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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
3章

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4-了 温泉 のち 急報

ちゃぽん。


 なみなみと張られた湯船の中へと、今日一日気苦労で疲れた心身を癒そうとゆっくり身を沈める。

 すこし乳白色の色味のある、ぬめり気を感じる源泉かけ流しのうたい文句の温泉。

 部屋に備え付けのホテル名がプリントされた薄手のタオルを、頭の上に置いて手ですくったお湯でざぶざぶと顔を洗う。


「んがぁ……。やっぱ、温泉って効くわぁ……。いいのかなぁ、こんなまだ明るい時間から風呂入ったりとかして……」


 ぐでっと昼ということもありあまり人気のないビジネスホテル最上階の大浴場にて茂はダメ人間と化していた。

 とはいえ無理もないといえる。

 当初の予定が丸々キャンセルとなり、昼ごはんを食べた後は見事にどフリーな時間となってしまったのである。

 そうなると、正直やることが無いわけで。

 一応今回の名目上、仕事だということでいつもなら旅行先に持っていく携帯ゲームやら書籍やらは持ってきていなかった。

 となると、テレビでも見て過ごすしかないわけであるが(スマホもないし)、平日の昼間、ワイドショーを見て過ごすような趣味は茂にはない。

 さらに言うとここ最近は落ち着いてきたがテレビをつけると、「自分の姿」がでかでかと映し出されることもあり、若干のマスメディアアレルギーを発症しているのである。

 で、結局この日中から温泉でぼーっとするダメ人間の出来上がりとなるわけだ。


「温泉がついてるビジネスホテルだったもんなー。いやーラッキーだったよなー」


 物の本によれば、日本中どこでも穴を掘れば温泉が出るもんだ、という話であるがこのビジネスホテル。元々は普通の旅館だったのを経営難で手放す際にビジネスホテルチェーンに丸ごと買い取られ、その系列としてリノベーションされているとのこと。

 元々の設備である入浴施設の出来は結構良いものであったのだろう。

 今度は隣の「薬湯」とプラ板の貼られた小さ目なスペースに移動する。

 ちょっと薬臭い、緑っぽい色味のそこへと体を沈めていく。

 今度は体だけでなく口元までぶくぶくと沈めて、人もいないことだから少し行儀悪く犬かきの要領で角へと泳いでいく。


「何入れてあんのかな?すっごい薬っぽいんだけど?」


 茂はこういう色んな風呂がある場合は、とりあえず全部入ってみる派である。

 ひとところでゆっくり、という人がいるのも知っているが根が貧乏性であるため、全部試しておかないと損をした気になってしまう性質なのだ。

 プレートを見ると、薬湯となっている下に差し込み式のプレートがはめ込まれており、“ハーブ湯”となっている。

 ミントとかなんかいろいろと書いてあるが、まああまり深くは注目しているわけではない。

 なんとなく入っておかないと、というわけのわからない義務感が茂を動かしているだけなのだから。


(あと、サウナとー。あのぶくぶく泡出ててるジェット泡風呂とー。外の露天風呂かー。忙しいなー)


かぽーーーん……


 茂はまったりとその日の午後を過ごしていた。






 と、いうわけで夕方である。

 部屋のベッドサイドの時刻表示は17時を少し過ぎたくらいである。

 十二分に温泉でふやけるだけふやけた茂はそのままベッドに体を横たえ、興味もない地方ニュースをバックミュージックとしてうとうととしていた。

 だが人間、どうしてもあらがえないものがある。


「……腹、減ったなぁ。何食おうかなぁ」


 例えぐでっと、ダメ人間な生活をしていようとも、腹が減るわけで。


「外行って飯食うのめんどくさいんだよなぁ。でもコンビニで買い出しとかもしたいし……」


 ずるずるとベッドサイドからスライムのように床へと移動すると、ふぁぁぁと大あくびをかます。

 ばりばりと寝癖のついた頭を掻きながら、テーブル上の長3の茶封筒を手に取る。

 今日の夕食代ですと、門倉より手渡されたのであるがなんと諭吉さんが2枚も入っている。


(すげえ有り難いんだけど、どう考えてももらいすぎだろ。やっぱどんなにかかっても2千円くらいに収めておきたい。残りは返しておかないとなぁ)


 なんやかんやでこの装備品開発と訓練の間、色々と雑費はかかっているが、最終的な駄賃としてもらう分以上はあまりにも過度であるとちょっと心苦しいわけで。

 というか正直な話として言わせてもらえるのであれば。


(一回2万円の飯って、頭悪いよな。もったいないし。20代前半のバイトがいつもそんな夕飯食ってたらダメになると思うんだが)


 時給千円であれば20時間労働の対価。

 それと同額の1食の飯。

 たまの飲み会であったとしても割り勘なら2回、場合によっては3回いけることもある金額であった。

 夕食代を出してもらえるのはありがたいし、それにお世話になる気は満々なのだが、万単位の夕食をとるとか、釣銭をガメるとかは厚かましいじゃん、と小心者の茂は思うのだ。


「よし、周辺の飯どころ、探すか」


 何にしようかな、と思いながら昨日のラーメン店に頭の中で二重線を引く。

 美味いには美味いが連日ラーメンはちょっとバリエーションがないだろう。

 まだ17時であれば、外をふらふらと歩いて適当な飯屋を探す時間もあるはずだ。


「出たとこ勝負で、外出してみよう。あと、コンビニでお茶欲しいし」


 ホテルの自販機だと500のペットボトルが割高になってしまう。

 面倒であるが2Lのウーロン茶にスナック菓子を買ってこねばなるまい。

 あとは、夜食用にカップうどんとちっちゃな女性向けのお弁当。

 あれはこういう夜にちまちま食べるのにはちょうどいいのだ。

 これがあればもう今日の夜は完璧である。

 寝る前に太ることを覚悟で夜食、その後風呂にもう一度入ってぐっすりと就寝。


(うん、最高じゃん?……そう考えると、今日って結構良い日だったかも。こう、体ゆっくり休めることもできたし)


 こきこきと凝り固まった体を伸ばすと、スニーカーを適当に履いて外へと出かけることにする。

 そうと決まればカードキーを手に持ち、財布をもってドアから出ていく。

 照明のスイッチを消して、気だるげに茂は廊下をとことこ歩き出したのである。

 





 ぱたんとドアが閉まった後の部屋で、消し忘れてつけっぱなしにしていたテレビが夕方のニュースを報じている。

 いま流れているのは先日おきた大手銀行の不正融資事件の続報であった。

 画面には証券アナリストが、事件のあらましとこれからの流れを詳細に説明しているVTR。

 それが、途中で急にスタジオの男性アナウンサーのバストアップの画面へと切り替わる。

 彼は数枚の紙を忙しなく手元に手繰り寄せながら、言葉を発した。


『……ここで、番組の途中ですが速報が入りました。○○県○○市の私立銀嶺学院より警察へ緊急の110番通報があった模様です。詳細は不明ですが複数の不審者が校内へと侵入し、数名のけが人が出ているとのことです。繰り返します……』


 テーブルの上で充電器に繋がれたバイブモードのガラケー(緊急連絡用として門倉に貸与された)が誰もいない部屋で激しい明滅と振動を繰り返していた。

 暗闇の中、鳴りやむことのないその振動がいつまでもいつまでも続いていることを、「光速の騎士」である杉山茂はまだ知らなかった。

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