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―――17:13―――
「君たち、どこから入ってきたの?ここの学生じゃないよな?」
夕刻となり、2交代制で勤務していた警備員が最後の校内巡視の為学院内を回っていた。
その時に、若いには若いがどう見ても学生には見えない私服姿の男女を見つけて声を掛けるのは職務上当然である。
「ああ、ごめんなさい。私、来月からこちらの高等部へ編入する予定の者で。彼は保護者、なんですが……。今日は入学前の事前説明があるというお話で伺ったんです。校内を見て回ろうと思ったんでけれど、もしかしてなにかパスのようなものが必要でしたか?」
その2人組へと警備員が近づくとそのうちのロングヘアーの少女が親しげに話しかけてきた。
傍らの男は、サングラスをして表情が今一つ見えない。
保護者、と言われれば確かに少し学生という年齢ではなさそうだ。
おそらく成人はしているのではなかろうか。
少し困ったような顔で同情を誘うような表情をしている女と、仏頂面の男。
仕事である以上、彼らには話しかけねばならない。
「そうなの?……それなら、入り口で入校用のパスを受け取ってもらう必要があるんだけど、聞いていないのかな?悪いんだけど入り口まで来てもらえるかい。一応規則は規則だからねぇ」
「ええ、その方がいいでしょうし、ねえ。マサキ?」
「ああ、そうしよう」
警備員は内心ほっとした。
こういう点で日本の学校というのはなぁなぁな気質が強い。
学院の中へと通じる道は計3本あるのだが、おそらく車か何かで中へと入ってきて、そのまま学校見学でもしていたのだろう。
呼び出した者もそこまで厳格にパスを携帯させることを強制しなかったということではないか。
ごねられてうだうだと文句を言われるのは仕事とはいえ、気が重いものだ。
「結構、不審者が入り込んだりだとか、まあほとんどないことなんだけど、あとあと問題になるから。ああ、君たちがそうだ、というわけではないんだけど」
「大丈夫です。気にはしていないですよ」
「そうだな、マユミ。そういう警戒というのは万が一を考えれば大切だ」
「本当にねぇ」
戯れるようにして笑いあう2人の男女。
それを先導する警備員は、帽子のつばに手をやって先を進む。
「それにしても色々大きな建物がありますね。やはり私立の学校というのは大型化するものですよね」
「ははは。学生さんにとっては良いことでしょう。ただ私らのような警備員にとっては広大な土地を見て回るってのは結構大変なんですけどね」
「……かくれんぼ、とかだとずっと隠れていられそうですしね」
「それどころか端と端で迷子になりそうですがね」
笑いながら先を歩く警備。
ふと、会話が途切れる。
何の気なしに振り返ると、そこには誰もいない。
開けた、それでいて立木が数本しかないそんな場所。
もし走り出せばそれだけで気付くような砂利道で。
先程まで話をしていた2人が煙のように、こつ然と消えた。
たった数秒前まで自分の後ろから声がしていたのに。
「警備所、警備所。こちら、近藤です。聞こえますか、どうぞ。」
当然のことながら、すぐさま躊躇することなく腰のレシーバーをとり、警備詰所へと連絡を入れる。
まずは情報の確認、そして今後の対応を全員で共有する。
当然、今現在も部活や勉強のために校内に残る学生への注意喚起や教職員への報告も必要となるだろう。
あとあと学院側からそこまで大事にしなくても、と小言を言われるのは承知の上である。
だが、仕事は仕事。
きちんとやるべきことはやらねばならぬ。
『こちら警備所。聞こえます。問題ですか、どうぞ』
間を空けず、返答が返ってきた。
「不審者2名を確認。両名とも若年。男1女1。北口へと同行に了承し、移動中に消えた。本日転入予定の案内予定者等は聞いているか?」
『……予定者、並びに来校リストにはない。捜索してくれ。こちらから1名、山下を向かわせる。30分ほど捜索し、返事……』
ざざざっと、砂嵐がスピーカーから流れる。
通話が切れると、警備の近藤は再度トランシーバーに連絡を入れる。
だが、繋がらない。
「なんだ、いったいどういうことだ!?」
何はともあれ近藤は警備詰所のある、学院入り口へと駆け出す。
「おい、冗談だろう!?」
警備詰所まで駆け付けたその場で、脇目も振らず腰までの高さの茂みへと体を投げ出す。
がさり、とかなり大きな音がしているのは仕方ないが、幸いにもその音は彼らへと気づかれることはなかった。
