
8時と12時、17時と学院の閉門時間である20時の計4回鳴り響くこの鐘の音。
時刻は丁度、20時ジャストを示していた。
時の針を少し巻き戻す。
時刻はまだ17時30分を少し過ぎた頃。
ふらふらとした足取りで、すこし薄暗くなってきた道を歩く茂。
温泉地ということもあり、こういう土地には飯屋がある。
ホテルの中でもレストランはあるにはあるが、ちょっとばかり割高な値段設定になっている。
少々、コスパが悪い気がするのは仕方ないだろう。
「ちゃちゃっと食べれるのがいいかな。麺系はなぁ、昨日ラーメンだったし。うどん、は違うしソバも今日は気分じゃないかなぁ。もう少し力の入る食い物が……」
そんな感じで歩いていくなかで、1軒の居酒屋と思しき店が目に入る。
そしてその店の前に飾られているのは「おでん」の赤提灯。
「おでん、おでんかぁ」
むむと悩みながらも足先はその店に向かっている。
正直、「おでん」だけだとあまり気のりはしなかったのだろうが、店先にあるものがおいてあったのだ。
「これ、すげえ美味そう」
店の前に置かれた看板には“テレビで紹介されました”の写真パネルが添えられている。
そのネームバリューを生かした商法はバイトとはいえチェーン店の飲食店従業員である茂には“ずるっこい”と感じられた。
なんせ、あまりに強い特色をウリにすれば統括エリアのマネージャーが眉をひそめるというのがチェーン店。
トップがイケイケドンドンでない限り、難しいものがある。
あまりに強いパンチを単独では出していけないつらさがあるわけだ。
その上、喫茶店では競合も多く、特色をどう出すのかは喫緊の課題として店長の伊藤の頭を悩ませているのだ。
さて、話を戻すがパネルに撮られているのは、山盛りのどんぶり飯の上にででんと乗せられた分厚い厚揚げ。
茶色の出汁がほかほかの湯気の立つご飯にしみ込んだところに、それを覆い隠すほどの大きさの厚揚げがしっかりと煮込まれ、柔らかそうにくたっ、と飯の上でほろほろと崩れそうで崩れない絶妙なバランスで乗っかっている。
さらに何がいいかと言えば、その上にこれでもか、とぶっかけられた七味唐辛子。
少し甘みのある出汁でくったくたになった厚揚げをきりっとしてくれること間違いなしである。
外向けの宣材写真であることは重々承知の上で思う。
だがこの7割のバージョンでも確実に美味いのがこのご飯だ、と。
「……これかなー。これしかないかな、ってなっちゃったしー」
格子状になっている店の扉。
上部はガラスがはめ込まれ、中が見えるようになっている。
まだ、がっつり飲み始めるには早い時間で、比較的空いているようだ。
(でもなー、きっと遅い時間の方がもっとくったくたのくったくたに出汁が染みこんでて美味いんだよなー。でも、そこまでなる前に誰かに食われるか?うーむ、そういう可能性もあるし…………、いいや。腹減ってるし、この店で食うことにしよう!)
という自己完結の後、茂はそのおでん屋ののれんをくぐった。
「いらっしゃい!!お一人様!?」
威勢のいい大将の声にこくんと頷く。
「奥のテーブル席、どうぞ!!」
「はい」
いそいそと指示されたテーブルへと移動すると、すぐに店員がおしぼりとお冷を持ってくる。
「どうぞ、おしぼりです。ご注文お決まりになりましたら……」
「あ、とりあえずこの“厚揚げぶっかけ飯”大盛りで一つ。あと、ウーロン茶も一つください」
「ご注文ありがとうございます!アツメシ大いっちょー!」
「ありがとうございまーす!」
腹が減っていたこともあり、茂はメニューとは別にラミネートされておかれていた店先の“厚揚げぶっかけ飯”のシートをみて真っ先に注文した。
店員がとにかく元気である。
腰の伝票に書き込みながら店員が厨房へと帰っていく。
(550円……。結構いい値段。でもなー、絶対美味いやつだもんなー。そりゃあ頼むよなー)
うきうきしながら、通常メニューの方もぺらぺらと捲る。
ベーシックな飲み屋のメニューと、おでんのメニューが載っているそれを見る。
(あー、タマゴ、もち巾着、昆布、大根、かな。んー和辛子は店員さんに言わないと持ってきてくれないのか。でもなー、俺長居する気ないし。迷惑?かなー)
ぼーっと呆けて注文が来るのを待っていた。
気が抜けていたというのは事実。
だが、さすがに抜けきっていたとまでは言えないはずだ。
ここ数日のゴタゴタである程度の警戒心も、危機感もある。
どちらかと言えば、普通の日常より周囲の状況把握には努めていた。
通りを歩く際には相手の敵意を感じ、動きに不審な点がないかを感じ取ったりなどだ。
だから、これは相手をほめるべきかもしれない。
杉山茂は、彼に“全く気付かなかった”。
「相席、よろしいか?」
「!?……おい、マジかお前?」
がら、と返事を待つことなく椅子を引いて急に男が茂の前に座る。
多少客が入ってがやがやしているとはいえ、一人で来たのであればまだどこにでも席はある。
だというのに、この目の前にいる男は強引に相席をしてきたのだ。
「久しぶり、というほどには久しくもない。……だが、こうやってサシで会うのは初めてだからな」
「……俺は、良いなんて言ってない。それに飯ってのは一人で食わねえなら気の合うやつと食うもんだぞ。……俺は、お前とは気が合わないってのは解ってるよな?」
「そうだろうな」
じっと粘るような視線を目の前の“サングラスをかけた男”へと向ける。
「少なくとも俺は、腹を抉ったド阿呆とウキウキ飯を食えるほど心は広くねぇぞ」
「ご注文の“厚揚げぶっかけ飯”の大、お待たせしました!あとウーロン茶です!!」
店員がテーブルへと先程茂が注文した品を乗せていく。
「……追加注文はまた、呼んでください!失礼しまーす!!」
じっと大の大人が見つめあうその光景に何か話しかけてはいけない雰囲気を感じた店員は逃げるようにしてテーブルを離れる。
見つめあう視線を先にはずし、茂の前の男が薄く笑いながらサングラスを外す。
瞳を閉じてテーブルにサングラスを置くと、ゆっくりと目を開ける。
「まず自己紹介をしよう。初めまして、「光速の騎士」杉山茂。俺の名はマサキ・ガルシア。
さっそくで悪いが、お前の友人に危機が迫っているようだ。さて、どうする?」
羽織ったジャケットから数枚の写真がテーブルに広げられる。
殆どは、隼翔・里奈・深雪。そしてなぜかバイトの後輩の香山もいた。
全員が銀嶺学院の制服姿の盗撮写真と思しきそれら。
さらには銀嶺学院の正門を映したもの。
テーブルの上のそれに黙り込んだまま視線を落とす茂を、口元だけを薄く笑みの形にした男が見つめていた。
そのひと時も色を定めることのない瑠璃色の瞳で。
店内の昭和レトロなデザインの柱時計が、18:11を示している。
銀嶺学院の事件発生より約40分が経過していた。




