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2-3 堪能 のち 残香

「お待たせしました。から揚げランチ3つ。全てご飯・キャベツ大盛り。一つだけ塩から揚げで、2つは普通のから揚げです。塩はどちら様で?」

「あ、俺が塩です。こっちに下さい」

「かしこまりました。こちらの小皿に有るのが右から岩塩・藻塩・レモン塩です。お好みでお使いください」

「ありがとうございます」


 ランチ時で少し席が埋まっていたが、余り待たせることなく全員分の注文した料理が運ばれてくる。

 茂は今回はいつも頼む普通のカラ揚げではなく、バージョン違いの塩から揚げにした。

 他の2人はあまり冒険せずに通常のから揚げである。


「兄貴、この店マジで当たりかも。すごい美味そう」

「うむ。良い匂いがする。油も良い物を使っているようだ」


 連れてきた2人もどことなくわくわくした雰囲気である。


「とりあえず、食べましょう。冷めても美味いっちゃあ美味いですけど、揚げ物は出来立てが一番ですし」

「いただきます!」

「いただきます」


 皆で一斉に割り箸をぱきんと割る。

 全員がためらうことなく真っ直ぐにから揚げをつまむと、口元に放り込む。

 揚げたての時にしか出ない、しゃくっという音が口の中で響いた。


「美味っ!これ、美味いよ」

「ああ、これはいいな。肉もしっかりたれで下味がついている。揚げ方もさすがプロだな」


 はふはふいいながら猛と早苗がから揚げをパクつく。

 キャベツを一口、ご飯を一口。

 もしゃもしゃと咀嚼し、最後にずぞぞっと味噌汁で流し込む。


「うん、いいわ。この店美味いわー」

「たまに外れどころか大外れの店があるからな。何でこんなに中が冷たいから揚げを出してくるのかっていう店がな」

「わかります!たーまに引くんですよねそういう外れの店!行ったことのない土地とかで適当に入ると!」

「喜んでもらえて良かったです。猛の味の好みは知ってるんですけど、火嶋教授の舌に合うかわかんなかったんで」

「兄貴、俺のこと馬鹿舌扱いしてないか?」


 わっはっはとみんなで笑う。


「いや、しかしここは大当たりですね。茂さん、自分で見つけたんですか?」

「違うんですよ。バイト先の店長が商品研究って名目で色々食べ歩きしてる人で。ここら辺のがっつり食べれる美味い店、いくつか教えてもらったんです。そのせいか店長、すこーしばかり最近ぽっちゃりが過ぎる様になりまして」

「それは大変ですね」


 ふふふと笑う早苗。

 皆の箸が止まらない。

 あのぽっちゃり伊藤店長、なかなかの仕事をしてくれている。

 森のカマドのチェーン店としてのレギュラーメニュー以外は各店舗の店長判断で追加が許可されており、伊藤の店はランチメニューが充実していた。

 ちなみに茂としてはもう飯屋の域ではないかとおかしな心配をするくらいのクオリティーを誇っているのだ。


「あ、そういえばバイト先って兄貴。森のカマドだよね。ほら教授、「光速の騎士」の出たあたりの喫茶店ですよ。調べてたじゃないですか」

「そうなのか?茂さん、我々がここに来たのは……」


 皆まで言わせず、茂が回答する。


「猛から何となくは聞いてます。ただ、実のこというと、当日バイト先が臨時休業になったんです。そのせいでバイト先に着いて、そのまますぐに帰ったんですよ。財布とケータイ失くして連絡受け取れなかったんで」

「ほう、それは災難ですね」

「そうなんですよ、兄貴とここにきてるのは一緒に飯食うってのも有るんですけど、ケータイ使える様にしないといけなくって」


 苦笑しながらポケットから数年前のガラケーを取り出す。


「いや、バイト代が入ったら更新するか、どっかから今まで使ってたのが出てくるのを期待してるんですけどね」


 本当に期待している。

 一日でも早く「勇者」一行が戻ってきてくれれば、財布もケータイも復帰できるのだ。

 このどん詰まりの資金難も少しは改善するはずだ。


「なるほど、だから弟に会計を、と外で仰って?」

「うわ、聞かれてたんですか。弟に集るみたいですごく恥ずかしいんですけど、まあ兄弟ですし。ちょっと甘えようかなと」


 いい年した大人が弟に集る。

 傍から聞けば確かになかなかに恥ずかしい行為だった。


「まあ、宜しいのではないですか。兄弟仲が良いのは、悪いことではないですし」





「じゃあ、杉山。後でな。茂さんもここからは別行動だということですし。またいつか」

「そうですね。弟をよろしくお願いします」


 食事を終え、店を出る。

 茂や猛は若干膨れた腹をさするような有様だが、早苗はそんな様子を微塵も感じさせない。

 あのダイナマイツな肉体を支えるには相応のカロリーが必要とされるのだろう。


「ああ、一応教授という肩書を持っているもので、名刺なんてものを持ってまして。お渡ししておきますね」

「そうですか。ありがとうございます」


 ジャケットからスチール製の名刺入れを取り出し、茂にさしだす。

 受け取ると、両面印刷になっており裏面は英字である。

 なんというかデザインが非常にカッコいい。


「フィールドワーク後に少し飲み会をしますので、申し訳ないですが弟さんを丸々一日お借りします」

「ああ、こき使って下さいよ」

「兄貴、酷くね?弟への愛情ってないの?」


 バカ話をしていると早苗が手を差し出す。


「では、これで」

「あ、では」


 にこやかにほほ笑んで握手する両者。


(あり?)


 途端に茂の顔が少し曇る。


「どうかしました?」

「あ、いや。なんでもないです。お仕事頑張ってください」

「はは、今回のはほとんど趣味ですがね。では」


 ぎゅっとブーツの靴底を軋ませながら早苗が立ち去る。

 なんというか去り際も又カッコいい。


「ふむ……」


 もらった名刺を見つめる茂に気付いた猛が話しかける。


「どうしたん?そんな名刺じっと見てさ」

「ん?いや、すごい人だったなぁって思って」

「そりゃね、あんな感じで結構学生からは人気もあるし、美人だしね。それで才能も有って教授だよ?たしか30才って言ってたな。そりゃあその若さで教授って言ったらすごい人以外の褒め言葉は出てこないよ」

「天は二物を与えずって、嘘っぱちだってことか……」


 少なくとも茂はこれで6人目の嘘っぱち該当者に出会っている。

 あの火嶋早苗という人物は「勇者」たちと同じ、主人公側の人間なのであろう。

 何ともうらやましい限りだ。


「犯罪心理学・行動研究学特任教授、火嶋早苗か……」


 財布がないのでポケットにその名刺を滑り込ませる。


「じゃあ、兄貴。俺、遅くなるけど帰る前に電話するから」

「おう、フィールドワーク頑張ってな」

「へへ、じゃあね」


 手をふり猛と別れる茂。

 姿が見えなくなったところで、先程早苗と握手した右手を見つめる。


「……なんで、あの人」


 右手の人差し指と親指をこすりあわせ、鼻に近づける。

 その手で鼻をこすり、ぱーの形にした右手を再びじっと見つめる。


「気のせい、かなぁ?ま、いいや」


 歩き出す茂。

 取りあえず今日はやることもないし、スーパーで買出ししてから家に帰るつもりだ。

 少しだけ気になったしこりを心に残しながら。

 なぜか、彼女のジャケットの右袖。

 そこから、ほんの少しだけ。


 

 薄く、薄く。

 魔物の匂いが香った気がした。

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