「嘘だろう!?冗談じゃすまないぞ!」
会社より貸与された緊急用のガラケーを取り出し、大急ぎで登録番号へと電話を掛ける。
震える指がカチカチとボタンを押すだけだというのに、全くいうことを聞いてくれない。
「なんで、あんなことになってるんだよ!?」
視線の先には銀嶺学院の出入り口をふさぐようにして横向きに大型のトラックが停められている。
他にも数台のそれぞれ違う会社がプリントされている大型トラックが数台と、どこにでもある営業車が数台駐車しているのだが、その前にたむろする不審者が嫌でも目に入る。
ご丁寧に全身真っ黒の服装に、目出し帽、そして拳銃を握っているといういかにもなスタイル。
さらにはその足元には膝立ちで一列になり、頭の後ろで腕組みをさせられている同僚の姿。
さすがに頭部に銃口を突き付けられて抵抗できるだけの気概は失われている。
「しかも、あいつ。……あの時のピエロマスクじゃねえかっ!?」
ここ最近何度も取り上げられている、レジェンド・オブ・クレオパトラの襲撃犯の男達。
あの一件ののち、全国で販売されていたそのピエロマスクは一時販売企業側が自主回収した。
まあ世間の風評被害を鑑みた過剰反応ともいえるため、こういう時に話題になる“バカが包丁で人を刺したら、その包丁の製造業者も責任を負うのか”という反応が大半であったわけだが。
ただ、影響を無視できないという意見も一定の了解を得ているのも事実で、今あのピエロマスクはほぼ流通していないはずなのだ。
不審者然とした者たちの中で、たった一人ピエロマスクをかぶり外連味のある、ラメ入りの紫のスーツという圧倒的な違和感を周囲へと与えている。
『もしも……』
「繋がった!!こちら、銀嶺学院北口警備所です!今、こちらでっ……!」
ようやくつながった電話口へと怒涛のごとく情報をぶちまけようとした瞬間、近藤が気付く。
茂みに隠れる彼を指さすピエロマスクの男の姿に。
その指が指し示す先へと向かい、黒装束の男たちが走り出す。
後に警察が確認した通話履歴の時刻は、17:22。
銀嶺学院より第一報の緊急事態の発生が外部へと伝えられた時刻である。
―――19:27―――
「すごい人だかりだな。ダメだな、規制線とか張られててこれ以上は近くにいけないってさ」
人込みを掻きわけて、少し開けた場所まで戻ってきた学ラン姿の博人は、その場所で待っていた由美へとそう告げた。
人酔いというわけでもないが、ここまで野次馬が集まっている中ではがやがやと騒々しく、どこか落ち着かない。
2人して連れ立って近くの自販機前まで移動する。
薄暗い、を通り越してもう夜の帳が下りようとする闇夜の中、煌々と明かりが灯った離れた場所にはテレビクルーが撮影機材を動かしたりと忙しなく動いていた。
おそらくではあるが、夜のニュースに流すための撮影をしているのだろう。
「……そっか、そりゃ仕方ないけどさ。……博人、まだ茂さんから連絡ってないの?」
ポケットからスマホを取り出して確認するが、はぁとため息を吐いてまたポケットへとそれを戻す。
「連絡はないな。というかあの人、この騒動のことわかってるのかどうかも怪しいところがあるんだが」
「え?さすがにそれは無いんじゃない?結構夕方からずっとこの話題で持ちきりだよ?」
「……茂さんだぞ?結構、ここぞという時に抜けてるし……。ちょっとそこまで出かける、って場合はケータイ持たずにふらふら出歩くタイプだろ、多分」
2人で件の人物を頭の中で思い浮かべる。
ふわわん、と彼の行動パターンが思い浮かぶ中で、確かにそんな気配を感じ取った。
「その可能性、アリアリなのが茂さんだもんなー。あの人、ほんとになー」
「知ってたら即行で連絡してくるはずだろ?それがないってことは、だ」
「……知らないんだろうなー。うわー、もうこういう時に遠くにいるってどういうことよ!?」
「タイミングが悪いよなぁ」
財布から小銭を取り出し、自販機に入れていく。
「由美、お前何飲むよ?」
「あったかいの。あと甘いのがいいかな。えーと、これだっ!」
ぴ、とホットココアのボタンをぐいと押し込む。
がたんと落ちてきた缶を取り出し、続けざまに博人が選んだ炭酸水が落ちてくる。
それをつかんで隣の博人へと炭酸水を手渡す。
「ゴチですー」
「おう」
博人はぺきとふたを開けると、ぐいと呷る。
口いっぱいに広がるぱちぱちとした炭酸の泡が、そのままのどを通り過ぎていくのが心地よい。
「んで?皆の様子は、どんなもんなのかねー」
「全くわからん。というか、電話もメールも完璧アウト、ってあの中いったいどうなってるんだか」
「まあ、「勇者」「聖女」「聖騎士」そろい踏みって状況だし。弱弱になってるとはいえ、普通の奴ら相手ならこんなに心配しないんだけど……」
「あの様子で“普通の”相手だとは思えんしな。俺が指揮官なら、間違いなく躊躇する状況だ」
ちらりと視線を送るのは銀嶺学院に続く封鎖された道路。
少し小高い丘陵地帯にある銀嶺学院は、この地域一帯の私立の雄である。
要するに多くの優秀な生徒を育むための設備一式を、そのご家族から万遍なくご協力いただいてとりそろえた広大な敷地を持つ学校である。
わかりやすく言えばその区画一帯が学校の敷地で、関係者以外立ち入り禁止となっている。
その広大な敷地全体が、薄く淡い光の膜に包まれている。
何かしらの不可思議な力場が形成されており、その膜を通しての電波通信が一切シャットダウンしているらしい。
直接ひかれた電話回線や、電源ケーブルなどは通じているようで、それを使い内部との交渉をしているのだと先程テレビでの会見がされているのをスマホで見た。
所謂バリアとでもいうようなものらしく、通り抜けるのにかなりのダメージが発生するということらしい。
絶対に周囲の住民はその膜に触らないように、との通知が先程されている。
その通知前にバリアに触れて、病院で治療を受ける羽目になった人物の投稿動画が先程2万回の再生数を稼いでいるのを博人は確認している。
運営からバンされない限りは、おそらくこれからさらに再生数を伸ばすことだろう。
むしろそれを基にした科学的検証をしているサイトすら立ち上がり始めている。
「ここのところ、どうにも今までの科学技術で解決できない問題が多すぎる。いい加減にしてほしいところなんだがな」
「……一応聞くけど、「魔王」的にはアレ、どんな具合なもん?」
少し声のトーンを落として由美が質問する。
「九分九厘、魔術的な攻性防壁だな。ポイントごとに要となる何か、それを陣を描く様に置いて相互に共鳴させる形で維持させてるんだろ。最初の仕込み、要石となるものを作ってそろえてってのに時間がいるけど、それさえできれば後は設置して起動すりゃいい。ネットで探せば真上からの詳細な写真も手に入る。どこにそれを置けばいいかもわかりやすいし」
「じっくりコトコト煮込んで、仕込みに数時間はかかるけど、お客様へ提供する時には盛り付けるだけって?」
「だな。話によりゃ車で一気に乗り付けて、封鎖まではすぐだったんだろ?むしろ学校の警備の人が警察に即通報できたことをほめてやるくらいのスピードだわな。昔の俺なら強引に突っ込んで陣ごと吹っ飛ばしてやったんだが」
「現代日本でそれができそうな人が、今のところ「光速の騎士」くらいだって言う状況じゃねぇ」
ココアを飲み干した由美が缶をゴミ箱へと捨てたところだった。
ポケットに入れたスマホが振動する。
「ん?もしかして茂さんか!?」
「あー、違う。違うけど……」
通話状態にしたそれを耳に当て、急に周りをきょろきょろとし始める由美。
「……ごめんなさい、えーとどっち方向です?……私から見て左、左っ側ですよねー……。えーと見えてるんですよね、そっちから?」
耳にスマホを当てた側の逆の手を掲げ、大きくブンブンとふる。
博人もなんとなく由美のその仕草を理解する。
「由美、誰探してるんだ?」
「あー、真一さんなんだけど。車、白?白のワンボックス?……今手、振ってるんですか?」
さらにきょろきょろ。
博人も周りを見渡す。
由美よりも長身の彼の方が、見つけやすいだろう。
「居た、居たぞ。あそこだ」
「あ、博人が見つけたみたいです。…そっち向かいますね。はい、はい」
ぴ、と通話を切る。
「んで?どこー?」
「あそこだ、道路挟んで向こうの駐車場」
博人の視線の先には、「銀嶺学院 関係者用駐車場」の看板がある駐車場である。
その横には学院所有の第2練武場が建っている。
第2練武場はバリアの範囲外であり、そこに学外で難を逃れた学院関係者や駆け付けた警察から、説明を求めに来た保護者などが集まってわやくちゃになっているという次第だった。
「あ、いたいた!」
ブンブンと由美が激しく手を振る。
その視線の先には「勇者」の父であり、但馬アミューズメント社長・但馬真一の疲れた顔が見えたのである。
スマホをポケットにしまう由美が最後に確認した現在時刻は19:38。
未だ「光速の騎士」・杉山茂からの返信は、ない。
ちょっと今回タイトルのつけ方変えてみた。
次回からまた戻すかもしれないけど。




